145 何を言ってますの?(2)
バタン!
大きな音で、自分が家に入ったことに気付く。
ドサッ、ゴロゴロ……。
ニンジンのカゴが、床に転がる。
「なんですのなんですのなんですの!?」
誰もいない部屋に向かって声を上げる。
「なんですの、あの気の抜けよう!」
あんなハルムは見たことがない。
11歳の頃から知っているけれど、いつだって無表情で、いつだって丁寧で、いつだって敬語を崩すなんてことはしたことがなかった。
けれど。
確かに、休暇や外出中のハルムは見たことがない。
どこかのサロンでお酒など飲みながら、女性をはべらせてカードゲームに興じていたとしても、知る方法はない。
何より、わたくしは主人。
執事が、仕事以上に踏み込んでくることなどない。そんなことがあれば、すぐにクビだ。
ハルムは、わたくしを主人としか見ていない。
あんな風に崩れたことがないということが、何よりの証拠だ。
公爵令嬢の立場がなくなっても。
同じ家に二人で住んでも。
もう対等のはずなのに、ハルムは一度も敬語を崩したことがない。
それはつまり、わたくしがお世話の対象でしかないということ。
そして、ミルドリックは、対等であるということ……。
アセリアの両目からぶわぶわと涙が溢れてくる。
溢れてくる涙はそのままに、アセリアはベッドの方へと早足で近付く。
小さい部屋のことで、扉からベッドまでは三歩ほどだ。
「なんですのなんですのなんですの!?」
キルトをひっつかむと、頭上高くへ持ち上げた。
「なんですのあの顔!!許せませんわ!!」
勢いのままに、ベッドへキルトを振り下ろす。
「なんですのあの口調!!わたくし知りませんわ!!」
キルトは、ばふっと聞いたこともない音を立てて、ベッドの上に着地する。
「わたくしよりも、あの子がいいっていいますの!?」
もう一度、キルトを頭上へ持ち上げる。
「わたくしからどこに逃げるって言いますの!?」
さらに勢いよくキルトをベッドに叩きつけると、キルトはアセリアの手を離れベッドの端へ飛んでいってしまう。
「わたくしの方が……っ」
それ以上は言葉になることがなく、ただ、涙だけがボロボロとこぼれる。
アセリアはその場でへたり込み、トスン、と床へ座り込む。
硬い板の上。
「わたくしは……」
それでもどうしても、思い描くのはいつものハルムの顔だった。
「わたくしは、どうやったらあんなハルムを見ることができますの……?」
ギュッと手で掴んだスカートの上に、ボタボタと涙のあとが出来ていく。
「どうやったら主人ではない存在になれますの……」
次回はハルム視点でいいですか?




