第一章 二話 初めて会う人
………え、この子今なんて言った?
うちの子がどうとかっていうよりも……
ココアちゃんてなんだよ! ココアちゃんって!全然似合わねえよ!
どうやら、このドラゴンの名前がココアちゃんという事実に、イズハも驚いたのか、思わず声を大にして言った。
「こ、この子がココアちゃん!? どういうこと?」
流石のイズハも驚くか。無理もない。
だって、この顔だよ。この体だよ。この大きさだよ。
まだ、かっこいい名前だったらいいよ。
………でも、ココアちゃんだよ! なんでココアちゃんなんだよ!
「? うちのココアちゃんがどうかしましたか?」
茶髪の彼女は、いったい何に驚いているんだろうと言わんばかりに、首を傾げていた。
……というか。
「ねえ君、さっきからこのドラゴンの事『ココア』ちゃんとか言ってるけど、君は何者で、このドラゴンは君の何なんだ?」
茶髪の彼女は「あ!」と、何か忘れていたことを思い出したような反応をして、来ている服をパッパッとはたいた。
「自己紹介が遅れました。私の名前は『リュウ』といいます。このドラゴン『ココア』ちゃんを飼育……といいますか、一緒に暮らしている『ドラゴンテイマー』です」
リュウは一度綺麗なお辞儀をした後、優しそうな笑顔を見せる。
——————しかし、ドラゴンテイマーか。
こんなにも恐ろしいドラゴンを従わせるドラゴンテイマーと、このかわいらしい容姿とは縁遠いイメージがある。
いや、案外こういった少しか弱そうな雰囲気を漂わせている人の方が、似合っているのかもな。
「ご丁寧にどうも」
イズハはそう言いながら、刀を鞘の中へ納める。
「イズハ。そんな風に言わなくても」
「あのね! 私たちは襲われたのよ! この子のドラゴンに!」
そう言って、イズハはリュウとココアに指をさす。
リュウは「すみません! すみません!」と、何度も頭を下げ、ココアは少しも動じなかった。
「いや、まあそうだけど………。こうして生きてるんだし、別にいいじゃないか。それに、もう頭を下げるのはやめてくれ」
「は、はい…………すみません」
頭を下げず、リュウは言葉だけでまた謝る。
リュウの目はなんだかイズハに怯えているように見えた。
「お前さんたちは、いったい何なんだ?」
「ああ、俺たちは………って誰だ?」
そこに響いたのは、リュウから発せられた可愛らしい声ではなく、男らしい、重く透き通った声。
もちろんイズハでもない。
—————こいつしかいない。
「まさかとは思うが、お前か?」
「ん? ああ、その通りだが。何か?」
その声はココアから発せられていた。
何が可笑しいのかと言わんばかりに、ココアはキョトンとした顔をしている。
だが、この事実に理解できていない俺は、ココアに尋ねた。
「え? マジ?」
「ああ、マジだ」
「ほんとに?」
「ほんとだ」
「実はこれは着ぐるみで、中に人が入ってたりだとか………」
「人なんか入っていない。何なら中を見てみるか?」
「いや、いいです。やめてください」
…………マジか……。
あのドラゴンがこんなにかっこいい声で喋るなんて、やっぱり異世界ってすげえな。
普通じゃ見られない光景に少し興奮していると、リュウが突然大きな声で、
「こら! 勝手に喋っちゃダメ!」
ココアに注意した。
絶対にしてはいけないことを注意する家族のように。
「別にいいじゃないか。多分こいつらは俺を狙ってきたわけではなさそうだぜ」
「………そうなの? だったらいいのだけれど………」
どこか納得していないようにも見えるが、信じてあげようという気持ちなのか、リュウはこれ以上何も言わなかった。
「それよりも、お前さんたちは何者なんだ?」
そういえば、ココアにはそのことで尋ねられていたんだった。
片方だけが情報を開示するなんて、不平等だよな。
「ああ悪い悪い。そういえばその話だったな。俺の名前は……『カズヤ』。こっちの女狐は『イズハ』。俺たちはただの旅人さ」
「カズヤ。あたしのこと、なんで女狐って言ったの? 場合によっては、ここであなたをボコボコにしないといけないんだけれど」
「だって、狐の耳と尻尾を持ってる女じゃねえか。ただそれだけだけど」
「ほんとにそれだけ?」
「ああそうだ。信じろって。別に深い意味なんてねえよ」
「ふーん……あっそう。ってそれよりも」
イズハがココアの方へ向く。
「ねえちょっとそこの真っ黒トカゲ! いきなり私たちを襲っておいてごめんの一言もないの?」
ココアが喋ることができると分かったのか、イズハは突然、ココアに食って掛かった。
しかし、ココアはそれに動じることなく、冷静な対応をとる。
「ああ、お前さんたちには悪いことをしたな、すまない。イズハに、カズヤ、だったな。けど、お前さんたちにも責任はあるんだぜ。まさかここがどういう場所か知らずに来たわけじゃあねえよな」
「え? 何? ここってそんなヤバいところなの?」
そんなこと、全然知らないんだけど。
「もしかして、知らずにこんな所へ来たのか?」
