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もう一度、あなたに会えた、その時は。  作者: 野菜処理班
ぷろろーぐ
2/10

プロローグ2

 あの後、不覚にもここに残ると言ってしまった俺は、今、神社の拝殿の中にいる。

 あの、狐のようなピンと立った耳と、ふわりとしている尻尾を付けている女性から。


「あ、そこの中で待っててください」


 と、拝殿を指をさし、女性に導かれるまま、俺は、拝殿の中へと足を進めていた。

 中に入ってから、俺は、拝殿の床のど真ん中に、胡坐をかいて座っている。


 女性が戻ってくるまで暇だったので、俺は、拝殿の中を見回してみる。

 目の間には、何かの神様が祀られていた。

 それは、全身が木材でできており、あの女性と同様に、頭には動物についているような耳が見えた。おそらく尻尾もあるのだろう。

 しかし、あの女性といいこの神様といい、なんで、あのような動物の耳などがついているのだろうか?


 …………聞けたら聞いてみよう。


 屋根の方を見上げると、吹き抜けになっていて、この神社を千年以上前から支えているような雰囲気を醸し出している柱が、何本か見えた。

 少し視線を下げると、そこには、いつの時代に掘られたのかすらわからないような彫刻や、ボロボロの何かの絵が、上の方にぽつぽつとあった。その彫刻や絵に描かれている人間にも、なぜか耳と尻尾がついていた。


 どういう神社なんだココは?

 

 そうこうしているうちに、あの女性が現れた。手には、お茶が入ったガラスのコップ二つと煎餅が数枚乗ってあるお盆を持っている。

 …………神社ってこんな仕事するのか? 俺は今まで、神社に行ったとき、こんなもてなしはされた事がないのだが。

 少し嬉しそうに鼻歌をしながら、女性は、俺の目の前に座り、お茶を渡してきた。


「どうぞ」

「…あ、ありがとうございます……」


 俺は、今までされてこなかった対応に戸惑いながらも、女性が渡してくれたお茶を両手で包むようにもらう。

 まずは一口。

 その時、俺の中に衝撃が走った!


 ………………普通だ。


 普通の麦茶だった。

 そう、例えるなら、スーパーなどで売られているあの麦茶のパックを使ったような、そんなお茶だった。

 こんな山奥にひっそりと暮らしているのならば、少し変わったお茶が出るのかと思っていたんだが……。

 そんなことはなかった。

 何だろうか、少し裏切られた感じがする。こっちが勝手に期待していただけだけど。

 キンキンに冷えたお茶を飲んでいると、女性の口が開いた。


「あの、さっきはごめんなさい。私が無理矢理あなたの手を強く握ってしまって………。どうしてもあなたを止めたい理由があったの。でも、あんなに力を入れて握っちゃったのは、あなたの責任だからね。自業自得よ、自業自得」


 お茶を飲んでいた俺はコップを床に置くと、少し苛立ちを隠しながら、女性に向かって。


「ああ、そうだな。確かに、俺の手が未だにヒリヒリしているのは、俺があなたに向かって、バカ力女と言ったせいだからな。謝るのはこっちだよ。…ええと、名前ってなんていうんだ?」

「ヘ~、あなた若いくせして、私をナンパしようってんの? そんなのいくら時が過ぎようが、口説けるわけないわよ。というか、私はついさっき手を握っただけで、ぎゃあああ、って悲鳴上げるような情けない男についていきたくないんだけど。その辺よく理解したうえで私を誘ってんの?ねえ、ねえ、どうなの?」


 女性はそう言いながら、顔を近づけてきた。

 くそっ、こいつちょーうぜえ!!

 しかも、こいつが普通に美人なのが腹立つ!

 そのおかげで、女の体制が低い俺が、ドキドキしてしまっている。

 やめろ! ときめくな、俺!

