第54話 必ず、お返しします
ギドが何をしていたのかは、翌日になって明らかになった。
リコが町の子供たちにお願いして、大人たちに聞いてきてもらったのだ。
「この子たちが、今回の功労者になりまーす!」
リコの言うところの功労者さんたちは、舟屋の桟橋に集められていた。よく見ると、いつも鈴を鳴らしに来ている子供たちだった。
みんな、我先にと話し始める。
「昨日うちの母ちゃんも、あの灰色のお兄ちゃんに呼び止められたんだって!」
「鈴のことばっかり聞いてきたって、母ちゃんが言ってた。うちが預けた鈴の数とか、預かりに来たのはなんて名前の修道士だったか、とかいろいろ聞いてきたみたい」
いちばん年長と思われる子が、さらに詳細な内容を教えてくれた。
「えっとねー、飾りの色は何色だったかとか、ヒビはなかったかとか聞いてきたんだって」
飾りの色? ヒビ? なんでそんなことを……?
ギドの意図がいまいち読めないまま、今度は出店にも聞き込みをしてみようと昼に〈湖畔市〉へ赴いてみると、〈雨やどり〉のおかみさんが笑いながら教えてくれた。
「ああ、あの真面目そうな修道士のお兄さんなら、うちにも来たよ。あたしも屋台の軒に下げてた鈴のほうは回収されてたんでね。紐の傷みまで聞いて、帳面に書いていたっけね。ちゃんと間違えずに鈴を持ち主に返したいんだってさ。よく覚えてないような細かいことまで聞いてきたんで、答えるのに苦労したよ」
出店の店主たちの話を合わせると、ギドは預かり証の番号、家の場所、鈴の形や傷み具合といったことを、町のほぼすべての家について聞いて回り、帳面に書き留めているらしい。
リコは、今回お願いを聞いてくれた子供たちにあげるための雨粒飴を買っていた。これからは雨粒飴がお礼の品の定番になるんだろうか……そうだったら発案者としてはちょっとうれしいかもしれない。
◇◇◇
夕方になって、またしてもギドが聞き込みを始めていたので、わたしは昨日に続いてその様子を観察してみることにした。
ギドは今、町の家の前でおばあさんと話している。おばあさんは耳が遠いらしく、ギドは同じことを何度も、ゆっくり話していた。相手を急かしたり、途中で話を切り上げたりすることもなく、どこまでも丁寧に、根気よく話を続けている。
そんな感じで町じゅうを歩き回っていたせいで、ギドの外套の裾は土埃ですっかり汚れていた。
あそこまで丁寧に仕事をこなすなんて、上から命じられたからという理由だけでは無理な気がするが、どうなんだろう。
――ひとまず今日のギドの様子も含めて、その夜、みんなに報告することにした。
舟屋の灯りのそばで話を聞いていたラギが、腕を組んでうなった。
「うーん、つまりあのギドって修道士は…………とても良い人だってこと?」
「あー……やっぱりそう思う?」
「だって、教会はあくまで『清めを行ったあと、雨への感謝を込めてお返しする』って言っただけだし、そこまで細かい記録を取る必要はないわけじゃない? 教会としては、とにかく鈴を返せさえすればいいんだから」
水抜き前に教会が鈴を木箱に回収していたところを思い出す。鈴を一つひとつ布で包み、預かり証を渡してはいたけど、飾りの色やヒビまで控えている様子はなかったはずだ。預かり証の番号さえあれば返せる――教会はそう考えているのだろう。となると、教会が今になって鈴の細かな情報を集めようとするとはちょっと考えにくいように思う。
「じゃあ、やっぱりあのギドって修道士は、教会に命じられたわけじゃなくて……」
「うん。彼が自分の意思で、鈴を一つずつ丁重に元の家へ返そうとしてるんだと思う」
ラギの言葉を聞いて、窓辺にいたノワが目を細めた。
「なるほど。あの若造は、ちゃんと約束を守ろうとしているのであるな」
そう、あのときギドは……持ち主のおばあさんに深く頭を下げながら、こう言っていたのだ。
――少しのあいだお預かりするだけですので……必ず、お返しします。
そして、鈴を軒先から外す所作も人一倍丁寧だった。
やはりギドは、ノワの言う通り、教会から命じられたからではなく、自分の意思で町の人との約束を果たそうとしているのだろう。
それまでの話を聞いて、リコが難しい顔をした。
「待って。じゃあ、あの人って……あたいたちの味方なの?」
「敵か味方かと聞かれれば、まあ、どちらかというと敵だろうね」
ラギが少し迷いながら言った。
「あくまで僕たちにとっては対立勢力ってだけで、基本的には人々の生活を守る側だからね」
「うー……でも町のみんなから鈴を取り上げたじゃんかー」
「あれだって、少なくとも回収した修道士たちは町の人たちを災いから守ろうとしただけだよ」
リコはますます納得できないという顔になり、しまいには頭をぐしゃぐしゃとかきはじめた。
そんなリコを見て苦笑いしながら、ラギがわたしに向かって言う。
「――この状況、利用できるかもしれない」
「り、利用?」
「教会は、鈴を返すことで町の人に恩を感じてもらいたい。でも、あのギドって人は、純粋に町の人たちのために鈴を返したいと思っている」
そうやって並べてみると、確かに同じ「返す」でも、その意味は全然違うということがよくわかる。
「じゃあもしここで――町のみんなが『清めなくていいから、約束どおり今すぐ鈴を返してほしい』って言い始めたら、どうなると思う?」
わたしは少し考えて、思わず「あっ」と声を上げた。
「――あの人は……すぐに鈴を返そうとする?」
「たぶんね。少なくとも、そこで『返せない』って言えるような人じゃないと思う」
「なるほど……」
ギドは信用できる人、というのが前提ではあるけれど、わたしは――信じていいんじゃないかと思った。
「とりあえずもうしばらくは、彼が何を考えているのか、観察を続けてみよう。実は全くの見当違いだったりしたら、僕たちの動きが読まれて先手を打たれるかもしれないからね」
わたしは、二つ返事でラギの作戦に乗ることにした。ノワも特に異議はないみたいだ。
リコはまだ納得できないという顔だったけど、十分に考え込んだ末に、とりあえず首を縦に振ってくれた。
◇◇◇
わたしたちは寝る前に湖へ行き、雨の神さまに今日のことを話すことにした。
静かになった夜の湖の上で、雨の神さまはただじっとたたずんでいる。力もだいぶ戻ってきたようで、銀灰色の毛は目覚めた日に比べるとすっかり艶を取り戻していた。
話を聞き終えると、雨の神さまはヒゲを一度動かして言った。
「ふうん。そのギドって人間は、なかなか律儀な子みたいね」
そして何やら少し考えごとをしてから、ふと教会堂の方角を見やった。
「――それだけ律儀な子が、果たしてすぐに鈴を返してくれるかしらね」
「……え? でも、約束が――」
「そのギドって子は、町の人との約束を守ろうとする誠実な人間なのは間違いないでしょう。でも同時に、教会の命令に従う敬虔な修道士でもある。であれば、その子は約束と命令――どっちを守ると思う?」
わたしは、その問いに答えることはできなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、雨の神さまの言葉をみんなにどう伝えればいいのかもすぐには思い浮かばず、ひとまず今は帰ることになった。
そして家路につこうと舟の向きを変えたところで――。
雨の神さまに、呼び止められた。
「ああそうだ、声結びさん。あなた――歌は歌える?」
「……歌?」
思わず振り返ってしまう。
雨の神さまは青い瞳を細め、何か新しいことを思いついたような、楽しそうな顔で、わたしを見ていた。




