44話 なんだ、この敗北感は。
白い森の奥へ猿と共に私は進んでいた。
開けた場所へ出れば獅子の下半身、鷲の上半身の動物、立派な鷲獅子が姿を現した。
「っ!」
私は思わず体を固め、杖に手を伸ばしかけた。
「ピュルクク・・・」
「ノレ!イケ!」
「本当に乗るの・・・?」
「ノレ!ノレ!」
「ガマン!ガマン!」
ここで脚をすくめて動かなければ、この者達の王には辿り着けない。
誇らしく胸を張る鷲獅子に気圧されながらも側に寄った。
「・・・乗っていいかしら」
「ピィリィー!」
「オウサマ!イエ!イク!」
「イケ!イケ!」
「オレモ、ノル?」
「ノラナイ!ノラナイ!アッチイケ!」
私は急かされるまま鷲獅子に跨る。
「鷲獅子に乗るなんて、皇国の騎士みたいだわ・・・。良し、大丈夫、じゃ無いかもだけど、大丈夫」
「ピョォォオォオオ!!!」
「─っ!」
私は鷲獅子の首に手を回し、目を閉じて酷い耳鳴りをやり過ごす。
凄まじい風が全身にぶつかってくる。
耐えなきゃ・・・!
両の手で掴む鷲獅子の首の毛をさらに強く握りしめる。
「っ!」
急にふわっと全ての感覚が緩やかになり、地に落ちる自分を想像したが、違ったらしい。
恐る恐る眼を開く。
「─雪?」
ます感じたのは上から降る淡い雪。
雪が降るともなれば空気は冷たく、とても今の格好じゃ凍え死ぬ高度にいてもおかしく無い。
でも寒さは無い。
寧ろ──
「あったかい」
強張った心を溶かす様な温かい雪を感じ、余裕が生まれた。
鷲獅子が向かう先を見る。
雪の中、今飛んでる高さよりも大きな影を感じる。
段々それに近づいていけば見えてきた。
「─っ、ぁ──」
城だ。
それも今まで見たどの国の城よりも大きく、美しい。
氷の城だ。
思わずその圧倒的な威光を振り翳す氷の城に感嘆の声も出ず、声にならない。
これは、この存在がここにあるのは、まずい。
寧ろ今まで何で誰もこの城を見た事が無いのか疑問だ。
遠目からでも見えてもおかしく無い程に大きい。
この城の王が何らかの方法で隠しているのか。
今考えても答えが出ない事を悟れば別の事を考えてしまう。
これから私はどうなるんだろう。
不安が心を覆い始めた。
だが、それも今考えても仕方ない事だ。
とんでもないところに来てしまった。
どうか同胞達が早まる様な事をせず、穏便に済む様に祈る事しか今の私には出来ることはなかった。
城の入り口の階段前で鷲獅子は降りた。
到着したにも関わらず、指が離れてくれない。
怖い。
でも、ここで立ち止まれば済む様な状況では無い。
行かなきゃ。
「クルルルゥ」
空を共にした鷲獅子は何処かこちらの様子を見て心配そうな声で鳴いた。
「っ、ありがとう。もう、大丈夫だわ。ごめんね、強く握っちゃって」
「クルルゥ」
鷲獅子はこちらを向いて一鳴きして私から去っていく。
私は現実を直視した。
目の前にはとても高い階段。
恐らく人間が登る様には出来ていないのだろう。
ただ、左右の隅は低く、これは人間でも登れる階段だった。
「さて、登りましょうか」
私は一段と気合を入れて階段を登った。
「はぁ、はぁ、本当に、人間が、登る、為に、作って、無いわね」
私は何度も脚を滑らそうしながら何とか登り切った。
これだけ大きな城なら何かしら出迎えが来てもいいんじゃ無いかしら。
息を整え、半分自棄になった私は門へ強く手をかけた。
「お待ちしておりました、人間様」
「っ」
私が門を押すまでも無く扉は開き、目の前に白い猿が服を着て優雅に佇み、流暢なエルフ語で喋る。
「我が主人がお待ちです。こちらへお越しください」
「・・・分かったわ」
恐らく主人というのがこの城の王の事だろう。
私は門を抜け、すぐある目の前の扉へ案内された。
信じられないくらい大きな扉だ。
「こちらで主人がお待ちしております」
「もう、入るの?」
「はい、よろしければ」
「髪、ボサボサなんだけど」
一瞬猿は眼を丸くし、笑みを浮かべた。
「畏まりました。そこでお待ちください。すぐ担当の者に整えさせましょう」
「い、いや、少し待たせるかもしれないけど櫛か髪に通る棒でもあれば十分だから─」
「ウキキ!」
「ぽん!」
いつの間にか目の前に現れた木の棒を持つ猿と狸が現れる。
「我が主人に謁見できる身なりに整えて差し上げなさい」
「ウキ!」
「ぽん!」
「なっ、ちょ──」
猿と狸の美的センスに期待できるわけ──
そしてあっという間に事を終え、二頭は去っていき案内の猿と私だけになった。
「これで問題ないでしょう」
「・・・」
誰。
氷の扉が反射するのは美しい顔立ちの女だった。
こんな綺麗な私初めてなんですけど。
いやこれ私・・・?
何でだろう、途轍もなく悔しい感情が胸に溢れかえる。
なんだ、この敗北感は。
でも、これなら大丈夫。
私は自信を持って猿へ向き直す。
「大丈夫なようですね」
「えぇ、素晴らしい出来だわ。悔しいくらいにね」
「お褒め預かり光栄です。では、我が主人がお見えになられます。お入りください」
「っ、ええ。ありがとう」
私は勇気を振り絞り、開いた氷の扉を潜り───
「ピィ!」
白く、胸を張る竜に迎えられた。




