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「貴様、冒険者か?」
ユリウスは抱えていた少女を下ろすと背中に庇い男性を見下ろした。
「見たら分かるだろ」
ユリウスと少女を注意深く観察しながら男性は立ち上がる。
「名は?」
有無を言わせない威圧感。
だがこちらを攻撃する気はないようで、男性は諦めたようにため息をつくと答えた。
「…アドルフ」
「一人か?仲間は?」
「いねーよ。組めるほど信用できる奴がいねぇ」
アドルフは少女に押し倒され汚れた服と拾い上げた己の荷物の埃を払い、荷物を肩にかけた。そして自分が飛ばした小型のナイフを拾いに行く。
「アーテムへは何をしに?」
ユリウスの質問は続く。
「別に。メーネルで仕事が終わったから戻ってるだけだ」
「住んでいるのか?」
「まぁ、今んところは?と言っても依頼を受ければあちこち出向くし、何となく食い物が合うからいるだけだけど?」
「家族や恋人は?」
「いねーよ。つか何なんだよ?」
いい加減イラついたようにユリウスと少女を睨むアドルフ。
ユリウスは少し考えるとアドルフを見た。
「独り身なら都合がいい。悪いがお前には一緒に来てもらう」
全く悪いと思っていない口ぶりに唖然とする。
「は…?一緒にって、どこに?アーテムか?」
「いや、ドリーネルケ王国だ」
ユリウスの言葉にポカンと口を開けたままのアドルフ。
そして我に返ると「はぁっ!?」と盛大に声を上げた。
「いやいやいやいや…ドリーネルケっつったら隣国じゃねぇか!そんな遠く…何で俺がついていかなくちゃいけねーんだよ!?」
アドルフの抗議にユリウスが彼の前まで行くと、人差し指で彼の口を止める。
「お前は彼女の正体に気づいた。ここで解放するわけにいかない。俺の監視下に入るか死んでもらう」
ユリウスの暴挙ともいえる提案にアドルフは言葉を失くす。
ユリウスが言ったこと「死んでもらう」は、彼ならやるだろうし、やれるだろうと思ったからだ。
「選べ」
冷たい一言にアドルフは歯噛みする。
獣人は人間とは体のつくりが違う。人より五感が鋭く体も頑丈で力も強い。大抵の人間は獣人には勝てない。
だが今目の前にいる二人には到底敵いそうにない。
それはアドルフ自身がひしひしと感じていたことだった。
ここで生き残るには男の言う通りにするしかないのだと。
「…分かった。だが俺は金を持ってない。移動中は仕事を受けながらになる…それでもいいなら」
ユリウスは頷く。
「構わない。俺達も同じだ」
話を聞いていた少女がユリウスの外套を引っ張った。
「こやつも連れていくのか?」
「はい」
「でも小娘は嫌がるのではないか?こやつにずいぶん怯えておったからのぅ」
少女の言葉にユリウスは冷たい視線をアドルフに向けた。
「彼女に何をした?」
「あ~…」
アドルフは頭をかきながら視線を逸らす。
「いや…魔物かと思って…脅しをかけたっつうか…正体現すかなって…」
「魔物…」
アドルフの言葉にユリウスが何とも言えない顔をした。
「ところで…結局その子は何なの?魔物…じゃねぇの?」
探るような目で少女を見るアドルフ。
「シュネート村にいる『神獣』だ」
ユリウスはあっさり答えたがアドルフは『神獣』を飲み込むのに時間がかかった。
ようやく理解し、また「はぁっ!?」と声を上げた。
「し、神獣!?神獣って人に化けれるのか!?」
ズサッと体をずらし構えた。
「いや、体は普通の少女だ。彼女の体の中に入っている状態だ」
ユリウスの説明に「入っている…」と復唱するアドルフ。信じられない内容にまた受け止めるのに時間がかかっている。
「このことは俺と彼女の弟しか知らない。彼女本人は知らないことだ。本人には知らせるつもりはない。お前も態度で悟られるなよ」
ユリウスの説明にようやく腑に落ちたアドルフ。
少女の外套のフードが脱げた時、フードに遮断されていた魔力がほんの少し漏れた。それは普通の人間なら気づかない程度のもの。だが鼻が利く彼には分ってしまった。
