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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第四章「芽吹きの春と燃えるような夏」
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第51話「魔法学校の体育祭」

 



 創世祭という大きな祭典が熱狂のうちに幕を閉じ、学園に平穏な日常が戻ってきてから一週間が過ぎた。祭りの余韻はすっかり消え去ったが、代わりにやってきたのは、本格的な春の訪れだ。


 四月の爽やかな風が、開け放たれた教室の窓から忍び込み、生徒たちの机の上にあるノートの端を悪戯っぽくめくっていく。


 一年生の教室。そこには、魔法学園の生徒らしい、どこか浮足立った空気が漂っていた。昼休み前の退屈な時間のはずだが、誰もがどこかソワソワとしている。


 黒板の前には、いつものシュトゥルム先生が立っていた。彼のトレードマークである落ち着きのある深く青い髪は、今日も優しげに揺れていた。彼は手に持った資料を一度机に置くと、眼鏡の奥にある穏やかな瞳で、愛すべき教え子たちをゆっくりと見渡した。



「では、本日は皆さんに、今後の学園生活において非常に重要な発表があります」


 シュトゥルム先生の声は決して大きくはないが、不思議なほどよく通る。その一言で、蜂の巣をつついたようだった教室のざわめきが、潮が引くように静まり返った。先生は満足げに一度頷くと、チョークを手に取った。


「今年の体育祭について、詳しく説明します」


 その瞬間、静寂は一気に吹き飛んだ。


「きたぁ!」「体育祭か!」「どんな感じなんだろうね?」


 期待に満ちた興奮の声が、教室のあちこちから沸き上がる。キオもまた、弾かれたように顔を上げ、隣の席に座るオーウェンと視線を交わした。


「体育祭か......。なんか、学生っぽいイベントだね」


 キオが独り言のように呟くと、オーウェンはフッと吹き出すように笑う。


「当たり前だろ、僕たちは学生なんだから。まるでおじいちゃんみたいだぞ、そのセリフ」


「あはは、そうだね」


 魂の年齢は100を超えているから、あながち間違いじゃないんだよなぁ―――。とキオは心の中で苦笑するしかなかった。


 シュトゥルム先生は、生徒たちの若さゆえの熱気を優しく受け止めながらも、確かな威厳を込めて右手をすっと上げた。


「静粛に。気持ちはわかりますが、説明を続けます。しっかり聞いておくように」


 ぴんと張り詰めた空気の中、先生は黒板に滑らかな筆致で文字を書き込んでいく。


「本校の体育祭は、一般的な学校で行われるような、ただ走ったり競ったりするだけの行事ではありません。魔法と精霊の力を駆使した、特別な競技が中心となります」


 黒板に記された日程に、生徒たちの視線が釘付けになる。


 **体育祭:六月末**

 **準備期間:約二ヶ月半**


「精霊召喚儀式から数ヶ月が経ちました。皆さんも、自分自身のパートナーである精霊との絆を、日々の授業や生活の中で深めてきたことでしょう。この体育祭は、その絆がどれほど確かなものになったかを確認し、さらに強化するための、いわば『実践的な試練』の場でもあります」



 先生の言葉に、キオは自身の内側に意識を向けた。


『精霊との絆......』


 自分の影の中から、シュバルツの気配を感じる。それは温かく、力強く、何よりも心強い。


「競技には、個人の技術を競うものと、チームワークが試される団体戦があります。いずれも、精霊との意思疎通が、何よりも勝利を左右することになるでしょう」


 シュトゥルム先生が、さらに詳細な競技内容を書き出していく。


 **個人戦:魔法障害物競走、精霊協力リレー、空中飛行競技**

 **団体戦:精霊協力戦、魔法陣構築競争、チーム対抗魔法合戦**


「重要なのは、精霊の持つ強大な力を、いかにして『制御』し『活かす』かです」


 シュトゥルム先生は、教壇をゆっくりと歩きながら言葉を繋いだ。


「精霊の姿や能力は千差万別です。一見すると、強力な属性や大きな姿を持つ精霊の主が有利に見えるかもしれません。しかし——」


 そこで先生は歩みを止め、一人一人の目を真っ直ぐに見つめた。


「大切なのは、精霊とどれだけ心を通わせ、互いを信頼し合えるか。どれだけ深い絆を築き上げているか。力押しだけでは勝てないのが、この学園の体育祭です。それこそが、勝利への唯一の鍵なのです」



 その真摯な訴えに、キオは深く頷いた。自分とシュバルツなら、どんなふうに戦えるだろうか。


「なお、本年度の体育祭指導は、実技のスペシャリストであるヘルムート・アイゼン先生と——」


 シュトゥルム先生が、ふと言葉を区切った。そのわずかな「間」に、キオの胸が騒ぎ始める。


「......特別講師として来ていただいている、ベゼッセン・シュバルツ・ヴァーグナー先生が担当されます」


 その名前が放たれた瞬間、キオの心臓がどくん、と大きく跳ねた。視界がわずかに揺れ、奥歯に力が入る。


『ベゼッセン......』


 やっぱり、あの人が担当するのか。かつての恐怖が、心の隅っこから冷たい霧のように立ち上ってくるのを、キオは静かにで抑え込む。



『キオ、大丈夫か』


 頭の中に、シュバルツの落ち着いた声が直接響いてきた。その声に救われるように、キオは一つ、深く息を吐き出す。


『......うん、大丈夫だよ、シュバルツ。わかってる。もう何度か顔を合わせてるし、昔のことも謝ってくれた。僕も叔父さんをちゃんと見ないとね』


 キオは心の中で相棒と自分に言い聞かせた。けれど、体の芯に残った拒絶反応を完全に消すことは、まだ難しいこともわかっていた。


「皆さんも何度も授業を受けているので、分かっているかと思いますが、。ベゼッセン先生は、精霊について、国でも指折りの知識と経験をお持ちの方です。厳しい指導になるかもしれませんが、皆さんにとって、これ以上ない貴重な学びの機会となるはずです」


 先生がそう締めくくると、教室は再び騒がしくなった。



「ベゼッセン先生なら、楽しく頑張れそう」

「そうだよね。すごく、いい先生だよな」

「私、先生のあの優しげな声が好きなのよねぇ」



 特に貴族出身の生徒たちは、憧れの存在を語るかのように興奮し、周囲と囁き合っている。


 けれど、キオだけは、窓の外を流れる雲をじっと見つめていた。


『出来れば、アイゼン先生から教わるのがいいなぁ。できるだけ、あの人とは関わりたくないよ』


 キオの言葉に、シュバルツは


『難しいだろうな。精霊に関する指導は、あの男になると思うぞ』


『そうだよね。頑張るよ......』


 シュバルツの声が、冷え込みかけたキオの心を、陽だまりのような温かさで包み込んでくれる。


「では、本日の連絡事項はここまで。体育祭本番は六月末ですが、来月からは放課後の練習も許可されます。期待していますよ」


 シュトゥルム先生が穏やかに告げると同時に、終業のチャイムが校舎に鳴り響いた。




 

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