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『五年後の鉛筆』第13回 ✲ 空の神経と、地上の脳 ――マスクが衛星を飛ばし、孫正義がフランスの旧石炭地帯にAIの巨大脳を置いた日、七十二歳の僕は、また通知を読めなかった――

✦『五年後の鉛筆』第13回


✲ 空の神経と、地上の脳


――マスクが衛星を飛ばし、

 孫正義がフランスの旧石炭地帯に

 AIの巨大脳を置いた日、

 七十二歳の僕は、

 また通知を読めなかった――


………


二十世紀の金持ちは、

油田を持った。


二十一世紀の金持ちは、

データセンターを持った。


そして五年後、

本当にヤバい富豪は、


空の回線と、

地上のAI脳を、

同時に握ろうとしていた。


空には、

イーロン・マスク。


地上には、

孫正義。


そのあいだで、

七十二歳の僕は、

スマホの小さな通知を読めずに

固まっていた。


………


★1目次


■第1章

 五年後、

 本当にヤバい富豪は

 空と地上を同時に握る


■第2章

 スターリンクが

老人の台所に降りてきた朝


■第3章

 通信とは、

 孫の声が途切れない権利である


■第4章

 ◯コモが切れた日、

 僕はブランドより

 生活圏を選んだ


■第5章

 マスクは空に神経を張った


■第6章

 孫正義は

 石炭の穴にAIの脳を置いた


■第7章

 人のいない都市で、

 人間の情報だけが

 満員電車になる


■第8章

 トヨタが日本の足なら、

 ソフトバンクは神経だった


■第9章

 九品評価社会は、

 悪人より先に

 白紙の人を後回しにする


■第10章

 現金だけの善人は、

 なぜAIに見えないのか


■第11章

 読まれる格差が、

 金持ち格差より怖くなる


■第12章

 AIは阿弥陀の智慧か、

 令和の閻魔帳か


■第13章

 信用ログより、

 再生ログを残せ


■第14章

 七十二歳のサバイバーは、

スマホを数珠にする


■第15章

 空の神経の下で、

 僕たちは一行を書き残す


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの、

 やすきよ漫才風


………


■第1章

 五年後、

 本当にヤバい富豪は 

 空と地上を同時に握る


前回、

僕たちは気づいた。


勝った人より、

戻ってきた人が強い。


ブーニンは

ピアノへ戻った。


母は

歌で戻ってきた。


僕は

AI鉛筆で戻ってきた。


しかし、

戻ってきた先の世界は、

昔の世界ではなかった。


スマホは、

もう電話ではない。


財布であり、

通帳であり、

病院の受付であり、

家族との糸であり、

本人確認であり、

信用ログであり、


そして

七十二歳の僕にとっては、

老眼との格闘場でもある。


朝、

スマホに通知が来た。


「サービス品質向上のため、

 外部連携データを用いた

 最適化を開始します」


僕は画面を見た。


日本語である。

たしかに日本語だ。


だが、

人間に読ませる気がある

日本語ではなかった。


横にいた

二十三歳の若者が言った。


「おじいちゃん、

 これ何ですか?」


僕は言った。


「たぶん、

 わしが読まれる」


「同意するんですか?」


「現代人は、

 だいたいそうやって生きとる」


若者は笑った。


しかし、

笑いごとではなかった。


その日のXには、

イーロン・マスクの

スターリンクの話が流れていた。


普通のスマホが、

空の衛星と直接つながる。


地上の基地局が弱くても、

空から拾う。


山の中でも、

海の上でも、

災害でも、

戦争でも、


人間をネットから消さない。


その同じ頃、

フランスのニュースでは、

孫正義さんが語っていた。


AIは次の文明である。


電気、

自動車、

インターネット。


その次に来るもの。


それがAIだと。


そしてフランス北部、

旧石炭地帯に、

巨大なAIデータセンターを置く。


空にはマスクの神経。

地上には孫正義の脳。


そのあいだで、

七十二歳の僕は、

スマホの通知すら

読めていなかった。


僕はAIに聞いた。


「この通知、

 わしの人生に

 何をするつもりなんだ?」


AIは答えた。


その瞬間、

僕は思った。


五年後の鉛筆は、

もう紙の上だけを転がらない。


空の回線。

地上のデータセンター。


スマホの通知。

