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ガタガタ…ガタガタ…。
五台の馬車が連なる隊商。その中の幌付き馬車の荷台に私はユリウスと二人、流れゆく景色を眺めていた。
エメリヒは今この隊商の護衛の仕事をしており、馬車の横を徒歩でついてきている。
「疲れたか?」
ユリウスから問われ私は視線を彼に移す。
荷台はけっこう振動がくるので体が痛くなるのだが。
「いえ、大丈夫です」
エメリヒは歩き。馬車に乗って楽させてもらっている私が疲れるわけにいかない。
エメリヒとユリウスと私の三人はブンゲルト領の中心都市メーネルを出てから、エルンストとアンネリーエを探すべく『落ちあう場所』の候補を回ってきた。だがそこにも二人が立ち寄った形跡は見つからず、今は二人が盗賊に襲われ崖から落ちて流された川の下流の町、アーテムへと向かっている。
メーネルを出る際、エメリヒもユリウスを後見人として冒険者としてギルドへの登録を行った。理由は以前エルンストがそうしたように、路銀を稼ぐためである。
当時エルンストと共に登録しなかったのは実家に見つかる可能性を低くするためだったが、今はエルンストと別行動のため、大丈夫だろうということになったのだ。
そしてなぜユリウスを後見人に立てたのか。
本来ギルドへの登録には登録料と書類に必要事項を記載するだけで、後見人は必要ない。だが『そろばん』のように貴族が絡んだ仕事をした場合、その貴族の保護下にあることを知らせるため、後見人を立てることがある。
今回、ユリウスがエメリヒの後見人になったことで、エメリヒもビュルクナー家の保護下だと知らせたことになる。ビュルクナー家は隣国ではかなりの有力貴族なのだそうだ。
こうすることで余計な干渉や横やりを防ぐことができる。はずだったから。
「よーし!今日はこの先で野営するぞ」
斥候として確認に立っていた冒険者が戻ってくると、大きな声で号令がかかった。
おそらくこの道を通る時の野営場所なのだろう。道をそれて緩く下った先に川と五台の馬車を停められるだけの開けた場所があった。
そこに先頭馬車がゆっくりと入り停まる。後続もゆっくりと続き停まっていく。
護衛についていたエメリヒと他の冒険者達がそれぞれ周囲の警戒に当たり安全を確認する。
この隊商はブンゲルト領の隣…シュナーベル領を拠点にしているエルフォール商会の隊である。
その隊商を護衛しているのは、護衛任務に慣れている上級冒険者のパーティー『ウルス』男性五名と中級パーティーの『オングル』男性三人と女性一人の計九名。そこにエメリヒが単独で加わっている。
今回の指揮を執っているのは『ウルス』のリーダーである。彼の指示でそのまま見張りに当たる者と野営の準備に入る者に分かれ動き出す。エメリヒは見張り組である。
そして私とユリウスはエメリヒの同行者として馬車に乗せてもらっている。
といってもユリウスは水と氷属性の魔法適性を持っているで隊商の水の補給係を請け負っている。
タダ乗りしているのは私だけである。
私は野営の用意を始めた冒険者や商会の人達の手伝いをしようと馬車を降りた。ユリウスも後をついてくる。
「俺から離れないように」
そうは言っても私だけタダ乗りなのは気が引ける。
「…お手伝いもダメですか?」
おずおずと聞くと仕方なさそうに頷かれた。
よかった。
私はホッとして、夕飯の準備をしている人達に声をかけ材料を切ったり煮込んだり、配膳を手伝った。
それがひと段落着いた頃ーー。
「ねえ、あなた」
呼び止められて振り返る。と、そこにはエルフォール商会の会頭の娘であるスイエルと彼女付きの侍女が立っていた。
うわぁ…面倒くさい子が来た…。
少し離れたところで私の様子を見ていたユリウスが気づき、間に入ろうとした。それを小さく頭を振って止めると彼女に向きなおす。
スイエルお嬢様は『ザ・お嬢様!!』という感じの子で、ボリュームのある金髪。その両サイドを丁寧に編み込みピンクのリボンで留め、長い髪を背中にたらしている。
瞳は焦げ茶で若干つり目がち。気の強い子猫を思わせる容姿である。全体的にピンクと白のふわりとしたワンピースでフランス人形のような出で立ちである。
「何でしょうか?」
姿勢を正し答える。
「あなたと彼らはどういう関係なの?」
彼ら…エメリヒとユリウスのことだろうけど…。
「彼らとは?」
とりあえず確認してみる。
「あなたが一緒にいる二人よ!ユ、ユリウス様とエメリヒ君よ…」
お嬢様は頬を赤らめながらそう言った。
ああ…やっぱり。