だが本人に自覚がなかったからこそ「私は人間…」と主張し、あんなに怯え恐怖していたのだと。あの反応は少女の素だったのかと思うと申し訳なくなるアドルフ。
おそらく彼女の外套には魔力遮断の付与がされている。それすらも少女は知らないのだろう。
珍しい黒髪黒目をした少女。魔力を隠している自覚はなく、自分の珍しい容姿を隠していたのだろうと思った。
ああ…悪りぃことしちまったな…。
アドルフは本来善良な獣人である。自分より弱い者を虐める趣味はない。
「謝らないとなぁ…」
アドルフの呟きにユリウスは小さなため息をつくと
「…だそうです。どうしますか?」
少女にお伺いを立てるユリウス。
「小娘が受け入れるならばよい。…しかし疲れた…ん」
少女は当たり前のように美青年に手を伸ばす。
美青年は抱きかかえようとして気づく。
「ずいぶん薄汚れていますね。何があったのですか?」
「小娘に聞け。眠い」
ユリウスは少女の外套のフードを被せると抱きかかえた。
少女はユリウスにもたれかかりアドルフをチラリと見る。
「おい犬、しっかり小娘を守れ。よいな」
そう命令するとスヤァと眠りに落ちた。
その顔は無防備な普通の少女の寝顔だった。
「だから…犬じゃねぇ」
アドルフは不満気に悪態をついた。
イーヴォが眠りに落ち、残されたユリウスとアドルフ。
前にも似た状況があったなと思うユリウス。
「アーテムに向かう」
ユリウスは眠るリナを抱えたまま歩き出した。
アドルフも諦めたようにため息をつくと、己の耳と尻尾を隠しユリウスの後に続く。
「なあ、ところであんた名前は?」
アドルフに聞かれ名乗っていなかったことに気づいたユリウス。
「俺はユリウス・ビュルクナー。『レーツェル』の調査員だ」
ユリウスの名乗りを聞いてアドルフの歩みが止まる。
「レーツェル…」
かつて研究機関『レーツェル』は獣人も魔物の一種だと非道な研究をしたことがあった。
この世界には獣人以外にもエルフやドワーフや妖精など様々な種族がいる。今でこそ種族の権利が認められているが、一部の人間至上主義に迫害された時代もあった。
それ故に人間以外の種族は人間を嫌悪し、同族のみの集落を作り暮らしている。アドルフのように人間の国で生きている者はまれで、そういう者達は己の正体を隠して生きている。
「先に言っておくが、この件は『レーツェル』の管轄ではない」
ユリウスの説明に怪訝な顔をするアドルフ。
「神獣が人間の体に入れると分かれば何が起きると思う?」
ユリウスの質問にハッとする。
「俺個人の判断で伏せている。そのつもりでいてほしい」
アドルフは『レーツェル』への不信感はあるものの、今回の件とは切り離して考えなくてはいけないと理解した。
「…分かった」
ユリウスは一度頷くと自分に体を預けて眠っている少女を見た。
「彼女はリナ。シュネート村の農民だ。こうなった成り行きはそのうち説明する。今は早くリナの弟と合流したい」
ユリウスはアドルフを促すと走り出す。アドルフも諦めてその後に続いた。
「どういうことか説明してもらえますか?」
アーテムに入る前、町に続く道から外れた開けた場所。
そこにエルフォール商会の馬車が五台、連なって停まっていた。
会頭の娘であるスイエルと侍女、商会の責任者の男性が乗る箱馬車の扉を開け、片足を扉の枠にかけ塞ぐようにエメリヒが立っている。
そしてその箱馬車の前に立っているのはこの隊商の護衛の指揮を任されている上級パーティー『ウルス』のリーダーだった。
「リナさんを含めて私は全員の安全を任されています。彼女を故意に置き去りにしたのであれば悪質すぎる。ギルドへ報告しなければなりません」
厳しい声に責任者の男性は狼狽える。
「いや、まさか!そんなことしませんよ。ねえ、お嬢様?」
そう同意を求められたスイエルは歯を食いしばったまま俯き何も話さない。手は固く握りしめ顔色は悪くなっていた。
ガンッ!!
エメリヒは箱馬車の扉の枠を強く蹴った。
「正直に言え」
今にもスイエルを害しそうな殺気を纏い、エメリヒは彼女を睨み上げた。




