57話 詐騎士
「嘘だ、そんな」
帝国に住む人々は、運がなかった。
前兆という前兆は、帝国が戦の準備をしているという情報だけ。
相手がエルフ王国なのか、竜王国なのか。
そこに住まう人々が出来るのは、噂話くらいだ。
センブルグ帝国は列強だ。
囲む国々は帝国の態度を伺い続けるほど、その影響力は凄まじい。
一人一人の兵が強く、平民の感覚で言うならば、BからAランク相当の冒険者と同等。
さらに、多くの英雄を帝国は生み出してきた。
それほどの実力があった故に、帝国は余りにも長く生きすぎた。
そしてその長く生きた時は、隣に位置するエルフ王国との関わりの長さとも等しかった。
自分達より長く、美しく生きるエルフが隣に住まい、彼らが作る薬は大変貴重だ。
そして、人間より優れた魔法を扱う。
そんな彼らは時たまに顔を出し、皇帝の覚えもめでたい。
帝国の貴族がエルフに劣等感を抱くのに、理由は十分だった。
理由が十分であれば、あとは時間だ。
その時間もまた、十分だった。
であるなら、後はきっかけだけ。
あの日、一人の騎士とエルフが邂逅したあの時に、綻びが生まれた。
その綻びから、どちらかが滅びるまで、戦は続く。
──筈だった。
そして帝国の敵は、エルフ王国でも竜王国でも無かった。
改めて言おう。
運が悪かったのだ。
帝国の民達は、貴族街の奥に君臨する帝国城を信じられない目で見ていた。
「帝国の、私達の城が・・・」
帝都アマネリアに君臨する、帝国の平和と権威の象徴。
そこから鳴る轟音と共に、崩れていく。
「陛下は、皇帝陛下は・・・」
「これから先、どうすれば」
「に、逃げよう!!帝国城は今魔物でいっぱいなんだろう!?いつこっちに流れて来てもおかしくない!!」
「で、でも、まだ私には店が・・・」
「店があっても命が無けりゃそこで終わりだ!俺は逃げるぞ!」
一人は言い出せばまた次に。
恐怖は伝播する。
「はーっはっはっはっは!」
そんな中、一人の騎士は高らかに笑い、恐怖の波は緩やかになる。
「おい、何でこんな時に笑ってんだよ。[詐騎士]」
その笑い声に釣られ、思わず青年は言葉をかけた。
「これが笑わずにいられようか!高々ここに数百年居座り、御山の大将を気取る不届な賊に天誅が下ったのだ!笑わずにいられようか!笑うしかないだろう!?」
「はいはい、また本物の騎士さんに連れてかれるよ。って、そっちの騎士さんはあっちに夢中か」
こんな時でもいつも通りかと、やり手の商人は軽くあしらう。
「はーっはっはっは!笑いが止まらぬぞ民達よ!其方等も存分に笑え!」
「そんな場合じゃねぇってヴァンディッシュ!魔物が襲ってくるぞ!」
「襲わんよ。我が其方等を護る」
「アンタが幾ら強くても信用出来ないね!ウチ等にだって皆んな家族居るんだよ!?全員守ってくれんのかい!!」
「護る」
静かに自信を持って口にする騎士の姿をした男の目は、力強く、澄んでいた。
「それに多分だが襲わんさ。用があるのは城だけの様だ」
「何でそんなことがわかんのさ」
「感だ」
騎士の姿をした男は厭らしく右の口の端を上げ宣う。
「オメエさんの獣並みに鋭い感なら一考の余地があるかもな」
「はーっはっはっはっは!よく分かっているではないか!故に、其方等はアレを気にせずいつも通り仕事するが良い」
「こういう時にアンタのその元気な声を聞くと本当に騎士なんじゃないかって思っちまうよ」
「何を言っている」
騎士の様な姿をした男は近くにあった台座に駆け登り、真っ白なマントを翻し、言い放つ。
「我は伝説の騎士だぞ!!!」
それを見た人々は互いに笑みを浮かべ、男に知られぬ様感謝の気持ちを胸にしまい、各々の日常を取り戻す。
