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『五年後の鉛筆』第12回 ✲ 勝った人より、戻ってきた人が強い ――ブーニンの厚底靴を見た朝、五年後七十二歳の僕は、AI鉛筆にもリハビリがあると知った――

✦『五年後の鉛筆』第12回


✲ 勝った人より、戻ってきた人が強い


――ブーニンの厚底靴を見た朝、

 五年後七十二歳の僕は、

 AI鉛筆にもリハビリがあると知った――


………


信用評価社会が、

人間を点数で読むなら、


僕は、

戻ってきた回数で

人間を読みたい。


………


前回、

僕たちは

読めない通知に出会った。


「信用評価に

 変動があります」


「詳しくは

 利用規約を

 ご確認ください」


「総合的な判断により、

 一部機能を制限する場合が

 あります」


やさしい顔をした文章ほど、

なぜか怖い。


しかも長い。


長いだけならまだいい。

小さい。


五年後

七十二歳の僕には、

文字が小さいというだけで、

すでに敵である。


老眼鏡を探しているうちに、

通知は消える。


通知は消えても、

不安は消えない。


便利な社会は、

人間をよく読む。


検索履歴。

買い物履歴。

返信速度。

健康ログ。

支払い。

投稿。

AIへの質問。


社会は僕たちを読む。


だが、僕たちは

社会の説明を読まない。


いや、

読めない。


読めないまま

同意する。


読めないまま

落ちる。


読めないまま

後回しにされる。


その怖さを書いたあと、

僕は少し疲れていた。


読めない通知。

読めない規約。

読めない本。

読めない自分。


読めない話ばかりしていると、

人間はだんだん、

自分の人生まで読めなくなる。


そんな朝だった。


ラジオから、

ヴァイオリンの人の声が

流れてきた。


テーマは、


「演奏家を続けることとは…」


僕は、

コーヒーを持つ手を止めた。


続けること。


その言葉が、

胸の奥に静かに落ちた。


若い頃、

続けることなど考えなかった。


仕事は行くもの。


歩けるもの。

歌えるもの。

眠れるもの。


歯は磨けば

そこにあるもの。


足は勝手に

前へ出るもの。


だが七十二歳が近づくと、

全部が変わる。


歩くことも

続ける。


歌うことも

続ける。


眠ることも

続ける。


血圧を測ることも

続ける。


AIに聞くことも

続ける。


小説を書くことも

続ける。


つまり、

人生の後半では、

何かができることより、


それを続けられることの方が

ずっと重くなる。


そのラジオで

語られていたのは、

映画『ブーニン』のことだった。


十九歳で

ショパンコンクールを制した

天才ピアニスト。


若い頃は、

大胆で、

開放的で、

繊細で、

チャーミング。


まるでロックスター。

まるでトップアイドル。


世界中のファンが殺到し、

悲鳴を上げた。


だが映画に現れたブーニンは、

もうその頃の少年ではなかった。


白髪。

杖。


動かない左手。

自由にならない身体。


手術後の足。

分厚い靴底。


ピアノのペダルを踏むだけでも、

若い頃とはまるで違う。


弾けたはずのことが、

弾けない。


できたはずのことが、

できない。


それでも、

彼は鍵盤へ戻った。


その話を聞いた時、

僕は思った。


これは、

ピアニストの話だけではない。


これは、

僕の話でもある。


そして、

Z世代の君の話でもある。


若い頃に勝った人より、

壊れたあとに

戻ってきた人の方が、

人の心を震わせることがある。


僕はその朝、

二本目の鉛筆を握り直した。


AIに聞いた。


「戻ってくる力を、

 どう小説にすればいい?」


するとAIは、

すぐ答えた。


本当にすぐ答える。

少し悔しい。


僕が五十年かけて考えたことを、

AIは三秒で言う。


だが、

三秒で出た文章には、

五十年ぶりに里帰りできた

ふるさとの匂いはない。


父に怒鳴られた少年の

背中もない。


