第47話 雨の神さまはおしゃべりしたい
翌朝、わたしたちは昨日言った通り、再び湖を訪れていた。
「ふふ、みんなまた来てくれてありがとう。さっそくだけど、わたしのお話を聞いてくれないかしら」
雨の神さまはうれしそうにわたしたちを見渡しながら言った。
「せっかくだし、一人ひとりとじっくりお話がしたいわね。全員、ちょっとそこに並んでちょうだい」
わたしたちは言われるがまま、湖の上に座っている銀灰色の猫の前に舟を並べる。わたしとリコが乗った舟と、リコのおじいさんとラギが乗った舟、そしてノワが乗った専用の小舟の計三隻が、雨の神さまと向き合う。
「さて……やっぱりまずは、王さまとお話をしなきゃいけないわね」
「ふん。なんでも申してみるがよい」
「では遠慮なく――この三百年間、便りのひとつも寄越さなかったのはなぜ?」
「……吾輩は猫である。筆など持てるわけなかろう」
「あらあら。すぐ苦しい言い訳をしちゃうのは三百年前から変わってないのね」
雨の神さまのしっぽが、水面をパシャっと軽く叩いた。
「そのうえ、あの乱暴な起こし方ときたら。神聖な扉を爪で引っかくなんて、王としてはしたないのではなくて?」
「そなたがいつまでも起きぬのが悪いのである! この吾輩が、大嫌いな水に潜ってまで起こしてやったというのに!」
「あら。それは――」
雨の神さまの声色が、少しだけやわらかくなった気がした。
「……ええ。その点は素直に褒めてあげるわ」
ノワには予想外の言葉だったのか、その耳がピンと立った。
けれど、ノワはすぐに何でもないふりをして、ものすごい勢いで毛づくろいを始めた。
そんなノワを見て、雨の神さまは満足そうに「ふふっ」と笑うと、今度はわたしのほうへと向き直った。
「次は声結びさん、よろしいかしら?」
「は、はいっ」
少し緊張しつつもどこかワクワクしていたわたしだったけれど、雨の神さまは笑みを引っ込めて真剣な眼差しで言った。
「あなた、力の使い方がなってないわ。一昨日のあれはなに? 倒れて寝込んじゃうほど一気に力を使うなんて」
「うっ、あれはその……あなたを起こすには、ああするしかなかったっていうか……」
「おバカ! わたしを起こすためにあんな無茶をして……それであなたの身にもしものことがあったらどうするの」
青い瞳が、まっすぐわたしを見つめてくる。
「まったく……せっかく悪くない目覚めだと思ったのに、肝心の起こしてくれた張本人が昏睡したなんて聞かされて、もう気が気じゃなかったわよ。次からはもっと自分の体のことも労わりなさい。いいわね?」
「は、はい……」
厳しく叱られてちょっとしょんぼりしたけれど、わたしのことを心配してくれていたのが痛いほどわかって、なんだかうれしくもあった。
そして雨の神さまは、次にわたしの隣でうんうんうなずいていたリコに目を向けた。
「そこのやたら元気があり余ってそうな子。あなたも他人事じゃないのよ?」
「ん? あたい?」
リコには猫の言葉がただの鳴き声にしか聞こえないので、わたしが間に入ってその言葉を伝えることになった。
「えっと……一昨日、水路に水が流れてきたとき、本当ならみんなを連れてすぐ逃げるべきだったのに、舟を神殿の近くまで寄せてわたしやノワに好き放題させてたのはいただけない……って言ってる」
「えー、いやいや、一応最初はちゃんと止めようとしてたじゃん。それにあたいのおかげでいろいろなんとかなったんだから、むしろ褒めてほしいくらいなんだけど」
「――その度胸と功績は認める。でも、あなたも二度と無茶なことはしないように……だって」
「褒めるか怒るかどっちかにしてほしいなぁ」
雨の神さまはリコを無視して、さっさとリコのおじいさんのほうを向いてしまった。
おじいさんは雨の神さまと目が合うなり、すぐに深く頭を下げた。