帝国城で行われていた災害級の獣達の戦いは、大きな傷跡を城に残し、終わりを迎えていた。
ギレーヌは体に所々引っ掻き傷と凍傷を作りながらも、エレナの体に覆い被さり、無力化に成功する。
「グルルルル」
『何とか抑える事は出来たけど、どうしようかしら』
エレナは未だ自我が戻らず、本能のみが体を支配したまま。
自分が退けばまた暴れる仲間を封じ込める手立てがギレーヌには無かった。
─コン
その戦場に鳴く様な声と太鼓の音が重なる。
「グルゥ・・・」
ギレーヌが感じていた凶狼の抵抗が無くなった。
ギレーヌは体を退かし、エレナの様子を見れば寝ているようだ。
そして、この手のことが出来る獣をギレーヌは一頭しか知らない。
『ありがとう狐ちゃん。寝かしつけるにはもう子守唄ぐらいしか無いかなって考えていたところだわ』
『ギレーヌはんの眠り歌ならきっとエレナはんもゆるりと眠ってくれるでありんしょう』
何処からともなく現れた狐に、ギレーヌは今更驚きはしない。
『して、どういう状況でありんしょう?』
『人間が例の宝具をエレナちゃんに使っちゃって暴れたらしいのよ。だけど無事宝具は手に入れて、術者も黒ちゃんが殺したわ。ただ術が解けなくて、暴れてるエレナちゃんをみんなで止めたってところよ』
『左様でありんすか。やはり、わっち等はすれ違いにあった様でありんすな』
『あら、残念』
『間に合っていればエレナはんが術にかかる事も無かったでありんしょう』
『たらればの話をしても仕方ないわよ。そう言えば角ちゃん知ってる?まだ見てないのよ』
直後、轟音と共に土煙が舞う。
『でぇりゃぁあああ!!!』
「「「ぐぁあぁ!!!」」」
ギレーヌの言葉に返す様に、部屋の壁を破壊して現れる人と獣がいた。
『へっ、ちったぁ骨のある奴等が居てここは面白れぇなぁ!!』
角を血に染めながら現れたのは二角獣。
『ん?ギレーヌじゃねぇか。さっきからうるせぇと思えばこっち来てたんかよ』
『アンタって子は・・・。帰るわよ』
『おいおい、まだまだ暴れられるぜ俺ァ!!』
言葉と魔力を昂らせるそれは、まだ若い癇癪を起こす子供の様。
それを諌める様に狐は言葉を投げかける。
『宝具は手に入れたでありんす。主の命を覚えてでありんす?』
言われた悪童は狐を睨むがすぐにそれも収めた。
『チッ、おい野朗共ォ!撤収だァ!!』
「「「「ヒヒーン!!」」」」
『素直な子は好きよ、角ちゃん』
『うるせぇオカマ!どうせ狐もテメェも縄張り争いでやれんだ!今ムカついた気持ちはそん時ぶつけるだけだ!覚えてやがれ!!』
そう言い放ち、悪童は群れを引き連れ去っていった。
『さて、アタシ達も帰りましょう』
『そう致すでありんす』
狐は優雅に尾を振り、丁寧に魔力を練り、術を使う。
「─何を帰る気でおる」
『あら、どちらさんかしら』
『このお方は・・・』
声は伝わっていない。
だが、まるで聞いていた様に豪華な服を着た男は、己の城を崩壊させた存在に殺意を向け、言葉を紡ぐ。
「我が帝国が、この様な災害如きで滅ぶなど、あってはならぬ。あってはならぬのだ!」
『ごめんなさいね、アタシ言葉は分からないの』
『ギレーヌはん、このお方は皇帝でありんす』
男は己より圧倒的な存在に向けて、一本の黒い剣を突きつける。
「我が帝国の初代から伝わる宝具!その真価を今──」
狼は同じ轍は踏まない。
「グルァアア!!!」
一度食らった屈辱の味を、狼は忘れない。
例え、自我がなくとも。
眠っていた凶狼は、己に備わる狼の感と本能によって目覚め、男の首を刈り取った。