母とスマホカラオケで歌った

夜もない。


英グラム ロックバンド

『スレイド』

を聴いていた若い僕の

悶々もない。


だから、

僕はAIの文章に、

自分の人生を混ぜる。


それが、

僕のAI鉛筆である。


………


★目次


■第1章

 読めない通知の翌朝、

 ラジオから音が戻ってきた


■第2章

 演奏家を続けることとは、

 若い頃の自分に勝つことではない


■第3章

 ブーニンは、

 勝者ではなく帰還者だった


■第4章

 動かない左手と、

 分厚い靴底


■第5章

 弾けたはずのことが、

 弾けない悲しみ


■第6章

 それでも音は、

 美しく優しかった


■第7章

 「今日も思ったように

  弾けなかった」

 という表現者の地獄


■第8章

 母は歌で、

 この世へ戻ってきた


■第9章

 ことわざを操る、

 僕の知らなかった母


■第10章

 母もまた、

 役割の鎧を着て生きていた


■第11章

 洋楽を聴いていた少年が、

 六十七歳で歌い始めた


■第12章

 YouTube字幕は、

 令和の楽譜だった


■第13章

 カラオケは遊びではなく、

 第二の稽古だった


■第14章

 信用ログより、

 再生ログを残せ


■第15章

 戻ってきた人だけが、

 音を持つ


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの、

 やすきよ漫才風


 ――信用評価社会で、

  戻ってくる人は

  生き残れるのか――


………


■第1章

 読めない通知の翌朝、

 ラジオから音が戻ってきた


読めない通知に

うんざりした翌朝、

僕はラジオをつけた。


テレビではない。


テレビは、

画面が強すぎる。


朝からワイドショーに

全力で怒られると、

五年後

七十二歳目前の心臓には

少し刺激が強い。


ラジオは違う。


こちらの生活に、

そっと入ってくる。


コーヒーを飲みながら。

ナッツをつまみながら。

血圧を少し気にしながら。


今日も老眼鏡が

どこかへ旅立ったことを

薄々感じながら。


そこへ、

ヴァイオリンの話が

流れてきた。


「演奏家を

 続けることとは…」


この言葉だけで、

僕は少し背筋を伸ばした。


なぜなら、

続けることは、

年を取るほど重くなるからだ。


若い頃は、

できることが当たり前だった。


走れる。

歌える。

眠れる。

食べられる。

怒れる。

悩める。


悩めることすら、

若さだった。


今は違う。


眠るにも

技術がいる。


歩くにも

準備がいる。


歌うにも

喉を温める。


血圧も見る。

スマホの充電も見る。


そして何より、

パスワードを見る。


いや、

見ても思い出せない。


ここが問題である。


そんな朝に、

ブーニンという名前が出てきた。


十九歳で、

世界を沸かせた天才ピアニスト。


だが映画の中の彼は、

かつてのロックスターのような

青年ではなかった。


杖をついていた。

白髪だった。

左手がしびれていた。

身体が思うように動かなかった。


僕は思った。


人間は、

どんなに拍手を浴びても、

最後は身体と一対一になる。


その時に、

何へ戻るのか。


ここが

人生の後半の勝負なのだ。


前回、

僕たちは読めない通知の

怖さを見た。


今回、

僕たちは戻ってくる

音の話をする。


AI九品社会で、

点数をつけられる時代。


そこで必要なのは、

完璧な人間になることではない。


戻ってくる場所を持つことだ。


………


■第2章

 演奏家を続けることとは、

 若い頃の自分に勝つことではない


若い頃、

人は勝ちたがる。


試験に

勝つ。


就活に

勝つ。


恋愛に

勝つ。


SNSで

勝つ。


動画再生数で

勝つ。


フォロワーで

勝つ。


会社で

勝つ。


相場で

勝つ。


元証券会社勤務の僕は、

勝ち負けの世界を

三十八年見てきた。


株が上がれば勝ち。

下がれば負け。


