47
その後はビアンカが言った通りアーテムの町へ入るには時間が遅いということで、そこで野営することになった。
エメリヒは最後まで護衛の仕事をすることになり馬車の見張りに行っている。
私はさすがに休んでいていいとなり、夕食作りの手伝いもせず、ジャマにならないところでユリウスと作業する人達の様子をぼんやり眺めていた。
アドルフは『ウルス』のメンバーと知り合いだったらしく、この隊商と同行して町へ入ることになったらしい。彼はテキパキと野営の手伝いをしている。
私は気が抜けたのか体の打ち身がズキズキしだし、頭まで痛くなってきて。
「ユリウスさん…あの、治療を…お願いできませんか?」
我慢できずにそう頼むと、頷いて私を横抱きに抱え上げた。文句を言う元気もなくて、ユリウスの胸に寄りかかる。
「治療をしたいのだが馬車を使わせてもらっても?」
商会の使用人へ確認をとり、幌馬車の荷台の中。
カーテンを引いてもらい薄暗い中で服を脱ぐ。
肩、腕、背中、腰と…そして服で隠しつつも胸や腹、足に回復魔法をかけてもらう。
痛みがすうっとなくなり楽になった。
やっぱり回復魔法ってすごいな…。
のろのろと服を着ているとふらついた。
ユリウスが支えてくれて、そのまま横に寝かされる。
ユリウスの大きな黒い外套をかけられ頭を撫でられた。
「休んでいろ」
メーネルでは不審者に間違われて嫌だったユリウスの外套。だが今は彼のぬくもりが心地よく、ユリウスの匂いに包まれると安心してしまって。
一瞬で寝落ちしてしまったリナ。
ユリウスはリナの肌を初めて見た時のことを思い出していた。
華奢な体には魔物に食いつかれ大きな牙の穴が開き、そこから大量の血が流れ出ていた。
イーヴォが魔器になりやっと治療ができ塞がったケガ。
奇麗になった肌を見てどれほど安堵したか。
それはエメリヒも同じだったはずだ。
今日のケガをエメリヒが見ずにすんで良かったと思うユリウス。
彼が見ていたら、たとえリナが許しても彼はスイエルを許さなかっただろうからだ。
それは無自覚なユリウスにも言えることではあったが。
「おーい、飯持ってきたけど」
幌馬車のカーテンの向こうからアドルフの声がした。
ユリウスはカーテンを開けると差し出された食事を受け取る。
「ケガ、大丈夫だった?」
心配げな声にユリウスは頷く。
「今は眠っている」
「そっか。目が覚めたら食わせてやってよ」
そう言うとアドルフはカーテンを閉めて戻っていった。
幌馬車の中、二人だけ隔離されたような暗がりにリナのか細い寝息が聞こえる。
『何度小娘を危険にさらせば気が済むのじゃ』
イーヴォの言葉がユリウスの胸に棘のように刺さっていた。
翌朝。
なんだか硬い…でも暖かい枕の感触で目が覚めた。
この硬さ…なんだっけ?
その硬いものをさすって既視感があるなとぼんやり思っていると
「…くすぐったいんだが…」
頭の上から声がした。見上げると奇麗な青紫色の水晶の目と合った。
!!