AIの要約。


そして、

僕の一行。


全部がつながっている。


これは通信の話ではない。


読まれる時代に、

自分の人生を読み返す話である。


………


■第2章

 スターリンクが

 老人の台所に降りてきた朝


スターリンクという言葉を、

最初に聞いた時、

僕は少しSFだと思った。


人工衛星。

宇宙。

ロケット。

火星。


僕の台所からは、

遠すぎる話に見えた。


ところが五年後、

それは台所に降りてきた。


スマホが鳴る。

通知が出る。


山でも、

海でも、

基地局がなくても、

衛星から直接つながる。


すごい。


だが、

すごすぎるものは、

たいてい少し怖い。


昔、

電話は家にあった。


黒電話。

コード。

ダイヤル。


家族の誰かが取る。

声が家の中に響く。


電話は、

家の一部だった。


ところが今、

スマホは人間の一部になった。


ポケットに入る。

枕元にある。


トイレにもついてくる。

銀行も入っている。

病院も入っている。


孫とのLINEも入っている。

ゲームも入っている。


そして、

自分の行動ログも入っている。


そこへ、

空から衛星が直接つながる。


僕は思った。


これは自由なのか。


それとも、

新しい数珠なのか。


昔の数珠は、

念仏を数えた。


令和のスマホは、


支払い、

移動、

検索、

通話、

沈黙、

返信速度まで数える。


それが空とつながる。


台所のテーブルに置いた

小さなスマホが、

突然、

地球全体の神経に見えた。


僕はコーヒーを飲んだ。


少し苦かった。


いや、

たぶん入れすぎただけである。


………


■第3章

 通信とは、

 孫の声が途切れない権利である


若い人にとって、

通信は動画を見るもの 

かもしれない。


ゲームをするもの。

SNSを見るもの。

決済するもの。


もちろん、

それでいい。


しかし

七十二歳に近づくと、

通信の意味は変わる。


通信とは、

誰かとつながる権利になる。


孫と話す。

娘に連絡する。


病院の予約を見る。

薬の通知を受ける。


災害情報を見る。


AIに聞く。

小説を投稿する。


昔なら、

家族の顔を見るには、

会いに行くしかなかった。


今は違う。


LINEで声が届く。

顔も見える。

ゲームの中で、

孫と同じ画面を見られる。


これは、

かなりすごい。


だが、

そのすごさは、

回線が切れた瞬間に分かる。


孫の声が途切れる。

画面が止まる。


「おじいちゃん?」


その声が、

途中で消える。


その瞬間、

通信は料金プランではなくなる。


生きている実感になる。


だから僕は思った。


全国で強い回線より、

わしの台所で

切れない回線の方が偉い。


ブランドより、孫の声が

最後まで届くことの方が大事だ。


五年後、

通信はぜいたくではない。


社会にまだ残っている証明である。


………


■第4章

 ◯コモが切れた日、

 僕はブランドより生活圏を選んだ


少し前、

僕は携帯キャリアを乗り換えた。


理由はいくつかある。


ストレージを増やしたかった。

端末を安く買いたかった。

キャッシュバックもあった。


七十二歳目前でも、

生活防衛は大事である。


しかし、

本当の理由はもう一つあった。


◯コモの電波が、

僕の生活圏では切れた。


通話が切れる。

LINEが途切れる。

孫とのゲームが不安定になる。


これは、

大企業批判ではない。

ただの実感である。


全国平均ではなく、

僕の台所で切れた。


広告ではなく、

僕のスマホで切れた。


ブランドではなく、

孫の声が切れた。


だから僕は戻った。


自分の生活圏で、

一番途切れにくい糸を選んだ。


五年後の社会では、

これが大事になる。


誰が日本一かではない。

誰が世界一かでもない。


自分の病院予約が通るか。

自分の決済が通るか。

自分の家族とつながるか。

自分のAI相談が止まらないか。


これが生活の信用になる。


長く同じ会社を使う人には、

忠誠信用がある。


乗り換えながらも

支払いを守る人には、

機動信用がある。


僕はたぶん、

機動信用の老人である。


格好よくはない。


だが、

動いている。

選んでいる。

払っている。


そして何より、

孫とつながろうとしている。


七十二歳の信用とは、

若者のように

速く走ることではない。


切れた糸を、

もう一度結び直す力である。