客が儲かれば笑顔。

損すれば沈黙。


相場の世界は、

非常に分かりやすい。


だから残酷である。


だが人生の後半は、

勝ち負けだけでは読めない。


若い頃のブーニンは

勝った。


十九歳で

ショパンコンクール優勝。


世界が振り向いた。


ファンが殺到した。

拍手が降った。


だが、

何十年も経ったあと、

彼に残った問いは、

勝ったかどうかではなかった。


弾けるか。

戻れるか。


音楽の前に、

もう一度座れるか。


ここだった。


演奏家を続けるとは、

若い頃の自分を

保存することではない。


昔の速さを

守ることでもない。


昔の拍手を

額縁に入れて

眺めることでもない。


変わっていく身体で、

今日の音を探すことだ。


これは、

僕にも刺さった。


僕は若い頃、

説明書が読めなかった。


考えろと言われるほど

止まった。


父に怒鳴られた。


だから

鉛筆を転がした。


その僕が七十二歳を前に、

AI小説を書いている。


昔の自分に

勝ったわけではない。


むしろ、

昔の自分を連れて

戻ってきたのだ。


読めなかった

少年を連れて。


怒鳴られた

少年を連れて。


洋楽を聴きながら

心を逃がしていた

若い男を連れて。


五十年ぶりに

里帰りできたふるさとの部屋で、

僕はAI鉛筆を転がしている。


勝つためではない。

戻るために。


………


■第3章

 ブーニンは、

 勝者ではなく帰還者だった


ブーニンは、

勝者として有名になった。


しかし

映画で人の心を震わせたのは、

勝者のブーニンではない。


帰還者のブーニンだった。


帰還者。


この言葉は重い。


どこかへ行った人が、

戻ってくる。


ただ帰るだけではない。


傷を持って

戻る。


失ったものを持って

戻る。


昔の自分ではない姿で

戻る。


それでも

戻る。


ブーニンは、

若い頃の自分へ

戻ったのではない。


戻れない。

誰も戻れない。


十九歳には

戻れない。


歓声に包まれたあの瞬間には

戻れない。


身体も、

時間も、

時代も変わる。


それでも彼は、

ピアノへ戻った。


ここがすごい。


Z世代は、

早く何者かになれと言われる。


でも、

何者かになることより、

何度でも戻れる場所を持つ方が、

長い人生では強い。


バズる場所ではない。

戻る場所。


評価される場所ではない。

稽古できる場所。


僕にとって、

それはAI鉛筆であり、

カラオケであり、

英語字幕のYouTubeであり、

ラジオ体操であり、

血圧計であり、

玄米ご飯であり、


たまに行方不明になる

老眼鏡である。


最後の一つは、

あまり戻ってこない。


そこは困る。


だが人生には、

戻ってこないものもある。


だからこそ、

戻れる場所を作っておく必要がある。


ブーニンにはピアノがあった。


僕には、

二本目の鉛筆がある。


………


■第4章

 動かない左手と、

 分厚い靴底


映画の中のブーニンは、

左手が思うように

動かなかった。


足にも大きな問題を

抱えていた。


手術を経て、

左右の足の長さを

合わせるために、

特注の分厚い靴底を

履いていたという。


ピアニストにとって、

足はただの足ではない。


ペダルを踏む。

音を伸ばす。

響きを変える。


ピアノは、

指だけで弾くものではない。


身体全部で弾く。


その身体が、

若い頃と違ってしまう。


これはつらい。

非常につらい。


僕なら、

たぶん怒る。


「靴底が厚すぎる!」


「ペダルが遠い!」


「誰だ、

 ピアノの下に

 こんな繊細な仕組みを

 作ったのは!」


そう言うかもしれない。


ピアノに罪はない。


だが、

人間はつらい時、

時々家具にも腹を立てる。


僕など、

電子レンジにも何度か

謝罪を求めたことがある。


当然、

返事はなかった。


だがブーニンは、

その身体で戻った。


分厚い靴底は、

格好悪さではない。


もう一度舞台へ戻るための