 俺は女性を突き放し。


「ちげーよ! 誰もお前をナンパしようと思ってもねえよ! 思いたくもねえよ! 俺は普通に名前を聞いてんだよ。……で、結局名前はなんていうんだよ?」

「礼儀がなってないわね。ねえ、あなた、人にものを頼むときって、そんな態度でいいと思ってるの? ちゃんと人にものを頼むときは、丁寧に」

「ああ、もうわかったよ! あなたの名前を教えて下さい!」


 あーもう、めんどくせぇ。


「仕方ないわねえ。教えてあげようじゃないの。私の名前は『イズハ』よ。イズハでいいわ。私は、一応この神社の………巫女? 的な役割なのかな? そんなことをしているわ。でも巫女らしいことは、一切やったことなんてないけど、少しくらいなら神聖な魔法的なものも使えるわ」

「そうか、イズハか。俺の名前は、高橋和也だ。……って、今なんて言った?」


 俺の耳には、はっきりと聞こえた。

 魔法? いったいどういうことだ?


「あなたの名前には、一切興味はないけどまあいいわ。で、何を聞きたいの?」

「息を吐くようにそういうこと言わないでくれ。ちょっと傷つくだろ。…それよりもほら、さっき言ってたじゃねえか。『魔法』とかって……。イズハって、魔法が使えるのか?」

「さっき言ったじゃない。魔法が使えるって。まあ、あなたたち普通の人間が想像しているような魔法は使えないけどね。それがどうかしたの?」


 イズハは、耳をピクッとさせながら、きょとんとした顔をしている。

 俺は、無邪気な笑顔をしながら。


「それがどうかしたって……、イズハって魔法が使えるのか? 何なら一回俺の目の前でやってみてくれよ。いや、やってみてください!」


 先程聞いた頼み方を思い出し、改めて丁寧な言葉づかいで言った。

 だが、イズハの顔は少し困ったような表情をしながら。


「えっとね、できれば私の魔法を使って、私の凄さをあなたに伝えたいところなんだけど……。実は、ついこの間、ある女の子に使っちゃってね。今は魔力を回復しているの。でも、ちょうど今日、日付が変わるころには、その魔法が使えるようになるから、もし見たいのであれば、それぐらいの時間にここにきてね」


 へえ、見られないのか。そりゃ残念だ。

 ……って、今、聞き捨てならないことを聞いた気がするんだが。

 そういえば、さっきまで忘れ…じゃなく、ちゃんと覚えているが、俺がここに来たのは、ある理由があるからだ。


 妹を探しに来た、という。


 確かにあの時茜は、あの石の階段を上った。

 そして、おそらくここにたどり着いたのだろう。

 もしそうなら、イズハが何か知っているかもしれない。

 さっきも、ある女の子に魔法を使ったと言っていた。

 ある女の子というのはもしかしたら……。


「なあ」

 俺はイズハに尋ねた。つい先ほどまで発していた声ではなく、少し力強い、重い声で。


「どうしたの?」

「その女の子ってさ、もしかして、黒くて長い髪の女の子だったか?」


 イズハは、何の迷いもなく。


「そうよ」


 と言った。

「………ちなみに、その魔法で女の子に何をした?」


 おそらく俺の目的を察したイズハは、お茶を一口だけ飲むと、真剣な声で言った。


「別の世界に送ったわ」


 確信した。

 イズハが言っている女の子は、茜のことを指している。


「お前、ふざけんなよ! あいつは俺の妹だ! 何勝手に誘拐まがいの事してんだよ!」


 俺はなぜか、イズハの胸ぐらをつかんでいた。

 おそらく怒りだろう。こいつが、茜を勝手に別の世界に送っていることに、俺は怒っていた。

 しかし、イズハは戸惑いを見せることはなく、落ち着いた表情で。


「あの子が、自分から志願したって言ったら?」


 俺は、驚いて手を放していた。

 こいつ、今なんて?

 あいつが、自分から望んで行ったのか?

 なんでだ?

 そんな俺の考えていることをすべて見透かしているように、イズハは、話し始めた。


「あの子がここに訪れたとき、こう言ったの。『やっとここに来れた』って。あの子……茜って言う子? その子はこの場所のことを知っていた。どこで知ったのかは分からないけどね。そして、私を見つけるなり、『あれをお願いします』と言ってきたわ。だから、私は茜のお望み通り、別の世界に送ってあげたわ」

「本当にそれだけか? 他に、何か聞かなかったのか? あいつの目的とか、なんでここのことを知っているのか的なこと。何でもいいんだ。何か知ってたら教えてくれ。頼む!」