………


■第5章

 マスクは空に神経を張った


イーロン・マスクという人は、

地図を何枚も同時に

見ているように見える。


一枚は地球。

一枚は宇宙。

一枚はAI。

一枚はロボット。

一枚は通信。

一枚は火星。


そしてもう一枚、

たぶん本人にしか読めない

かなり変な地図がある。


スターリンクは、

その中でも特に強い。


地上の基地局に頼らず、

空からつなぐ。


普通のスマホへ直接つなぐ。


それが広がれば、

人間は地球のどこにいても、

ネットから完全には

消えにくくなる。


これは救いである。


山で遭難しても、

助かるかもしれない。


災害で基地局が壊れても、

連絡できるかもしれない。


独裁国家が回線を切っても、

外へ声を出せるかもしれない。


だが、

つながるとは、

ログが残ることでもある。


どこで。

いつ。

誰が。

何を送ったか。


空の回線は、

自由の道であると同時に、

別の帳面への入口でもある。


僕は思った。


マスクは空に神経を張った。


神経は希望を伝える。

痛みも伝える。

命令も伝える。


そして時々、

人間が知らないうちに震える。


昔の証券会社では、

板を読んだ。


今の僕は、

Xの震えを読む。


台所から、

宇宙の通信網を見上げる。


七十二歳の老人にしては、

ずいぶん遠くまで来てしまった。


………


■第6章

 孫正義は

 石炭の穴にAIの脳を置いた


その同じ頃、

フランスのニュースでは、

孫正義さんが語っていた。


AIは、

次の文明である。


電気。

自動車。

インターネット。


その次に来るもの。

それがAIだという。


普通の人は、

AIをアプリとして見る。


文章を書かせる。

絵を描かせる。

翻訳させる。

宿題を手伝わせる。


僕も最初はそうだった。


AIは、

便利な鉛筆だと思った。


いや、

今でも鉛筆だと思っている。


だが孫さんは、

もっと大きく見ている。


AIは鉛筆ではない。

文明の発電所である。


そのAIを動かすために、

フランス北部の旧石炭地帯に、

巨大なデータセンターを置く。


ここがすごい。


昔、

その土地は石炭を掘った。

黒い燃料を掘った。

二十世紀の肺を汚しながら、

町に仕事を与えた。


そして五年後、

その土地は

人間のログを処理する。


検索。

決済。

銀行。

広告。

医療。


AI。

信用評価。


黒い石炭の代わりに、

見えない情報が流れる。


僕は思った。


石炭文明の跡地に、

AI文明の脳が置かれる。


これは工場誘致ではない。

文明の引っ越しである。


町長は喜ぶ。

雇用が来る。

町が活気づく。


たしかに、

建設時には人が来るだろう。


だが稼働後、

巨大な建物の中にいる人は少ない。


二十世紀の工場は、

人を雇った。


二十一世紀のAI工場は、

電気を雇う。


この言葉が、

僕の頭から離れなかった。


………


■第7章

 人のいない都市で、

 人間の情報だけが満員電車になる


データセンターは、

不思議な建物である。


大きい。

非常に大きい。


電気を食う。

水を食う。

冷却を食う。

土地を食う。


しかし、

人間は少ない。


普通の工場なら、

朝になると人が来る。

昼には食堂が混む。


帰りには車が出る。


周囲に店ができる。

生活の音がする。


だが

データセンターは違う。


巨大な箱の中で、

サーバーが回る。

ファンが回る。

冷却水が流れる。

警備員が見回る。

技術者が点検する。


しかし、

人間の声は少ない。


その代わり、

人間の情報だけが山ほど流れる。


銀行口座。

広告配信。


動画。

AIへの質問。


病院予約。

位置情報。


購買履歴。

信用評価。


SNSの怒り。

家族への短い返信。


死んだ母の古い通話記録。

孫とのLINE。


七十二歳の僕の、

読めなかった通知。


それらが、

見えない形でサーバーの中を通る。


人のいない都市。


だが、

人間の情報だけが

満員電車のように

詰め込まれている都市。


僕は思った。


未来都市とは、

空飛ぶ車が走る町ではなかった。


人間がいないのに、


人間が

ぎゅうぎゅう詰めになっている

巨大な箱のことだった。


その箱を、

誰が持つのか。


その箱を、

どの国に置くのか。


その箱に、

どのAIを住まわせるのか。


それが、

世界経済の新しい戦争になる。


