第10話「俺は何もしていない。なのになぜ、全員が最強になっているんだ」
Aランク合格の翌日、ナハトに呼ばれた。
ギルドマスター室に入ると、ナハトの他に二人いた。一人は昨日の試験官だ。もう一人は見たことがない。五十代、整った服装、冒険者ではない。王国の役人の匂いがした。
「座ってください」
ナハトが言った。俺は座った。
「こちらは王国冒険者評議会の副長官、マクレイ氏です」
男が俺を見た。値踏みするような目だった。悪意があるわけではない。仕事として測っている目だ。
「セル・ヴァーン氏。昨日のAランク試験の結果は確認しました」
「ありがとうございます」
「単刀直入に聞きます。あなたのスキル、後方全域支援神域について、王国として正式に把握したいと考えています」
「それは、どういう意味ですか」
「王国付きの冒険者として任命したい。報酬は現在の十倍。身分は王国騎士相当。待遇は最高水準を保証します」
俺は少し考えた。
「断ります」
マクレイが少し目を細めた。
「理由を聞いてもいいですか」
「居場所がここにあるので」
「王国付きになっても、このギルドに籍を置くことは可能ですが」
「それでも断ります」
「なぜですか」
「俺が王国付きになれば、今一緒に動いている四人の仕事が変わります。俺のためにではなく、王国のために動くことになる。それは四人が選ぶことではなく、俺が選ぶことになる。それは違うと思うので」
マクレイが少し固まった。想定していた答えではなかったらしかった。
「……四人のために、断ると」
「俺のためでもあります。ただ、四人の方が大きい」
ナハトが手帳に何かを書いていた。試験官が少し口元を動かした。笑っているのかどうか、分からなかった。
マクレイが「検討してもらえますか」と言った。
「検討する余地はないですが、別の条件があれば聞きます」
「別の条件、というのは」
「俺が断れる条件です。王国として何かをやめてほしいことがあれば、聞きます。代わりに俺たちに何かを求めないでください、という交渉は成立しますか」
マクレイが俺を見た。長く見た。
「……何をやめてほしいのですか」
「銀の牙への評議会の調査です。ガード・クロスへの追及をやめてください」
「なぜそれを」
「ガードさんは俺を解雇しました。その判断の理由は、今となれば間違いだったと俺も思います。ただ、その間違いを評議会が追及することは、俺は望んでいません。ガードさんは自分で気づいて、自分で認めました。それで十分です」
部屋が静かになった。
マクレイが手帳を閉じた。
「……了解しました。銀の牙への調査は取り下げます。代わりに、王国付きの件は今後も提案を続ける可能性があります」
「そのときはそのときで」
「断り続けると」
「断る理由がある限りは」
マクレイが立ち上がった。俺に一礼した。それからナハトに何かを耳打ちして、部屋を出た。
残ったナハトが手帳を閉じた。
試験官が「よかったですか、銀の牙を助けて」と俺に言った。
「よかったです。ガードさんは嘘をつかない人間なので、自分で間違いに気づいたなら、自分で正せます。外から追い詰める必要はないと思いました」
「あなたに解雇されたのに」
「それと評議会の追及は別の話です」
試験官が「そうですね」と言って、立ち上がった。「Sランクの試験で、また会いましょう」と言って出ていった。
ナハトが「よくやりました」と言った。
「何がですか」
「全部です。今日のことは、俺の手帳に残します」
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部屋を出ると、廊下に四人が待っていた。
昨日からの流れで、ナハトに呼ばれたことは伝えていた。四人が来るのは想定していた。
「何でしたか」とリナが聞いた。
「王国付きの任命の打診でした」
全員が少し固まった。
「断りました」
リナが「断ったんですか」と言った。
「断る理由があったので」
「何て言ったんですか」
「居場所がここにあるので、と言いました。それと、四人の仕事を変えたくなかったので」
四人が俺を見た。
「……四人のために、ですか」とミアが言った。
「俺のためでもあります。ただ、四人の方が大きい」
しばらく誰も何も言わなかった。廊下が静かだった。
フィンが「……そうか」と言った。ぶっきらぼうだったが、声が少し違った。
