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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革農村編〜』  作者: くろめがね


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第六十九話 人が増える日

69話です。

土煙は、ゆっくりと近付いてきた。


戦なら、もっと速い。


略奪なら、叫び声が混じる。


だが、目の前の集団は違った。


鍬を肩に担いだ男がいる。


幼い子を背負った女がいる。


腰の曲がった老人が、杖を突きながら列の最後を歩いている。


誰の手にも武器はなかった。


代わりに、皆が同じものを持っていた。


不安だった。


「……こんなに」


セラが思わず息をのむ。


数え切れない。


二十人。


三十人。


いや、それ以上いる。


小さな農村にとっては、一度に受け入れられる人数ではない。


先頭を歩いていた白髪の老人が、村の入口で立ち止まると、深く頭を下げた。


「昨日、うちの孫がお世話になりました」


その横で、少年も頭を下げる。


「……連れてきちゃった」


困ったように笑う顔を見て、ロウは責めなかった。


責めても、人は減らない。


増えたものをどう扱うか。


それが、今考えるべきことだった。


老人は懐から布袋を取り出した。


中には銅貨が入っている。


多くはない。


それでも、その家にとっては決して軽い金額ではないことが分かる。


「授業料です」


「教えてください」


「水を」


「土を」


「飢えない方法を」


その声は一人ではなかった。


後ろから、次々と同じ言葉が続く。


「うちの畑も駄目になりました」


「税が払えません」


「子どもだけでも助けたい」


「一日でもいいんです」


畑は静まり返った。


昨日まで、自分たちが絶望していた。


その自分たちのところへ、今度は誰かが希望を求めて歩いて来ている。


その重さに、誰もすぐには口を開けなかった。


ロウは板を立てた。


白い粉を指先で払う。


そして、いつもより大きな字で書いた。


授業はする。


その下へ続ける。


全員ではない。


ざわめきが起きる。


老人の肩が、小さく落ちた。


「……やっぱり」


誰かが呟く。


「無理ですよね」


ロウは首を横に振る。


「違う」


静かな声だった。


「全員を一度に教えたら、誰も覚えられない」


板へ一本線を引く。


さらに書き足す。


十人ずつ。


「十人?」


少年が聞き返す。


「今日は十人」


「明日も十人」


「覚えたら」


ロウは村人たちを見渡した。


「今度は、お前たちが教える」


その場の空気が止まる。


老人が目を丸くした。


「私たちが……ですか」


「そうだ」


「先生は、一人だった」


「でも、この村は一人じゃない」


その言葉に、村人たちの顔が少しずつ変わっていく。


先生が消えてから、自分たちは「教わった者」だと思っていた。


だが違う。


いつの間にか、自分たちは「教えられる者」になっていたのだ。


セラが一歩前へ出る。


「水なら私がやる」


ミラも続く。


「土なら私」


ロウは短く頷いた。


「倉は俺」


「人の配置は?」


若い男が手を挙げる。


「俺がやる」


一人、また一人と前へ出る。


気が付けば、板の前には先生はいなかった。


その代わりに、先生から学んだ人間が並んでいた。


老人はその光景を見つめ、目頭を押さえた。


「村長」


後ろから声が掛かる。


若い母親だった。


胸に赤子を抱き、汗を拭いながら言う。


「この村……先生が何人もいるんですね」


その言葉に、ロウは少しだけ空を見上げた。


違う。


先生は一人しかいない。


ただ、一人が残していった問いが、人から人へ受け継がれているだけだ。


その時だった。


見張り台の上から鋭い声が飛ぶ。


「ロウ!」


全員が振り向く。


見張りの青年が青い顔で村の外を指差していた。


「また馬だ!」


今度は三騎ではない。


五騎。


しかも先頭には、昨日見た白い法衣が風を受けて揺れている。


その後ろには、役人だけではなく、槍を持った兵まで並んでいた。


教会は、もう一度来た。


今度は様子見ではない。


人が集まり始めたという噂を聞きつけ、確かめに来たのだ。


ロウは板をゆっくりと裏返した。


さっきまで書かれていた「授業」の文字が、土に向く。


そして静かに言った。


「授業は中止だ」


少年が驚く。


「どうして!」


ロウは遠くから近付く白い法衣を見つめたまま答えた。


「違う」


「授業は、終わりだ」


「ここからは」


一拍置く。


「試験が始まる。」

誤字脱字はお許しください。

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