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もうすぐ日が暮れるという時間。
だがアーテムの手前で停車しているエルフォール商会の隊商。その場には緊迫した空気がずっと続いている。
「あっ」
馬車の後方を警戒していた護衛の冒険者の声だった。
一斉に皆の視線が集まる。
そこには皆が心配して待っていた少女の姿があった。
スラリとした美青年に抱えられ、隣にはもう一人背の高い男性を伴っている。
「リナ!!」
私を呼ぶ声に顔を向けると、泣きそうな顔で駆け寄ってくるエメリヒだった。
ユリウスがすぐ下ろしてくれてエメリヒをギュッと抱きしめる。体の痛みよりもエメリヒを安心させる方が先だと思った。
「ごめん、気付かなくて…」
エメリヒの声が震えてる。またエメリヒを心配させてしまった。
エメリヒの背中をさすり視線を合わせる。
「平気。エメの顔見たら吹っ飛んじゃった」
そう笑うとエメリヒが「ん」と心細そうな顔で見つめ返してくる。
そんな顔しなくていいのに…。
そう思ったら勝手に体が動いていた。
エメリヒの頬にそっと口づける。
「え…」
エメリヒの驚いた顔。
「ほら、私は大丈夫だったんだから。ね」
私は目いっぱい笑って見せる。エメリヒに元気を出してほしくて。
エメリヒは私が口づけた頬を触ると、ハッと我に返った。
そして私からバッと離れる。
「おまっ!おまっ、え!!」
一気に真っ赤になったエメリヒ。
「なに、すんだっ…この、…バカ!!」
怒鳴られた。
え…何で?エメだってするのに。
何だろう…この懐かしい理不尽な感じ。
ああ、そうだ。
出会ったばっかりの時にも怒鳴られたっけ。
『お前!なんて破廉恥な格好してるんだ!!』
久々にエメリヒに怒鳴られた。
そう思ったらおかしくなって。
「ふっ…ふふふ…ふは、あはははは」
私が笑い出したものだからエメリヒは唖然として。
「エメってば、真っ赤になってかわいい~」
私の言葉に「なっ!!」とまた怒って。
それが嬉しくて、嬉しくて。
「ふっ…うっ…っ」
涙が出てきた。
私が魔物に襲われてからエメリヒはすごく優しくなった。それが寂しかった。前みたいにもっと不機嫌な顔とか意地悪して笑う顔とか見たかった。
だから久しぶりに見せてくれたエメリヒのいつもの顔が嬉しくて。
「リナ?ごめ、怒鳴って…」
狼狽えたエメリヒが私の涙を拭ってくれる。
「エメに怒られたの久しぶりで、嬉しくて」
そう言うと「何だよ、それ」と不満気に呟く。
「あー…姉弟喧嘩はそのくらいで。事情を訊きたいんだけど」
と、申し訳なさそうに声をかけてきたのは上級パーティー『ウルス』のリーダーだった。
周りを見ると商会の使用人や護衛の冒険者の人達が、苦笑いしながら私達を見ていた。
「ぅわ!…すみません」
ああ~やってしまった。また人前で!!恥ずかしい~~!!
私が頭を下げると「謝んなくていい」とエメリヒが私の手を握った。
そう言うわけにいかないでしょ、と思いつつ。そういうことを言ってしまうエメリヒが嬉しくて、私も手を握り返した。
「…なあ…あの二人って姉弟なんだよな?いつもあんな感じなのか?」
どう見ても、恋人同士にしか見えない。
アドルフはその疑問を隣に立つユリウスに投げかけた。
「…ああ、そうだな。初めからあんな感じだった」
無の表情のユリウス。
「あー…そう」
としか返答のしようがなかった。
そんなやり取りがあったことは露知らず。
「じゃ、スイエルお嬢様に突き飛ばされたんですね」
場所を移動してお嬢様達が乗っている箱馬車の前で『ウルス』のリーダーから「何故隊を離れたのか」の事情を訊かれていた。
箱馬車にはスイエルと侍女、商会の責任者の男性が。馬車の前には『ウルス』と『オングル』のそれぞれのリーダーと女性冒険者ということでビアンカも立ち会ってくれている。
もちろんエメリヒとユリウスも。
私はあったことをそのまま話した。
『ウルス』のリーダーは私の話を聞くと馬車の中に座っているスイエルへと視線を向ける。
「ーーだそうですが、お嬢様?」
リーダーの厳しい声に顔色を悪くし俯いたままのスイエル。
スイエルは握りしめていた手を震わせる。
「な、によ…私はそんなことしてない。その子が嘘ついてるのよ!」
スイエルはやっと顔を上げたかと思うと、私を指差して怒鳴った。
「その子、農民じゃない!きっとお金が欲しくてそんな嘘ついてるんだわ!!」
その言葉に箱馬車の前にいた全員がカチンときた。
スイエルの言葉で場の空気は張り詰めたものになる。
「…はぁ…」
私は気持ちを落ち着けるために息をはいた。
嘘つき呼ばわりされたことも、農民をバカにしたことも、物凄く腹がったけど。
それよりも先に怒ることがあった。
私は箱馬車のステップに足をかけると一気に中に乗り込む。
そしてーー。
パアーンッ!!