うん、知らないよ。だってついさっきこの世界に来たばかりなんだもん。
そんな俺の考えを見透かしたように、リュウは説明を始めた。
「ここって、とってものどかな草原なんですけど、魔物たちがうようよしている場所なんですよ。しかも、ココアちゃんがたまにここを飛んでいるせいで、町ではドラゴンの住む草原として恐れられているんです。近くの町から来たのなら、この草原のことは嫌でも耳に入るのですが………。まさか、どこか遠い町や村からここに来られたのですか?」
俺たちは異世界に来たばかりだから、この辺りの地域の事情なんて知らないだけなんだけどな。
……まあ、そういうことにしておこう。実は異世界から来ました~なんて言ったところで、信じてもらえるどころか怪しまれるだけだし。
「んまあそういうとこだな。ていうか、近くに町があるのか?」
「はい。ここから南の方角に、商業の町『ブラスト』という町があります。今の時期ですと、年に一度だけ開かれる『コレット祭』が執り行われているので、いつも以上に町は盛り上がっていると思いますよ」
「コレット祭ってなに?」
イズハが尋ねた。
「コレット祭というのは、世界のおよそ八割が崇拝し、尊敬している知の神『コレット』。そのコレットを奉っている宗教『コレット教』が、コレットに一年間健康に生きられるようにと、願うために開かれる祭りです。昔は生け贄を捧げる儀式などを行っていたようですが、今はそんなことはなく、皆思い思いに祭りを楽しんでいますよ」
「そう。ちなみにその街へはどれくらいで着くの?」
「そうですね、ここからですと、片道十四時間はかかるかと思います」
「「遠っ⁉」」
予想外の時間と距離にイズハどころか俺も驚いていた。
「他の町は? できたらここから一番近い町でお願いしたいんだけど」
「ここから一番近い町がそのブラストという町なんです。他ですと、ここから一日以上かかりますが、北北東にある聖地『エンタラップ』が次に近い町となりますが……」
「………そんなに遠いのか」
この草原どんだけ広いんだよ。
………けど、一番近い町にはここから十四時間かけて歩いて行かないといけないのか。
こういう時、車とか自転車とかあればさぞかし便利なんだろな。
………ダメだ。ここは異世界。科学の力とかそんなものはなく、ファンタジーの世界だ。
車なんて考えるな。馬車と考えろ。
でも、馬車なんてそんなたいそうなもの、こんなところ通るわけなんかないよな。
仕方ない。歩いていくとしよう。
「なあ、イズハ。とりあえず、そのブラストっていう町に行かないか? 商業の町っていわれるぐらいだから、何か情報があるかもしれない」
「え~。……まあいいわ。このままここらをさまようのも嫌だし」
「じゃあ、そこに行くか」
「あ、あの…。カズヤさんたちは今からブラストに行かれるのですか?」
イズハと次の行き先を決めていると、リュウが少し恥ずかしそうに聞いてきた。
「……まあ、そうだけど」
「で、でしたら、その……私の家に来られませんか?」
……何言ってんだこの子?
「なに? 俺は誘われてんの?」
「あんたよくそんな発想ができるわね。ちょっと引くわ……」
いや、急に女の子に家に来てくださいなんて言われたら、ちょっといろいろ考えちまうじゃねえか。
……ちなみに俺はロリコンじゃない。断じてロリコンじゃない!
「あ、あの、ですね。実は明日、ブラストに用事があるんです。ですのでお詫びとして、もし良ければ、ついでになってしまうのですが、ブラストまでご一緒させていただければと思いまして……。少なくとも、歩いていくよりかは早く着くので……、ダメ、ですか?」
必死に懇願しているのか、リュウは上目遣いで手を組みながら頼んできた。
……まあ、徒歩で行くより早く着くんだったら、いいかな。
「……どうする? イズハ?」
「いいんじゃないの? 何で行くのか知んないけど」
確かに、いわれてみれば、いったい何を使ってブラストの町まで行くのだろうか。
徒歩で行くより早く着くと言っていたから、多分速い乗り物か何かだろう。
「その反応だと、一緒に行くってことで良いな?」
イズハはコクッと一度だけ頷いた。
「それじゃ、リュウ。明日、一緒にブラストまでお願いできるか?」
先程まで不安な表情をしていたリュウが、ぱあっと明るい笑顔を取り戻す。
その顔は、年相応の女の子の笑顔だった。
「…は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」
リュウは一度だけ深く頭を下げた後、こちらに笑顔をまた振りまく。
「それでは、今から私の家へ案内します。ここからそこまで遠くないのですぐに着きますよ」
そう言って、リュウは草原の上を歩き始める。
リュウに続くようにココアはバサッと大きな羽を広げ、低空飛行しながらリュウの後を追う。
「俺たちも行くか」
「言われなくても分かってるわよ」
そして、俺たちも、ココアとリュウの姿を視界に捉えながら、歩みを進めた。