意志である。


僕は思った。


人間の後半には、

みんな何かしらの

厚底靴が必要になる。


老眼鏡。

血圧計。

杖。

薬。


スマホのメモ。

AI。

カラオケのガイドメロディ。

英語字幕。


家族の助け。

若い頃なら不要だったもの。


それを使うことを、

恥ずかしいと思う必要はない。


ブーニンの厚底靴は、

敗北ではない。


再生の道具だった。


僕のAI鉛筆も同じだ。


自力で読めないなら、

AIに読ませる。


自力で書けないなら、

AIに壁打ちさせる。


ただし最後に、

自分の一行へ戻る。


それが、

僕の厚底靴である。


………


■第5章

 弾けたはずのことが、

 弾けない悲しみ


ブーニンは言ったという。


弾けたはずのことが、

今は何もできなくなっている。


悲しそうに微笑む。


この言葉は、

演奏家だけのものではない。


誰にでも来る。


できたはずのことが、

できなくなる。


すぐ思い出せた名前が、

出てこない。


階段を上っただけで、

息が上がる。


字が小さいと、

急に読む気が失せる。


パスワードを入れたはずなのに、

違いますと言われる。


しかも、

自信満々で入れたのに違う。


これは心に来る。


若い頃は、

できないことが悔しかった。


年を取ると、

できたはずのことが

できないのが悔しい。


この違いは大きい。


Z世代にも、

似たことはある。


昔は好きだった

ゲームが楽しめない。


昔は平気だった

SNSがしんどい。


昔は友だちと話せたのに、

今は返信が怖い。


昔は夢があったのに、

今は何をしたいか分からない。


年齢に関係なく、

人間は時々、

自分の中で弾けたはずの曲を

見失う。


その時にどうするか。

もうだめだと閉じるのか。


もう一度、

鍵盤に触るのか。


ブーニンは触った。


僕も、

AI鉛筆に触る。


英語の歌の字幕に触る。

歌えない。

発音できない。

口が回らない。


だが、

一語だけでも出す。


それでいい。


最初の一音は、

うまくなくていい。


戻ってきた音なら、

それでいい。


………


■第6章

 それでも音は、

 美しく優しかった


不思議なことに、

ブーニンの音は、

美しく優しかったという。


本人は、

思うように弾けない。

左手は動かない。

足も苦しい。

ペダルも難しい。


それでも、

出てくる音は繊細で、

音楽への思いが詰まっていた。


ここがすごい。


人間の表現は、

完璧だから届くとは限らない。


むしろ、

完璧でないから届くことがある。


傷を通った音。

沈黙を通った音。

戻ってきた人の音。


これは、

AI時代にとても大事になる。


AIは、

整った文章を書く。

正確な要約を出す。

きれいな構成を作る。


とても便利だ。


便利すぎて、

たまにこちらの存在価値が

畳の隅まで小さくなる。


だが、

その文章に傷はない。


眠れない夜もない。


父に怒鳴られた

記憶もない。


母とスマホカラオケを歌った

涙もない。


五十年ぶりに里帰りできた

ふるさとの空気もない。


だから、

人間はまだ書ける。


うまくなくてもいい。

整っていなくてもいい。


自分の傷を通った一行なら、

誰かに届くことがある。


僕は思った。


AIは完璧な文章を書ける。


でも、

戻ってきた人間の一行には、

まだ勝てない。


たぶん。


いや、

勝ってほしくない。


ここは、

人間側の最後の意地である。


………


■第7章

 「今日も

  思ったように弾けなかった」

 という表現者の地獄


ステージから戻ったブーニンは、

今日も

思ったようには弾けなかった、

というようなこと

を語ったらしい。


聴く人は

泣いている。


本人は

満足していない。


このズレが、

表現者の地獄である。


客席では

感動が起きている。


しかし本人の中では、

理想の音が

もっと高い場所にある。


届かない。


若い頃より

理想が高くなる。


耳は肥える。