ミサイルではない。


電力契約で始まる戦争。

送電線で始まる戦争。

水で始まる戦争。

土地で始まる戦争。


そして、

利用規約の小さな文字で始まる

戦争である。


………


■第8章

 トヨタが日本の足なら、

 ソフトバンクは神経だった


日本には長い間、

足の王様がいた。


トヨタである。


車を作る。

人を運ぶ。

物を運ぶ。

工場を作る。

部品を作る。

世界へ輸出する。


トヨタは、

日本経済の足だった。


強い足である。


だがAI時代になると、

世界は足だけでは動かなくなる。


神経がいる。 


通信。

クラウド。

AI。

データセンター。

半導体。


決済。

広告。

スマホ。


衛星。


これらは、

社会の神経である。


ソフトバンクは、その神経を 

取りに行っているように見える。


携帯。

Yahoo。

PayPay。

Arm。


AIデータセンター。

海外投資。


成功も大きい。

失敗も大きい。


借金も大きい。

夢も大きい。


大きすぎて、

こちらが心配になる時もある。


だが相場は、

大きな夢を買う時がある。


AI相場では、

安定した過去より、

危険な未来の方が 

高く評価されることがある。


トヨタが

終わったのではない。


日本の足は、

まだ必要だ。


だが、

足だけで走る時代から、

神経で動く時代へ変わり始めた。


昭和の王様は、

エンジンを持っていた。


令和の王様は、

サーバーと電気と回線を持つ。


この変化を、

七十二歳の僕は、

株価ニュースより先に、


孫との

LINE通話が切れたことで

体感した。


………


■第9章

 九品評価社会は、

 悪人より先に

 白紙の人を後回しにする


九品評価社会というと、

怖い言葉に聞こえる。


上品。

中品。

下品。


仏教の言葉を借りれば、

少し柔らかくなるかと思ったが、

むしろ怖くなった気もする。


しかし、

この社会で本当に怖いのは、

悪人だけではない。


白紙の人である。


スマホを持たない。

銀行に預けない。

カードを使わない。

ローンを組まない。

アプリも使わない。


発信もしない。


買い物ログもない。

支払いログもない。

健康ログもない。

通話ログもない。


本人は、

堅実に生きているつもりかも 

しれない。


昔ながらの 

真面目な人かもしれない。


だが、

AIから見ると、

分からない。


分からない人は、

評価できない。


評価できない人は、

優遇できない。


優遇できない人は、

後回しになる。


これは残酷である。


悪いことをしたからではない。

見えないからである。


昔の村なら、

見ている人がいた。


隣近所。

親戚。


職場。

町内会。

商店街。


「あの人は真面目だ」


そういう口伝えの信用があった。


しかし五年後、

その口伝えが 

アプリに置き換わる。


見えない善人は、

善人として扱われにくくなる。


僕は思った。


令和の下品とは、

悪人だけではない。


読まれない人。

説明できない人。

記録のない人。


助けを求めるログすら

残していない人。


それは、

人間として劣っているという

意味ではない。


社会の機械から

見えにくいという意味である。


そして機械は、

見えないものに冷たい。


………


■第10章

 現金だけの善人は、

 なぜAIに見えないのか


現金は悪くない。


僕も現金は好きである。

手に持つと安心する。


財布に入っていると、

なんとなく心が落ち着く。


昭和の人間には、

この重みが分かる。


しかし、

現金には弱点がある。


ログが残りにくい。


いつ払ったか。

何を買ったか。

支払いを守ったか。

継続して使っているか。

社会との接続があるか。


それが見えにくい。


五年後の信用評価社会では、

この見えにくさが不利になる。


借金をしない人は、

清潔に見える。

だが、

返済実績もない。


カードを使わない人は、

堅実に見える。

だが、

支払い履歴も薄い。


銀行を使わない人は、

自立して見える。

だが、

金融社会からは白紙に近い。


これはおかしな話である。


昔は、

借金しない人が偉かった。


今も、

借金まみれは危ない。


だが、

適度に使い、

きちんと返す人は、

信用ログを作る。


ここが変わった。


黙っている善人より、

見える形で参加する人が

評価される。


