治水事業(前編)
前後編で治水事業です。
作戦は順調に進み、3月末には前線基地の堀と防壁が一応の形になった。同時期にマムシ村起点の作戦──4つの繁殖地の殲滅──も終了した。残りは、ヤマメ村起点の3ヶ所と前線基地起点の4ヶ所だ。
作戦は順調だが、周りの村の負担が大きすぎた。春の農作業が大きな問題となっている。そのため、約一月の中断を入れる事になった。中断の日付は、3月29日、春分(3月27日)から3日目だ。
ワシは、作戦のみ考えている訳ではない。実は、田圃の改善にも取り組んでいる。
一つは、ごく単純なものだ。枠回しを作って貰った。田植え前に、転がして、田の中に格子状の跡を付ける。そうやって、稲を植える場所を決めれば、その後の雑草取りなどの作業がやりやすくなる。確か、収穫量も増えると覚えている。前世でも、田植え機を使わずに植える場合は、使われている。農業体験などで田の中に四角い線を見たことがある人も多いだろう。
細い木の棒を6角柱に組み立てれば簡単に作れる。アイデアを説明したら、3日後には作ってくれた。
やはり、田圃は素晴らしい。手間は非常に掛かるが、収穫が大きい。そして、トンビ村から下流へと平野が広がっている。しかも、二つの方向、二つの海に向けてだ。この地形なら、努力次第でドンドン拡大出来る。
実際、クニ時代にはガマ村当たりまで数kmに渡って田園が広がっていたようだ。中つ国の心臓部として、多くの労力が投入され繁栄していた。その遺構が色々残っている。
水田にするには、灌漑設備が重要だ。何と言っても水を張っておかなければならない。水を引き込む水路が無ければ、そもそも水田にならない。必要量も莫大だ。人力で水を運ぶなど、極め付きの悪夢だ。水不足で、必要な時期に水を張れなければ、収穫が激減してしまう。
取水整備だけでなく、排水設備も重要だ。無ければ、底無し沼状態で多くの農作業を行う必要がある。前世で湿田とか深田と呼ばれる状態だ。それが、どれ程に大変か子供の頃に見ている。また、稲の生育にも悪い。稲の生育中に中干という水を抜く工程を入れる必要があるが、排水設備が無ければ大変だ。さらに、年中、水が溜まっている状態だと、土質も悪くなってしまう。
前世でも、排水が不十分な湿田は大きな問題だった。近代になって機械力を投入できるようになってから、幾つもの改良事業があった。そうやって、水路が整備された時──ワシの近所は高度成長期だった──のお百姓さんたちの喜びを覚えている。
現状、旧ガマ村付近が湿地帯になっているのも、これが原因だ。ガマ村が滅びて、設備を補修する者が居なくなった。その結果、放置され、底無し沼になっている。
トンビ村でも、二年前までは防衛を重視して、冬も水を張っていた。その方針に対して、農作業の大変さを訴える声が絶えなかったそうだ。一昨年の安全圏作戦で、周りの繁殖地を殲滅して直ぐに、水抜きをした。それもあって、去年も大豊作で村人は皆々大喜びだった。
そのトンビ村では、水田を広げる事業を進めている。トンビ村の水田は、クニ時代の水路の遺構を利用している。田を広げる場合も、放置された設備を復旧させるだけだ。手間は手間だが、一から作るより遥かにマシだ。だから、どんどんと拡大事業が進んでいる。クニ時代の工夫も勉強できて、技術の進歩も著しい。
そして、その中で、巨大な溜め池の遺構を発見した。高さが5mもあるような巨大な堤防だ。中央が完全に崩壊し意味を成さないが、谷を横断するように100mほどの長さがある。これは明らかに溜め池の跡だ。実は、去年の中頃には見つけていて、ハテソラ師匠にも手伝って貰って調査や検討を進めていた。
フブキ文書を調べると、クニが滅びて10年程で樋管周りから崩壊したと、記述が残されていた。樋管というのは、ため池から取水する水路の事だ。堤防の下を貫通して外に水を導く。此処は、溜池の弱点の一つだ。
土は、水を含むと弱くなってしまう。そして、堤防を貫通するような水の流れ──水道が出来ると、どんどん拡大して堤防が崩壊する。樋管は、通常水が染み出ないように作るが、仮に古くなって染み出ると、堤の中に水道を作る大きな要因になってしまう。
他に洪水吐とかオーバーフローとか呼ばれる弱点がある。大雨などで、水位が堤防を越えて、一気に全体が崩壊するような事が無いように、ワザと越流しやすい箇所を作る。水が流れる分、此処は劣化する可能性が高い。強度が十分で無いと、此処から堤防が崩壊してしまう。
この遺構において、オーバーフローが何処だったのか、草木が生い茂っていて良く判らなかった。復旧させるにも、先ずは、伐採が必要だ。
そう、何十年も放置された溜め池跡だ。池だった部分にも木が──それも10mも20mもあるような木まで──生い茂っている。これを放置して水を貯めたら、碌な目にあわない。大雨の日に木が流れ出して堤防を破損させて、大洪水になるだろう。
その辺りの整備は、村長にお願いしてある。そして、今日の作業──底樋用の樋管の建造──の準備を頼んでおいた。
前世で見た、狭山池──日本最古のダム式溜め池──では、巨大な木をくり抜いて樋管にしていた。ゴムもセメントも無ければ、そんな手しか無いが、もう少し安上がりに済ませたい。
今日、ワシは、土壁の魔術を使って底樋の試作をしようと考えている。その為に、トンビ村の衆に何ヶ月も掛けて。木を組み合わせて、長方形の枠組みを作ってもらった。長さ15m程度、幅は1m程もある。
近くには、太さが30cm程度の木しかない。ここから作った板材を組み合わせても、隙間が多くてとても樋管には使えない。無理に、周りの木で樋管を作れば、隙間が出来る。堤防の寿命は凄まじく短くなるだろう。
木で樋管を作るには、一体構造にするか、水密性を確保出来るだけの精密加工技術が必要だ。だか、そんな技術は無い。
その欠点を土壁で補う方針だ。
作戦を中断し帰還した当日に村長と相談した。早速に人手を集めて、作業を開始する事にした。
次は後編です。田圃が普通にある異世界なので、田圃を贔屓に書いていきます。




