127 こんな夜は初めてですわ
静かな夜。
鳥の声も聞こえず、ただ窓の外から薄い月明かりがさすばかりだ。
アセリアは、ベッドの上で一人、そんな夜の空気を吸っていた。
ただ、部屋の中にある気配を感じ、じっと動けずにいる。
眠れませんわ。
アセリアの背後。背中の向こうにハルムがいる。
相変わらず床で寝ているハルムは、アセリアの買った布団の上で、横になっているはずだ。
モゾモゾと少しでも衣擦れの音がすると、アセリアの心臓が跳ねた。
わたくし、今までどうやって息をしていたのですかしら。
一つしかないこの狭い部屋にハルムがいると思うと、身体が強張ってしまう。
だってハルムは、アセリアとダンスの約束をした相手であり、そして、アセリアが生まれて初めて特別だと感じた人なのだ。
王子の時はこんな感覚はなかった。
10歳にして、公爵家に生まれた責任を感じていたアセリアは、結婚も家の仕事だと思っていた。
勉強も、国を治める立場に立つことも、自分だから出来ることであり、自分だからやらなくてはならないことだと考えていた。
だから、王子との婚約も、相手が誰であろうと関係なく“そういうもの”だと受け入れてきたのだ。
思えば、婚約をした時も婚約破棄された時もあまり変わり映えのしない気持ちだった。
だからこそ、生まれて初めてなのだ。こんな感情は。
誰かの吐息の耳を澄ませてしまうことも。
どこにいるのか気配を探ってしまうことも。
今まで、普通に眠っていたことが嘘みたいだ。
なんでこの家は部屋が一つしかないんですの……?
泣きそうになる。
もしぐっすり眠ってしまって、変な格好で眠ってしまったらどうしたらいいのですかしら。
きっと眠ってしまったら、変な格好になっても気付けないだろう。
だって、朝、ベッドの端っこの方にいることだって往々にしてあるのだから。
お、お腹とか出してたらどうしましょう……。
ギュッと目をつむる。
明日だって刈り入れで忙しいのだから眠らなくてはならないのに。
どうしても、ハルムがダンスを申し込んできたことを思い出してしまう。
何度も何度も反芻する。
いつもと同じ声だった。
いつもと同じだったはず、なのに。
『ダンスは、私と踊りませんか?』
何度も同じ言葉を、頭の中で繰り返す。
ハルムとのダンスはどんな感じなのだろう。
思えば、今まで8年も一緒にいたのに、ダンスレッスンなどはなかった。
……確かに、王子の婚約者が執事と踊るのはよくありませんものね。
では、ハルムは踊れないかもしれませんわね。
辿々しく踊るのか、村の子供たちのように無邪気に踊るのか。
考えるだけでドキドキする。
夜が更けていく。
アセリアはキュッと、シーツを握りしめた。
アセリアちゃんはハルム以外の誰とも一緒に寝たことがないので、寝言を言うかもだとかいびきをかくかもだとかは思いつきもしません。




