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『二か月程前にずぶぬれで宿に駆け込んだ美形の男女がいたらしい』
アドルフがその話を聞いたという飲み屋に行くことになった。
そこでその噂が本当なのか、本当ならその宿はどこか、を調べるために。
「俺から離れんなよ」
事前にそう言われてはいたが…。
アドルフが足を踏み込んだ飲み屋街はちょっとガラが悪い場所だった。
冒険者御用達の通りと言えばいいのだろうか?
様々な武器を持ったガタイのいい大きな男性がたくさん行き交っている。もちろん女性冒険者の姿もあるが、皆一様に尖った空気で近寄りがたい。そんな人達が多く集まる場所。
シュネート村でも農業をしているだけあって体の引き締まった男性は多かった。けど皆のんびりとした空気を醸していたから…。
…全然違う。ちょっと怖い。
エルフォール商会の護衛任務をしていた『ウルス』と『オングル』の人達は温厚な感じで全然怖くなかったのに…。
ふと異世界ものの小説が好きだった弟なら「すげー!!本物の冒険者だ!!」と喜びそうだなと思った。
そんなことを考えたら少し気が楽になる。
そうだね。エルンストとアンネリーエのことは心配だけど、この世界を知る楽しみも忘れないでいないとね。
心の中で弟に返事をする。
アドルフが「ここ」と親指で示した飲み屋は通りの中ほどにあった。
その扉を開ける。
ギィ…。
テーブルの食器を片付けながらこちらを振り返った店員の男性。
「らっしゃい。おう、アドルフ!帰って来たんか」
アドルフの知り合いだったようで、彼を見ると笑顔になった。
店員と言ってもガタイも声も大きく冒険者だと言われても疑わない感じの男性だ。
「ああ、ついさっきな」
アドルフも彼と簡単に近況報告などをして談笑する。
アドルフの後をついてお店に入ったユリウスとエメリヒと私。
中は複数人が座れる丸テーブルがいくつかあり、奥にはカウンター席があった。
そんなに広いお店ではないがカウンターの横には大きなビール樽があり、棚には数種類のお酒の瓶。
お店の中はまだ飲む時間には早いせいか客はまばらだった。
店員はアドルフと話している男性以外にカウンターに一人と料理人が奥にいるのが見える。
「なあ、飲んでいくんだろ?」
店員は複数枚の皿を片手で持ち、反対の手にもジョッキをいくつも持ってカウンターの奥の厨房へと戻っていく。
「あ~それはまた今度。それよりさ、訊きたいことあんだよ」
アドルフは店員についてカウンターまで歩いていき『ずぶぬれの男女』について話をふる。
店員は「あ~そんな話…あったなぁ」とうろ覚えの様子。
他の店員も「あ~」という反応である。
「あの話って誰がしてたっけ?」
アドルフがさらに訊ねていると、店の扉が開いた。
入って来たのは女性ばかり五人。冒険者パーティーのようでそれぞれ槍や剣、弓などを持っている。
全員奇麗な人達だった。
「あ!アドルフ!!」
その中の一人が叫んだ。赤みがかった茶色の髪を緩く三つ編みにし左側にたらした女性が、カウンターに立っていたアドルフにダッシュで駆け寄り飛びついた。
「いつ戻ったの?」
甘えるように訊ねる彼女をしっかり受け止めたアドルフは慣れた様子である。
「ついさっきだよ」
「ああ、そういやさっきの話、マーガレット達が言ってたんじゃなかったか?」
店員の男性が思い出したように話をふった。
「え~何のこと?」
と小首を傾げて店員を見る。先ほどアドルフが訪ねていた話を店員が説明する。
その間も彼女の体はアドルフとピタリとくっついたまま、そして彼の手は彼女の腰にある。
彼女は体の凹凸がしっかり分かる服にだぶっとした上着を羽織り、下はタイトなズボンとブーツという出で立ち。他の男性客はアドルフを羨ましそうに見ている。
…目のやり場に困るな。
「あらあら」
その声に顔を上げるとマーガレットと一緒に入って来た残りの女性四人が彼女の暴走を面白そうに眺めていた。
するとその中の一人がチラリと私を見た。
にこりと微笑まれてドキッとする。
出入り口で立ち止まっていた他の女性達もすぐそばに立っていた私達に気づき。
「あら…いい男ね」
