プロローグ1
電車に体を揺らされて、どれくらいの時間がたっただろうか。
ふと気になり、俺の隣に置いてある着替えやスナック菓子などが入った黒いリュックサックを手に取り、ファスナーを開ける。
もう少し荷物を減らすべきだったかと考えながら、リュックサックの中に手を突っ込み、少しかさばる荷物をかき分けながら、探していたものの感触が伝わると、それをリュックサックから取り出した。
片手でファスナーを閉じながら、高校に入学した際に父親から買ってもらったスマートフォンの電源を入れる。
真っ暗な画面が光をともし、画面に映し出された時間を見た。
十一時二十四分。
自宅を飛び出してから、二時間半近くたっていることに気が付いた。
「・・・もうこんな時間か」
あまり充電を減らしたくなかったので、現在の時間を確認した後、すぐにスマートフォンの電源を切る。
流れるように、リュックサックのファスナーへと手を伸ばしたが、またあふれかえるような荷物の中から取り出すのは面倒だなと、伸ばした手を戻し、スマートフォンをズボンのポケットの中に潜り込ませた。
予定では、十二時までには目的地に着くように考えてある。このまま問題なく行けば、予定通りに目的の場所に到着するだろう。
あともう少しで、そこの最寄りの駅に到着するので、残った時間で車窓から見える景色を堪能しようと、リュックサックを太ももの上に乗せ、体をふかふかの椅子に引きずり、窓の近くへ寄った。
窓から見えたのは、新緑に覆われた山々と少し背が高くなった苗たちが植えられている田園。
都会慣れしていた俺はその景色に魅せられていた。
狭い日本で、こんなにも景色が変わるものかと。
電車がどれだけ進もうとも、景色がほとんど変わらない。それは都会でも似たようなものだが、俺は、この景色だけは違うと確信した。
ずっと見ていたい。しかし、時間はそれを許さない。
そう耳にささやくかのように、車内アナウンスが流れてきた。
『次は~、浅倉~。浅倉~。お出口は右側です。お忘れ物の無いよう・・・』
電車から降りるため、リュックサックを背負い、ズボンのポケットの中に入れていた切符を手に取る。
電車が、キィーと音を立てて止まり、プシューと空気が抜けるような音がした。
その間に俺を含めた数人が椅子から立ち上がり、アナウンスに指示されたように右側のドアの前に移動する。俺以外の人たちは、皆七十を過ぎたような老人ばかり。その人たちを見て、俺は改めて、都会を離れたんだなあと感じた。
ドアが開くと電車から降り、駅のホームに足を踏み入れる。
長い時間電車に揺られていたせいか、駅のホームに立つと少しよろめいてしまった。
だが、すぐに気を取り直し、改札へと向かう。
もちろん、町にあるような機械の改札などはなく、駅員さんが一人一人の切符を回収していた。
駅員さんに切符を渡し、駅を出る。
駅前というものは少しはにぎわっているものだと思っていたが、人があまりいないこの地域では、店はおろかロータリーもなかった。
目の前にあるのは一本の道路だけである。その道路には、車なんて走っていない。
先程乗車していた老人たちが、それぞれの目的地に向かっていく中、俺はただその人達の後ろ姿を見ているだけだった。
それにしても暑い。今はちょうど夏。太陽が一番働く季節である。
日光が俺の肌をじりじりと焼き付けてくる。
どこかに日陰はないのか・・・、とあたりを見回していると、近くに木が一本だけぽつんと生えていた。
その木の根元には、人一人分ぐらいが入れる小さな日陰があった。
そこを見つけると、俺は小走りで向かった。
日陰の中に入ると、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、時間を確認する。
今は・・・十一時三十一分。
もう少ししたら迎えが来るだろう。
