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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第三章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第50話「嵐が過ぎ去った後の静けさ(2)」

 



 同じ頃。


 学園の一角、特別講師に宛てがわれた執務室にて。

 ベゼッセンは窓辺に立ち、青い空を漂う雲を見つめていた。



「............」



 その表情に浮かぶのは、相反する感情のマーブル模様だ。


 目を閉じれば、友人たちと笑い合うキオの姿が浮かぶ。


 安堵と、苛立ちと、そして――言葉にできない、暗く粘りつくような渇望。



 あの子の笑顔が、やけに眩しく、疎ましい。


 あんな風に笑えるのか。何も知らず、幸せそうに。


 部屋の隅では、ヴェルメが静かに佇んでいる。首なし騎士の黒い鎧からは、主の心を表すように闇色の霧がゆらりと立ち上っていた。



「......ふぅ」


 ベゼッセンは窓から視線を剥がし、机に向かった。

 積み上げられた書類。次の講義や行事の準備資料。没頭すべき仕事は山ほどある。



 しかし、どれだけ手を動かしても、脳裏に焼き付いたキオの姿が消えない。



 その時だった。


「おやおや」


 気配もなく、音もなく。


 まるで影そのものが染み出したかのように、パラッツォが部屋の隅に現れた。



「......また来たのか」


 ベゼッセンは振り返りもせず、低い声で吐き捨てる。


「ご挨拶ですねぇ、ベゼッセン様」


 パラッツォは芝居がかった仕草で肩をすくめた。月光の白と闇夜の黒が混ざり合った髪が、窓からの光を吸い込んで妖しく輝く。



「創世祭、いかがでしたか? 私は大いに楽しませていただきましたよ。ああ、貴方は中継でしかキオ君の様子を見られなかったんでしたっけ? ネビウス家との交流が途絶えていて残念でしたねぇ」



 ペラペラと続く言葉にベゼッセンは苛立ったように手を止めた。


「......何が言いたい」


「いえいえ、特に意味はありませんよ」


 パラッツォは足音を立てずに歩み寄り、窓から空を見上げる。


「ああ、駒鳥ちゃんは今日も元気そうでしたよ。友達に囲まれて、楽しそうで、幸せそうで......ふふ、羨ましい限りですねぇ」


 その言葉には、明らかな嘲りが滲んでいた。


「用件を言え」


 ベゼッセンの声が、温度を失う。


「まったく、せっかちですねぇ。まあいいでしょう」



 パラッツォはくるりと振り返り、三日月のような口の形で笑った。


「次の舞台――体育祭のことで、少々お話しがありまして」


「......体育祭?」


「ええ。二ヶ月後でしたよねぇ? 創世祭に負けず劣らず、大勢の人が集まる華やかなイベント。保護者も来賓も来る......ふふ、賑やかになりそうですねぇ」


 パラッツォの瞳が、爬虫類のように細められる。


「あなたも教師として参加するのでしょう?」


「............」


「まあまあ、そう警戒なさらないでください。あなたに何かして欲しいわけではないんです」


 パラッツォは両手を広げ、大袈裟な身振りで歌うように言った。


「ただ、あの子を見守りながら、講師として授業を楽しむ......! ただそれだけでいいんですよ」


「......何を企んでいる」



 パラッツォは心外だと言わんばかりに目を見開く。


「企む、だなんて人聞きの悪い。私はただ、『舞台』を楽しみたいだけですよ」


 パラッツォの笑みが、一層深く、濃くなる。


「駒鳥ちゃんと、あの精霊......ふふ、二人がどこまでやれるのか。とても、とても楽しみですねぇ」


「......」


「あの精霊、『スバル』でしたっけ? ふふふ、面白い名前を名乗っていますねぇ」


 その言葉に、ベゼッセンの眉がピクリと跳ねた。


「......名前が、何だと言うんだ」


「いえいえ、何でもありませんよ」


 パラッツォはクスクスと喉を鳴らす。


「ただ――名前というのは、なかなか奥が深いものだと思いまして。ねぇ、ベゼッセン様」



 その言葉の真意を問い質す間もなく、パラッツォは踵を返した。


「では、また。次の幕が上がるまで、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 言い残し、パラッツォの姿は闇に溶けるように消えた。


 残されたベゼッセンは、しばらく動けなかった。


 ヴェルメの黒い鎧が、微かに軋む。



「......名前、か」


 ベゼッセンは独り呟く。


 あの悪魔は、スバルという名前に何か含みを持たせていた。まるで、本当の名前は別にあると知っているかのように。


 ――いったい、あいつは何を知っている?



 疑念が、暗い澱のように胸の奥へと沈殿していく。



 しかし、それを問い質す術はない。

 ただ、窓の外から楽しげな笑い声が、遠く聞こえてくるだけだった。




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