心は深くなる。


でも身体は

少しずつ追いつかなくなる。


この引き裂きが、

演奏家の苦しみなのだと思う。


これは小説も同じだ。


僕も、

AIと一緒に文章を作る。


できたと思う。

投稿する。


しばらくすると、

もっとできたはずだと思う。


表現が甘い。

構成が弱い。


Z世代に届くか不安。


仏教が濃すぎる。

ジョークが足りない。

逆にジョークが多すぎる。


毎回、

反省会が始まる。


しかも、

反省会の議長は自分である。


非常に面倒くさい。


だが、

このもどかしさがあるから、

次の日も戻ってくる。


理想に届かない苦しみは、

才能がない証拠ではない。


理想がある証拠である。


Z世代にも言いたい。


うまくできないから、

向いていないとは限らない。


もどかしいのは、

まだ心がそこへ向かっている

証拠だ。


投げるな。

少し休んでもいい。


でも、

戻ってこい。


………


■第8章

 母は歌で、

 この世へ戻ってきた


ブーニンの話を聞きながら、

僕は母のことを思い出した。


認知症で、

遠くへ行ってしまったように

見えた母。


もう

戻ってこないのかもしれない。


そう

思った時期がある。


ところが、

スマホカラオケを

一緒にやってみると、

母が戻ってきた。


歌う。

笑う。

ことわざを言う。


しかも、

百以上覚えている。


看護師さんを

笑わせる。


僕の知らない母が、

そこにいた。


僕は驚いた。


母は、

失われたのではなかった。


正面玄関からは

入れなくなっていただけで、

歌という裏口から、

まだこの世界を見ていたのだ。


それは、

小さな奇跡だった。


立派な

ホールではない。


高価な

音響設備でもない。


スマホの画面。

親子二人の歌。


それだけで、

母の中の何かが開いた。


音楽は、

記憶だけを戻すのではない。


人格を戻すことがある。


役割の下に隠れていた本人を

呼び戻すことがある。


僕は

母を介護していたつもりだった。


だが本当は、

母のもう一つの人生を

初めて聴いていたのかもしれない。


………


■第9章

 ことわざを操る、

 僕の知らなかった母


母は、

ことわざをたくさん覚えていた。


百以上。


しかも、

使うタイミングがうまい。


歌いながら、

ことわざを差し込む。


看護師さんを笑わせる。


僕は思った。


この人は、

こんな人だったのか。


息子なのに、

知らなかった。


いや、

息子だからこそ

知らなかったのかもしれない。


母は、

母として

見られていた。


妻として

見られていた。


嫁として

見られていた。


家の中の人として

見られていた。


だが、

歌の中の母は違った。


一人の表現者だった。


言葉を持っていた。

ユーモアを持っていた。

場を笑わせる力を持っていた。


もしかすると、

母もまた、

長い間、


自分を押し殺して

生きていたのかもしれない。


昭和の妻。

昭和の母。

昭和の嫁。


自分の言いたいことより、

家の空気を優先する時代。


その中で、

母は母を演じ続けていた。


そして認知症になって、

役割の鎧が少し外れた時、

歌の中から

もう一人の母が出てきた。


僕は、

その母に初めて会った。


認知症は、

すべてを奪うだけではない。


時に、

役割の下に隠れていた本人を

見せることがある。


そう思うと、

母の歌は、

単なる音楽療法ではなかった。


母の遅すぎた自己紹介だった。


………


■第10章

 母もまた、

 役割の鎧を着て生きていた


父のことを悪く言うのは

難しい。


時代もあった。

戦争もあった。

学歴もあった。

誇りもあった。

挫折もあった。


父には

父の苦しみがあったのだと思う。


だが、その苦しみが

家族に向かった時、

家の中は学校になった。


いや、学校より

厳しかったかもしれない。


スパルタ教育。

正しさ。

怒鳴り声。


考えろ!

なぜ分からない!


