第53話 雨なのにどうして空の色?
今日から、雨の神さまを迎えるお祭りに向けて開かれる市――〈湖畔市〉が始まる。
お祭りの本番まで毎日店を出して町を盛り上げようとラギが提案したもので、彼が方々に働きかけたおかげで見事開催にこぎつけることができたのだ。ちなみに〈湖畔市〉という名前はラギが町の人たちに意見を聞いて決めたものらしい。
湖へ続く道には朝から大勢の人が押し寄せており、湖には見物の舟が何隻も浮かんでいる。お祭りの本番はまだだというのに、すでに町全体が浮かれているようだった。
そして出店が並ぶ通りも賑やかさでは負けていない。ある出店からは貝の串焼きの匂いを乗せた煙が上がり、飲み水を売っている舟からは元気な呼び声が聞こえてくる。さらには、雨は降っていないものの、雨の神さまをお迎えする準備ということで、〈雨やどり〉のおかみさんまで店を出しており、店の前にはもう行列ができていた。
そんな騒がしくも楽しげな音を、雨の神さまは湖の水面で、目を閉じて聞いていた。
◇◇◇
出店通りに足を運ぶと、ひときわ大きな人だかりができている店が目に入った。
「お待たせしました! 〈湖畔市〉の名物――その名も、雨粒飴! いかがですかー!」
声を張り上げて客を呼び込んでいたのは、ラギだった。
ラギは町の飴屋と一緒に店を出すことになり、昨日遅くまで準備していたのだ。
名物として売り出している雨粒飴とは、その名の通り雨粒の形をした小さな飴で、なんと、光に透かすときれいな空色に見えるのだ。一粒あたりのお値段は、銅貨一枚とのこと。
「雨なのにどうして空の色をしてるんだい?」
「それはねぇ……ズバリ、雨の神さまの目の色から来てるんですよ!」
客の質問に、飴屋の店主が胸を張って答える。
すると、質問した客だけでなく並んでいた他の人たちからも一斉に感心の声が上がった。
さらにこの店には軒先に小さな鈴が下げられていて、飴が売れるたびにラギが、チリン、と鳴らしてくれるみたいだ。
「どう、ミオちゃん。飴が売れれば売れるほど、雨の神さまに鈴の音が届くって仕組みさ」
店の脇にいたわたしに、ラギが小声で教えてくれた。
「商売繁盛だけじゃなく、雨の神さまも喜ばせるなんて、なんていうか……そう、『粋』、だよね」
わたしが賞賛の眼差しを向けると、ラギはかつてないほど得意げな顔になった。
「あ、でも『甘いものがいい』って提案したのはわたしだから、わたしもすごいってことになるのかな」
「それはもちろんさ。発案者のミオちゃんには、あとでお礼として――形が崩れて売り物にならなくなったやつを何粒かあげるよ」
「え……ちゃんと売り物になってるやつがいいんだけど……」
「それは銅貨一枚でお買い上げください」
「えぇ……」
仕方ないので列に並んで飴を買おうかなと店のほうに向きなおると、先頭に並んでいた子供がちょうど飴を注文しているところだった。あの子は確か――前に船着き場で鈴を鳴らしていた男の子だったかな。その子は握りしめた銅貨を店主に渡すと、背伸びをして飴を一粒受け取った。
「うわー、なんかきれいだ……これ、雨の神さまの目なんでしょ? 食べちゃっていいの?」
「違う違う、これは雨粒! 色が雨の神さまの目と同じってだけ!」
店主が慌てて訂正すると、男の子は興味深そうに飴をまじまじとのぞき込む。
「ふうん、そうなんだ。じゃあ遠慮なく……うんっ、あまーい!」
それが本当においしそうな声だったため、後ろから次々と注文が飛ぶことになった。
「うちにも一粒!」
「こっちは三つおくれ!」
「雨の神さまにもよろしくねえ!」
その後も客足が途絶えることはなく、昼になるころには、雨粒飴の在庫は残りわずかになっていた。
子供たちは飴を口に入れたまま船着き場へ行き、持ってきた鈴を鳴らしている。チリン、チリンと、いろいろな音が絶えず湖のほうから聞こえてきた。
その音に耳を澄ませていると、ちょうど船着き場の方角から、神殿の掃除を終えたらしいリコのおじいさんたちが歩いてくるのが見えた。
おじいさんたちは出店通りにやってくるなり、髪を濡らしたまま、雨粒飴を一粒ずつ買っていく。
「爺さん、甘いものなんて食べるのか?」
「ああ、たまにはな」
おじいさんは何でもないような顔で答えたけれど、まわりの人から「神殿の守り手だ!」と声をかけられると、急に速足でその場から離れていった。
その耳は、いつの間にか真っ赤になっていた。
そうしていろんな人たちに雨粒飴が行き渡るのをひと通り見届けたあと、わたしはリコの舟で、一粒だけ取っておいた雨粒飴を雨の神さまに見せに行った。
「見て。〈湖畔市〉の名物――雨粒飴だよ」
飴をつまんで、日の光に透かしてみせる。
雨の神さまはその空色の飴を見て、少し目を細めた。
「あら。かわいいじゃない」
「なめてみる?」
「猫にそんなものなめさせちゃだめよ」
そう言ってそっぽを向いたと思いきや、すぐに視線だけをもう一度飴へ向けてきた。
「そういえば、なんで雨なのに空みたいな色なの?」
「ラギが言うには、雨の神さまの目の色なんだって」
「……へぇ、そう……悪くないじゃない」
しっぽの先が、水面を楽しそうに叩いていた。
リコは興味津々な様子で、その光景を食い入るように見つめている。
「ねぇミオ、雨の神さまはなんて言ったの?」
「あー、雨粒飴の色の由来を聞いて、『悪くないじゃない』だって」
「ああ、それでしっぽがあんなに……もう、もっと素直に喜べばいいのに。そこがまたかわいいんだけど」
「聞こえてるわよ」
雨の神さまの声に、リコがビクッと肩をすくめた。
実際には「なぁお」という鳴き声にしか聞こえなかったはずだけど、それでもそのすさまじい威圧感はしっかり伝わったらしかった。これなら別に通訳は要らないだろう。
一方、ノワは自分の小舟で、ラギが持ってきた干し魚を食べていた。
「うむ、〈湖畔市〉とやらは実に良い催しであるな。気に入ったのである」
「干し魚が気に入ったの間違いでしょ」
「何を言う。人間たちがすっかり活気づいて、吾輩も王として心から喜ばしく思っているのである」
干し魚に釘付けの状態で言われてもなぁ……。
◇◇◇
その後、わたしたちは雨の神さまのもとから戻り、片付けの始まった出店通りをひと回りしてから、舟屋へ帰るために船着き場へ向かって歩いていた。
目的地が見え始めたところで、リコが急に足を止めた。
「……ミオ、あれ」
リコの目は、出店通りのほうを向いていた。
その視線の先を追ってみると、通りの端に灰色の外套を着た――ギドが立っていた。
ギドは出店には目もくれず、帰ろうとする町の人を一人ずつ呼び止めている。何かを尋ねては手元の帳面に書き込み、丁寧に頭を下げてから、また次の人に声をかけていた。
――そういえば、前に町の家々を回っていたときも、ギドはひときわ丁寧に鈴を外していたっけ。
「あの人、何してるんだろう」
「さあ……」
その後もしばらく様子を眺めていたものの、ギドはひと通り話を聞き終えるとそのまま帰ってしまったため、結局何が何だかよくわからなかった。




