第63話 町の人たちの願い
今朝も、子供たちがギドの様子を知らせに来てくれた。
「灰色のお兄ちゃん、今朝もいつもどおり町を回ってるって!」
ギドは、引き続き鈴のことを調べているらしい。
昨日、ギドと〈雨やどり〉のおかみさんの会話をヴァルド司祭に見られていたかもしれないと聞いたときはどうなることかと思ったけど、今のところはヴァルドが何かしてくる様子は特にないようだ。
わたしとリコがホッとしていると、ラギが帳面を閉じて眉を寄せながら言った。
「……司祭さまに何の動きもないってのが、かえって気になるね」
「え、どうして?」
「うーん……〈雨やどり〉のおかみさんって、教会に反抗的な人として結構目立っちゃってるじゃない? そんな人とふたりきりで接触してたうえに、鈴の話なんてしてたとなると、ちょっとは警戒しそうなものなのに……ここまでいつもどおりだと、逆に怪しいよ」
すると、今度はノワが口を開いた。
「あの司祭が何を考えておるのかわからぬ以上、油断はできぬということである」
ノワの忠告を聞いて、わたしは以前、雨の神さまが言っていたことを思い出した。
――教会の命令と、町の人との約束。そのふたつがぶつかったとき、ギドはどうするのだろうか。
その答えは、どれだけ考えても、わかりそうになかった。
◇◇◇
新しい告知が掲示板に貼られたのは、その日の昼前だった。
わたしとリコは人だかりの後ろから背伸びをしながら、書かれていた内容を読んだ。
――〈雨の御礼式〉前に、鈴の個別での引き渡しを希望する方は、明日の夕方までに教会堂へお申し出ください。
そして最後に、こう書き添えられていた。
――皆さまが、それをお望みであるならば。
「え、うそ? やった! 式典前に返してもらえるようになったんだ!」
わたしはリコと一緒に急いで〈湖畔市〉へ駆け戻り、ラギに告知の内容を伝えた。
ところが、ラギは最後の一文を聞いた途端、考え込んでしまった。
「……なるほど。そう来たか」
「え……何かまずいの?」
「式典前に返してもらえるのは、もちろんいいことだよ。でも、この書き方だと……逆に返してほしいと申し出る人が少なかった場合、『町の人たちの大半は式典での返還を望んでいる』ことの裏付けになってしまう」
「……あ」
「そうなっちゃうと、教会としてはわざわざ式典前に返さなくていい正当な理由が得られるから、そのまま予定どおり式典で鈴を返せばいいってことになるんだよね」
古い麻布の上で丸くなっていたノワが、顔を上げて言った。
「ならば、町の者たちが遠慮せず『鈴を返せ』と伝えればよいだけのことである」
「あ――そっか……そうだよね!」
わたしがすぐにノワの言葉をみんなに伝えると、早速リコが勢いよく立ち上がった。
「そうじゃん! それでいいんじゃん! じゃあみんなに知らせてくる! あたいも、ばあちゃんの鈴を返してほしいって言いに行かなくちゃ!」
そう言うなり、子供たちを集めるために走って出ていってしまった。
◇◇◇
新しい告知の話は、昼過ぎにはもう、町じゅうに広まっていた。
子供たちがあちこちの路地を駆け巡り、明日の夕方までに教会堂へ行けばいいことをみんなに伝えて回ってくれたのだ。いつもお礼にあげている割れた雨粒飴は、今回も大活躍だった。
並行して、ラギが〈湖畔市〉の店先に机を出していた。
「教会に何て言ってお願いするか、こうやって紙に書いて整理しておくと安心だよ。字を書くのが苦手な人も、僕が手伝うから大丈夫」
実際、教会でうまくお願いできるか不安な人は多かったようで、ラギの前には早速人が並び始めていた。
そして水汲み場では、〈雨やどり〉のおかみさんがみんなに昨日の話を聞かせていた。
「昨日、鈴を返してほしいって言ってきたんだよ。そしたら、いつも鈴のことを聞いて回ってるあのお兄さんときたら、鈴の飾りも紐のこともちゃんと覚えててね。あんたたちも遠慮せず、返してって正直な気持ちを伝えるといいさ」
おかみさんの話を聞いて、教会にお願いしてみようと言い出す人がさらに増えていった。
リコのおじいさんたちも、水辺の家を回って告知のことを知らせているらしく、いつの間にか町の人たちが自分からどんどん動き始めていた。
◇◇◇
一方で、今も教会に申し出るのに消極的な人も少なくなかった。
「……なんだか、教会さまに逆らうみたいで」
年配の夫婦が、〈雨やどり〉の店先でそんなふうに漏らす。
「せっかく式典を開いてくれるのに、わしたちだけ先に返してほしいなんて言うのは、教会に失礼じゃないかねえ」
すると、そばでその話を聞いていたひとりのおばあさんが、ゆっくりと立ち上がった。
子供たちによると、この人こそ、以前窓辺で子守唄をそらで歌っていたというおばあさんなのだという。
「あたしは行くよ。うちの鈴を、早く元の場所に戻してやりたいからね」
おばあさんの力強い声で言われて、老夫婦はハッとした表情を浮かべたあと、やがてこくりとうなずいた。
「……そうだねえ。うちの鈴、だものね」
そう言うなり、ふたりそろってゆっくり腰を上げ、教会堂へ向かってまっすぐ歩いていった。
――そして夕方には、教会堂の前に少しずつ人が集まり、申し出の順番を待つ列ができあがっていた。
◇◇◇
その日の晩、わたしはリコと一緒に湖へ報告に行くと、雨の神さまは町のほうへ耳を向けていた。
「今日の賑やかさは、なんだかいつもと違うわね」
「みんな、鈴を返してほしいって教会にお願いしに行ってるんだ。このまま明日の夕方までには、申し出がたくさん集まるといいんだけど」
「そうね……あの子たちも、きっと喜ぶわ」
雨の神さまは満足そうに目を細めた。
朝からずっと不安だったわたしも、ようやく少しだけ安心することができた。
◇◇◇
ひと晩明けて、今日は申し出の締め切りの日だ。
わたしとリコは夜明けの水路を舟で進み、教会堂へ向かった。昨日はたくさんの人が動いてくれたけれど、実際にどれくらいの申し出が集まったのかは、まだわからない。
ラギも昨夜遅くまで並んでる人の数を確かめていたみたいだけど、なかなか列が途切れる様子がなかったため、その場は一旦帰ることにしたらしい。
「……ちゃんと集まってるかな」
「集まってるよ、きっと」
リコはそう言いながらも、舟をこぐ手はいつもより落ち着きがないように見えた。
そして、水路の角を曲がると、教会堂の門が見えてくる。
「ミオ、あれ……!」
リコが声を上げた。
門の前に――人が並んでいる。
昨日は順番が回ってこなかったのだろう、店先で話していた年配の夫婦に、子守唄をそらで歌えるおばあさん、それに〈雨やどり〉の常連さんたちまで……。
みんな、鈴を返してほしいと申し出るために集まった人たちだった。
しかも、列は教会堂の前だけには収まっておらず、〈湖畔市〉へ続く通りにもずらっと伸びており、さらにはその先の角まで続いている。
「……すごい」
わたしは、思わず舟の上で背伸びをした。
それでも列がどこまで続いているのか、ここからでは見えなかった。