それまではここで涼んでよう、と思っていたが、照り付ける太陽は見えなくなったものの、今度は蒸し暑さが俺を襲ってきた。
それもそのはず、この地域は盆地になっていて、冬は山から冷たい風が吹き、夏は蒸し暑い熱気が流れ込んでくる。そして、その熱気などが逃げる場所がほとんどないため、どんどん蒸し暑くなってくる。
そのため都会とは違った暑さが、ここにはあるという。
そうだ、迎えが来るまでに自己紹介をしておこう。
俺の名前は『高橋和也』。十六歳の高校生だ。
学校は夏休みで、本来ならば友達と遊びまくっているはずだったが、とある事情により、夏休みの間はこの山奥にある俺の祖父の家にお邪魔することになっている。
とある事情というのはまた後で話そう。
しかしこのままでは、熱中症で倒れてしまいそうだ。早く迎えは来ないだろうか。
俺の小さな願いにこたえてくれたのか、車がほとんど走っていない道路に、一台の荷台に荷物を一切載せていない白い軽トラックが俺のいる方へと向かってきた。
俺の目の前に停まると、運転席から一人のおじいさんが現れた。
髪の毛は抜けておらずシルバーヘアーで、このご時世なかなか見られないはかま姿のおじいさん。
・・・・・間違いない。俺のじいちゃんだ。
「おお、よく来たの。結構早く着いたな。早めに来て正解だったな和也」
「うん、思ったより早く来たみたいだね。時間ぐらい確認しとけばよかったよ」
「まあまあそう言わずに。早く車に乗ろうや、わしゃ暑くてかなわん」
「わかった。すぐに乗るよ」
こうして俺は、駅から車で十分の場所にあるじいちゃんの家へと向かった。
今日こそは、『あいつ』を見つけられるかな。
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じいちゃんの家に着いた俺たちは、家の中にお邪魔する。
じいちゃんの家はそこそこ大きな家で、二階建ての和風の建物。屋外には夏野菜を育てている畑がある庭や、いつもこの家に訪れた時にじいちゃんが一度も中に入らせてくれなかった蔵がある。
幼いころ、ここに何回か訪れたことがあるが、ある一件以来、一回だけしか訪れたことがなかった。
だが、ある程度この家の間取りは覚えているので、俺は二階の部屋に荷物を置くと、スマートフォンと財布を持ち、玄関へと向かう。
俺が玄関で靴を履いていると、俺の気配を察したのか、後ろからばあちゃんが近づいてきた。
俺のばあちゃんは、どういうわけか日本人ではまず見られない金髪で、瞳は青く光っている。その他にも、たまに俺の知らない言語で喋ったり、決まった時間になるといつも、どこかへ姿を消し、数時間経つと少し力を抜いたような表情で戻ってくる。
幼いころから何度もそのことについて聞いているが、ばあちゃんは頑なに話そうとしない。じいちゃんにもそのことについて聞いてみたが、いつも適当にあしらわれ、結局ばあちゃんの謎が深まっていった。
今ではそんなに気にすることもなくなったが、いつかその真実を突き止めてやろうとは思ってる。
時代劇とかで見られるような着物を着ているばあちゃんは心配そうに。
「和也。いったい今からどこへ行くのですか? もうすぐお昼ごはんができますよ」
「ばあちゃん。その……………丁寧な言葉づかいはやめてくれ。なんだか他人みたいな気がしてならないから………。それと、昼ごはんは戻ってから食べるから、先に食べておいていいよ」
因みに、ばあちゃんが作るご飯は、とても美味い。だが、見た目はこの世のものとは思えないようなものをしている。
………………別に、食べたくないわけじゃない。これにはちゃんとした理由がある。
「そうですか………。しかし、今からいったいどこへ行こうと……まさかとは思いますが」
「……うん、ちょっと今から探しに」
少し暗い雰囲気の声で話した途端。
「なりません!」