ガバリと起き上がる。
「す、すみません!!」
またしてもユリウスの膝枕で眠っていたらしい。
昨夜かけてもらったユリウスの外套の上にさらに毛布がかけてあった。
どうりで暖かかったはずだ。
ユリウスを見ると彼も毛布を肩からかけ、寄りかかって座っていた。
ずっとその体勢で私の膝枕をしてくれていたようで。
「…急に起き上がるな」
ユリウスの心配気な顔に申し訳なくなる。
「体は?」
そう言われ自分の体を確認。まだ眠たいし体が怠いものの打ち身による痛みはなかった。
「はい、大丈夫です。昨日はいろいろご迷惑をおかけしてすみませんでした」
ホントに迷惑かけまくりだよね…。体のことも…。
ユリウスは頭を振って
「俺の方こそ気づくのが遅くなって、悪かった」
その声がなんだか沈んでるような気がして。
「あの!お腹空きましたね!」
「…そうだな。君は昨日から食べてないし」
ユリウスの視線を追うと二人分の手つかずのスープとパンがあった。
ユリウスも食べてないんだ。
だからだと思った。お腹が空くと元気が出ない。
「朝食もらってきます。昨日の分も温めてもらえないか聞いてみますね!」
私は立ち上がり幌馬車のカーテンを開ける。
と、そこには朝食を持ったエメリヒが立っていた。
「あ、エメリヒ」
「おはよ。体、打ち身があったって聞いたけど平気?」
朝食のスープとパン、それに干し肉がついていた。
おお、豪華。
「おはよう。昨日ユリウスさんに回復魔法かけてもらったから大丈夫!」
朝食を受け取りながらそう言うとエメリヒはホッとした笑顔を見せてくれた。
受け取った朝食をユリウスにも回す。
「じゃあ」
エメリヒがすぐに立ち去ろうとするのに驚いて
「え!もう行くの?」
思わず引き止めると、くすっと笑い私の頬をふにっとつまむ。
「今、飯係してんだよ。午前中にはアーテムの町に入れる。そしたら仕事も終わりだから、昼は一緒に食おう」
そうか、やっと終わるんだ。思ったよりもエメリヒと一緒にいられない時間が多くて、なんだがとても長く感じた数日だった。でもそれももうすぐ終わり。
「うん!」
私はその約束だけで元気が出た。
エメリヒが忙しく動き回る他の人達のもとへ戻っていく。その後姿を見送って振り返る。
「嬉しそうだな」
ユリウスもさっきより空気が明るくなった気がした。
「はい!」
エメリヒが持ってきてくれた朝食をユリウスと食べた。
もちろん冷えていた昨夜のスープとパンもちゃんと食べたよ。
だけどこういう時、電子レンジのありがたみをひしひしと感じずにはいられなかった。
その後バタバタと出発準備をし『ウルス』のリーダーの号令で隊商が動き出した。
この隊商の目的地であるアーテムの町へ入ったのは十一時を過ぎたころだった。
「じゃ、ここに任務完了のサインを」
『ウルス』と『オングル』のリーダーが商会の責任者の男性からサインをもらっている。
「スイエルお嬢様とリナさんの件は報告します。ギルドから何かしらあるかもしれません」
書類を受け取り『ウルス』のリーダーがそう伝える。
「分かりました。その際は誠実に対応させていただきます」
責任者の男性はそう言い「ご苦労様でした」とリーダー二人に頭を下げる。
そして責任者の男性はこちらに向かって歩いてきた。
エメリヒが書類を差し出すと「完了」のサインを入れてくれた。
ペンをそばに控えていた使用人に渡すと、私の方へと体を向ける。
「この度は誠に申し訳ございませんでした。そしてありがとうございます。リナさんが商会とは無関係として下さったおかげで看板に傷をつけずに済みました」
そして深々と頭を下げてくれた。
「スイエルさんの件はきちんと会頭に伝え、適正な処分が下るよう努めます」
男性の言葉に「お願いします」と頷いておいた。彼女の処分に関してはもう私には関係ないものと思ってる。これからどうするのかは彼女次第だと思うからだ。
最後にもう一度深々と頭を下げて、責任者の男性は商会の馬車が停まっている方へ戻っていった。
「はぁ…」
思わずため息が出た。だけど。
そばにいてくれたエメリヒとユリウス。
二人とも私がしたことを何も言わず許してくれた。
それがとても心強かった。
「任務完了の書類、出しに行かなくちゃね」
私がそう言うとエメリヒは「そんで飯な」とニヤリと笑うので「だね」と大きく頷いた。
「ユリウスさん!行きましょ」
ユリウスも頷き、三人で冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドでは『ウルス』と『オングル』のリーダーが先に任務完了の手続きをしていて、今回の件も説明してくれたようだった。
私は受付の女性に「災難でしたね」と同情されてしまった。
エメリヒの手続きも完了し冒険者ギルドの施設から出ると、アドルフが壁にもたれかかって立っていた。
「よう、終わったか?」
「アドルフさん!」
どうやら私達を待っていたようで。
何か用事があったのかなと思い、アドルフが用件を言い出すのを待った。
「…」
「…」
互いに見つめ合うこと数分。
「…?アドルフさん…何か…誰かに用事なんですよね?」
そう言いエメリヒとユリウスに視線を向ける。
エメリヒも私と同じくきょとんとしている。
ユリウスは小さく「あ…」と呟いた。
アドルフは驚くとユリウスに訴えた。
「えっ!ちょっとあんた、俺の説明してないの?」
ユリウスは明らかに「忘れていた」という顔をしたが、何事もなかったように。
「一緒に旅をすることになった」
「えっ!?」
私とエメリヒの声が被った。
そして一斉にアドルフを見た。