 俺は床に両手を着きながら頼んでいた。

 しかし、イズハは一回だけ溜息を吐いて。


「聞いたわよ。そういう決まりだから。でも、茜は教えてくれなかったわ。聞こうとした時、茜は顔を赤くしていたから、もしかしたら、茜自身の目的は、言って恥ずかしいことなのか、もしくは言いたくないことなのか……。私は尋問とかそういうのやりたくないから、結局、私は何も聞かずに行かせたわ」

「そ…そうなのか。だったらなおさら、どんな目的でここに来たのか気にな」

「そうよ、それよ!」


 何かを閃いたように、指をパチンと鳴らし、イズハは言った。


「な、何だ?」

「気になることがあるのなら、直接本人に聞いちゃえばいいのよ!」

「どういうことだ?」


 イズハは、その場にバッと立ち上がり。

「だから、さっきも言った通り、今日、日付が変わるころに、異世界に送る分の魔力が回復するの。つまり、私とあなたが異世界に行って、直接その子から聞いてくれればいいのよ! どう? 悪くないと思うんだけど?」


 自信のある回答だったのか、イズハは、手を腰に当て、胸を張っている。


「……悪くはない…とは思うが……」


 正直不安しかない。

 何が不安なんだと言われそうだが、それは色々だ。

 本当に茜を見つけ出せるのか。

 できる限り早く見つけたいが、そんな簡単にうまくいくのだろうか。

 そもそも、異世界で茜が、元気に過ごしているのだろうか。

 

 頭の中で、様々な思考がぐるぐると回っている。

 その時。


「ねえ」


 俺は、まるで、元の世界に戻されたかのようにはっとする。

 気づけば、イズハから声を掛けられていた。


「何を考えているか知らないけど、茜って、あなたの『家族』なんでしょ?」

「…? ああ、妹、だからな」

「だったら……何の迷いもなく、『はい』って言いなさいよ。家族のためだったら、何でもできるって言いなさいよ!」

 

 俺はただぽかんと、イズハの言うことを聞いていた。

 彼女がこんなにも、本気で、接してくれていることに、俺は、驚きが隠せずにいるから。

 どんどん強くなっていくイズハの声は、誰かのことを思う気持ちとともに、どこか、何か大切なものを失ったような悲しみを宿している。

 そんな感じがした。


「あなた、あの子の家族なんでしょ? 代わりのいない、ただ一人の家族なんでしょ? なのになんで、家族を助けるのに迷いがあるのよ。あなたにとって、茜という妹は、何よりも大切なものなんじゃないの!?」

 

 心が痛い。

 まるで、針でチクチクと刺されているかのように。

 

 ……そうじゃねえか。俺は何のために、ここまで来たんだよ。

 妹を。茜を探しに来たんじゃねえか。

 しかも、その茜の居場所が分かっているのに、いまさら何を迷う必要があるってんだよ。

 探し求めていたやつが、もう、目と鼻の先にいるんだぞ。

 ……だったら、もう答えは決まってるようなもんじゃねえか。


「……す、すまん。……そう、だよな……。家族と会うことに、戸惑ってちゃ……ダメだよな」

 

 イズハの顔が直視できない。

 情けない気持ちが、俺の心の中に現れたから。

 

「ね、ねぇ、ちょっと、顔上げてよ…………」

 

 優しくて、暖かい手が、俺の頬に触れた。

 その手につられて、俺の目に、イズハの顔が現れる。

 イズハの顔はすぐ目の前にあって、表情は、どこか優しさを含んでいた緑色の目で、俺に微笑みかけていた。

 思わず見惚れてしまう。

 しかし、少し目が合った瞬間、イズハは手を放し、少し頬を赤らめ、視線を逸らしながら。


「………なんか……偉そうなこと言って、ごめんね。……こっちも少し、カッとしちゃって……」


 急に謝られて、俺は少し驚きながら。

 

「え、いや、その……そっちが、謝る必要なんて…」


 沈黙が続く。

 少し気まずい空気があたりを包み込んでいた。

 

「あの」

「ねえ」

 

 同時に声が発せられた。

 またさっきの空気が、二人を襲う。


「あ、あのさ」

 

