第2話 害虫の捕食、格上の肉体(ボディ)を奪え
頭の中に、ポイズン・センチピードの本能と感覚が雪崩れ込んできた。
何十本もの多足が地面を這う冷たい感触。紫色の毒液を蓄えた内臓の熱。
――悪くない。
半透明のモヤだったころに比べれば、今の俺は遥かに強かった。自分の意思で動き、牙を振るうことができる。
俺が乗っ取ったこの大ムカデの体長は、ゆうに2メートルを超えている。虫けらの分際としては上出来の巨体だ。
ふと、荒涼とした大地を吹き抜ける風を受けながら、俺は冷静に思考を巡らせていた。
――今更だが……俺、本当に異世界に転生ちっくなことをしちまったんだな。
生前はブラック企業で過酷に働き、最後は裏社会の連中に地下室で生きたまま臓器をえぐり出されて殺された。そんな最悪の死を迎えたはずが、気がつけば実体のない地縛霊になり、この血なまさい荒野をさまよっている。
神様なんて気高い存在は現れず、ただ己の怨念と理不尽な死の記憶だけが俺をここまで引っ張り上げた。これは夢でも見間違いでもなく、紛うことなき「異世界転生」の現実なのだろう。
「……で、だ」
現実を受け入れた上で、俺は今後の身の振り方を考える。
いくらこの荒野で害虫の肉体を奪ったとはいえ、いつまでもこんな人気のない場所を這い回っているわけにはいかない。
――いや、そもそもまともな情報を集めたり、人間社会の仕組みを知るためには、まず「街」という場所に行かなければならないはずだ。この世界の人間や文化がどうなっているのか、それを知らなければ上のステージへ這い上がることもできない。
そう思い立ち、俺はこの広大な荒野――『プレデター・ロード』の周辺がどうなっているのか、周囲の様子を観察しながら街の方向を探ることにした。
街道の周辺の地形や、遠くに見える煙の有無などを慎重に調べていた、その時だった。
草木を掻き分けて、前方から荒い足音が響いてきた。
現れたのは、獲物を探してうろつく一匹の魔獣――『ハウンド・グール』だった。
剥き出しの牙からヨダレを垂らし、血走った眼で周囲を威嚇している。
――デカい。
体長はゆうに4メートル。四つ足で立つその肩の高さだけでも、地面から1.5メートルはある。
今の俺である体長2メートルのムカデの、倍以上の体積を誇る圧倒的な巨獣だ。真正面からぶつかれば、一噛みで真っ二つに噛み砕かれておしまいだろう。
だが、俺の胸にあるのは恐怖ではなく、狂気じみた飢餓感だった。
「……ちょうどいい。あのデカい肉体を奪えば、俺はさらに上のステージへ這い上がれる」
知性がなく、力だけで他者を蹂躙するだけのクソみたいな世界。
ならば、知略と執念で、その頂点に立ってやる。街へ行くのは、このデカい肉体を奪ってからでも遅くない。
俺は音を立てぬよう、体長2メートルの巨体を泥に這わせ、4メートルの魔獣の死角へと静かに忍び寄った。
相手がこちらに気づき、鼻をピクつかせた瞬間――。
「喰らいつけッ……!!」
俺はムカデの最大射程で毒液を霧状に噴射した。
「グアッ!?」
不意を突かれ、目と鼻を毒液で焼かれた4メートルの魔獣が大きく怯む。その巨大な巨体がバランスを崩した瞬間、俺は地面を蹴って跳ね上がり、その喉元へと自らの霊魂の正体を叩き込んだ。
「ガアアッ……!? なんだ、これわ……っ!?」
魔獣の分厚い脳髄と強靭な精神が、激しく拒絶反応を起こして暴れ回る。
だが、笑わせるな。あの薄暗い地下室で生きたまま腹を裂かれた地獄の苦痛に比べれば、この程度の野獣の精神的抵抗などそよ風に等しい!
――支配する! この世界のすべてを、俺の踏み台にしてやるよ!!
ガリガリと魔獣の精神を内側から食い破り、俺の意識がその巨体の中心へと深く根を下ろしていく。
数秒後、4メートルの魔獣の猛り狂うような眼光が、冷徹な光へと変わった。
ドサリ、と街道の土煙が収まる。
そこに立っていたのは、先ほどよりも一回りも二回りも巨大で、凶悪な牙を持つプレデターと化した――俺自身だった。
「ふん。上出来だ」
低く響く唸り声を自らの喉から聞きながら、私はふと冷めた思考を巡らせる。
手に入れたのは、狂暴な魔獣の肉体だ。これなら荒野を生き抜く力はある。
だが――果たして、こんな化け物の姿になった俺を、人間たちははたして受け入れてくれるのだろうか?
いや、そもそもこの世界に、本当に人間なんて存在しているのか?
血生臭い魔物のうごめくこのプレデター・ロードの先に、俺の居場所はあるのか――。
答えのない疑問を自らの牙でかき消すように、俺はさらに強い獲物、そしてこの世界の真実を確かめるため、闇へと歩みを進めるのだった。