「雨の神よ……四十年も、神殿の掃除をほったらかしにしてしまい、誠に申し訳ない」
「顔を上げなさい、神殿の守り手よ」
わたしは引き続き、雨の神さまの言葉を伝えた。
「あなたの一族が、わたしを大切に想ってくれていたことはずっと伝わっていたわ。だから、気にすることなんてないわよ。これからまたかつてのように神殿をきれいにしてくれるなら、こんなにうれしいことはないわ」
わたしを通してその言葉を聞いたおじいさんは、顔を伏せたまま、日に焼けた肩を小さく震わせていた。
雨の神さまはおじいさんに優しい笑みを向けてから、次の標的へと向きなおる。
「最後に、そこの商人さん」
「……ラギ、次はあなただって」
「は、はい! ラギと申します! どうぞお手柔らかに!」
青い瞳が、ラギを頭から足までゆっくり見定める。
「あなた、わたしを利用して儲けようとしてるでしょ」
そのまま伝えると、ラギは一瞬黙った。
それから、覚悟を決めたように背筋を伸ばす。
「…………はい! おっしゃる通りです!」
「正直でよろしい。ただし、儲けを独り占めするのはだめよ。ちゃんと声結びさんたちにも分け与えるように」
わたしからその言葉を伝え聞いたラギは、特に渋る様子もなく、何度も深く頭を下げた。
「も、もちろんですとも!」
――そんなこんなで、雨の神さまが全員と話し終わったころには、すっかり日が高くなっていた。
「さて……満足したことだし、そろそろ教えてあげるとしますか――教会がこの湖の底に、本当に沈めたかったものの正体を、ね」
わたしがその言葉を伝えると、みんなが一斉に息を呑んだ。
ノワも、いつになく真剣な眼差しで次の言葉を待った。
「それはね――鐘よ」
「……鐘?」
「あなたたちも、この町の鐘楼はもう見たでしょう? 昔、あの鐘楼には大きな鐘があったの。この町の人たちは雨が必要になると、あの鐘を鳴らしてわたしを呼んでいたの。あれはね、いわば――雨を呼ぶ鐘、だったのよ」
雨の神さまは、湖の中央にある鐘楼へ目を向けた。
「三百年前、この町が水に沈んでしばらくしてから、当時の教会の者たちが鐘を取り外した。そして、誰の手も届かない、湖の一番深いところへ沈めたの」
わたしを通じてその事実を聞かされるなり、リコが目を見開いた。
「雨のために鐘を鳴らすって――じゃあ、リーメの町のみんなが戸口に鈴を下げてるのって……」
「ええ。鐘を失ったあとも、町の人たちはなんとかしてわたしを呼ぼうとした。鐘の代わりに音を鳴らせるものがないかと探した結果が、あの小さな鈴だったんでしょうね」
教会堂に集められた、たくさんの鈴のことを思い出す。
教会は三百年前に鐘を湖のどこかに沈め、今度は鐘の代わりだった鈴まで町のみんなから取り上げたのだ。
と、そのとき、わたしはあることに思い至った。
「そういえばわたし……あの鐘楼で鈴を鳴らしてた」
「ええ」
雨の神さまがうなずいた。
「鐘ではなかったけれど、あなたはちゃんとあの鐘楼からわたしを呼ぶ音を鳴らしてくれた。だから、わたしの耳にちゃんと届いたのよ」
これまでのすべてが繋がった気がして、わたしはついぶるっと震えてしまった。そういうことなら――。
「じゃあ、湖からその鐘を引き上げて鐘楼に戻せば、また誰でもあなたを呼べるってこと?」
「ええ、もちろん」
「ならすぐ引き上げなきゃ! その鐘は今どこにあるの?」
わたしの問いに答えるように、雨の神さまは湖の南側へ顔を向けた。
「水門の手前よ。〈深流域〉と呼ばれている、湖の一番深いところ」
わたしがその言葉を伝えた瞬間、おじいさんの顔色が変わった。
「……〈深流域〉だと? 嬢ちゃん。あそこは駄目だ。水門から流れ込む水が底でぶつかって渦を巻いていて、とにかく危険な場所でな。町の潜り手でさえ、おいそれと近づけんのじゃぞ」
おじいさんは湖を見つめたまま、かつてないほど低い声で言った。