後ろにいるばあちゃんから、耳に突き刺さるような怒鳴り声が聞こえてきた。
「なんで!!」
靴を履き終わっていた俺は、ばあちゃんの方へ向きながら立ち上がり、聞き返していた。
ばあちゃんの顔は険しい顔をしていたが、そこにはどこか心配するような気持ちも入っていた。
「『あの子』のことについては、現在こちらで捜索しています。ですから、和也。あなたはここにいなさい。あなたの身に何かあっては危険ですから」
「けど、『あいつ』がいなくなってもう三か月も経とうとしているんだ。未だに見つからないなんておかしいって。だから俺はここに戻ってきたんだ。今度こそあいつを見つけるために……………」
「なんだ、いったい何があったんだ?」
家の中でゆっくりくつろいでいたであろうじいちゃんが、なんだなんだと、玄関に駆け寄ってきた。
「聞いてください茂雄さん。和也が今から『あの子』を探しに行くと言っているんです」
茂雄というのは俺のじいちゃんの名前だ。
それを聞いたじいちゃんは、少し考えて。
「いいんじゃないのか別に」
「え?」
思わず声が出てしまった。怒られるのかなと心の中で思っていたからである。
「何を言っているのですか茂雄さん!もしかしたらあの子はあそこに行っているのかもしれないんですよ。そうだとしたら本当に危険なんです!」
じいちゃんは、なだめるように。
「ああ、わかっている。だとしても、わしは和也を止めることはできん。和也は『あの子』のことを本当に大切に思っておる。それは見ていてわかるだろ?」
「……ですが」
「だったら行かせてやるのが一番だ。男にはな、周りから否定されても絶対にやり遂げなければならない時が何度かある。和也は、今がその時なんだ」
「……そうですか。わかりました」
ばあちゃんが一回だけ溜息をつくと。
「和也、できる限り早く帰ってきてくださいね。ごはんが冷めてしまいますから」
あきらめたように、笑顔で言ってきた。
「うん、わかってる。それじゃあ、行ってくる」
俺は玄関を飛び出し、『あいつ』がいなくなった山の方へと向かった。
そういえば、ばあちゃんは「あそこに行っているのかもしれない」と言っていたけど、いったいどこのことを指しているんだろう?
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俺が一体何のためにこんな山奥まで来たのかということについて、話していなかったな。
今からは、そのことについて話していこうと思う。
まず、何を探しているのかというと、俺は、妹を探している。
妹といっても、血のつながった妹ではない。義理の妹である。
突然だが、少し妹の話をしよう。
俺の母親が病で死んでしまった後、二年くらい経ってから、父親が再婚した。
その再婚相手の娘が、義理の妹である『茜』だ。
初めて会った時は、俺の年齢は十四、茜の年齢は十歳だった。
黒く透き通った長い髪、大和撫子を彷彿とさせるような黒く大きな瞳。十歳とは思えないような綺麗で可愛らしい姿だった。
本当にこの子が俺の妹になるのかと、その時ふと心の中に思っていた。
しばらくして、新しい家族が皆落ち着いて生活できるようになってくるころには、ある程度、彼女の性格が分かるようになってきた。
まず分かったことは、彼女はとても真面目で優しい、できた妹だということだ。
彼女は朝早くに起床し、母親とともに朝ご飯を作る。
そして、父親や俺が起きてくるころには、朝ご飯を完成させているのだ。
その朝ご飯がまあ美味いのなんの。作るものすべてがお店で出されるレベルまで上がっている。
因みに、俺のお気に入りは『たまごサンド』だ。あれはマジで美味い。
他には、家族の誰かが誕生日の時には、彼女はいつもプレゼントを渡している。
俺も誕生日の時に、手作りの椅子をプレゼントしてくれた。えっ、椅子?
