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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第三章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第50話「嵐が過ぎ去った後の静けさ」



 創世祭の熱狂が嘘のように去り、学園には緩やかな日常が戻ってきていた。


 あれから、三日。



 光の雨が降り注いだ奇跡の儀式も、幻惑魔法に彩られたお祭り騒ぎも、今となっては遠い夢の出来事のようだ。けれど窓の外に目を向ければ、祭りの名残である色とりどりの旗が、忘れ物のように風に揺れているのが見える。



 昼休み、中庭のいつものベンチ。


 木漏れ日の下、キオたち五人は久しぶりに肩の力を抜いて座っていた。



「はぁ~......やっと落ち着いたわねぇ」


 カリナが背伸びをしながら、しみじみと呟く。彼女の肩の上では、フワフワくんが丸くなり、気持ちよさそうに春の陽気を吸い込んでいる。



「本当だね。創世祭は準備から本番まで、キオ君やオーウェン君を中心にずっとバタバタしていたから」


 ルイが穏やかに微笑んだ。その隣では、フレアが小さな火花をパチパチと散らしながら、主人の髪先にじゃれついている。



「儀式の時は、本当に心臓が止まるかと思ったよ......。中継越しだったけど、魔法陣がカッと強く光り出した瞬間なんて、もう」


 セドリックが思い出したように胸を押さえる。コロネも同意するように「キュキュ!」と心配そうな声を上げた。



「だが、結果的には大成功だったじゃないか。三色の光が天を覆い、そこから光の雨が降り注ぐ......。あれほど美しい光景は、僕も初めて見た」


 オーウェンが感慨深げに空を見上げる。傍らのソラリスもまた、誇らしげに荘厳な光を纏っていた。


「うん......。あの一瞬のことは、一生忘れないと思う」


 キオは静かに頷く。


 瞼を閉じれば、あの時の感覚が鮮明に蘇る。



 制御を失い、暴走しかけた魔法陣。三人の魔力が溢れ出し、すべてが崩壊しそうになった、その瞬間。


 ――シュバルツの声で、冷静になることができた。


『大丈夫だ、キオ。俺がいる』


 その声に導かれて、キオは恐れを捨てて魔力を解き放った。オーウェンとセレネの力を包み込み、三つの魔力を調和させるイメージ。その結果生まれたのが、あの光の雨だった。



『あの時は、本当に助かったよ。ありがとう、シュバルツ』


『礼には及ばん。お前もよく頑張ったな』


 心の中で響くシュバルツの声は、どこか柔らかい。キオの口元に、自然と笑みがこぼれた。



「......ねえねえ、キオ」


 不意に、カリナが顔を覗き込んできた。


「なにニヤニヤしてるの? もしかして、儀式のあとにセレネさんとお話ししたこと、思い出してるんじゃない?」


「えっ、ち、違うよ! 全然そんなんじゃ......」


 図星をつかれたわけでもないのに、キオが慌てて否定すると、カリナは楽しげにニヤリと笑った。



「ふーん、怪しいわね~」


「カリナ、からかわないの」


 ルイが苦笑しながら窘めるが、その瞳の色はどこか切なげに揺れた。


「ごめんごめん。でも、キオって時々すっごく幸せそうな顔するからさ。何考えてるのかなって気になっちゃって」


「そ、それは......」


 キオは言葉に詰まってしまった。


 まさか「シュバルツと心の中で会話していました」なんて明かすのは、なんだか妙に気恥ずかしい。



「まあまあ。キオにだって、秘密の一つや二つあるだろうさ」


 オーウェンが助け船を出してくれる。


「そうよね。私だって、秘密の十や二十はあるもんね」


「多すぎでしょ」


 セドリックが即座にツッコミを入れると、カリナは「乙女の秘密よ!」と胸を張った。その勢いで肩の上のフワフワくんが転げ落ちそうになり、彼女は慌てて受け止める。



「あ、危ない危ない。ごめんねフワフワくん」


 そのドタバタとした様子に、五人の間からどっと笑いが起きた。




 穏やかな昼下がり。


 春の訪れを告げる優しい風が、笑い声と共に中庭を吹き抜けていく。



「そういえば」


 ルイがふと思い出したように口を開いた。


「体育祭の詳細、そろそろ発表される時期だよね」


「ああ、二ヶ月後だったか。創世祭が終わったと思ったら、次は体育祭......息つく暇もないな」



 オーウェンが腕を組む。


「体育祭って、どんなことするの?」



 カリナが目を輝かせた。彼女の故郷には、こうした学校行事がなかったらしい。



「基本的には魔法を使った競技だよ。魔力を込めた球技とか、リレーとか。精霊と一緒に参加する種目もあるって本で読んだな」


 セドリックが得意の知識を披露する。


「へぇ! 面白そうじゃない! メラメラちゃんたちと一緒に走れるのかしら」


「たぶんね。去年は精霊の力を借りて、スピードとチームワークを競い合うリレーがあったらしいよ」


「精霊と、か......」



 キオはふと、シュバルツの背中に乗って爆走する自分を想像してしまった。それはなんだか、すごくアンバランスで可笑しい。


 その思考を読み取ったのか、シュバルツが心の中で不服そうに話しかけてくる。



『おい、何を笑っている』


『いや、シュバルツに乗って走ったら、速すぎて反則になりそうだなって思って』


『......フン。なら、俺がお前を抱きかかえてゴールまで運んでやろうか?』


『それはもっと恥ずかしいよ......!』


 シュバルツとの秘密のやり取りに、キオはくすぐったそうに吹き出した。



「あ、またニヤニヤしてる」


 カリナがすかさず指摘する。


「だから、違うってば......」


 キオが抗議しようとした、その時だった。


「キオ様」


 凛とした鈴のような声が、背後から響く。




 振り返ると、そこにはセレネが立っていた。傍らには、大地の精霊テレシアも穏やかな光を湛えて佇んでいる。


「セレネさん」


「皆様も、ご機嫌よう。あの......少しお邪魔してもよろしいでしょうか」


「もちろん。座って」


 キオがスペースを空けると、セレネは頬を微かに染めながら、静かに腰を下ろした。


「あの......先日の儀式の件で、改めてお礼を申し上げたくて」


「お礼?」


「はい。私の魔力が暴走しかけた時......キオ様の力に、救われましたから」


 セレネは花が綻ぶように、嬉しそうに微笑んだ。


「僕は、ただ無我夢中だっただけで......」


「それでも、救われたことに変わりはありません。本当に、ありがとうございました」


 深く頭を下げるセレネ。


 キオは少し戸惑いながらも、照れくさそうに「どういたしまして」と返した。


 そんなぎこちないやりとりに、二人は顔を見合わせてフッと笑い出す。



 まるで一枚の絵画のような二人。



 それを見ていたルイは、チクリと胸の奥が痛むのを感じた。


 セレネの洗練された所作、透き通るような白銀の髪、そして圧倒的な美しさ。


 春の陽射しに愛された彼女を見ていると、どうしても自分と比べてしまい、心の中でため息が漏れる。


 ルイは無意識に、自分の髪を指先で弄っていた。




「それでは......失礼致します」


 やがてセレネはふわりと微笑みを残し、その場を後にした。


『セレネさんって、本当に優しくて控えめな子だな。聖女って呼ばれるのもわかる気がする』


 キオは感心したように、遠ざかる彼女の背中を見送っている。


 そんなキオの優しい横顔を見た瞬間、ルイはたまらず俯いてしまった。


 そんな複雑な空気を察してか、シュバルツだけがやれやれとため息を吐くのだった。

 





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