第26話 お姫さまは朝型?
その夜、宿に戻ったわたしたちは、リコのおじいさんから聞いた話をラギにも伝えた。
「教会の人たち、湖の底で何をするつもりなんだろう……」
わたしが言うと、ラギは難しい顔をして言った。
「たぶん、鉛だよ。これまでの祠と同じさ」
「鉛……あっ」
「教会が大量に集めてるって話があったでしょ。次は湖の底にあるっていう神殿に使うつもりなんじゃないかな」
ノワが目を細めた。
「……祠を封じるつもりか」
「でも、どうして? 今だって水の底にあるんだから、封印されているようなものじゃん。誰も簡単には近づけないのに」
「そこまではわからないよ」
ラギが首を振る。
「でも、四十年もやってなかった水抜きを、わざわざ教会が主導で行うってことはさ。当然、ただ掃除するだけで終わるとは思えないよね」
半月後、湖の水位が下げられる。
三日間だけ、〈水底の町〉が姿を現し、沈んだ神殿にも近づけるようになる。
「……教会より先に、なんとしても神殿へ行かなくちゃ」
「それはその通りなんだけど……現状はどうしようもないね」
ラギが、指を一本一本折りながら説明する。
「そもそも水を抜かないと、神殿までは潜れない。そして僕たちだけじゃ水を抜くことはできないから、水抜きが終わるのを待つしかない。かと言って水を抜かずになんとかできるとも思えない。湖の底まで潜るなんて、僕らにはまず無理だろうし、そもそもノワ様は水が苦手だし。水に潜らないとどうにもならないのは、今日ミオちゃんたちが実証しちゃったしね」
「……全然だめじゃない?」
「幸いなことに、水抜きが行われるまでまだ半月あるから、それまでに何か方法を探すしかないね」
ラギはそう言って、わたしを見た。
「僕らで湖に潜る方法。ノワ様を水の中に連れていく方法。水底に鈴の声を届ける方法。どれも今はまだ無理だけど、もしかしたら可能にする方法があるかもしれない」
ラギが、いつにも増して頼もしく見えた。商人よりも軍師に向いているんじゃないだろうか。
わたしはちょっとでも感謝を伝えようと思い、まだ手を付けていなかった干し魚をラギのお皿に移した。
◇◇◇
翌日から、わたしには新しい日課ができた。
明け方、昼、夕方、夜のそれぞれで、決まった時間に橋へ行き、《猫語り》の力で水底の猫の気配を探ることになったのだ。
「起こす手段がないのにこんなことして意味があるのか、と思っておるな」
「そ、そんなことは……ちょ、ちょっとだけ」
「いくら湖の底で眠っているとはいえ、今後状況が変化せぬとも限らぬからな。万一に備えておくことも重要である」
「……ノワがまともなこと言うの、久しぶりに聞いた気がする」
「吾輩はいつだってまともである、この無礼者」
なんだかんだでノワは王さまなだけあって、こうやってビシッと言ってもらえると、ちょっと安心する。
ただ、明け方に力を使うのはさすがにつらい……。
初日の明け方なんて、まだ眠い目をこすりながら橋へ行って、毛布にくるまって水底へ意識を向けていたものの、眠気に耐えられなくて危うく倒れそうになったくらいだ。
「こら、寝るでない」
「お、起きてるよ。気配はちゃんと探れてるから……」
「いいから早くよだれを拭くのである」
――気を取り直して、二日目の明け方。
初日と同じように水底の気配を探っていたわたしは、ふと、あることに気づいた。
「……あれ?」
いつもと、様子が違うような……なんだか、少しだけ気配が強くなっているような気がする。
けれど、その日の昼にもう一度調べると、気配はまた弱くなっていた。それは、夕方も夜も変わらなかった。
――そして、次の日の明け方。
「……やっぱり」
間違いない。明け方だけ、気配が強まってるんだ。
そして、日が昇るころには、また気配が遠のいてしまう。
わたしは、自分の考えが正しいか確認するために、ノワに尋ねてみた。
「ねぇ、ノワ。明け方だけ、気配が強くなってるみたいなんだけど……猫に呼びかけるなら、この時間にしたほうがいいのかな?」
「ふむ」
ノワのヒゲが、ぴんと立った。
「気配が強いということは、明け方だけ眠りが浅くなっているのかもしれんな。であれば、明け方に呼びかけたほうが、確かに声は届きやすかろう」
思わぬ収穫が得られて、明け方だというのにすっかり目が覚めてしまった。
◇◇◇
ラギのほうも、着実に準備を進めていた。
「じゃーん。見て、ミオちゃん。ハク先生の清め薬、リーメ仕様!」
宿の机には、薬包がいくつも並んでいた。
ウルカを出るとき、ハクが持たせてくれた清め薬の作り方を、ラギはきちんと書き留めていたらしい。
「町の薬屋に見せたら、こっちでも作って売りたいって話になったんだ」
「えっ、それってすごいことなんじゃ」
「でしょ? で、北の村で使われてる薬ってことで、これを売り出すんだって。それで――これが、その前金」
ラギが、銀貨の入った袋を机に置いた。
「すごい……! ラギ、ほんとに商売上手だね。今度ハクにも教えてあげなきゃ」
「ふふーん、もっと言ってもっと言って。とまぁ、これだけあれば、綱に樽に油布に――水底へ行くために使えそうな道具なんかもひと通りそろえられそうだね」
さらに一段と頼もしさが増したラギだったけど、ノワだけは、呆れたような目つきでラギを見ていた。
「……ノワ様、なんですか、その目は」
「猫の薬で金を稼ぐとはな。なかなか抜け目のない小僧である」
「えっと……抜け目のない小僧だなぁ、だって」
「ひどい! せっかくノワ様にもごちそうしてあげようと思ったのに!」
瞬間、ノワの耳がぴくりと動いた。
「――うむ。お前は素晴らしい商人であるな。今後も吾輩のために商いに励むがよい」
「……ノワも大概だよね」
今度はノワが、わたしとラギに呆れた視線を向けられることになるのであった。
◇◇◇
と、これまで準備が順調だったせいで、少し気が緩んでいたのかもしれない。
夕方、広場を通りかかると、いつもとは違う内容の演説が聞こえてきた。
「――三百年前、この地の湖に災いが沈みました。災いは消えたわけではなく、今も湖の底で息をひそめているのです」
灰色の服を着た男の人が、広場に集まってきた人々に向かって話をしている。
「ですが、もう心配はいりません。半月後の水抜きで、教会が水底の災いを鎮めてみせましょう」
広場のあちこちで、拍手が起こった。
買い物帰りの人も、仕事を終えた船乗りも、安心したような顔で手を叩いている。
わたしは、その場から動けなくなった。
湖の水を抜いて、水底に沈んでいる神殿――祠へ向かい、祠に眠るものを「災い」として鎮める。
たぶん、教会はそれを正しい行いだと思っているし、町の人たちも教会が災いから自分たちを守ってくれると本気で信じている。
わたしはそんな光景が、やっぱりショックだった。
「……娘よ。気にするでない。お前はただ自分を信じて、成すべきことを成すのだ」
フードの中から、ノワの低い声がした。
「……うん、わかってる」
広場では、まだ拍手が続いていた。
その音が、ひどく遠く感じられた。