その中で、

僕は鉛筆を転がした。


母は、

どうしていたのだろう。


母もまた、

何かを飲み込んでいたのだと

思う。


言いたいこと。

怒り。

悲しみ。

自分らしさ。

笑い。


それらを、

家の中で

全部出せたわけではなかった。


だから、歌の中で

出たのかもしれない。


ことわざで

出たのかもしれない。


看護師さんを笑わせる形で

出たのかもしれない。


僕は思った。


母は、

弱かったのではない。


長い間、

役割の鎧を着ていたのだ。


妻という鎧。

母という鎧。

嫁という鎧。


それを脱いだ時、

そこには、

僕の知らない表現者がいた。


ブーニンが、

身体の不自由を連れて

ピアノへ戻ったように、


母は、

認知症を連れて

歌へ戻った。


そして僕は、

読めない脳と老眼を連れて、

AI鉛筆へ戻っている。


人は、

失われるのではない。


入口が変わるのだ。


………


■第11章

 洋楽を聴いていた少年が、

 六十七歳で歌い始めた


若い頃、

僕は歌謡曲より

洋楽に惹かれていた。


英国の『スレイド』から始まり、

七十年代、

八十年代前半のロック…。


重低音。

叫ぶような声。

胸に迫る女性ボーカル。


父との確執。

勘当。

悶々とした日々。


その頃の僕にとって、

洋楽は

意味より音だった。


英語の歌詞は

分からない。


でも音が

分かる。


声が

分かる。


怒りが

分かる。


孤独が

分かる。


自由への渇きが

分かる。


だから聴いた。

ただ聴いた。

何十年も聴いた。


CDも集めた。

いい音で聴きたいと思った。


昔を懐かしんだ。


だが、

六十七歳を過ぎて、

ふと思った。


聴くだけで終わっていいのか?


この歌を、

自分の口で歌えないか?


