↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/36

第35話 初めての、友達

 湖の水抜きの日まで、あと五日。


 その日は朝から、みんなに休むよう言われていた。


「今日は息継ぎの練習もなしじゃ。休むのも大事な準備のうちじゃからな」


 リコのおじいさんはそう言うと、すぐにラギと当日の段取りについて話し始めた。


「いざ当日になってお前が倒れでもしたら話にならぬからな。今日は休んでこい、娘」


 ノワにまで、あくび混じりでそんなことを言われた。


 そんなわけで――。


「はい、お客さんはお嬢さん一人と、猫ちゃん一匹! 今日は貸し切りだよ!」


 わたしとノワは今、リコの舟に乗せられて、大運河から少し離れた古い水路の奥へと向かっていた。町の賑わいもここまでは届かず、水は澄んでいて、古い石橋の影が静かに揺れている。


 リコは人のいない船着き場に舟を停めると、持ってきた紙包みを開いた。中には川海老の塩茹でと、固焼きのパンが入っている。


「あたいとミオで半分こね。あ、クロちゃんにはお魚もってきたからこっちあげるね」


 ノワは前足をそろえてちょこんと座り、魚が出てくるのをおとなしく待っていた。普段は王さまらしく偉そうにしているのに、こういうときだけは妙に行儀がいい。


 リコから干し魚をもらうと、ノワはあっという間にぺろりと平らげ、満足そうな顔で舟の縁に寝そべった。


 リコはそんな黒猫の様子を見てくすくすと笑いながら、パンをほおばるわたしに話しかけてきた。


「ねえ、ミオって何歳?」


「十五だよ」


「あたい十四。なんだ、ほとんど同い年だったんだ」


 会ってからそこそこ長く一緒にいるのに、わたしたちはまだそんなことも知らないままだった――それがなんだかおかしくて、二人して笑った。


「ミオは村にはいなかったの? こうやって一緒に遊ぶ友達」


「……いなかったなあ」


 今さら隠すことでもないので、正直に答えた。


「わたし、村では変わり者だったから。祠にばっかり通って、いつも猫の話をしてたの。『祠バカ』なんて呼ばれてた」


「なにそれ、ひどい」


 リコは呆れた顔をした。


「じゃあ、村の人たちはミオに謝らなきゃね。猫は本当にいたんだし」


「あはは、それは大丈夫。ちゃんと謝ってもらったし」


 トト村の人たちにはあたたかく送ってもらえたし、もう全然気にしていなかったんだけど……それでも年の近い子にそんな風に言ってもらえたことが、なんだかとてもうれしかった。


 考えてみれば、ラギはお兄ちゃんって感じだし、ウルカのサヨちゃんはわたしのことをずっと「お姉ちゃん」って呼んでたせいで妹って感じだったし。ノワ、スズ、ハクに至っては人間ですらなく、猫なのだ。


 こうして同じくらいの年の子と仲良くおしゃべりするのは、これが初めてだった。


 友達って、こういう感じなのかな。


「お、どうしたどうした? うれしそうに笑っちゃってぇ」


 どうやら知らないうちに笑っていたらしい。


「え? な、なんでもないよ」


 リコに肩をつつかれ、わたしは慌ててパンをかじった。


 パンを食べ終えてしばらくしたところで、リコがわたしの胸元を指さした。


「ねえ、そういえばその鈴って、おばあちゃんの形見って言ってたよね? ってことは、ミオのおばあちゃんも、ミオと同じ《猫語り》だったの?」


 わたしは布に包んだままの鈴を取り出し、手のひらに載せた。


「うん。猫の声を聞いて、眠っている猫をこの鈴で起こすのが使命なんだって。村のみんなに笑われても、猫は本当にいるんだって、ずっと言い続けてた」


「……あたいのばあちゃんと似てるね」


 リコも懐かしそうな顔になった。


「うちのばあちゃんも『雨の神に聞かせるんだ』って言いながら、毎日鈴を鳴らしてたよ。近所の人には笑われてたけどさ」


「……もしかしたら、リコのおばあちゃんも実は《猫語り》で、おばあちゃん同士、どこかで会ってたりしてね」


「あ、それあるかも!」


 二人でまた笑った。


 リコのおかげで全然寂しくなんてなかったけど、こうしておばあちゃんの話で盛り上がっていると……少しだけ、おばあちゃんに会いたくなってきちゃった。


「ねえ、ミオ。雨の神さまを起こしたら、最初になんて言う?」


「え?」


 つい呆気にとられてしまった。


 どうやって神殿へ行くか。どうやってわたしの声を届けるか。どうやって起きてもらうか。そんなことばかり考えていて、猫が起きたあとのことまではまったく考えていなかった。


「うーん、なんだろう……『はじめまして』かな」


「えー、もっとなんかないの? 三百年ぶりに起きた猫だよ? っていうか今までも猫を起こしてきたんだよね? そのときはどうしてたの?」


「今までは……」


 ノワのときはよく覚えてる。最初に聞いた言葉が「飯はまだか」だった上に、わたしも興奮しすぎてノワに抱きついちゃって、声をかけるとかそれどころじゃなかった。


 スズは確か、わたしが起こしても全然起きてくれなくて、ノワが無理やり起こして……そのあとすぐに教会の人たちが来ちゃったから、声をかける暇すらなかったんだっけ。


 そしてハクのときは……いきなりウルカの人たちの容態を聞かれて、やっぱり挨拶どころじゃなかったな……。


「……今まではいろいろあって、まだ一度も寝起きのあいさつなんてしたことないかも……」


「ふはっ、なにそれ」


「次はせめて、『おはよう』くらいは言いたいな」


「お、いいね。やっぱ朝起きたら、まずは『おはよう』だよね」


「そうだね。うん、じゃあ……決まりだね」


 ふとノワを見ると、舟の縁から水面をじっと見つめていた。しっぽの先がゆっくり揺れ、時々水面に触れそうなほど近づいている。


 あれほど水を嫌っていたノワにしては珍しい。


 何かを真剣に考えているように見えたので、今はそっと見守っていることにした。


◇◇◇


 帰り道、リコが舟をこぎながら聞いてきた。


「当日は、あたいの舟で湖まで行って、そこからミオが神殿へ向かうんだよね?」


「うん。打ち合わせ通り、リコは舟で待ってて。教会の人もたくさんいるだろうし、湖の中は危ないから」


 当初はリコとおじいさんのふたりにも湖の中についてきてもらうことになっていたが、おじいさんが教会の人たちの案内をすることになったため、段取りを変更することになっていた。本当はリコにも来てもらえると心強かったんだけど……万が一猫を起こせないまま教会が湖に到着してしまった場合に備えて、リコに見張ってもらっていた方が安全だろう、となったのだ。


 すると、リコは急に黙り込んでしまい、しばらく何も言わずに前を向いたまま舟を進めていた。


「……リコ?」


 何かあったのかと心配していると、石橋を二つくぐったところでリコは舟をこぐのを止め、真剣な表情でわたしに振り返った。


「――あたいも行く」


「……えっ?」


「〈水底の町〉のことなら、ミオよりあたいのほうが知ってる。じいちゃんにもずっと教わってきたんだから」


 リコはまっすぐわたしを見て言った。


「だから、神殿まで一緒に行くよ。あたいだけ舟で待ってるなんて、なしだからね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。