第58話 お宅の鈴は、どんな音でしたか?
翌朝、リコの家に子供たちが続々と押し掛けてきていた。
彼らはリコがギドの調査を頼んだ子たちであり、その報告に来たのだ。
「昨日の夕方だけで六軒。で、今朝はもう三軒目を回ったところだって!」
「粉屋のところにも来たってさ!」
教会が〈雨の御礼式〉を発表してからまだ一日しか経っていないのに、町はもう式典の話題で持ちきりで、その影響で〈湖畔市〉もいつも以上に賑わっていた。
そんな中、ギドは昨日から休まず、家を一軒ずつ回っているらしい。
リコは、板に描かれた町の地図のうち、ギドが訪れた家に炭で印を書き足していく。子供たちが確認した分だけで、もう九軒にまでのぼった。
ギドが尋ねていることは、どの家でも同じだという。
――お宅の鈴は、どんな音でしたか。
「粉屋のおばさんは、『ころころって、丸い音だった』って正直に答えたんだって」
報告に来た子の一人が、身振りを交えて教えてくれた。
「そしたらあの修道士のお兄ちゃん、それをそのまま帳面に書いてから、深く頭を下げて帰ったんだって」
「なにそれ。鈴の音なんて、みんな同じじゃないの?」
リコは眉を寄せながらそう言ったが、すぐに首を横に振って自分の発言を否定した。
「……いや、違うか。あたい、ばあちゃんの鈴の音なら目をつぶっててもわかるや。ちょっとだけ変わった音がして、そこが好きだったんだよね」
そうなのだ。鈴の音は、それぞれ少しずつ違う。
高い音や低い音、それから、少しかすれた音。
子供たちが聞いてきた話の中にも、そんな鈴の音にまつわる思い出話が含まれていたりした。
結婚した日から鳴らしている鈴。
赤ん坊だった子供の服につけていた鈴。
亡くなった夫が紐を編んでくれたという鈴。
――どの家にも、それぞれ大切にしてきた鈴がある。
ひょっとしてギドは、そこまで考えて、鈴の音を帳面に書き集めているとでもいうのだろうか。
そうとでも考えないと説明がつかないくらい、彼が集めている情報は、鈴を返すためというには細かすぎる気がした。
◇◇◇
昼の〈湖畔市〉では、雨粒飴の店の軒先に下がった鈴が、今日もよく鳴っていた。
その音を聞きながら〈雨やどり汁〉を味わっていると、おかみさんも情報を提供してくれた。
「あの修道士のお兄さんなら、昨日の夜うちにも来たよ。あたしはなんも教えてやらなかったけどね。一方的に鈴を取り上げておいて、今度は大切な音まで教えろだなんて、勝手な話だよ」
周りのお客さんたちは笑っていたけれど、おかみさん自身はずっと口をへの字にしたままだった。
そして鍋をかき混ぜていた手をふと止め、少しためらってから続ける。
「……でもさ。あのお兄さん、なんでそんなことまで知りたがるんだろうね。……ま、次にまた来たら、その真面目さに免じて教えてやってもいいかもしれないねえ」
その声からはいつもの威勢のよさは感じられず、少し困っているような響きを感じた。
◇◇◇
夕方になったところでリコの家にみんなで集まり、これまで集めた情報を整理した。
リコが炭で印をつけた板と、ラギが情報をまとめた紙を見比べながら、改めてギドの行動を確認する。
「じゃあ、まずは前提の確認から」
最初に口を開いたのは、ラギだった。
「式典で鈴を返すのに、鈴の音まで把握する必要はもちろんないよね。家と預かり証の番号が合っていれば、それで十分なんだから」
「でも、あのギドって人はわざわざそれを調べてる」
「そう。たぶんだけど、鈴を返すときに、持ち主に間違いがないようにしたいのかもしれないね」
わたしの事実確認に、ラギは一度うなずき、それから少し声を落として言った。
「それで、ここからが大事なことなんだけど……僕らはまだ、彼に接触しない方がいい」
「え、なんでさ!? あの人、どう考えても鈴を返そうとしてるじゃん! 今すぐ返してもらおうよ!」
リコがすごい勢いでラギに反論した。
でも、ラギはひるむことなく、落ち着いた声でそれに答える。
「リコちゃんの言う通りだよ。でも、忘れちゃいけない……彼はまだ、味方になったわけじゃないんだ。だから、彼があくまで自分の考えで動いているというのなら、今はとりあえずそのまま続けてもらった方がいい。もしそこに僕らが下手に関わって、それを教会に知られたら……あの人まで動きが取れなくなるかもしれない」
確かにもしそんなことになったら、ギドがせっかく町の人たちとの約束を守ろうとしているのに、全部台無しになってしまいかねない。
「……じゃあ、今は何もできないってこと?」
わたしが恐る恐る聞くと、ノワが顔を上げて言った。
「何もせぬのではない。あの若造がどう動くかを見ておくのである。奴に助けが必要になったとき、すぐ動けるようにな」
「なるほど……」
他に良い手も浮かばないので、今はノワの言う通りにするしかなさそうだ。
他のみんなも、わたしがノワの言葉を伝えると、大体わたしと同じ反応になった。
リコも少しは落ち着いてきたようで、ノワに「クロちゃんもたまにはいいこと言うじゃん」と軽口を叩けるくらいには調子を取り戻していた。当のノワは低くうなってリコを威嚇していたけど……。
ノワとリコの微笑ましいじゃれ合いを眺めながら、わたしはふと考える。
――ギドが困ったとき、わたしたちに、何ができるのだろうか。
そんなわたしの胸中を察したのか、ラギが紙を畳みながら声をかけてきた。
「これからどう動くかは、もう少し様子を見てから考えればいいさ。式典まではまだ九日ある。焦ってこっちの動きを悟られることのないよう、今は情報収集に専念しよう」
ラギはこういうとき、本当に頼りになる。おかげでわたしたちは、道に迷うことなく前に進めるのだから。
気がつけば窓の外では日が沈み、湖のほうも暗くなり始めていた。
◇◇◇
外はすっかり暗くなり、そろそろ寝ようと思って灯りを消そうとしていたころ――。
突然、リコの家の窓を叩く音がした。
「ミオ姉ちゃん!」
窓を開けると、いつも船着き場に来ている子供の一人が、息を切らして立っていた。
「あのね、さっき水路から見えたの」
小さな指が、教会堂の方角を示す。
「教会の蔵の高い窓に、灯りがついてたんだ。窓に人の影が映ってて、ずーっと座ったまま動かないの」
「……蔵に?」
「うん。あたしが帰るまで、ずっと明るいままだった」
教会の蔵……町じゅうから集められた鈴が保管されているとしたら、きっとあそこだ。
……ひょっとして、ギドが蔵で何かしている、とか?
昼間の彼の行動を考えると、夜は蔵にこもって鈴と帳面を見比べていてもおかしくはない……のかもしれない。
仮に、そんなわたしの思いつきが当たっていたとして……彼はそうまでして、何を確かめようとしているのだろう。
――ギドは、あの鈴たちを前にして、いったい何を考えているんだろう。