 今度は一人が発した声。

 主は俺だ。


「ど、どうしたの?」


 イズハが聞き返す。


「……俺、行くわ。その世界に」


 イズハが、驚いた表情をする。


「ほ、ほんとに?」

 

 俺は一度コクッと頷くと。


「やっぱり、あいつがそこにいるんだったら、探しに行くのが家族として、やらないといけないわけだし。…それに、こんな体験なんて、もう二度とできなさそうだしな」


 俺は、少し微笑みながら、冗談ぽく言った。


「ふふっ。そんなことが言えるほど余裕なんてね」


 イズハも少し笑っていた。


「よし、分かったわ。それじゃあ今夜十二時頃までにここに来てね。持ってくる荷物は少なめに。多くても困るだけだし」


 それを聞いた俺は、床に置いていたペットボトルを手に取って、立ち上がり。


「オーケー。んじゃ、またここに来るな。今度は夜に会おうな」


 神社の入口へと向かった。

 そしていざ神社を出ようとした時、俺はあるものを目にして、心の中ではぁとため息をつく。


 またこの階段を上り下りするのか…………。












 呼吸が乱れながらも、俺は階段を下り切った。

 階段って、なんで上るときよりも下りるの方がキツイんだろう。

 重力とか、科学的な何かがあるのか。

 ……考えたところで答えが出るわけでもないけど。

 夏特有の暑さのせいで乾いてしまったのどを潤すため、手に持っていたペットボトルに入ったお茶を飲む。

 ついさっきお茶を飲んだばかりだというのに、体はお茶をほしがっていた。

 お茶を口に含んだ瞬間、俺は一瞬だけ苦い顔をする。

 別にお茶が苦かったわけではない。これは麦茶だ。

 ただ、気温が高いおかげで、冷たいと思っていたお茶がぬるくなっていた。

 中のお茶を飲み切って空になったペットボトルのふたを閉める。

 ふと空を見上げると、そこは一面の青空。

 雲なんて一つもなく、お天道様はギラギラと輝いていた。

 時刻を確認するため、スマホを取り出す。

 起動して、画面に表示された時間を見る。

  

 二時五十分。


 もうすでに三時近くか。

 というかあそこに結構長くいたんだな。ただ階段が長かっただけかもしれないが。

 時間を確認した後、用が済んだスマホをしまう。

 茜の居場所も分かったことだし、さっそく帰るか。

 現在地—————イズハがいる神社から、じいちゃんたちの家は片道十五分ほど。

 距離にすると、だいだい一・五キロぐらい。

 茜と一緒に散歩してここまで来たんだから、そんなに遠いわけがないよな。

 そして、数歩歩いたところで思い出した。

 

 そういえば、昼ご飯忘れてたわ。


 俺は家に向かって走り出した。



 家に着いた後、俺は昼ごはんを済ませ、これから泊まる予定だった部屋へと向かう。

 その部屋は階段を上って二階の廊下を突き当りまで進んだところにある。

 家に着いた時、持ってきていた荷物をその部屋に置きに行ったので、部屋の場所は覚えていて、迷うこともなく、その部屋へと向かった。

 部屋のドアを開けて中に入った。

 部屋は和室になっていて、都会の人間には、あまりなじみがない畳になっている。

 おいてある荷物の元へ行き、必要なさそうな荷物をリュックから出しておく。

 

 そしてしばらく荷物を整理して、準備が完了した。

 リュックの中には、懐中電灯や代えの電池を四個ほど、空のペットボトル、財布、チョコレート、その他着替えを二日分用意している。

 懐中電灯は念のために持っていく。異世界なんて何が起こるかわからないからな。

 財布も念のためだ。もし、異世界でも使えたら使おうなんて考えている。

 空のペットボトルは水筒の代わり。

 チョコレートの用途は、その時になったらわかる。

 着替えは、ずっと同じ服を着るのは嫌なので、最低限の分だけ持っていく。

 といっても、ジャージと下着ぐらいしか入っていないが。

 以上が、異世界に持っていく荷物だ。

 

 ………あとは時が経つのを待つだけ。

 何とかじいちゃんたちにバレないように過ごさないと。

 いや、別に下手なことをしゃべらなければ、バレるわけがないな。

 だったら、この部屋でじっとしていよう。

 