カラオケで検索してみた。


カタカナで入れる。

出てくる。

英語の曲が出てくる。


歌ってみる。

歌えない。

口が回らない。

英語が追いつかない。


だが、

少しだけ歌える。


その少しが、

胸に響いた。


若い頃に聴いていた

歌の中へ、

初めて自分の声で

入った気がした。


これは英語学習ではない。

青春への帰還だった。


………


■第12章

 YouTube字幕は、

 令和の楽譜だった


カラオケは週に二回。


英語の歌を歌う時間は、

せいぜいその半分。


それでは足りない。


いや、

足りないというより、

せっかく面白くなってきたのに

もったいない。


そこで気づいた。


YouTubeがある。


英語字幕がある。

歌詞が画面に出る。


家でも歌える。

夜でも歌える。


もちろん、

近所迷惑にならない程度に。


七十二歳目前のロック魂が

夜中に全開になると、

別の意味で通報される。


そこは注意が必要である。


だが、

YouTube字幕はすごい。


英語が文字で出る。

音が出る。

歌手が歌う。

僕も追いかける。


これは、

令和の楽譜である。


ピアノ譜ではない。

ヴァイオリン譜でもない。


だが、

僕の喉と記憶と英語をつなぐ

譜面である。


AIは、

言葉をつないで文章を作る。


僕は、

歌詞をつないで、

もう一度自分を作る。


大規模言語モデルが

一つの言葉から

次の言葉を出すように、


僕は、

一つの歌詞から次の歌詞へ、

息をつなぐ。


機械が言葉を覚えるなら、

僕ももう一つの言葉で

少しは世界と話してみたい。


六十七歳から始めた英語。


小学生の

基礎英語から始まり、

中学生の

基礎英語へ進み、

英会話の

時間へ移り、


やめようかなと思いながら、

まだ続いている。


そこへ歌が来た。


歌は、

勉強を少しだけ遊びに変えた。


遊びは、

継続を少しだけ楽にした。


これは大きい。


………


■第13章

 カラオケは遊びではなく、

 第二の稽古だった


カラオケは、

ただの遊びだと思っていた。


酒を飲んだ人が

歌う場所。


うまい人が

自慢する場所。


少し不良っぽい

遊び。


そう思っていた。


だが、

今は違う。


カラオケは、

喉の稽古である。


呼吸の稽古である。

記憶の稽古である。

英語の稽古である。

感情を出す稽古である。


母を呼び戻す

扉でもあった。


そして今、僕を呼び戻す

扉にもなっている。


ブーニンにとって、

ピアノの前に戻ることは、

リハビリだった。


千住真理子さんにとって、

ヴァイオリンを続けることは、


若い頃の自分に

しがみつくことではなく、

今日の身体で

音を探すことだった。


僕にとって、

カラオケとAI小説は、

第二の稽古である。


若い頃の能力を

取り戻すためだけではない。


今の身体で、

今の脳で、

今の声で、

もう一度

人生を鳴らすための稽古だ。


英語の発音は

怪しい。


音程も

怪しい。


リズムも

怪しい。


たぶん、

英語圏の人が聞いたら、

歌詞より先に心配する。


「この人は大丈夫か?」


大丈夫ではない。


でも、

戻っている途中である。


それでいい。


リハビリは、

美しくなくていい。


続いていれば、

それは音になる。


………


■第14章

 信用ログより、

 再生ログを残せ


信用評価社会では、

人間は読まれる。


何を買ったか?

何を検索したか?

支払いは遅れないか?

返信は早いか?

健康ログはあるか?

AIをどう使ったか?


社会は、

人間をログで見る。


これは怖い。


だが、

僕はもう一つのログを作りたい。


再生ログである。


落ちても

戻った。


読めなくても

戻った。


歌えなくても

戻った。


説明書が分からなくても、

鉛筆を転がして

戻った。


母が遠くへ行ったと思っても、

歌で

戻ってきた。


ブーニンは、

沈黙のあとに

戻った。


千住真理子さんは、

年齢と身体の変化を見つめながら、

音楽へ

戻り続けている。


Z世代よ。


君も、

再生ログを残せ。


バズったかどうかではない。

勝ったかどうかではない。


戻ったかどうかだ。


今日は一文だけ読んだ。

今日は一行だけ書いた。


今日は英語字幕で

一曲だけ歌った。


今日は

散歩した。


今日は

AIに一つだけ聞いた。


今日は

怒りを投稿せず、

ノートに逃がした。


それでいい。


五年後の信用社会で、

君を守るのは、

失敗しなかった記録だけではない。


戻ってきた記録である。


………


■第15章

 戻ってきた人だけが、

 音を持つ


若い頃の僕は、

洋楽を聴いていた。


六十七歳を過ぎた僕は、

その歌を歌い始めた。


母は、認知症で

遠くへ行ったように見えた。


だが、

歌で戻ってきた。


ブーニンは、

長い沈黙を通った。


それでも、

鍵盤へ戻った。


千住真理子さんは、

その姿を見て涙した。


演奏家を続けるとは何か?


その問いは、

僕にも届いた。


AI小説を続けるとは

何か?


英語を続けるとは

何か?


カラオケを続けるとは

何か?


老いながら、

何かへ戻り続けるとは

何か?


答えは、

まだ分からない。


だが、

少しだけ見えてきた。


人は、

勝った時だけ

音を出すのではない。


戻ってきた時にも、

音を出す。


いや、

戻ってきた人だけが

出せる音がある。


動かない左手を

連れて戻る音。


分厚い靴底で

踏む音。


認知症を連れて

歌う声。


読めなかった脳を連れて

書く一行。


英語にならない英語で

歌う夜。


そこには、

完璧ではないけれど、

命がある。


AIは、

三秒で文章を書く。


だが、

三秒で戻ってくることはできない。


戻ってくるには、

時間がいる。


傷がいる。

誰かの声がいる。

自分の鉛筆がいる。


僕は今日も、

二本目の鉛筆を転がす。


そして、

英語字幕の歌を一曲だけ歌う。


うまく歌えない。


でも、

戻っている。


それでいい。


五年後、

君がもし迷ったら、

思い出してほしい。


勝てなくてもいい。

戻ってこい。


そこに、

君の音がある。


………


❥Z世代のあなたへ


Z世代の君へ。


早く勝て!