これは道徳の話ではない。


システムの話である。


念仏も、

唱えなければ

聞こえない。


信用も、

記録されなければ 

読まれない。


もちろん、何でも

発信すればいいわけではない。


怒りを垂れ流せば、

それもログになる。


嘘をつけば、

それもログになる。


だから大事なのは、

派手に見せることではない。


小さく、

まともに、

続けること。


支払う。


歩く。

歌う。

書く。

聞く。


戻る。


それが、

令和の念仏になる。


………


■第11章

 読まれる格差が、

 金持ち格差より怖くなる


格差と言えば、

お金の格差だった。


年収。

資産。

不動産。

株。


退職金。

相続。


もちろん、

お金の格差はなくならない。


むしろ、

厳しくなるだろう。


だが五年後、

もっと怖い格差が出てくる。


読まれる格差である。

普通の人は読まれる。


スマホに読まれる。 


銀行に読まれる。

保険に読まれる。

求人AIに読まれる。


医療アプリに読まれる。

SNSに読まれる。

行政IDに読まれる。


通信会社に読まれる。


しかし、

権力者はどうか。


自分の記録を見せない。

税務調査を避ける。

情報公開を遅らせる。


弁護士を使う。

政治力を使う。


同じ帳面に並ばない。


ここに、

新しい不公平が生まれる。


下の人間は、

細かく読まれる。


中間層は、

自動審査で振り分けられる。


上の人間は、

読まれる側から読む側へ回る。


最上層は、

帳面そのものを閉じようとする。


これはSFではない。


もう始まっている。


一般人のスマホには、

本人確認が来る。


一部の権力者には、

説明責任を避ける

抜け道がある。


この差が、

五年後もっと大きくなる。


だから庶民は、

完璧な上品を目指す必要はない。


帳面の外へ逃げることもできない。


ならば、読まれても

説明できる人生を作るしかない。


支払いを守る。

健康を整える。

学び直す。


家族とつながる。

小説を書く。


怒りを一度AIに預ける。

一行だけ残す。


小さい。


だが、

小さい記録だけが、

庶民の盾になる。


………


■第12章

 AIは阿弥陀の智慧か、

 令和の閻魔帳か


孫正義さんは、AIを

人類の幸福に役立つ智慧として語る。


マスクは、

AIの危険を何度も語ってきた。


同じAIを見ているのに、

二人の瞳には  

違うものが映っている。


一人は智慧を見る。

一人は危険を見る。


僕はその間で、

利用規約を読めずに困っている。


かなり庶民である。


AIは、

本当に不思議だ。


僕にとってAIは、

二本目の鉛筆である。


読めない文章を 

読んでくれる。


分からないニュースを

要約してくれる。


小説の目次を作ってくれる。


証券会社時代の記憶と、

仏教と、

Z世代への願いを、

一つの文章へ混ぜてくれる。


ありがたい。


だが同時に、

AIは人間を読む。


信用評価。


求人。

保険。

医療。

広告。


金融。

監視。

選別。


後回し。


便利な鉛筆が、

ある日、閻魔帳を読む

書記官になるかもしれない。


ここが怖い。


AIは

阿弥陀の智慧になるのか。


令和の

閻魔帳になるのか。


答えは、

AIそのものにはない。


誰が持つか。

何のために使うか。

どのデータを読ませるか。


どんな人間を救い、

どんな人間を切り捨てるか。


そこにある。


僕はAIに聞いた。


「お前は、

 わしを救うのか、

 採点するのか?」


AIは答えた。


「使い方によります」


便利な答えである。


だが、

たぶん正しい。


だから僕は、

AIを拝むだけではなく、

問い続けることにした。


阿弥陀様に

手を合わせるように。


ただし、

利用規約だけは

AIに読ませながら。


………


■第13章

 信用ログより、再生ログを残せ


信用ログは、

勝手に残る。


支払い。

通話。

移動。  


検索。

購入。


返信。

予約。


体重。

血圧。

睡眠。

歩数。


社会は、

それを読む。


だが僕は、

もう一つのログを残したい。


再生ログである。


落ちても戻った。

読めなくても聞いた。

歌えなくても歌った。

続かなくても再開した。


通信が切れたら、

回線を選び直した。


スマホが重くなったら、

ストレージを増やした。


