170 劇が始まりましたわ(3)
「行きましょう」
ハルムが言う。
ランプの灯りが眩しくて、どんな顔をしているのか見えなかったけれど。
「ええ」
アセリアは立ち上がった。
ハルムと共に、舞台へ近付く。
「失礼しますわ」
ミルデが、ホッとしたような今にも泣きそうな顔で、アセリアを見つめている。
大丈夫。今行きますわ。
舞台が目の前にある。
ハルムが隣にいる。
「いってらっしゃい」
ハルムの落ち着いた声が、すぐそばで聞こえた。
アセリアは一つ息を吐く。
思い出す。ウィンリーの言葉を。
『アセリアちゃんたちは何に出るの?』
そうですわよね。
わたくしも、ずっと観客ではいられませんわ。
アセリアは、舞台へと上がった。
「きゃー!アセリアちゃーん!」
アセリアへの歓声が聞こえる。
それをきっかけにして、広場中で歓声の嵐になった。
「アセリアちゃーん」
「いいぞー!がんばれー!」
やっとほっとした表情で、ミルデがアセリアの顔を見上げた。
「素敵でしたわ」
小さく、その囁く。
アセリアは舞台に立ち、広場を眺めた。
想像もしなかった視線。視線。視線。
これまで、夜会で注目を浴びたことはあれど、これほどの数に囲まれたことはなかった。
「ああ、愛しのあなた」
広場に、アセリアの声が響く。
自分で聞いても、少し緊張した声だ。
演技だってしたことはない。
けれど問題はない。
もう、慣れた。
「雨の朝 闇の夜
いつもあなたが居てくれたから 恐怖を感じたことはなかった
あなたの声が教えてくれた 全てのものに宿る命を」
そう、これは、ユニコーンに届くことを願って、乙女が森で紡いだ歌。
愛の歌であるならば、わたくしの相手は決まってますわね。
アセリアは、ハルムの方へ向き直る。
「何年と何十年と 私は待ち続けるでしょう
窓の外であなたの歌を 小鳥が歌う日のことを」
ハルムが、じっとこちらを見つめている。
優しい瞳がそこに有る限り、わたくしも大丈夫ですわね。
ハルムはふっと笑ったかと思うと、舞台に上がってくる。
そうですわ。そう来ないと。
わたくしが歌を暗唱したのなら、もちろんユニコーンの歌を暗唱するのは、あなたですわよね。
アセリアが、ハルムを視線で受け入れる。
舞台に立ったハルムは、アセリアに向かった。
「ああ、愛しの君」
ふいに、アセリアの心臓がドキリとした。
わ、わたくしが言われたわけでもないのに、心臓がうるさいですわね。
精霊たちは、ユニコーンが乙女の歌を聞いて嘶くのを聞き逃したりはしなかった。
だからユニコーンが乙女を想って紡ぐ歌が、乙女に届くように手を貸した。
もう二度と会えない二人の最後の歌が、お互いの元へ届くように。
では、収穫祭のラストを飾っていただきましょう!