 何とかバレずに時が過ぎ、気が付けば、もう午後十一時になっていた。

 この時間になると、もう何もすることがないのか、じいちゃんたちはすでに夢の中へ。

 荷物が入ったリュックを背負い、音をたてないように、ドアをゆっくりと開ける。

 一度左右を確認し、人がいないことを確認した後、ドアをゆっくりと閉め、階段をゆっくりと下りていく。

 ついに玄関まで辿り着き靴を履いていると、背後から声をかけられた。


「何をしておる」


 ビクッと肩をすくみながら、後ろを見る。

 そこにいたのはじいちゃんだった。


「い、いや、ちょっと外の空気を吸おうと思って………」


 少しおどおどしながら、俺は答えた。

 とっさに答えたにしては、少し下手な返しだったか?


「本当か?」


 じいちゃんが眉をひそめながら言った。

 流石に誤魔化しきれないか。

 そう思ったときじいちゃんが「まあいい」と何かあきらめたように口に出した。


「和也。あまり無茶するんじゃないぞ」


 そう言い残し、じいちゃんは寝室へと向かった。

 …………いったい何だったんだ?

 こんな時間に何起きてるんだ~とか、今から何しようとしてるんだ~とか言われそうだったけど。

 まあ、でもよくよく考えたら、昼間にもじいちゃんは俺を引き留めようとはしなかったよな。

 感謝するよ、じいちゃん。

 靴を履き終わった俺は神社に走って向かった。







「いざ来てみたはいいけど……これは想像以上だな……」


 家から十分ぐらい走り続けて、今、あの階段の前にいる。

 その階段は、途中までは月あかりで、何とか足元が見えそうだが、木々がより一層と生い茂っているところは、月の光なんてほとんど届かなさそうだ。


「まさか早速こいつを使う羽目になるとは」


 俺はリュックから懐中電灯を取り出した。

 スイッチを入れ、階段を照らす。

 よし、これでなんとか行けそうだな。

 俺はお先真っ暗の階段を上り始めた。

 


 昼とは比べ物にならないほど暗い中、階段を上り続け、十分後、ようやくあの神社にたどり着いた。

 神社にはほとんど明かりがなく、照らしているのは月光だけ。

 屋根で遮られているのか、拝殿の中までは月の淡い光は届いていないようだ。


「イズハ~。俺だ~、和也だ~」


 イズハを呼び出すが、返事はない。

 とりあえず拝殿に向かって歩きながら、俺はイズハの名前を呼び続けた。

 ちょうど拝殿に入ったところで、俺は異変を感じる。

 ……がり……がり……。

 何かが削れる音だった。

 俺は拝殿の中を懐中電灯の明かりで照らす。


「………何してんだ、お前?」


 そこにいたのは、桜色の刀身の刀を手に持ち、それを使って床に謎の絵を彫っていたイズハだった。

 そんな、明らかに危ない雰囲気を出しているイズハがきょとんとした顔で。


「何って………魔法陣描いてるだけだけど……」


 ……これが魔法陣……なのか?

 床に彫られている魔法陣には、謎の模様が至る所にある。

 もちろん謎の模様なので、何が書かれているのかは分からない。

 ただ、模様の他にも文字らしきものが書かれている事は分かった。

 というか、こんな暗いところでよく彫れるな。

 

「懐中電灯いるか?」

「いや大丈夫。魔法陣が出来上がるまで、もう少しだけ待ってて。できたら呼ぶから」

「お、おう……」


 しかし、改めて見ると、本当にこいつならできてしまうんじゃないのかと思ってしまう自分がいる。

 でもなんだって、刀で魔方陣を彫ってんだよ。危ねえよ色々。

 そんなことを考えながら、俺は、イズハの邪魔にならないよう、魔法陣から少し離れたところに腰を下ろした。

 胡坐をかきながら、暗くてよく見えない天井をじっと見つめる。

 

