第六十三話 決められなかった日
63話です。
朝。
空が、重い。
風が止まっている。
誰も言わないが、
全員が気づいている。
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「……水、
落ちてない?」
ミラが言う。
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水路を見る。
昨日より、
明らかに細い。
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「……上流?」
誰かが呟く。
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板の前。
二名制が初めて動く。
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安定役:セラ
前進役:若い男
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「……増やす?」
「いや、維持」
意見が割れる。
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「理由は?」
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「今動くと、
全体が崩れる」
セラ。
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「止まったら、
全部止まる」
男。
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沈黙。
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「……どっち?」
誰かが聞く。
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答えが、出ない。
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午前。
水位が、さらに下がる。
畑の端が、乾き始める。
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「……早く」
声が出る。
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二人は、
板の前で立ち尽くす。
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「……決めて」
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「……」
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時間が、過ぎる。
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初めて。
誰も指示を出さない時間が生まれる。
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昼。
叫び声。
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「止まった!」
上流から、
人が走ってくる。
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「水門、
崩れてる!」
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ざわめきが、爆発する。
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「……誰が判断する!?」
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全員が、
二人を見る。
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安定役。
前進役。
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二人とも、
言葉が出ない。
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理由は単純だ。
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安定役:
壊れる可能性を恐れる。
前進役:
情報が足りない。
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そして――
先生がいない。
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「……俺、行く!」
若い男が叫ぶ。
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「待って!」
セラが止める。
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「状況、分からない!」
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言い合い。
初めて。
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「だから、
止まるんだよ!」
男が怒鳴る。
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「突っ込んで
壊したら終わり!」
セラも声を上げる。
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静まり返る畑。
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その瞬間。
ロウが、
板を蹴飛ばした。
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乾いた音。
全員が固まる。
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「……もういい」
ロウが言う。
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「二人で決めるって
言ったな?」
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誰も動けない。
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ロウは、水路へ走る。
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「持てる奴、来い!」
叫び。
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数人が反射的に動く。
派閥も、役も関係ない。
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崩れた水門。
泥。
崩れた石。
濁った水。
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「止めるな!」
ロウが言う。
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「流せ!」
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「でも!」
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「止めたら
全部腐る!」
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土嚢を投げる。
石を積む。
体で押さえる。
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水が、
一気に戻る。
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だが。
畑の一部が、
流される。
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夕方。
全員、泥だらけ。
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板は、
地面に倒れている。
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セラが、
震える声で言う。
「……判断、
間違った?」
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ロウは、
首を振る。
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「違う」
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「判断が
出なかった」
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沈黙。
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若い男が、
地面を見る。
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「……俺、
待った」
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「俺も」
セラ。
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「二人だから、
止まった」
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ロウが、
板を拾い上げる。
泥を払う。
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新しく書く。
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二名制
→ 安全
→ 遅い
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さらに書く。
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緊急時
→ 一人決定
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空気が、
変わる。
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夜。
逃がす場所。
誰も笑わない。
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子どもが、
小さく言う。
「……先生、
怒るかな」
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ロウは、
少しだけ空を見る。
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「……怒らない」
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「……じゃあ?」
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「観察する」
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畑の端。
流された区画。
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だが。
水は、戻った。
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農村は、
初めて理解した。
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教育も。
内政も。
制度も。
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決断が遅れた瞬間、
全部壊れる。
誤字脱字はお許しください。




