95 アルバート、死す
ある部屋に一人の老人がベッドの上で寝ていた。
その人物の名はアルバート=トンプソン。
元軍人で、龍にしてはかなり長命の老人。
人間換算でいうと90近いだろう。
そんな彼はベッドに横たわりながら窓の外を眺めていた。
「懐かしいですな……」
窓の向こうで白い翼の鳥が横ぎっていく。
それを見て彼はあの日のことを思い出していた。
あの日。
それは数年前、このニュードラグーンの上空で白い翼を持つ少女が消滅してしまった日だった。
彼はそれを遠くからなにもできずに見ていたのだ。
できれば自分にできることがあるのだったら助けに行きたかった。
しかし見えない透明な壁に阻まれてそれ以上近づけなかった。
なにをどうやっても壁は破れず、自分の弱さに絶望した。
力さえあればなんでもできる。
そう彼は信じていた。
それなのに、自分はたった一人の上官も救えなかった。
それは果たして本当に自分は「強い人間」と言えるのだろうか。
たった一人の上官を救えなかった自分が本当に「強い人間」を名乗っていいのだろうか。
自分は「強い人間」なんかではない。
本当は「弱い人間」なのだ。
そんな自分が軍人をやっていいわけがない。
そうして彼は軍帽を脱いだのだ。
しかし彼女はそれを聞いて何と言うだろう。
『アホか貴様は!』とでも言うのだろうか。
彼はいかにも彼女が言いそうなことを想像して口元を綻ばせた。
「ゴホッゴホッ」
彼は自分の口を押さえて咳き込んだ。
その手を口から放すと手には血がついていた。
「どうやら、団長にはもう会えないようだ」
その時、部屋の扉からコンコンと扉を叩く音がした。
彼はなにもなかったかのように返事をする。
すると扉がギギーッと嫌な音を立てて開いた。
そして部屋のなかに彼が見たことがない少女が入ってきた。
「……誰だ」
彼は背中に光線銃を忍ばせながら少女に問う。
「はじめまして、アルバート=トンプソン。私の名前はトルスマン。あなたの上司を会話できない状態にした人物で、これからあなたを殺す者です」
「なに!? 団長になにをしたのだ!」
彼は後ろに忍ばせていた光線銃の銃口を少女に向けた。
「おやおや、いけませんねぇ。私のような乙女に銃口を向けるだなんて」
彼はそれらの言葉を無視してトリガーを引こうとする。
しかし彼はトリガーを引くことができなかった。
「な、なにを……」
トリガーを引けないだけではない。
からだ全体が金縛りのように動けなかった。
その慌てように少女は満足気に笑う。
「tyrannus104。Caelum! Utere mea potestate ut unum interficias coram te!」
少女は彼にむかって高らかに宣言した。
死ね、と。
次の瞬間、ベッドに横たわっているのは一人の老人ではなく何も話さないただの物体となった。
「アルバート、あなたはよく頑張りましたよ。あとのことは任せてください。すぐにお孫さんもそっちに連れていきますから」
そう言うと少女はコツコツと靴の音を立てて死体から離れていった。
その口元は狂人のように、
笑っていた。