クロエが「理論的には、あなたがいることで私たちは最大の力を出せます。王国付きになれば、その条件が崩れる可能性がある。合理的な判断だと思います」と言った。眼鏡の奥の目が、少し赤かった。
ミアが「ありがとうございます」と言った。小さかったが、はっきりしていた。
リナが何も言わなかった。ただ、俺を見ていた。
「リナさん」
「……何ですか」
「何か言いたいですか」
「言いたいことは、あります」
「どうぞ」
「……言えないです。まだ」
「そうですか」
「でも、いつか言います」
「分かりました」
リナが前を向いた。
「行きましょう。今日の依頼を確認しましょう」
「そうですね」
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ギルドの一階に下りると、ガードがいた。
珍しい時間帯だった。朝の依頼前ではなく、昼の報告後でもない。ただ掲示板の前に立っていた。
俺が近づくと、ガードが振り返った。
「話がある」
「どうぞ」
「評議会の調査が取り下げられた」
「そうですか」
「なぜだ」
「俺には分かりません」
ガードが俺を見た。
「……嘘をついているか」
「俺は嘘をつかないので」
「では、関係していないか」
「それも答えにくいです」
ガードが少し間を置いた。
「お前がやったのか」
俺は少し考えた。
「直接的には何もしていません。ただ、評議会の人間に会って、話をしました」
「何を話した」
「俺の依頼を断るかわりに、銀の牙への追及をやめてほしいとお願いしました」
ガードが固まった。
「……お前の依頼とは」
「王国付きの任命です」
「それを断って——俺たちを助けた、ということか」
「調査をやめてもらっただけです」
ガードが俺を見た。今まで見たことのない顔をしていた。怒っているのか、困惑しているのか、それとも別の感情か。いくつかが混ざっていた。
「……なぜだ」
「ガードさんは自分で間違いに気づいて、自分で認めました。外から追い詰められる必要はないと思いました」
「お前を解雇した人間に、そこまでするのか」
「解雇されたことと、評議会に追い詰められることは別の話です」
ガードがしばらく俺を見た。
「……俺は、お前に何をしてやれる」
「何もしなくていいです」
「それでは不公平だ」
「そうかもしれません。ただ、俺が望んでやったことなので、返してもらう必要はないです」
「なぜ望んでやった」
「断る理由がなかったので」
ガードが少し顔をそらした。
「……それだけか」
「いたいと思っているから、やった、というのもあります」
「いたい、というのは」
「ここに。この場所に。このパーティと一緒に。その居場所が守られている状態でいたいので、それを守るために動きました。ガードさんへの評議会の追及が続けば、いずれ俺たちのことも引き込まれる可能性がありました。だから俺のためでもあります」
ガードが俺を見た。
「……そうか」
「はい」
「正直な人間だな、お前は」
「嘘をつくと計算が合わなくなるので」
ガードが短く、息を吐いた。笑ったのか溜め息だったのか分からなかった。でも、いつもの固い表情とは違う、少し柔らかい何かがあった。
「一つだけ、頼んでいいか」
「どうぞ」
「銀の牙が次に依頼で詰まったとき、補給食を断らないでくれ」
「断る理由がないので」
「……それだけか」
「腹が減った人間に食わせるのは、俺の仕事なので」
ガードが頷いた。
「分かった」
それだけ言って、ガードは歩いていった。
俺はその背中を見た。
一週間前、俺を解雇した人間の背中だ。今日、同じ人間の背中を見て、一週間前とは違う何かを感じていた。
何かが変わったのか、それとも最初からそういう人間だったのかは、俺には判断できなかった。ただ、ガードは嘘をつかない人間だ。それは変わっていない。
「セルさん」
後ろからリナが来た。
「どうでしたか」
「話しました。評議会の件は俺が動いたと伝えました」
「ガードさんはなんて」
「なぜかと聞きました」
「なんて答えたんですか」
「断る理由がなかったので、と言いました」
「それだけですか」
「いたいと思っているから、とも言いました」
リナが少し止まった。
「……ガードさんに、ですか」
「そうです」
「あの人に、そんなことを言えるんですか」