初めてもらったときは対応に戸惑ったが、彼女が目を潤ませながら。
「…………もしかして気に入りませんでした?」
と言われてしまったので、思わず。
「い、いやいや。嬉しいよ、俺は。めちゃくちゃ嬉しいな~。あっはっはっはっは」
と少し棒読みな感じで返事をしてしまった。
その後彼女は、気分良く帰っていったが、俺は、この椅子をどう使おうと一日悩んだ挙句、今まで座っていた椅子と変えることにしました。
あれ?作文みたいになっちゃった。小説なのに。
というような感じで彼女がどんな妹かわかってきただろうか。
真面目で優しい。だけど、なんだか放っておけない。
俺はそんな妹にいつの間にか心を開いていた。
しかし、幸せはいつまでも続かなかった。
それはゴールデンウィーク中に起こった。
茜が突然俺に。
「兄様のおじいさんとおばあさんに会ってみたいです」
と言ってきた。
その時俺は。
「俺のじいちゃんとばあちゃんにならついこの間会っているだろう?」
と返した。
この時俺は、俺の父親の祖父母のことを指していた。
だが、彼女の指していた祖父母は違っていた。
「お母さん_____兄様のお母さんの方のおじいさんとおばあさんに会ってみたいのです」
この時、俺は妙な気持ちになった。
なぜ、こいつは急に会いたいなんか言い出したのだろう。
なぜ、父親が再婚してから一度も会ったことのない祖父母に会いたがっているんだろう。
なぜ、俺はこんなにも悲しくなったんだろう。
俺はその答えが見つからないまま、いろいろと準備を進め、両親には「少しの間友達と出かけてくる」と噓をついて、二人で行くことにした。
またあの駅までの切符を買って、あの駅で電車を乗り換えて、電車の中では買ってきたお菓子を食べながら、にぎやかに過ごして。
俺は、そんな小さな事に、懐かしさと悲しさを覚えていた。
そして、久しぶりにじいちゃんとばあちゃんに再会し、少し時間がたった後、茜と一緒にじいちゃんの家の周辺を散歩することになった。
散歩をしていると、春特有の暖かい風が、茜の黒く長い髪の毛を躍らせる。小学校を卒業し、晴れて中学生になった茜は、どこか幼さを漂わせつつも、少し大人びた雰囲気を滲み出していた。
その姿に俺は感動していると、突然、茜は雑草ばかりが生えている山肌を指さして言い放った。
「ねえ兄様、あの階段はいったい何でしょうか?」
俺も、茜が指さした方へ眼を向けたが、そこにはただ生え散らかしている雑草ばかり。
いったい何を言ってるんだこいつは。そこには何もないじゃないか。
「急にどうした、茜。階段っつてもどこにも無いぞ。お前、ついに眼がバグったか?」
少し冗談交じりで返したつもりだったが、茜は少し笑顔を見せながらも、怒った口調で。
「あたしの眼はまだ衰えていません!それよりも、あの石の階段が見えないのですか?」
どれだけ目を凝らしても、そこにあるのは草ばかり……………あ、鹿がいた。
けど、やっぱり見えない。
「…………やっぱり見えないな。茜、お前疲れてんのか? まあ、確かにあれだけ長い時間電車に乗ってたら、少しは気分が悪くなるとは思うが………」
「疲れてません!まったく……兄様が見えないのなら、あの先に何があるのか、一人で確かめてきます!」
そう言い残すと、茜は雑草しか生えていないような場所に向かって駆け出し、石の階段があるといっていた場所から、山の奥へと入っていった。
普段あまり、こういった行動をしない茜を見て、俺は少し驚いた。
たまにはこういうこともやらせておこうと、すぐに連れ戻そうとはせず、茜が入っていったところから茜に向かって。
「おーい!気を付けて行けよー!何もなかったらすぐに降りて来いよー!」
上の方から。
「分かりましたー!すぐに戻ってきますので、もう少しだけ待っておいて下さーい!」
と、女の子らしい少し高い声があたりに響いた。
