第54話「白銀の誘い、紅蓮の騎士、赤黄の天才」
五月に入り、学園を包み込む陽光は日ごとにその力を増していた。
校舎の窓から差し込む光は、磨き上げられた廊下の床に白い四角形をいくつも描き出し、そこを通り過ぎる生徒たちの制服を鮮やかに照らし出している。
窓の外に目を向ければ、若葉が透き通るような緑をたたえ、風が吹き抜けるたびにキラキラと眩い光を反射させていた。
春の柔らかな暖かさは、少しずつ初夏の気配を帯び始めている。
放課後の練習が解禁されたことで、生徒たちの間には体育祭への熱がじわじわと広がりつつあった。
休み時間や移動の合間、廊下を歩けば自然と活気ある会話が耳に飛び込んでくる。
「クラス対抗といえば、やっぱり精霊との連携が鍵だよね」
「うちの精霊、まだ気分屋でさ......。昨日も練習中にどっか行っちゃって」
「どの競技に出る? やっぱり魔法障害物競走かな」
そんな会話の断片が、春の湿り気を帯びた空気の中に溶け込んでいた。
昼食の時間。キオとオーウェンは、連れ立って賑やかな学食へと向かっていた。
今日は、いつも一緒のカリナとルイが家庭科の補講――カリナが失敗した調理実習のやり直しに、ルイが一緒に手伝うために参加している。セドリックも「次の授業までに確認しておきたい古文書がある」と言って、足早に図書室へと向かった。
そのため、二人きりで昼食を摂るのはそれほど珍しいことでもないのだが、キオはこの時間を密かに好ましく思っていた。
オーウェンとの会話は、何かと気の張る授業の後、張り詰めた糸をゆるゆると解いてくれるような穏やかさがあるからだ。
トレーを手に、窓際にある少しだけ静かな席に腰を下ろす。
今日のメインは温かなスープと日替わりの定食だ。湯気がふわりと鼻先をくすぐり、食欲をそそる。
しばらくの間、二人は静かに食事を運んでいたが、オーウェンがふと、スープを掬うスプーンを止めて顔を上げた。
「キオ、昨日のことを少し話しておきたいんだが」
その声音には、世間話とは異なるわずかな重みが混じっていた。
「昨日? 放課後、王宮に行ってたんだよね」
「ああ。午後から内々の会議があってね。創世祭が無事に終わったことを受け、今後の各一族の動向を確認するための、ジルヴァ一族主導の話し合いだった」
キオはフォークを持つ手を止め、オーウェンの言葉を待った。
「マジェスタ家の当主が議事を取り仕切っていたよ。ハイリヒ家の当主も同席していたし、それから――」
オーウェンが、キオの反応を確かめるように少し間を置いた。
「ルドルフも参加していた。まだ一年生だが、ハイリヒ家の後継としての見学と修行を兼ねての参加だろう。会議の間中、彼は端のほうで置物のように静かにしていたけれどね」
「そっか......。ハイリヒ君なら、そうだろうね。納得できるよ」
キオは静かに頷いた。大人たちが並ぶ重苦しい空気の中でも、きっと背筋を正し、一言も聞き漏らすまいと目を光らせていたに違いない。
キオにとってルドルフは苦手な相手ではある。けれど創世祭の時の様子から、真面目で実直な芯があることだけは、なんとなく感じていた。
「会議そのものは、各家の調整事項や報告が中心だった。僕が本当に話したいのは、その後のことなんだ」
「その後?」
「会議が終わった後、マジェスタ家の当主――つまり、セレネのお父上に声をかけられたんだ」
キオは困ったように眉を下げた。
セレネの父親。ジルヴァ一族の頂点に立つ人物が、王子であるオーウェンだけでなく、自分に繋がる話を振ってきたのだとしたら、きっと、ネビウス家に関することなのだろう。
「ことのほか温かく声をかけてくれてね。改めて創世祭が無事に終わったことや、場をうまく支えてくれたことへの謝辞を述べられた後で、ふと、君の名前が出た」
「......僕の?」
「ええと、なんというか......。近いうちにジルヴァ一族が教会を会場にして、神竜への祈りを捧げる集まりを開く予定があるそうだ。その後の親睦を兼ねた懇親の場に、よければ僕と一緒に、キオも来てほしいと、そう誘いを受けたんだ」
キオはしばらく、その言葉の意味を咀嚼するように頭の中で反芻した。
「......懇親の場、か」
「創世祭で三大一族の本家が揃ったこともあるしね。縁を深めておきたいという気持ちは、先方にとっても自然なことだと思う。とても丁寧なお誘いだったよ」
「そうだね......」
キオは視線を落とし、スープの表面に浮かぶ油がゆっくりと揺れるのを見つめた。
正式な招待だ。ジルヴァ一族の当主から、直接。それがどれほど名誉なことで、同時にどれほど断りにくいことかは、キオにも痛いほど分かっていた。創世祭でセレネの隣に立ち、大役を果たしたのだから、先方からすれば「仲間」として招くのは順当な流れなのだろう。
それでも――。
『教会の集まり......』
キオの胸の奥に、輪郭のはっきりしない気重さがじわりと広がった。
宗教的な色彩が強い場や、儀礼に満ちた空間。そういったものが、キオは昔からどうにも得意ではなかった。それは論理的な理由ではなく、胃の中がくるくると回るような感覚に近い。
なんとなく、そういう場に身を置くと、自分が自分ではない「ネビウス家の三男として」を期待されているような――そんな強い居心地の悪さを感じてしまうのだ。
『神竜様への祈りそのものは、この国の人々にとって大切で尊いものだと分かっているんだけど......』
キオはそっと瞼を閉じる。
三度の生を重ねてきたのに、こういう場の空気だけはいつまでも馴染まない。それがおかしくて、少し情けなくて、キオはかすかに肩を落とした。
「キオ?」
「あ、ごめん。ちょっと考え込んじゃった」
「無理に今すぐ答えを出さなくていいよ。ただ、そういう話があったことだけは、先に君の耳に入れておきたかったんだ」
オーウェンの声は、春の風のように穏やかだった。返事を急かすことも、王族としての立場から出席を強要することもしない。ただ誠実に、友として事実を伝えてくれる。その姿勢に、キオは救われる思いだった。
「......オーウェンはどうするつもり?」
「王族という立場上、僕が断り続けるのは難しいだろうね。マジェスタ家との関係を疎かにするわけにもいかない。ただ――」
オーウェンは一度言葉を切り、まっすぐにキオの瞳を見つめた。
「キオがどうしても気乗りしないというのなら、僕は君の味方をする。欠席するための正当な理由を一緒に考えよう。だから、ひとりで抱え込まないでくれ」
その短い言葉が、キオの胸の奥に温かく、静かに落ちた。
「......ありがとう、オーウェン。でも、もう少しだけ、考えさせてほしい」
「ああ、もちろん。ゆっくりでいい」
オーウェンは柔らかく頷いて、再びスープに口をつけた。キオもようやく箸を動かそうとした――その時だった。
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