エメリヒがこの隊商の護衛を希望したのは、私の移動を少しでも楽にしようとしてくれたからである。前のようにユリウスに抱えられての移動を私が拒否したからでもあるのだが。それは誓って自分の体重を気にしたわけでは…ない。
で、商会責任者がこの隊商に私をタダ乗りさせてくれた理由はこのお嬢様だ。
年齢が近い私に話し相手をしてほしいとのことだった。だがいざお嬢様と引き合わされた際、彼女は私と一緒にいるエメリヒとユリウスを見てポーっとなり、同行してる私を見て睨んだのだ。
そして私みたいな田舎者とは話したくないと拒絶した。商会の責任者の男性は謝ってくれたが、私は嫌な予感しかしなかった。
シュネート村でも一定数いたのだ。エメリヒに好意をよせている女の子から睨まれることが。まあエメはカッコいいし自分の容姿を分かった上でめちゃくちゃ猫を被ってたので仕方ないのだが。
ていうか、名前はしっかり聞いたんだね。
「エメリヒは弟です」
「弟…。じゃ、じゃあユリウス様は?」
…ユリウス様…。
「えーと…主治医、ですかね」
以前『友達』でいいと言われたが、それを言えば反感を買うのは目に見えていた。
「主治医…?あなたどこか悪いの?」
スイエルは私をまじまじ見た。
「少し前に暴漢に殴られまして…」
「え!…それは災難だったわね」
驚きには嘘はないようで続いた言葉も自然に出たようだった。
あれ?…ちゃんと人を気遣えるんだ。…思ったよりいい子なのかな。
でも彼女は少し考えると私にとんでもないことを言い出した。
「ねえ。私、腕のいい医者を知ってるわ。その人を紹介するからユリウス様を譲って下さらない?」
「は?」
思わず素が出てしまった。
この発言は彼女からユリウスが死角になっていて見えていなかったからだとは思うが、彼に話が聞こえてなくてよかったと心底思った。
ここでのユリウスは彼が貴族であることを隠して同行している。もし彼が貴族だと知っていたらこんな発言は出なかっただろう。でも私の中で問題はそこではなかった。
人を「物」のように言うスイエルに腹が立ったのだ。
…やっぱこの子、非常識なわがままお嬢様だったな。
私のイラつきを感じたのか彼女に付いていた侍女が止めようとする。
「お嬢様、それはいくら何でも…」
「うるさいわね!あなたは黙ってなさい。ねえ、いいでしょ?お金なら払うし」
その悪びれない言動につい手が出そうになった。
やばい、もし私の妹がそんなこと言ったら絶対げんこつしてた。
いや、うちの妹はそんなこと言う子じゃないけど。
私は気持ちを落ち着かせるために深く深呼吸をした。
「二度と」
「え?」
「二度とそういうことは言わないで下さい」
私は笑顔を崩さずスイエルを見据えてそう伝えた。
一瞬、私の怒りに臆したようだったが、彼女は我に返ると
「な、何よその態度!私にそんな口利いていいと思ってるの?お父様に言いつけてやるから!」
私を指差して怒鳴る。
「どうぞ。あなたのお父様がまともな人ならあなたを叱ると思いますけど。私は人を物扱いする方、心底軽蔑します」
「なっ…!!」
彼女は私の言葉によっぽど腹が立ったのか、驚いた後、歯を食いしばりわなわなと手を震わせた。
パンッ!
「…絶対許さないから…!」
そう言って自分の乗っていた箱馬車に戻っていった。
「いったぁ…」
…びっくりした…。
手加減なしのビンタはけっこう痛かった。
ちょっと言い過ぎたかな。
叩かれた頬をさする。
自分の実年齢を考えるとスイエルは私よりかなり年下だ。もう少し言い方を考えればよかった。
でもあの言い草は許せなった。
だけど…あの怒りよう…やっぱりちょっとマズかったかな。
この隊商の護衛任務はあと二日ある。
何事もなく終わるといいんだけど…。
私は心底面倒な気持ちになり大きなため息をついてしまった。
でも私の予感は悪い方に当たってしまうことになる。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…。
ガチャッ…バタン!
スイエルは自分の箱馬車に戻ると上等なクッションが敷かれた椅子にドカリと座った。
馬車の外では侍女がおろおろしている気配があったが無視である。
信じられない、あの女!
ユリウス様やエメリヒ君を侍らせてるだけでも許せないのに、私にあんな態度とるなんて!!
しかもお金は払うって言ったのに、私に意見するなんて!!
なんて生意気なの!?
「絶対許さない…」
スイエルは自分の整えられた爪を苛立たし気に噛むと、何かを思いつきニヤリと笑う。
「私をバカにしたこと、後悔するといいわ…」
馬車の中、彼女は一人ほくそ笑んだ。




