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「う…うぅ…」
体の節々が痛み、体を起こすのも困難な状態だった。とは言えここに寝そべっているわけにもいかず、無理やり体を起こす。
「あっ…はぁ…」
ガサ…ガサ…ガサ…。
斜面を石や木の枝を掴んでなんとか登っていく。
ようやく木々が途切れ馬車が停まっていた道が見えた。
這う這うの体で道まで出る。
だが隊商の姿はなく、独りぽつんと取り残されてしまっていた。
「置いて…かれた…?」
うそ…エメリヒもユリウスも気づかずに行っちゃったんだ…。
体の痛みと疲れからか、思った以上に悲しい気持ちになってしまう。
泣きそうになるのをグッと堪える。
大丈夫…気づいたらすぐ迎えに来てくれるはず。
二人が私を置いていくはずないもん。
少しだけ潤んでしまった目元をこする。
この道を真っ直ぐ行けば目的地の町アーテムに入れるはず。
とにかくこの道を進もう。
私はよろつきながら道を歩いた。
節々の痛みと喉の渇きに座り込みたくなるのを我慢して歩いた。
どのくらい歩いただろうか。
気づくと誰かが後ろからついてくる足音がした。
振り返ると男性が一人、私と同じ方向へ歩いて向かってくる。
私は汚れてしまった白い外套のフードを深く被る。
よたよた歩いている私と違って男性は歩くスピードが速く、どんどん距離が縮まってくる。
ここはアーテムへ向かう主要な道で多くの人が行き来する。
だが今はその男性と私だけ。
警戒心から少し緊張してしまう。
「おい!お前!」
後ろから声がかかった。
恐る恐る振り返ると男性は私と距離をとって立ち止まっていた。
「ずいぶんよたついてるけど大丈夫か?」
見ると男性はずいぶん心配そうな表情をしている。
「あ…はい。ちょっと足を踏み外して森の斜面を転がり落ちてしまって」
そう答えると「え!」と言って駆け寄ってきた。
「大丈夫なのか?」
そう言った男性はかなり背が高かった。
ユリウスと同じぐらいじゃないだろうか。
見上げた彼は落ち着いたダークブロンドの髪を無造作に伸ばし、前髪は盛大に目にかかっている。そして屈んで私を見つめた目は透き通った翡翠色。スッと通った鼻とキリっとした男らしい眉。エメリヒやユリウスとは違い、精悍な顔立ちがドキリとするイケメンだった。
彼は膝丈の外套の襟を立て、下は薄手のシャツを重ね着していた。トラウザーズにブーツ、大きな布袋を肩にかけ長剣を腰のベルトに差している。どうやら彼も冒険者のようだ。
「あんたもアーテムへ向かってるんだよな」
その男性に聞かれ頷く。
「はい…たぶん連れが先に着いてると思うので…追いかけてます」
彼は私の話を聞くと大きく頷き
「じゃあ俺が背負ってってやるよ。あんたの足じゃ日暮れまでに町には着けない」
彼の提案に戸惑う。
「い、いえ、そんな悪いです」
「遠慮してる場合じゃないぜ。この辺だって夜になれば魔物が降りてくることがある。日があるうちに町に入るに越したことはない」
そう言って強引に私の腕をとり背中に乗せようと引き寄せる。と私のフードが脱げてしまった。
「あっ」
マズイ!髪の毛が…!
「!?」
すると彼は私の腕から手を離し、一足飛びに後方へと距離をとった。
さっきまでの気さくさはなく、私を見る目が鋭くなっている。
え…何?
男性の殺気を纏った気迫に体が硬直してしまう。
「お前…何者だ…?」
男性は長剣に左手をかけ構える。
え?う、うそ…?
本気で私を警戒して剣を抜こうとしている?
「あの…私…」
男性の突然の行動の意味が分からず狼狽える。
「…その臭い…魔物…か?」
彼は眉間に皺を寄せ、じりじりと間合いをはかる。
ま…魔物…?私が?何言ってるの…この人…。
「魔物が人に化けるとは…いや…人型の魔物が発生したとなると…大事だぞ…」
男性は私を魔物だと決めつけブツブツ呟いている。
「ご、誤解です!私は人間…!」
そう言って一歩踏み出そうとしたら風がヒュンと通り過ぎた。
と、風圧でなびいた黒髪がはらりと落ちる。
え…。
黒髪が足元に少し落ちている。
恐る恐る振り返ると私の後ろに立っていた木に小型のナイフが突き刺さっていた。
ゆっくりと前を向く。男性は長剣に添えた左手はそのままに、どこから出したのか右手には数本の小型ナイフを持っていた。
うそ…この人…本気で私を殺す気だ…。
そう思ったら腰が抜けてぺたりと座り込んでしまった。
どうしよう…逃げなきゃ…。
怖い…何で私ばっかり…こんな目に遭うの…?