力いっぱい引っ叩いてやった。
周りにいた人達が一斉に息を呑んだのが分かった。
私はスイエルの胸倉を掴むと引っ張り上げる。
「やって良いことと、悪いことの区別ぐらいつけなさい」
驚きと恐怖で目を見開いている彼女にたたみかける。
「あなた私が死んでたらどうするつもりだったの?人殺しになってたかもしれないのよ?それでも嘘をつきとおしたの?一生嘘をついて生きていくつもりだったの?」
スイエルの瞳にじわりと涙が浮かぶ。
「今回はこれで収めてあげる。でもあなたがしたことは一生許さないから」
そう言うと掴んでいた胸倉を放した。
力無く投げ出されたスイエルは私に叩かれた頬に自分の手を当てると、ボロボロと涙をこぼし「うわぁぁぁん」と大声で泣き始めた。
侍女は慌ててスイエルに声をかけ、責任者の男性は無言で俯いている。
私は馬車から降りると『ウルス』のリーダーに頭を下げる。
「勝手なことして申し訳ありません。でもこれで治めてもらえないでしょうか?彼女と私の問題で、商会とは関係ないことだったので」
『ウルス』のリーダーは腕を組みため息をつく。そして『オングル』のリーダー、馬車の中にいる商会の責任者の男性に視線を送ると、二人とも頷き返す。
「君がそれでいいというのなら。だが君が無事だったから、それを忘れないでほしい。本来このような形で終わらせることは出来ない案件だと知っておいてくれ」
私はリーダーの言葉を重く受け止める。
「はい。ありがとうございます」
私の返答に頷くリーダー。そしてーー。
「それはあなた達も分かっていると思いますが」
リーダーは馬車の中の責任者の男性を見る。
「不問に付すとは言え、ギルドには報告します。いいですね」
責任者の男性は「仕方ありません」と重い声で答えた。
「どうなったの?」
話し合いが終わり戻ってきたビアンカに駆け寄ってきたのはケヴィンだった。
「リナとお嬢様との間の出来事だからお咎めなし」
ビアンカの回答にケヴィンも聞き耳を立てていた他のメンバーが「はっ!?」と驚いた。
「いや、それはないだろう。だって魔物に襲われてたかもしれないんだぜ?」
納得いかないメンバーが文句を言う。
「もちろん『ウルス』のリーダーが本来ダメなことだって釘を刺してたけど」
だがリナの行動を見てしまったビアンカとしては、けっこうスッキリはしていた。
スイエルお嬢様のこちらを見下した物言いには、護衛の仕事を受けた時から皆嫌な気持ちになっていた。それでもそういった高飛車な雇い主は多い。だから皆「ああ、またか」と取り合わないようにしていたのだ。
だが今回、スイエルに非があるとは言え…。
「ふふっ」
ビアンカは思わず笑いが漏れた。
「何だよ?笑い事じゃないだろ」
いつも人当たりがよく温和なそばかすケヴィン。その彼がムッとしてるのだ。
「だって…ふふ」
ビアンカは笑いを堪え、手を振って見せた。
「こう、バッチーンってね。あれは痛かったと思うよ~」
リナがスイエルを思いっきり叩いたことを伝えると、男性陣は唖然とした。
「いや~あの子、思ったより強いわ」
ビアンカはあはははと豪快に笑うと
「さあ、野営の準備しようか!!」
そう言ってケヴィン達の背中を力強く叩いた。
そして一人苦笑いしたビアンカ。
人が良いケヴィンではリナの相手は荷が重いなと。




