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「リナ…その顔どうした?」
目ざとくエメリヒに見つかってしまった。
スイエルに絡まれた後、ユリウスのところに戻るとエメリヒも交代で夕食をとりに戻ったところだった。エメリヒは夕食のスープを下に置くと私の頬を触らないようにフードの中の黒髪をよける。
薄暗いから気づかれないかと思ったけどダメだったらしい。
「あ~ええっと、女子同士の揉め事?なので気にしないで」
私がそう言うとエメリヒの目が据わった。
「ダメ、ダメだよエメ。相手は雇い主のお嬢さんなんだから」
私が止めたのはエメリヒに前科があったからだ。
シュネート村でエメリヒに好意をよせていた女の子が私に意地悪をしたことがあった。まあ、意地悪といってもわざと足を引っかけて転ばせたり、私を遠巻きに笑ったりと、子供じみたことばかりだったけど。
それでも面倒なことには変わりなくて私がため息をついていたら、誰から聞いたのか、意地悪をした女の子達を泣くまで言葉攻めにしたのだ。何を言って泣かせたのかは教えてくれなかったけど。
私はエメリヒの腕をとり念を押す。
「女の子同士のケンカに男の子は入らないで。余計面倒になるから」
エメリヒはものすごく不満そうな顔をする。
そのやり取りを呆れた顔で見ていたユリウス。
エメリヒから離れた私の顔を覗き込むと、そっと頬に触れ回復魔法をかけてくれた。
白く発光したかと思うと、すうっと痛みが引いていく。
おお…!!すごい!!
感動してユリウスを見上げるとジロリと睨まれる。
「もう手伝いはしなくていい。俺のそばから離れないように」
あぅ。ユリウスも怒らせてしまったようだ。
スイエルに声をかけられた時、私が彼を止めてしまったのもダメだったのだろう。
「もうお嬢様には近づきませんから…」
手伝いはしたいと遠回しに伝えたが、ユリウスとエメリヒに睨まれた。
「絶対に離れないように」
ユリウスの声は有無を言わせない圧があった。
エメリヒも目が合うと頷いた。
「護衛中はそばにいてやれない。こいつから離れるな」
「は…はい…」
二人の目が怖くて是としか言えなかった。
翌朝。
人々が動く気配に目が覚めた。
私達は野営のために熾された焚火から少し離れた馬車の近く、そこに毛布を敷いて休んでいた。視界に映るのは既に起きて朝食の準備をする冒険者達だった。
なんだか硬い…けど温かい枕だなと思った。
「起きたか?」
声の方を見上げると美しい顔が私を見下ろしていた。
…?
「…ユリウス…さん?」
ぼんやり見つめると彼は私の頭を撫でた。
「…寝ぼけてるのか?そろそろ起きないと朝食を食い損ねるぞ」
朝食…その言葉にのそりと手をついて起き上がり、ハタと気づく。
手をついた場所がユリウスの太ももだったのだ。
「!?」
私は勢いよくのけ反るとユリウスが私の腕を掴んだ。
「何をやってる」
私が転ばないように引きよせると彼の呆れ声がふってきた。
「あの、すみません…私…」
私はどうやらユリウスの膝枕で寝ていたらしい。
ユリウスは私にかけられていた毛布を肩にかけ直してくれると
「構わない。ちゃんと眠れたか?」
と聞いてくれた。
「はい。しっかり眠れました」
私の頬に手をあて顔色を確認すると彼は頷く。
「あの~朝食、君達の分持ってきたよ~」
申し訳なさそうに割って入る声。
見ると中級パーティー『オングル』の男性が朝食のスープとパンを両手に持って立っていた。鼻から頬にかけてそばかすがある彼は眉を下げて苦笑いしていた。
「あ、すみません!手伝いもせずに」
私は慌てて立ち上がるとスープとパンを受け取り、ユリウスにも渡す。
「いいよいいよ。ユリウスさんに聞いたけど大ケガして治ったばっかりなんだってね。それなのに昨日は手伝ってくれてありがとね。今日も移動距離がけっこうあるからしっかり食べて体力つけてね」
笑顔でそう言われてホッとする。昨夜のスイエルとやり取りのダメージがあったのか、彼の優しい言葉が心に沁みる。
「すみません。ありがとうございます」
お礼を伝えると彼は少し顔を赤らめた。
「えっと…名前、何て言うんだっけ?」
「あ、リナです。よろしくお願いします」
「俺はケヴィン。また後でね、リナちゃん」
リナちゃん…。
彼は笑顔で私に小さく手を振り仲間のところに戻っていった。
どうやら彼にも子供と思われたみたいだ。まあ、いいけど。
「人懐っこい方ですね」
受け取った朝食のスープは温かく、冷めないうちに食べようと座り直す。
隣のユリウスを見ると心底呆れた顔をしていた。
え?何?