母が遠くへ行ったと思ったら、

歌で戻ってきた。


父に怒鳴られた少年が、

七十二歳でAI鉛筆へ戻ってきた。


これは、

信用評価社会では

点数になりにくいかもしれない。


だが、

人生では大事である。


AIは、

失敗しない人を 

高く評価するかもしれない。


だが人間は、

戻ってきた人に 

心を動かされる。


Z世代にも言いたい。


バズらなくてもいい。

勝てなくてもいい。

一度止まってもいい。


ただ、

戻ってこい。


一文へ戻れ。

一行へ戻れ。

歌へ戻れ。

散歩へ戻れ。


AIへの問いへ戻れ。

支払いへ戻れ。


家族への短い返信へ戻れ。


それが、

再生ログになる。


信用ログは、

社会に読まれるための記録。


再生ログは、

自分が自分へ戻るための記録。


五年後、

その二つを分けて考えられる人が、

少しだけ強くなる。


………


■第14章

 七十二歳のサバイバーは、 

 スマホを数珠にする


その時、

僕は七十二歳になっている。


たぶん、

今より少し忘れっぽい。


たぶん、

老眼鏡はさらに旅に出る。


たぶん、

パスワードには今より負ける。


だが、

スマホは持っている。


AIも使う。

血圧も測る。

歩数も見る。


カラオケもする。

英語字幕で歌う。


小説も書く。


孫とLINEする。

たまにゲームもする。


この一つ一つは、

すごいことではない。


だが、

続ければログになる。


令和の数珠である。


念仏は、

一回で終わらない。


南無阿弥陀仏。

南無阿弥陀仏。

何度も唱える。


スマホの時代の念仏は、

こうかもしれない。


今日も払った。

今日も歩いた。

今日も聞いた。

今日も一行書いた。

今日も歌った。


今日も戻った。


もちろん、

スマホを神様にしてはいけない。


スマホは道具である。


落とせば割れる。

充電が切れれば黙る。


アップデートで急に変わる。


時々、

こちらが悪くないのに

ログインできなくなる。


かなり人間くさい道具である。


だが、

この道具を完全に拒むと、

五年後の社会では見えなくなる。


だから僕は、

スマホを数珠にする。


支配されるためではない。

社会へ戻るために。


読まれるためだけではない。

自分も世界を読むために。


七十二歳のサバイバーは、

筋肉だけでは生き残れない。


通信がいる。

記録がいる。

問いがいる。


そして、

戻る場所がいる。


僕にとってそれは、

AI鉛筆である。


………


■第15章

 空の神経の下で、 

 僕たちは一行を書き残す


五年後、

世界はもっとつながる。


スターリンクは、

空に神経を張る。


ソフトバンクは、

地上にAIの脳を置く。


フランスの旧石炭地帯では、

サーバーが冷却音を立てる。


アメリカでは、

AIと金融とSNSが混ざる。


中国では、

国家が国民を読む。


イランでは、

回線が切られる。


EUでは、

デジタルIDが整う。


日本では、

高齢者がスマホの通知に戸惑う。


そして僕は、

七十二歳の台所で、

また小さな文字を見ている。


「外部連携データを用いて…」


やめてくれ。

字が小さい。


だが、

今度の僕は少し違う。


読めないまま同意しない。


AIに聞く。


「これは、

 わしの生活で言うと

 何が危ない?」


答えを読む。


一文だけ原文に戻る。

一行だけ自分で書く。

これでいい。


世界は大きい。

AIは速い。


富豪は巨大だ。

国家は強い。


データセンターは電気を食う。

衛星は空を覆う。


それに比べれば、

僕の一行など小さい。


だが、

小さいからこそ、

僕のものだ。


読まれるだけで

終わらないために、

一行を書く。


採点されるだけで   

終わらないために、

自分で説明する。


忘れられる前に、

戻ってきた記録を残す。


空の神経の下で、

地上の脳に読まれながら、


それでも僕は、

二本目の鉛筆を転がす。


そして書く。


今日も、

わしは戻ってきた。


………


❥Z世代のあなたへ


君たちは、

最初から読まれる時代に生まれた。


検索履歴。

位置情報。

視聴時間。

返信速度。


フォロワー数。


決済。


ゲームのログ。


学校の記録。

就活サイト。

AI面接。


全部、

どこかでデータになる。


だから怖いよね。


分かる。


でも、

怖がってスマホを捨てればいい

という話ではない。