 …………異世界、か。

 茜を探していたはずなのに、いつの間にか異世界に行くはめになるとは。

 異世界ってどういうところなんだろう。

 やっぱり、魔法とかがあるファンタジーの世界なんだろうか。

 それとも、この世界よりも技術が進歩している世界なんだろうか。

 いや、案外、世紀末みたいな荒廃した世界だったりして。

 正直、今は、茜を見つけることができるのかという不安よりも、どんな世界に行くんだろうという楽しみな気持ちが勝っている。


 茜もこんな気持ちだったんだろうか。

 でも、いったいどこで茜はこの場所の存在を知って、どういう目的でここに来たんだろう。

 それに、イズハは、なぜこんなところに一人で住んでいるんだろう。

 昼間、煎餅が出てきたとき、少なくとも、山の外にある店には行っているように思えた。

 別に引きこもっているわけじゃなさそうだが、ずっと、たった一人でここに居るような感じがする。

 

 ………まあ、そこは触れない方がいいかな。

 人には触れてほしくない秘密が大体一つあるもんだと、俺は考えている。

 だったら、俺はそれをイズハが持っている秘密の一つだと考えて、俺はそれには触れないでおこう。

 触らぬ神に祟りなし、ともいうしな。巫女だけど。

 

 そんなことを考えていると、暗闇にいるイズハから声をかけられた。


「できたわ」


 イズハの元へ行く。

 そこには、漫画やアニメで見るような、複雑な魔方陣が彫られていた。

 サイズは人が三人ほど入れる大きさ。

 

「………そろそろ、十二時になるかな。カズヤ、荷物を魔方陣の上に置いて」

「分かった」イズハに言われた通り、俺は魔方陣の中に入り、リュックを魔方陣からはみ出さないよう、できるだけ端に置く。

「それと………はいこれ」

「? なんだこれ?」


 イズハが俺に渡してきたのは、二メートルはありそうな細長い赤い棒。

 てっきりただの棒かなにかと思ったら、先端には、水色の刀身の刃が。


「見て分かんないの? 薙刀よ、ナ、ギ、ナ、タ」


 イズハが薙刀を俺に渡す。


「………薙刀、か……というかなんかひんやりしてて気持ちいいな」


 手にそれを持った瞬間、ひんやりと、夏には嬉しい冷気が滲み出ていた。

 ………しかしなんで薙刀なんだ?

 俺、これの使い方なんてわかんねえぞ?


「それじゃあ、そろそろ行くわよ」


 そうこうしている内に、いつの間にか、イズハも準備を済ませていた。

 おそらく荷物が入っているのであろう、斜め掛けのエナメルバッグを魔方陣の上に置き、魔方陣を彫っていた刀を腰に掛けていることを確認すると、空いているスペースへ移動する。

 その空いているスペースは…………。


 俺の後ろだ。


「な、なにしてんだ、い、イズハさん!?」

 

 思わず、変なところで丁寧になってしまった。

 だって、当たってるんですもの! あれが、むにっと当たっちゃってるんですもの!


「ちょっと静かにしてよ! 狭いんだからもう少しの間我慢して! あともう少しだから!」


 別に、これだけで俺の理性はあっさりの崩れはしないが、なんかこう、男として反応してしまうというか、反応せざるを得ないというか…………。


 その時、暗い拝殿の中に淡い青い光が足元から差し込んだ。

 その光に気づき、俺は思わず足元を見る。

 どうやら光の発生源は魔方陣からのようだ。

 つまり。


「イズハ! これって!」


 俺は思わず興奮してしまった。

 今、俺の背中に当たっているものではなく、この魔方陣から出てくる光を見て。

 

「とりあえず、これで終わりね。あとは、このまま放って置いたら異世界に送られるわ」


 これが魔方陣……! 漫画とかで見るあの……!

 生きている間には見られないだろう、純粋な魔方陣に俺は感動していた。

 ここで、俺はある疑問を思い出す。

 

「………そういえば、これから行く世界ってどういうところなんだ?」


 魔方陣が完成するまで、考えていたことだ。

 最悪、命の危険がある世界とかだったら、少し考えさせてもらう。

 流石に自分の命が惜しいからな。

 どんどん青い光が強くなっていく。

 もうすぐ異世界へに俺たち二人が送られるのだろう。

 

「これから行く世界ね……。どこに飛ばされるのかは分からないけど___」


 分かんねえのかよ。そうツッコもうとした時だった。




「____少なくとも、『弱肉強食』の世界、とだけ言っておくわ」




 俺がその場から逃げ出すのと、俺たちが異世界に飛ばされるのは同時だった。

次回からはもう少し短くなります。

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