エメ…ユリウスさん…。
怖いよ…助けて…。
「私…ホントに違う…」
なんとか分かってもらいたくて声に出すが、震えてかすれてしまっている。
「本当に人間みたいな反応だな…惑わされそうだ…」
男性はそう言うと忌々し気に舌打ちをする。
そして手に持ったナイフを何の躊躇もなく投げ放った。
!!
死ぬ!!そう思って両腕で顔を庇った。
っと同時にブワッと魔力の風圧が巻き上がる。
彼が放ったナイフは風圧で軌道が変わり、少女から逸れて後ろの木々に当たった。
彼女を見ると両腕で顔を庇ったまま微動だにしない。
男性の方は突然放たれた魔力に唖然としている。
そして彼は恐怖し立ち竦んだ。
どのくらいそのままで向かい合っていただろうか。
「はぁ…」
顔を覆ったままの少女から深いため息が漏れた。
「ユリウスと小僧は何をやっておる…」
そう言って腕を下ろした少女の顔には先ほどの恐怖も戸惑いもなかった。
チラリとナイフを放った男性に視線を向けた。
「ほぅ?珍しい、獣人か。どうりで鼻が利くよのぅ」
少女はゆっくりと立ち上がると服についた汚れを払う。
圧倒的な魔力に立場が逆転したことをひしひしと感じている男性。
だがそれよりも少女に『獣人』だと言い当てられたことに愕然としていた。
「…何故分かった…?」
男性はゆっくりと腰を落とし長剣の柄に右手をかける。
先ほどの怯えていた娘と今の少女が同一人物とはとても思えない。それ程の変わりように、彼は困惑を隠せなかった。
ゴクリ…。
男性は恐怖から生唾を飲み込む。
どうあがいても自分には勝てそうにない相手だということを体が感じ取っていたからだ。
少女は服を整えると「ふむ」と考え、おもむろに男性に近づいてきた。
そして男性の目の前まで来ると立ち止まり、くんくんと彼の匂いをかぐ。
「ふんっ、犬か」
その言葉にカチンときたのか
「狼だ」
低い声で否定した。
「そうかそうか。狼は自尊心が高いのぅ」
面白そうにくっくっくっと肩を揺らす少女。
笑いが治まると可愛らしく小首をかしげた。
「死ぬか」
そう一言、男性の首をガッと左手で鷲掴んだ。
「ぐっ」
少女の細腕のどこにそんな力があるのか、男性の首を掴んだまま引きずり下ろす。膝をつき少女の手と外そうともがく男性。
そのまま男性を押し倒し馬乗りになった少女。その顔には悦が浮かんでいた。
このままでは死ぬ…!殺される!!
そう思った瞬間、男性の方も魔力を放出した。と同時に獣人の証である耳と尻尾がふさりと出る。そして食いしばる犬歯が鋭さを増した。隠していた魔力を解放したことにより力も上がった、はずが、それでも少女の手を振りほどくことができない。
「ぐぅっ…」
…トン…。
静かに降り立ったのは黒い外套に身を包んだユリウスだった。
もがく男性の上に馬乗りになり、男性の首を絞めて喜んでいる少女。
その異様な光景に頭が痛くなったユリウス。
「イーヴォ殿…何をされているのですか…?」
「見て分からんか?仕置きじゃ」
ユリウスはスタスタと二人に近づき、少女の両脇に手を入れると軽々と持ち上げた。
先ほどまでの力が何だったのかというぐらい簡単に男性の首から手を離した少女。
ユリウスに抱えられブランとなっている。
男性はゴホゴホと咳き込み、少女と突然現れた美青年を見上げた。
「おぬし達こそ何をやっておった。何度小娘を危険にさらせば気が済むのじゃ」
少女の言葉に「申し訳ございません」と素直に謝罪する美青年。
その謝っている美青年も相当な使い手だと男性は感じた。美青年が現れたことで危機を脱したわけではないと警戒し、慎重に体を起こす。
「それで…彼は…」
ユリウスが見た男性には耳と尻尾があった。
ああ、なるほど。
おおよその見当がついたユリウスは、また頭が痛くなった。




