第50話 三百年分のお返し
翌朝の湖は、とてもよく晴れ渡っていた。
雨が降るようになった今となっては、この晴れ空もいつか雨に変わる空なのだと思えて、なんだか特別なもののように感じられる。
湖の船着き場には、朝から子供たちが集まっていた。それぞれ鈴や金属の器を持ち、チリン、カチン、と音を鳴らして、水の上にいる雨の神さまへ聞かせている。
雨の神さまは目を閉じて、気持ちよさそうにその音を聞いていた。
「ミオ。あれが前に言ってた、『音を食べる』ってやつ?」
「そうみたい。なんか……いいよね」
リコと笑いながら舟を近づけると、雨の神さまがゆっくりと目を開いた。
「……昨日の話の続きだけど」
突然言われて何のことか一瞬わからなかったけど、すぐに「鈴は雨を願う心から生まれた」という話のことだと思い出す。
「あの鈴たちはね、長いあいだ鳴らしてあげないと、少しずつ力を失っていくの」
雨の神さまは、子供たちが鳴らしている鈴へと目を向けた。
「あの鈴たちは、人々が雨を願って鳴らし続けたことで、いつしか鐘と似たような力を宿すことになった。もちろん、鐘そのものに成り代わることはできなかったけれどね。でも……教会堂の暗いところに仕舞われたまま、誰にも鳴らされず、誰にも音を聞いてもらえない状態が続けば、宿った力は次第に失われていき、そのうちただの鈴に戻ってしまうわ」
「そのうちって……どのくらい?」
「それは鈴によるわね。鈴に込めた想いの強さは人によって違うでしょうし。でも、もう力がだいぶ弱くなっている鈴もあるみたい」
なるほど。昨夜、しっぽで水面を思いっきり叩いたのは、そのことに怒っていたからだったのか。
雨の神さまはそれきり黙ってしまったけど、まだ何か話していないことがあるようにも見えた。
とは言え、話そうとしない以上、わたしのほうから聞いても仕方ないだろうから、今はそっとしておくことにした。
◇◇◇
その後に行われた湖上会議で、これからやることを決めた。ちなみに「湖上会議」という名前を考えたのはリコである。雨の神さまの前に舟を並べてみんなで話し合う光景を見ていたら思いついた、とのことだった。
「じゃあ、今の話をまとめるよ」
ラギが、荷箱のふたの上に大きな紙を広げ、会議の内容を書き込んでいく。
――その一。雨を呼ぶ鐘を、祭りまでに〈深流域〉から引き上げる。
――その二。町の鈴を、教会からちゃんと返してもらう。
――その三。雨の神さまを迎えるための祭りを復活させる。
「で、それぞれの役割分担だけど」
ラギは紙に書かれた作戦内容と自分を交互に指差しながら言った。
「僕はお金と道具を用意する。それから鐘を引き上げるための人集めと、祭りの出店の準備。特に祭りなんて、商売には絶好の機会だから気合入れないとね!」
「ラギってほんと、抜け目ないよね」
「商人たるもの、商機だけは見逃しちゃいけないからね!」
ラギはわたしに胸を張って答えつつも、一応、雨の神さまの顔色をチラリとうかがいはしたけれど、雨の神さまは特にラギを咎める様子はなかった。
「わしは神殿の掃除と鐘の引き上げじゃな」
おじいさんがラギに続いて自分の役割を確認する。
「水抜きのときに教会に雇われていた連中に声をかけてみる。鐘をどうやって〈深流域〉から引き上げるかも、あいつらと知恵を出し合ってみるとしよう」
そんなおじいさんの頼もしい顔を見て、今度はリコがうれしそうに手を上げた。
「はい! 舟は今度もあたいが出すよ! それと、町の子供たちに祭りのことを広めてみる! こういうのは大人より子供の方が盛り上げてくれそうだからね」
「わたしは……体が回復して力が使えるようになったら、すぐに鐘の詳しい場所を確かめてみるよ。それまでは……雨の神さまとみんなの間に入る係かな」
「おお、まさに『声結びさん』の仕事だね! あ、でもミオ、大丈夫? 目立つようなことしてたら教会に見つかっちゃうんじゃ……」
「うーん。そこはもう、ある程度は仕方ないかな。もちろん教会にはこれからも気を付けるとして……もうすでに町じゅうの人たちが雨の神さまと交流してるのは教会にも周知の事実だろうから、みんなに紛れて騒がないようにしていればそんなに目立たないと思う」
「そっか。まあでも、何かあったらいつでも言ってね」
そんなこんなで、これにてそれぞれの役割が決まった。
話がひと通りまとまったところで、わたしはやっぱり気になっていたことを口にした。
「……でも、本当にいいの? 相手は教会だよ。しかも今度はこっそりやるんじゃなくて、町のみんなも巻き込むことになる。みんなのこれからの生活にも影響が出るかもしれないのに……」
「「「「しつこい」」」」
ラギ、リコ、おじいさん、そしてノワにまで、一斉にツッコまれてしまった。
あまりにきれいにそろった答えに、わたしは思わず吹き出してしまった。
そうだった。この人たちは、いつだってわたしを支えてくれているのだ。
そんな光景に、雨の神さままで小さく笑った。
「いい仲間を持ったわね、声結びさん」
「うん。みんなとても素敵な友達で……大切な家族なの」
「あら。それなら……大切にしなくてはね」
そう言いながら雨の神さまは、ノワへと視線を向けた。
「ですってよ、王さま」
「吾輩は王である。気安く友達だの家族だの……まあ、保護者ではあるかもしれんな」
「あらあら」
雨の神さまが愉快そうに笑い出すと、ノワは気まずそうにそっぽを向き、急に毛づくろいを始めた。
◇◇◇
雨の神さまと別れる間際、わたしはもう一度、彼女のほうを振り返った。
教会には、お金も人手もある。町の人たちへの影響力だって、わたしたちよりずっと大きい。
でも、わたしには、雨の神さまがいる。
それに、舟を自由に操るリコに、湖を知り尽くしたリコのおじいさん、お金や人を動かすのが得意なラギ、そして……頼もしい相棒のノワがいる。
わたしは、雨の神さまに向かって言った。
「これ以上、町の人たちを待たせちゃいけないよね」
雨の神さまの耳が、こちらを向いた。
「雨も、鈴も、鐘も、お祭りも。全部取り戻して、町の人たちに返してあげようね」
少し考えてから、こう付け加えた。
「――三百年分、まとめてね」
雨の神さまは、少し驚いたような表情で振り返り、わたしを見た。
それから、満足そうに目を細める。
「ふふ、上出来よ」
そして、わたしたちは今度こそ雨の神さまと別れ、舟で岸へと向かう。
雨の神さまは水の上に座ったまま、ずっとわたしたちを見送っていた。
さて……これからやらなきゃいけないことが、たくさんある。
待っててね、雨の神さま。そして、リーメの町のみんな。
もうすぐ、全部返ってくるからね。




