第54話「白銀の誘い、紅蓮の姫騎士、赤黄の天才(3)」
ルーズベルト・マンデリン
キオは記憶を辿ったが、その名には心当たりがなかった。首を横に振る。
「聞いたことないな。どんな子なの?」
「まず、赤と黄色のグラデーションがかった髪をしている子らしい......」
「グラデーション? あまり、見たことない髪色だね」
「ああ、混色でもないようだから、かなり珍しいと思うよ」
オーウェンは静かに紅茶を口にしてから、再び楽しそうに口を開いた。
「その、ルーズベルトなんだが。精霊との意思疎通において、同い年の中では群を抜いた天才だという話だよ。精霊への深い理解力と、状況を読み解く速さが、飛び抜けている......と」
「へえ......。すごい子がいるんだね」
「それに、精霊召喚の儀式の時に、かなり話題になったんだ。どんな精霊を呼び出したと思う?」
オーウェンが、答えを知っている者の楽しげな表情で訊ねる。キオは少し考えてから答えた。
「......強そうな、火とか雷の精霊とか?」
「幻獣のカルキノスだ。蟹の姿をした、巨大な幻獣だよ」
「......幻獣!?」
思わず、少し大きな声が出てしまった。周囲の数人がこちらをちらりと見たのに気づき、キオは慌てて口元を抑え、咳払いをした。
「そう。格としては、僕のソラリスに並ぶほどの歴史と力を持つ存在らしくてね。教師たちも、かなり驚いたらしいよ」
「......それは、確かにすごいね。僕はあの時、かなり緊張してたから、気がつかなかったよ」
「確かにな......」
オーウェンは優しく微笑みながら頷いたあと、再び楽しそうに口を開いた。
「精霊との絆の深さという点では、今年の一年生の中でも別格だという声もある。ただ、その子本人は周囲がどれだけ騒ごうと、あまり気にしていない様子だ、とも聞いたよ。自由人なんだろうね」
「......なんとなく、分かるような気がするな」
キオがぽつりと呟くと、オーウェンが軽く眉を上げた。
「なぜだい?」
「根拠はないんだけど......。精霊にとって相手の『本質』が一番大事なんだとしたら、そういう大物な精霊に選ばれる子って、たぶん、周りの評価に振り回されないんじゃないかな、って思ったんだ」
オーウェンはしばらくの間、キオの顔をじっと見つめていたが、やがて静かに、深く頷いた。
「......いいことを言うな、キオ。その通りかもしれない」
「そうかな」
「ああ、ベゼッセン先生が前に言っていただろう?精霊とのコミュニケーションにおいては、家柄も身分も関係ない。精霊はいつだって相手の本質を見抜くって。その意味では、そのルーズベルトという子の才能は、紛れもなく本物なんだろうと思う」
「そんな子と、体育祭で競うことになるんだよね」
「クラス対抗という意味では、四つ巴の対戦形式だからね。どこかで必ず顔を合わせることになるだろう。......彼のような相手にどう立ち回るか、今から考えておくべき難題だよ」
オーウェンはどこか、楽しくて仕方がないと言いたげな、珍しい真剣さを浮かべていた。
「まあ、今日のところは昼食を食べ終えることを優先しよう。午後の授業に響くからね」
彼はすぐにいつもの穏やかな王子に戻り、再びスプーンを手に取った。キオは思わず、くすりと笑い声を漏らした。
「オーウェンって、時々そういうところあるよね」
「何がだい?」
「さっきまで真剣に分析しながら話してたのに、急に現実的になるところ」
「温かい食事は、冷めると美味しくなくなる。それも一つの動かせない現実だよ」
ぐうの音も出ないほど完璧な言葉に、キオは苦笑しながら、自分もスープの器を引き寄せた。
窓の外では春の風が静かに渡り、木々の枝先を優しく揺らしている。
ジルヴァ一族の懇親会のことは、依然として頭の隅に重い石のように居座ったままだ。
けれど今は、隣に温かな食事があって、頼れる友人がいる。それで十分だと、キオは思うことにした。
食堂を出る頃には、フェリンたちの姿はもうどこにもなかった。
廊下を歩きながら、キオはふと壁の掲示板に目を留めた。そこには、色鮮やかなペンで描かれた体育祭の告知が貼られている。競技の種目が丁寧に箇条書きにされ、その一番下には「各クラス、全力で勝利を掴もう!」という手書きの力強い文字が添えられていた。
『シュバルツ』
心の内で、そっとその名を呼んでみる。すると、すぐに胸の奥から言葉が返ってきた。
『どうした?』
『体育祭......ちゃんとやれるかな、僕』
『何か心配か?』
『......さっきの話を聞いて、強い子がたくさんいるんだなって、ちょっと思っただけだよ』
一瞬の沈黙の後、シュバルツから、どこか呆れたような、それでいておかしそうな気配が伝わってきた。
『キオ、俺がいるだろう?それに、強いライバルたちと競い合うなんて、まるで物語のような展開じゃないか?』
『物語?』
『ああ、そうだ。俺は今からワクワクしてるぞ。どんな戦いが待ってるのかってな』
その自信満々で、とても楽しそうな声色にキオは心の中で笑う。
シュバルツの言葉に、キオの心にあった得体の知れない不安は、霧が晴れるように消えていった。
「キオ、立ち止まってどうしたんだい?」
数歩先を歩いていたオーウェンが、不思議そうに振り返った。
「あ、ごめん。ちょっとだけ、考え事してた」
「体育祭のことか?」
「......うん。まあ、そんなところかな」
「まぁ、今から思い悩むより、今日の練習を全力でやるほうがずっと建設的だと思うぞ?」
「そうだね。オーウェンの言う通りだ」
キオは小走りでオーウェンの隣に並び、再び歩き出した。
廊下の奥からは、誰かの精霊が飛び出してくるような元気な声と、それを追いかける笑い声が聞こえてくる。
五月の風は心地よく、学園はこれから始まる大きな祭典に向けて、着実にその熱を増していた。波乱の予感はあったが、それを乗り越えていける予感もまた、キオの心には確かに芽生えていた。
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