ユリウスは大きなため息をつくと
「君は…もう男と話すな」
そう言った。
え!?何で??
疑問いっぱいでユリウスを見つめたがそれ以上何も言う気はないようで、彼は朝食のスープに口をつける。
なんとも納得できない気持ちで私も朝食を食べた。
ガタガタ…ガタガタ…。
本日も下流の町アーテムへ向かって軽快に馬車が進む。
この隊商は商品を積んだ馬車二台、スイエルと侍女、商会の責任者の男性が乗った箱馬車、商品を積んだ馬車二台の順番で、計五台で移動している。私とユリウスは四番目の幌付きの馬車に乗せてもらっている。
昨日もそうだったが、エメリヒはスイエルお嬢様の箱馬車を護衛している。小窓からお嬢様に話しかけられているが、昨夜、私がぶたれた件があったからか、今日のエメリヒは終始無言で無視し続けてる。
ああなったエメリヒは奇麗な顔の分だけ余計冷たく見えるのだ。お嬢様の声もだんだんシュンとした感じなって聞こえなくなった。
ああ…。もう少し角が立たないようにできないのかな、とついつい日本人としての「穏便に」が出てしまう。
「君の弟やるね。お嬢様、黙らせちゃったじゃん」
そう声をかけてきたのは私とユリウスが乗っている四台目と五台目の馬車の間を護衛していた女性冒険者である。
「私『オングル』のビアンカっていうの。よろしくね」
この護衛をしている冒険者の中で唯一の女性だ。赤い髪を高い位置でポニーテールにして、手には槍を持っていた。私が会釈すると笑顔を返してくれる。
「今朝はケヴィンがジャマしたようでごめんね。あいつ女に免疫ないから可愛い子に優しくされると、すぐポーっとすんだよ」
と苦笑いするビアンカ。
「いいえ、こちらこそ親切にしていただいて」
私はケヴィンが優しい言葉をかけてくれたのが嬉しかった。だからそう伝えただけなのだが、ビアンカは少し驚いた後に嬉しそうに笑った。
「あんたいい子だね。女同士、何かあったら言いなよ。男に言いづらいこととかね」
そう言って私にウインクすると護衛に戻っていった。
カッコいい人だなぁ…。
今まで出会った女性達とは全然違い、戦う職業だからかウインクも様になっていて。
思わず私の方がポーっとしてしまう。
と視線を感じてそちらを見るとケヴィンが私を見ていた。目が合うと笑顔で小さく手を振りすぐに護衛に戻っていく。
お嬢様のことで少し憂鬱だったけど『オングル』の人達が優しくて、おかげでちょっぴり元気が出た。
そんな私と彼らのやり取りを見ていたユリウスは小さくため息をついていた。
その日の移動はお嬢様に絡まれることもなく、無事に終わった。
スイエルお嬢様はエメリヒに冷たくあしらわれたのが余程堪えたのか、夕食も箱馬車でとり外には出てこなかった。