どんどん上っていく茜の後姿を見続け、ある程度見えなくなった後、俺は、アスファルトで舗装された道路に座り込んだ。
おそらくすぐ降りてくるだろう。帰って来る時も一本道だし、大丈夫だろう。
俺はそんな甘いことを考えていた。
しかし、いくら待っても茜は降りてこない。
さすがに日が傾き始めたら降りてくるだろうと、もう少しだけ待ってみたが………………………。
降りてこない。それどころか、一切降りてくる気配がない。
もう、これ以上は待てない。
俺は、その場に立ち上がると、お尻をパンパンとはたき、山の中へと入っていった。
どんどん薄暗くなる山の中を進んでいく。
何度も「茜-っ!」と叫んだが、返ってくるのは、まるで俺をあざ笑うかのように帰ってくるこだまだけだった。
この山の中で茜を探したいが、これ以上暗くなると俺も遭難してしまうので、茜が一人で先に家に戻っているということに賭けて、俺は一人寂しく家へと向かった。
だが、家に帰っても茜の姿はなかった。
茜がいなくなったと、爺ちゃんとばあちゃんに伝え、ゴールデンウイーク中は三人で彼女をずっと探していた。
山の中はもちろん、近所に住んでいる人に聞いたり、川の中を探したりもした。
けれど、結局、茜の姿を見ることなく、俺は学校があるため、茜の捜索はじいちゃんたちに任せ、茜の荷物を抱えたまま、一人で帰った。
電車の中では。
俺があの時、ちゃんと引き留めることができたら。
俺があの時、一緒に散歩に行かず二人でゴロゴロしていたら。
俺があの時、茜の誘いを断っていたら。
いったいどうなっただろうか。
そのことだけを考えていた。
隣にある茜の春らしいピンク色のカバンを見ながら。
家に帰ってから、俺は怒られるだろうと考えていた。
そりゃ、嘘をついて遠くまで子供たちだけで旅行をして、挙句の果てには、妹を見失ってしまったのに、怒られない方がおかしい。
最悪の場合、勘当されることさえありうるだろう。
そんなことを考えながら、俺は家のドアをゆっくりと開けた。
その日だけ、なぜかドアがものすごく重く感じた。
ゆっくり家の中に入ると、父さんがいた。
ゴールデンウイークということもあり、父さんは白いTシャツ一枚に、グレーの半ズボンという楽な格好で居た。
そんなお父さんから。
「お帰り」
とだけ言われた。
一瞬、え?と聞き返してしまった。
てっきり怒られるのかと思っていたからである。
父さんが笑いながら。
「はっはっは。俺はお帰りと言ったんだ。何かおかしいことを言ったか?」
まさか、じいちゃんから連絡が届いていないのか?
俺は疑問を抱きつつ、茜のことについて父さんに話していた。
一緒にじいちゃんとばあちゃんの家に勝手に遊びに行ったこと。
遊びに行った先で茜が行方不明になってしまったこと。
そのことをすべて伝え終わると、父さんは突然こう言った。
「何を言ってるんだお前は? お前に妹なんていないだろう?」
………………………………は?
「いやいや、ボケないでくれよ、父さん。茜の事だよ、あ・か・ね」
俺は、何かの冗談だと思い、自然と聞き返していた。
しかし、父さんは一切態度を変えることなく。
「茜? お前はいったい誰のことを言っているんだ? ……そうか、あれか!お前妹がほしいのか!父さんももう少し若けりゃ俺も母さんと頑張れたんだがな」
何を言ってるんだこの人は。
父さんじゃ埒が明かないので、俺は茜のカバンを手に持ちながら、母さんを探しに、リビングへと進んだ。
母さんならわかるはずだ。
自分がおなかを痛めて生んだ子供のことを忘れるはずなんかない。
リビングを見渡し、台所にいる義母さんを見つけた。
「義母さん!」
俺は思わず叫びながら、義母さんの所へ駆け寄った。
「義母さん!茜のこと覚えてる?」
俺は茜のカバンを前に突き出した。
覚えててくれ___________!