早く結果を出せ!

早くバズれ!

早く稼げ!

早く何者かになれ!


そう言われすぎて、

疲れていないか。


でも、

人生は勝った瞬間だけで

できていない。


むしろ、

長い人生で大事なのは、

戻ってこられる場所を持つことだ。


ブーニンには

ピアノがあった。


千住真理子さんには

ヴァイオリンがある。


僕の母には

歌があった。


僕には、

AI鉛筆と英語の歌がある。


君にも、

何か一つ作ってほしい。


戻る場所を。


ゲームでもいい。

絵でもいい。

歌でもいい。

AIでもいい。

散歩でもいい。

料理でもいい。

英語字幕YouTubeでもいい。

本の一文でもいい。


ただ消費するだけで

終わらせるな。


そこへ戻って、

少し稽古しろ。


一分でいい。

一文でいい。

一行でいい。

一曲でいい。


その小さな戻り方が、

君の再生ログになる。


信用評価社会は、

君を点数で読むかもしれない。


でも、

君自身は、

戻ってきた回数で

自分を読めばいい。


落ちても

戻った。


休んでも

戻った。


泣いても

戻った。


読めなくても、

一文へ戻った。


歌えなくても、

声へ戻った。


それは、

誰にも奪えない。


勝った人より、

戻ってきた人が強い。


それを、

今日の一歩にしてほしい。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの、

 やすきよ漫才風


 ――信用評価社会で、

  戻ってくる人は

  生き残れるのか――


ホームズ

「ワトソン君、

 今回の事件は

 戻ってきた音事件だ」


ワトソン

「なんですのん、

 その音楽教室みたいな

 事件名は」


ホームズ

「前回は

 読めない通知だった」


ワトソン

「利用規約で 

 眠くなるやつですな」


ホームズ

「今回はその続きだ」


ワトソン

「読めない人間が、

 どう戻ってくるか」


ホームズ

「その通り」


ワトソン

「ブーニンは

 ピアノへ戻った」


ホームズ

「動かない左手を連れてな」


ワトソン

「お母さんは 

 歌で戻った」


ホームズ

「ことわざで

 看護師さんを笑わせた」


ワトソン

「すごいですな。

 患者ではなく表現者ですな」


ホームズ

「そして 

 七十二歳目前の迷子シニアは、

 英語字幕YouTubeで

 洋楽へ戻った」


ワトソン

「発音は大丈夫ですか?」


ホームズ

「そこを聞くな」


ワトソン

「いや、大事ですやん」


ホームズ

「大事なのは

 発音より帰還だ!」


ワトソン

「帰還?」


ホームズ

「若い頃に聴いていた歌へ、

 自分の声で

 戻ったのだ」


ワトソン

「かっこええこと言うてますけど、

 近所迷惑には気をつけなはれ」


ホームズ

「もちろんだ。

 夜中のロック魂は

 音量注意だ」


ワトソン

「信用評価社会では、

 再生ログが大事という話も

 ありましたな」


ホームズ

「そうだ。

 失敗しない人間より、

 戻ってこられる人間が強い」


ワトソン

「Z世代へ一言」


ホームズ

「勝てなくてもいい。

 戻る場所を作れ」


ワトソン

「迷子シニアへ一言」


ホームズ

「老眼鏡、充電器、

 そして歌詞の字幕を忘れるな」


ワトソン

「最後は

 やっぱり装備品かい!」


ホームズ

「人生後半は、

 気合より装備だ」


ワトソン

「名言のようで、

 ただの現実ですな」


ホームズ

「それでいい。

 現実に戻ってくることが、

 再生なのだ」


ワトソン

「では最後に」


ホームズ

「勝った人より、

 戻ってきた人が強い!」


ワトソン

「ええ締めですな」


ホームズ

「ただし、戻る前に

 パスワードはメモしておけ」


ワトソン

「またそこかい!」


――つづく。

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