43話 エルフの王命
「本当にここがサラヴェルの荒野なのか・・・?」
「間違いない、と思う。遠くの山の並びが全く一緒」
「俺の目を疑うのか?」
「そんなわけ無い。けど、あの死んだ荒野が森に変わるなんて考えられないだろ」
「・・・俺もお前の立場なら信用しきるのは難しいか」
「だろ?」
「はいはい、私語はそれまで。この任務は王命よ。一瞬足りとも気を抜いちゃダメ」
「分かってる」
「ああ」
俺たちは弓を持ち、周囲を警戒しながら進む。
俺たちがここまで通った森と目の前の森には明確な境目があり、異様な雰囲気を漂わせていた。
俺たちがここに来る事になったのは我々エルフの王、ハイエルフから命令が下されたからだ。
きっかけは一つの情報。
森を産む神を見た、と。
これがそこらのエルフの情報であれば笑い話の一つになったはずだ。
重要なのはこの情報がそこらのエルフでは無かった点だ。
情報は今隣に目を光らせ続けるエルフ、[遠目のカイナ]が手に入れ、王の耳に直接届けられた。
カイナはエルフ、六人の英雄の一席、王の目として森の異常に目を配らせ続ける諜報兼調査を担っていた。
カイナは元々、王から森が慌しいと情報が入り警戒し、自ら足を運んで国境周りを見回っていた。
そしてサラヴェルの荒野から逃げてくる動物や魔物達がエルフの森に押し寄せて来る異常を見て、調査を始めた瞬間にそれを見た。
象に囲まれる中、一つだけ別の生き物が混ざっているのを。
妙だ。象は温厚で仲間意識が強く、他の動物を群に混ぜるなどということは絶対にない。
ましてやあのように守りながら動く事などあるはずが無い。
だが自分の王の目を疑う事などあってはならない。
あまりに遠すぎて見きるのは難しいが、あの存在が森を生み出しているのもまた、現実。
故にその魔物の情報ををまとめ、王の耳に届けた。
そして王はその魔物を“神獣”と暫定し俺たちに調査を依頼した。
「神獣か、その内捕まえろとでも仰られるかな」
「恐ろしい事を言うな。死んだ大地を蘇らせる理由が知りたいのが今の中央の総意だろう。ただ恵みを与える存在なのか、仲間を増やして攻め入るのか、攻め入るなら何処なのか。知りたい事は山程ある」
「でも、私達エルフにとってはそれ以上に、森を創り出すというのはその一点だけで、何を捨ててでも仕え、崇め祀る存在。そうなったら国は二つに割れるわ。だから今、中央は揺れてる。精霊信聖教会の穏健派ではあるけど幹部のアナタがついて来たのもそのせいでしょ?」
鍔あり帽子を被るローブの女性は、後ろの神官を見る。
「・・・森が生まれているというのに、精霊達が静かすぎるのです。その様な精霊王の如き業を扱えば何かしら反応があるはず。ですが、何も無いのですよ。まるで我らにその存在を知られたく無いかの様に」
「隠したがっているって事か?一体なんのために」
「分かりません。精霊と敵対しているのか、友好的なのかどうかすら分からないのです」
頭を振りかぶる神官を見て、俺は肩をすくませ剣を抜く。
「つまり、結局行ってみるしかねぇって事か」
「そうね」
「カイナ様、斥候頼んだぜ」
「言われるまでも無い」
皆が各々の武器を構え、カイナ、俺、魔導士のサシャ、神官のエミルの順に並ぶ。
「それじゃ、皆、行くぞ」
「「「了解」」」
音の無い森を俺たちは奥へと進んで行く。
「・・・おかしい」
「ああ、何かおかしいな」
「静かすぎる」
「精霊は何か反応ないか?」
青い顔を神官を見た。
さっきからずっと顔色が悪い神官は震えた声で言った。
「・・・この森に来てから精霊が私達の前に姿を現しません。助力を願うのは難しい・・・かもしれません。こんな事、今まで無かった・・・です」
それを聞いて俺は迷いがなくなる。
「・・・引き返そう」
「っ、正気?まだ何も分からないままよ?」
「ここまで入って何も無いことが問題だ。それに一人は万全どころか足を引っ張りかねるこの状況。イレギュラーが多すぎる。何かが起きて消耗する前に帰還し、この情報を伝える。これだけでも十分成果だ」
「俺は賛成する。俺の目にも何も映らない。おかしい」
魔導士のサシャに改めて眼を向ける。
「・・・分かったわ、帰還しましょう」
そして、それは現れた。
「ソレハ、ソレハ」
「コマル!コマル!」
人間の声じゃ無い声がする。
「ツギ、ナンヒキ、クル?」
「クル!クル!」
「ナンデ、クル?」
「ワカラナイ、ダメ」
「オウサマ、コマル!ダメ!」
「「「「!?」」」」
「総員円で囲み警戒体制!!!」
何処から現れた!!!
カイナを見れば上を凝視している。
木の上か!
だが今までなんで気付かなかった。
カイナが居て気付かない訳がない。
「猿、か?」
「ソウ、ソウ!」
「サルドモ!」
「サルドモ、デス!」
猿がエルフの言葉で喋っている異常に冷や汗を拭いながら話をしてみる。
「先ほど王様と聞いた。俺達が探しているのは恐らくその方だ。会わせてくれるか?」
「ダメ!ダメ!」
「オウサマ、ミテイイノ、スクナイ!」
「ソッチノ、オウサマ、ミセテ!」
「オウサマ、アワセロ!」
俺は共に来た者達に一度目を合わせ確認しあった。
「では一度帰り、王に相談しよう!それで良いか!」
「イッピキ!イッピキ!」
「イッピキ!オイテイケ!」
「コロサナイ!コロサナイ!」
人質の意味を理解している・・・?猿が?
なんだこれは。
この森はなんなんだ。
どうする、誰を置いていく。
もし強行突破で抜け出せば、この森の王は俺たちを信用しないだろう。
それは王の意向では無い。
カイナは唯一王と思しき姿を一度捉えている。
王の側で判断する為にも帰還させたい。
神官を残せば帰還した時に次教会から派遣される神官が過激派になる可能性がある。
いや、この場合神官は帰還しても変えられるか。
だが教会の神官に何かあれば国で起こる問題が増えてしまう。
つまり、俺か、サシャが無難。
「・・・俺が──」
「私が残るわ」
「・・・何か理由があるのか?」
「無い、とは言えないわ。森を産む神獣、もし本当なら見れるだけで一生エルフに自慢できるもの」
「それだけか?」
「それだけよ」
サシャは胸を張って前へ出た。
「キマッタ?キマッタ?」
「ええ、私が残るわ」
「キマッタ!キマッタ!」
「ニンゲン!カエレ!」
「マッスグ!マッスグ!」
「ノコルヤツ!コッチ、デス!」
「コッチ!コッチ!」
「オウサマ!ホメル!」
「サルドモ!ホメル!」
「ヤッタ!ヤッタ!」
「タノシミ!」
聞き馴染まない高い猿特有の声で、エルフ語を喋るその事実に俺たちは震える。
「帰還し、すぐ報告するぞ」
一体この先に何がいるのか。
神か、それとも魔物か。
仲間を残していく罪悪感に蝕まれながら来た道をゆっくりと警戒しながら俺たちは国に戻った。