「ん? 茜? いったい誰の事? ……あ! 彼女ができたの? 和也もなかなか隅に置けないわね~」
……やっぱり覚えていなかった。
その後も、父さんたちに茜のことについて聞いてみたが、本当に誰のことを話しているのかわかっていない様子だった。
その日の晩、俺は、茜のことについて疑問を抱きながら過ごした。
いったいなぜ、父さんたちは茜のことを忘れてしまったのだろうか。
本来ならば、忘れられない、いや忘れることができるはずがない家族のことをこうもあっさり忘れているのか。
最初は本当に人として最低だなと思っていたが、茜について話していくうちに、本当に知らないのかと思うようになった。
自分で産んでいたことにすら気づいていない母親を見て、そう確信した。
ふかふかのベッドにダイブし、自分の勉強机の方を見る。
まだ終わっていない宿題が積んである勉強机よりも、俺は、誕生日に茜からもらった椅子をずっと眺めていた。
その椅子は中学生の時愛用していた椅子よりも座り心地がよく、背もたれの角は、紙やすりで削ったのだろうか、少し丸みを帯びていた。
小さなところから感じる茜の優しさ、今まで一緒にいてくれた茜のことを思い出し、絶対に流さないと誓っていた涙が、つーッと頬を伝った。
この日から俺は決心した。
いつか絶対に茜を探し出してみせると。
今まで過ごしてきた時間を、偽物だと言わせないためにも。
そして、現在に至るということだ。
祖父母の家を飛び出してからおよそ一時間。正確には五十七分四十七秒。
俺は、太陽の光から逃れるため、ある一本の木の日陰に入っている。
あの駅の前にある木とは違うが、あまり変わらないような大きさの木だ。
今は、茜を探している途中に、自動販売機で買った麦茶を飲んでいる。
こんな暑い日なのに、自動販売機の中にある麦茶は冷たいとは…………、科学の力ってスゲーー!!
そんなことを思いながら、麦茶を半分だけ飲むと、ペットボトルのキャップを閉じた。
少しだけ残った麦茶を片手に、俺は茜を探し始めた。
しばらくして、俺は、あの場所へと来ていた。
そこは、茜がいなくなった場所。
やはりあのときと同じく、様々な長さに伸びた雑草と、縦に長く成長した木々しかない。
何度来ても同じか。
_______あきらめかけていた時だった。
あるものが目に入った。
あのとき、茜が山に入っていった場所にそれはあった。
石の階段。
その階段は、ごつごつとした岩肌でできていて、ずいぶん前に作られたかのような形をしていた。
それを目にした瞬間、俺はあることを確信した。
茜が言っていた階段とは、このことであること。
そして、茜はこの階段を上って行ったこと。
考えるよりも先に、俺の体は動き始めた。
階段を見つけると、俺はそこに向かって走り出し、階段の前に行くと、そのまま階段を上って行った。
風化して、少し削れている石の階段を上がっていく。
この階段は俺が想像していたよりも長く、十分ほど上り続けているが、ゴールは未だに現れる気配がない。
周りは背の高い木々に囲まれ、階段には木漏れ日が映っていた。他には、夏の風物詩である蝉や、小鳥やシカなどの動物の鳴き声が、木々に反射するように響いていた。
………しかし、どれだけ長いんだ、この階段。
俺の息も、長時間走り続けたかのように、乱れてきたころ、階段の終わりらしきところが、うっすらと見え始めた。
幻でも何でもいい。
早くあそこへ……。
俺はゴールが見えた瞬間、ラストスパートをかけるため、太ももをパンッと一度だけ叩くと、そこへ向かって走り出した。
一歩一歩、階段を踏みしめる余裕などなく、最後の力を振り絞りながら、俺は遂に、ゴール地点へと足を踏み入れた。
「………何だ? ここ?」
そこに見えたのは、そこまで大きくもない、どこかこじんまりとした神社だった。
石でできた三メートルぐらいの鳥居は、石の階段と同様に、風化し、少し削れている。
階段のゴールから少し進んだ場所にある拝殿は、古い木材などで建てられたような雰囲気だが、この先三百年ぐらいはずっと建ち続けているような迫力があった。
