第51話「魔法学校の体育祭(3)」
生徒たちが中庭で希望に胸を膨らませている頃。
教職員専用の休憩室では、少し違った空気が流れていた。
柔らかな紅茶の香りが漂う室内で、アイゼンがベゼッセンと向かい合って革張りのソファに深く腰掛けていた。
「おう、ベゼッセン先生! 体育祭の指導、今回もよろしく頼むぞ! あんたがいれば百人力だ!」
アイゼンが豪快に笑い、テーブルが揺れるほど大きく自身の膝を叩いた。彼の筋肉質な体躯からは、隠しきれないエネルギーが溢れ出ている。
「こちらこそ。またアイゼン先生のような熱意ある方と一緒に授業が出来るのは、私も光栄ですし、嬉しい限りです」
ベゼッセンが穏やかに答える。
そこへ、シュトゥルム先生が湯気の立つティーカップを乗せたトレイを持ってやってきた。
「ベゼッセンさん、お疲れ様です。昨日も遅くまでお仕事でしたか? 顔色が少し白いようですが」
「ええ。少々書類仕事が立て込んでおりまして。でも、こうして皆さんとお話しできるのは良い息抜きになります」
「そうですか。今回も、精霊との絆を深めることに重点を置いて、指導していただけますか?」
「もちろんです。体育祭は精霊との協力が最も試される機会ですから。生徒たちが自身の精霊とどう向き合うか、じっくりと見させてもらいます」
ベゼッセンの言葉には、一点の曇りもなかった。
「一年生も、だいぶ精霊との絆が深まってきましたね」
シュトゥルム先生がティーカップを置きながら微笑む。
「ええ。特に......ネビウス君とスバル殿の息はピッタリ
です。驚くべき成長速度だ。きっと、体育祭でも素晴らしい連携を見せてくれると思いますよ」
その瞬間、ベゼッセンの瞳が、湖面の波のように一瞬だけ揺らいだ。金色の瞳の奥に、言葉にはできない何かがちらりと覗く。
「ガハハ! 可愛い甥っ子だからといって、手を抜いてはいけませんぞ! そこは公平にお願いしますな!」
アイゼンの豪快な笑い声が室内に響く。その無遠慮だが悪気のない言葉に対し、ベゼッセンは微かに苦笑した。
「ええ、もちろんです。あの子には色々と......ええ、本当に色々と、教えてあげなければいけない事が多いですから」
ベゼッセンはカップを口に運び、その表情を隠した。
――そう、色々とね。
ベゼッセンは心の中でだけ、誰にも聞こえない声で言葉を続けるのだった。
―――
日が傾き、空が茜色に染まり始めた夕暮れ時。
長く伸びた影が校舎を覆う中、キオは寮へと続くレンガ道を、シュバルツと共に歩いていた。
カラスが遠くで鳴き、風が少し冷たくなってきた。周りに誰もいないことを慎重に確認し、キオは自分の隣を歩く相棒に語りかけた。
「シュバルツ......叔父さんは、本当に『普通』に戻ったのかな?」
「いや......」
シュバルツの答えは慎重だった。
「前にも言ったが、まだ信用するには早いと思う。人はそうそう変われないからな。特に、あのような執着を持っていた人間は」
キオは立ち止まり、空を見上げた。
夕焼けに染まる空は、燃えるように赤く、そして美しい。雲の切れ間から差す光が、明日への希望のようにも、不穏な前兆のようにも見えた。
まだ苦手意識はある。叔父の顔を見るたびに、胸の奥が冷たくなる。でも――期末試験が終わったあとの、あの謝罪の言葉。あれは嘘ではないと思いたい。信じたいという気持ちが、キオの中には確かにあった。
「シュバルツ......頑張るから、応援してね」
「ああ、もちろんだ。俺はお前の影だ。どんな時でも、お前が頑張れるように一番近くで傍にいてやる」
「ありがとう。......心強いよ」
二人の心が、言葉を超えて温かく繋がっているのを感じた。
キオは再び歩き出した。足取りは、先ほどよりも少しだけ力強い。
こうして、新たな試練を含んだ日々が始まろうとしていた。
四月の夕風が、優しく二人を包み込み、夜の帳がゆっくりと学園へと降りてきていた。
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