第六十四話 取り立てに来た神
64話です。先生がいない教室には、沢山の時間が起こります。
朝。
泥の匂いが、まだ残っている。
流された畑。
積み直した水門。
疲労。
誰もが、昨日の失敗を抱えている。
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そこに、
音がした。
馬の音。
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「……来るぞ」
誰かが言う。
村に、馬はほとんど入らない。
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三騎。
一人は役人風。
二人は武装。
そして、
もう一人。
白い衣。
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「税の確認だ」
役人が言う。
乾いた声。
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ざわめき。
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「水門が崩れてな」
ロウが前に出る。
「収穫、少し——」
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「関係ない」
即答だった。
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「規定は規定だ」
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その横。
白衣の男が、
ゆっくりと周囲を見る。
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「……聞いている」
静かな声。
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「この村は、
“決める場所”を持っていると」
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空気が凍る。
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「……誰から?」
セラが、思わず聞く。
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男は、微笑む。
「神は、見ている」
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その言葉が、
嫌に生々しい。
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役人が、板を見る。
倒れていた板。
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緊急時 → 一人決定
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「……これは何だ?」
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沈黙。
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「自治か?」
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武装の一人が、
剣の柄に触れる。
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「許可は?」
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ロウが答える。
「生きるための判断だ」
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白衣の男が、
一歩前に出る。
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「生きるための判断は」
優しい声。
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「神の下で行うものだ」
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畑の空気が、
重くなる。
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「水を動かし」
「人を動かし」
「線を引き」
「役を回す」
男は続ける。
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「それは、
教えられたのか?」
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子どもが、
思わず言う。
「先生——」
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セラが口を塞ぐ。
遅い。
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白衣の男の目が、
細くなる。
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「先生?」
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沈黙。
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「どこにいる?」
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誰も答えない。
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役人が、
冷たく言う。
「税は増える」
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「自治をしている村は、
監督費がかかる」
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ざわめき。
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「増える?」
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「決定権を持つなら、
責任も増える」
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白衣の男が、
静かに畑を見る。
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「水門を動かしたな」
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ロウの拳が、
わずかに震える。
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「神に祈らずに」
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その一言が、
空気を裂く。
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「……祈ったら、
水は戻るのか」
若い男が、
思わず言ってしまう。
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静寂。
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武装の男が、
一歩踏み出す。
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白衣の男が、
手を上げて止める。
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「面白い」
微笑む。
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「ならば、
証明してみよ」
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「次の雨が来るまでに、
今年分の税を納めよ」
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「できぬなら——」
視線が、畑を滑る。
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「水の管理権を、
教会が引き取る」
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それは、
死刑宣告に等しい。
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馬が向きを変える。
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「三十日だ」
役人が言う。
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蹄の音が、
遠ざかる。
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畑に残るのは、
泥と、沈黙。
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「……三十日」
誰かが呟く。
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「無理だ」
別の声。
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ロウが、
ゆっくり板を立て直す。
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手が震えている。
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板に書く。
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三十日
・税
・収穫減
・水門修復
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さらに書く。
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外圧
→ 教会
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セラが、
静かに言う。
「……先生、
これ、知ってた?」
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ロウは、
答えない。
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だが、
心の中で、
はっきり理解している。
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だから消えた。
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農村は、
初めて本当の敵を見た。
内部ではない。
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外だ。
先生のいない教室の事件は、お調子者が起こした不意のおバカな事件か、もしくは外からの招かれざる客が起こすのです。