そしてその横には、白い壁でできた、小さな小屋があった。
辺りは壁などもなく、それは、ただ山の中にぽつんと建っていた。
息も整ってきた俺は、茜を探すため、神社の敷地の奥へと向かおうとした。
その時だった。
突然、小屋の扉が、ギィと音を立てて開いた。
そこには、俺と年が変わらないぐらいの女性が出てきた。
「あら、いったいどうしたの? こんなところまで来て」
女性は俺の姿を見つけると、不思議なものを見る目で尋ねてきた。
身長はおよそ百六十五センチメートルぐらいだろうか。俺は百七十センチ。あまり変わらないな。
腰まで伸ばした長いブロンドの髪は、ストンと真っすぐ落ちていて、瞳はとても透き通った緑色、いわゆる碧眼というやつだった。
しかもスタイルがとても良い。出るとこはしっかりと出て、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。
女性は、日本の神社で働く巫女さんが着るような服を着ているが、その服を来ていても、スタイルの良さは伝わってくる。
ここまでならまだいい。ただ綺麗な外国人の女性が、ここで働いているのだと思えるからだ。
だが、女性の頭の上とお尻には、人間に本来付いていないはずのあれがあった。
「………あの、多分場所を間違えました」
女性の頭の上には、動物___おそらく狐の耳と、大きい尻尾があった。
………………コスプレかよ。
というかこんなところに、茜は居ないな。居るはずがないな。居てほしくないな。
それに、この人となんか関わりたくねえな。というか本能が関わるなって言ってるな。
______よし、帰ろう。
俺は、来た道を引き返そうと、回れ右をする。
少し小走りをし、一刻も早くここを離れようとしたその時。
俺の右手が、がっしりと握られていた。
「ねえ、本当にただ場所を間違えたの? もしかしてだけど、あなた、何か大切なようがあってここに来たんじゃ……」
「いえ、本当にただ場所を間違えちゃっただけなんで……。その手を放してくれますか?」
少し強引に手を引っ張り、女性の手を放そうとしたが、何度引っ張っても俺の手は引っこ抜けなかった。
「あ…あの、本当に放してくれますか? 早くしないと貴重な時間が………ってさっさと放せよ! 手の力を緩めろっつってんだよ!」
「いやあああああ! 絶対に放してなるもんですか! 意地でもこの手は放しませんよ! 放すもんですか! せっかく来てくだっさたお客様をみすみす逃すもんですか!」
「ていうか、本当に力を緩めないと、警察呼ぶ………って痛い痛い! お前! 俺は力を緩めろって言ってんだ! 力加えてどうすんだ、このバカ力女!」
「今ひどいこと言わなかった!? この私がバカ力女ですって? 言ってくれたわね……。もっと力入れてやる!」
「お、おい! ちょっと待て! これ以上力入れたらヤバい…………ぎゃああああ! 折れる折れる!骨が折れるって! ちょ、マジでやめてくれ! シャレになんねえんだって!」
「はははははは! なんて貧弱な男なの? 情けないったらありゃしないわ! そうね……帰らずにここにいてくれるってんなら、この手を放してあげないこともないけど?」
女性は、ニヤニヤしながら言うと、俺の手を握る力を更に加えた。
「わかったわかった! わかったから! 少しの間だけここに居てやるから! 頼むからその手を放してくれ、早くーーーーー!」
そう言うと、女性は、俺の手を解放した。
今でも痛みが消えない。
握力何キロだよこの女!
それにしてもなんであの女。
こんなところに一人で居るのだろうか?
俺は、勝ち誇ったような顔をしている女性の顔を見ながら、心の中で思っていた。
プロローグが終われば異世界に行くので、もう少しお待ちを。
後、主人公の外見ですが、身長170センチで、体型は一般的な細くもなく太くもない体型です。服装は、半袖のシャツと、長ズボンという感じです。