「嘘をつかない人間には、正確に言った方がいいので」
リナがしばらく俺を見ていた。
「……そういうところですよ、あなたは」
「どういうところですか」
「なんでもないです。行きましょう」
リナが歩き始めた。俺はその後ろをついていった。
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夕方、全員で食堂にいた。
今日の依頼の報告を終えて、飯を食っていた。
リナが「今日は、いい一日でした」と言った。
「そうですか」
「Aランクになって、評議会の件も解決して、ガードさんとも話ができて」
「そうですね」
「セルさんにとってはどうでしたか」
俺は少し考えた。
一週間前の夜を思い出した。宿の部屋で、一人で手帳を開いて、一人分の計算をしていた。銀の牙を解雇された夜、行くあてがなかった。
今日は、五人で飯を食っている。
「いい一日でした」と俺は言った。
「それだけですか」
「それだけですが、十分です」
リナが「もう」と言ったが、怒っていなかった。
クロエが「今日、評議会の人間に何を言ったか、正確に教えてもらえますか。記録したいので」と言った。
「どうぞ」
「四人のためだった、というのは本当ですか」
「本当です。俺のためでもありますが」
「俺のため、というのは」
「居場所を守りたかったので」
クロエが眼鏡を磨いた。
「……あなたが居場所と思っているなら、私たちにとってもそうです。理論的には」
「そうですか」
「そうです」
ミアが「私も」と言った。フィンが「俺も」と言った。ぶっきらぼうだったが、確かに言った。
リナが何も言わなかった。ただ、俺を見ていた。それで十分だった。
俺は手帳を開いた。
今日の記録を書いた。
「一週間で五人のパーティになった。Aランクになった。評議会の件は保留になった。ガードさんの件は一段落した」
それから少し考えて、一行書き加えた。
「ここが俺の居場所だ」
いつもは書かない言葉だった。
書いてから、手帳を閉じた。
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食堂を出るとき、掲示板に新しい告示が張り出されていた。
赤い縁取りの紙ではなかった。黒い縁取りだ。緊急を超えた重大事項に使われる色だ。今まで見たことがなかった。
内容を読んだ。
『王都冒険者への緊急通達——廃坑ダンジョン最深部において、第四の調査パーティが消息を絶った。生存者の確認なし。調査依頼を一時停止。詳細は別途通達』
第四のパーティが消えた。
六話のとき張り出されていた告示に「過去三パーティが撤退」とあった。撤退ではなく、消息を絶った。帰ってきていない。
リナが隣に来て、同じ紙を読んだ。
「……帰ってきていない」
「そうですね」
「六話のとき、あなたは『撤退している、つまり帰ってきている』と言っていましたね」
「言いました」
「今回は違います」
「そうですね」
「……どうするんですか」
俺は少し考えた。
告示には「調査依頼を一時停止」とある。受けることはできない。しかし停止は一時的なものだ。また告示が出る可能性がある。
「今は何もできません」
「今は、ということは」
「告示が再開されたとき、判断します」
「行くつもりですか」
俺は少し間を置いた。
「断る理由がなければ」
リナが俺を見た。
「四人が全員承知した上で、断る理由がなければ、ということですか」
「そうです」
リナがまた告示を見た。黒い縁取り。消息を絶ったパーティ。詳細は別途通達。
「……私は反対しない」
「今は判断しなくていいです」
「分かっています。ただ、言っておきたかった」
クロエが「理論的には、今の私たちの構成で行けるかどうか、計算してみます」と言った。
ミアが「こ、こわいですが——みんなが行くなら」と言った。
フィンが「最深部まで帰ってきた人間がいないなら、俺の情報が一番役に立つ」と言った。
全員が告示を見ていた。
俺も告示を見た。
廃坑ダンジョン最深部。消息を絶ったパーティ。
一週間前、俺は一人だった。今日、五人になった。Aランクになった。
次は何がある。
手帳を開いた。
「廃坑ダンジョン——いつか行くかもしれない場所」
六話でそう書いた。今日は書き直した。
「廃坑ダンジョン——五人全員で判断する場所」
それが今の俺の答えだった。