別の一人がユリウスを見るとクスリと笑った。
そしてユリウスの肩に手を置くと「遊ばない?」と声をかけた。
ユリウスは一瞥すると「結構だ」と視線をアドルフへと戻す。
「残念」
ちっとも残念ではない様子で彼女はクスクス笑いながらすぐユリウスから離れる。そしてメンバーと連れ立って奥の丸テーブルへと歩いて行った。
エメリヒはそのやり取りにドン引きしていたが、彼は彼で別の女性から通りすぎざまウインクされていた。
なんというか誘うのも誘われるのも慣れている感じの女性パーティーのようだった。
「真似しなくていいから」
エメリヒから釘を刺されたが、どうやったら私にあんな真似ができると言うのか。
「ああ!あの話ね!」
マーガレットの声に意識を彼らに戻す。
「男がすごい色男だって言うから翌日見に行ったんだけど、もういなかったのよね~。宿屋のおじさんも気づかないうちにいなくなってたみたいで」
マーガレットとの話で実際に『ずぶぬれの男女』が宿にいたことが分かる。
エメリヒを見ると頷き私の手を握った。エメリヒも私と同じで逸る気持ちを我慢しているのが伝わってくる。
「その宿ってどこ?」
アドルフが訪ねるとマーガレットは「え~」と傾げ、上目遣いで彼を見つめて。
「タダじゃイヤ」
そう言うとアドルフに何か小声で話しかけアドルフもそれに答える。
マーガレットはクスクス笑うとアドルフに何かを伝えた。
「ありがと。助かった」
アドルフがマーガレットの頬を優しく撫でるとマーガレットがするりと彼を放した。
アドルフが店員の男性に「これで」とお金を渡す。
「今度は遊んでね~」
というマーガレットの元気な声に送られながらアドルフが私達のところに戻ってきた。
「どの宿か分かった。行こうぜ」
何事もなかったかのように私達を促すアドルフ。
ユリウスもエメリヒも何とも言えない顔で無言を貫いていた。
お店を出ると「こっち」と私達を誘導しつつアドルフが歩き出す。
私達もその後をついていく。
さっきの飲み屋でのやり取りから気持ちが追い付いていない。
アドルフってどういう人なんだろう。女ったらし…なのかな?
「アドルフさんって凄いですね。あっという間に聞き出しちゃうし…女性の扱いも慣れてて…驚きました」
正直に感想を伝えるとアドルフは「ああ」と苦笑いした。
「ああいう冒険者してる女の子はさ、舐められないようにいつも気を張ってるじゃん。だから俺みたいな安全圏に甘えてくるんだよ」
仕方ないよなと言わんばかりの態度だが、それを上手くあしらっているアドルフは十分凄いと思う。
「実際はなんもないけどな。俺モテないし」
とから笑いするアドルフ。
それは絶対嘘だと思った。
この人ガチでモテるのにわざとスルーしてるんだと。
その理由が何なのかは分からないけど…。
もしかして好きな人がいるのかな?
「リナは真似すんなよ」
とアドルフに言われた。困った顔で私を見下ろしている。
…いや。
エメにも言われたけど、どうやって真似したらいいのか…。
バターン!!
突然扉が乱暴に開く音が響いた。驚いて振り返ると、さっきまでいたお店から男性冒険者が通りの道に吹っ飛ばされて倒れていた。
その吹っ飛ばされた男を追って店から歩いて出てきたのは、さっきユリウスに誘いをかけていた女性冒険者。
彼女はうつ伏せで倒れている男性のお尻を、ブーツの踵で刺すように踏みつけるとニヤリと笑った。
「それで?私をどう楽しませてくれるって?」
そう言うと足だけで男性をボコボコにし始める。
突然の出来事に唖然として見入ってると視界を手で塞がれた。
「見なくていい」
アドルフは私をくるりと前に向け背中を押して歩き出す。
「リナは真似すんなよ~」
そう言ったアドルフは顔が引きつっていた。
いや、だから、どうやったら私に真似できると!?
私は「できないよね!?」の意味を込めてエメリヒとユリウスを振り返ると、二人にスッと目を逸らされた。
え!?何でよ!?
誰も私の問いには答えてくれず、私は追及し損ねたまま宿へと向かうこととなった。
「ここだな」
マーガレットから聞いた宿の前までついた私達。
アドルフは私達を振り返る。エメリヒが頷くのを確認すると宿の扉を開けた。