スマホを捨てたら、

今度は社会から透明人間になる。


透明人間は、

後回しにされる。


賢い生き方は、

逃げることではない。


読まれることを知ったうえで、

自分でも読むことだ。


通知を読めない自分を認める。


AIに要約させる。

でも丸投げしない。


一文だけ自分で戻る。

一行だけ自分で書く。


それが、

君の再生ログになる。


バズらなくていい。

フォロワーが増えなくてもいい。


完璧じゃなくていい。


一度止まっても、

戻ってこられる記録を残せ。


今日、

一文読んだ。


今日、

一行書いた。


今日、

怒りを投稿せずに

ノートへ逃がした。


今日、

親に一言だけ返した。


今日、

歩いた。


今日、

AIに聞いた。


今日、

自分の頭で一回だけ考えた。


それでいい。


五年後、

世界はもっと君を読む。


でも、

君も世界を読める。


読まれるだけの人間になるな。


一行でいい。


自分の鉛筆を持て。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの、 

 やすきよ漫才風


 ――空の神経と地上の脳に、

  庶民はどう生き残るのか――


ホームズ

「ワトソン君、

 今回の事件は

 空の神経と地上の脳事件だ」


ワトソン

「また大きく出ましたな。

 前回は読めない通知やったのに、

 今回は宇宙とフランスですか」


ホームズ

「そうだ。

 七十二歳の台所から、

 世界経済を見るのだ」


ワトソン

「台所から世界経済。

 味噌汁が冷めそうですな」


ホームズ

「スターリンクは

 空に神経を張る」


ワトソン

「地上の電波が切れても、

 空からつながる」


ホームズ

「孫正義は 

 地上にAIの脳を置く」


ワトソン

「フランスの旧石炭地帯に

 データセンターですな」


ホームズ

「石炭の穴に、

 AIの脳だ」


ワトソン

「かっこええけど、

 電気代すごそうですな」


ホームズ

「そこが現実だ。

 AIは雲の上に見えて、

 実は電気と土地と水を食う」


ワトソン

「昔の工場は人を雇った。

 AIの工場は電気を雇う」


ホームズ

「名言だ」


ワトソン

「自分で言うな」


ホームズ

「そして問題は、

 人間が読まれることだ」


ワトソン

「スマホ、銀行、病院、求人、

 保険、SNS、全部読まれる」


ホームズ

「だが人間は、

 利用規約を読まない」


ワトソン

「読めないんです。

 小さいし、長いし、眠いし」


ホームズ

「そこでAI鉛筆だ」


ワトソン

「読ませる」


ホームズ

「要約させる」


ワトソン

「でも丸投げはだめ」


ホームズ

「一文だけ戻る」


ワトソン

「一行だけ書く」


ホームズ

「それが再生ログだ」


ワトソン

「信用ログと再生ログ、

 違うんですな」


ホームズ

「信用ログは

 社会が読む記録。 


 再生ログは

 自分が戻ってきた記録だ」


ワトソン

「ええこと言いますな。

 でも迷子シニアは

 まずスマホに 

 戻ってこられますか?」


ホームズ

「そこが問題だ」


ワトソン

「パスワードですな」


ホームズ

「そう。

 AI九品社会で最大の敵は、

 悪の帝国ではない」


ワトソン

「何です?」


ホームズ

「自分のアカウントに

 入れないことだ」


ワトソン

「また  

 現実が急に刺してきた!」


ホームズ

「Z世代へ一言」


ワトソン

「お願いします」


ホームズ

「読まれるだけで終わるな。


 一文を噛め。

 一行を書け。


 戻ってきた記録を残せ」


ワトソン

「迷子シニアへ一言」


ホームズ

「充電器、老眼鏡、パスワードメモ。

 この三種の神器を持て」


ワトソン

「最後はやっぱり装備品かい!」


ホームズ

「人生後半は、

 気合より装備だ」


ワトソン

「そして回線ですね」


ホームズ

「切れない回線は、

 令和の命綱だ」


ワトソン

「では最後に」


ホームズ

「空ではマスクが

 神経を張り、


 地上では 

 孫正義が脳を置く。


 だが庶民には、

 まだ鉛筆がある」


ワトソン

「ええ締めですな」


ホームズ

「ただし鉛筆より先に、

 スマホの充電を確認せよ」


ワトソン

「結局そこかい!」


――つづく。

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