第18話 暴かれる祟りの真相
朝ごはんを待たずに、わたしとラギは宿を飛び出し、桟橋へ駆けた。
ノワはいつものようにフードの中に入ってくれた――けど、ハクは隠れもせずに、わたしの隣を堂々とすたすた歩いていた。
「ハ、ハク?! ちょ、隠れないと教会の人たちに見つかっちゃうよ!」
「村の人たちの様子をちゃんと確認しておきたいですしね。大丈夫ですよ、目立つような行動を取らなければそうそう見つかることはありませんって」
大丈夫かなと思いつつも、村の人たちを心から気遣っているハクの想いは素直に尊重したいため、ここはハクを信じることにする。
桟橋にやってくると、もうすでに人だかりができていた。荷箱を重ねた台の上で、教会の人が灰色の袖を大きく広げている。
「皆さん、よく考えてください。皆さんの病が治ったことは、確かに喜ばしいことです。ですが、教会から新しい薬が授けられたわけでもなく、旅の薬師が訪れた形跡もない。であれば、いったい誰が、皆さんの病を治したのでしょうか? それも、たったひと晩で!」
ざわ、と人だかりが揺れた。
「そう、妖術です。何らかの妖術が使われたとしか考えられません。遥か太古の時代、猫という獣が怪しげな術を使ったと、教会の記録にあります。もし皆さんの病が治ったのも、その妖術によるものだったとしたら? 実は治ったのではなく、そのように見せかけているだけ――得体の知れない獣に騙されているだけだったとしたら? 教会は、皆さんの病が本当に治ったのかどうか、確かめる義務があります。そのためには、猫が眠っているというあの岩屋に向かう必要がありますので……さぁ、舟をお出しなさい」
「――舟なら、出すよ」
それは、低くしゃがれた声だった。
人垣が割れて、大柄な男の人がゆっくりと進み出ていく。頬はこけて、足取りもまだ危なっかしい。それでも、わたしにはその人が誰なのかひと目でわかった。サヨちゃんと同じ目をした人――間違いなく、サヨちゃんのお父さんだ。
「ガルドの旦那……! もう起きて大丈夫なのかい?」
「半月も寝たんだ。おかげで元気があり余ってるよ」
やっぱりそうだ。昨夜サヨちゃんと雑談してたときに出てきた、渡し守のおかしら――サヨちゃんのお父さんの名前と同じだ。
ガルドと呼ばれたその男の人は、桟橋の杭に手をつき、集まったみんなをぐるりと見回した。
「舟は出す。ただしその前に……あんたらに聞いてもらいたい話がある。サヨ、あれを」
サヨちゃんは静かにうなずくと、ラギと一緒になって荷馬車から「あるもの」を取り出した。
それは、岩屋からイカダで持ち帰った、あの鉛の板だった。
鈍い灰色の板が、桟橋にガシャンと積まれる。
「半年前、神父さんたちが岩屋の入口を塞ぐのに使った板だ。……サヨ、みんなに説明してやんな」
サヨちゃんは、ぎゅっとこぶしを握ると、力強く前に踏み出した。
「……この板で岩屋を塞いでから、白沢のお水の味がおかしくなったの。あたし、毎日樽の番をしてるから、味が変になったってすぐにわかった。みんな、気のせいだって言ったけど……でも昨日、岩屋から鉛の板を取り外したら、今日になってみんな急に元気になった……ね、みんなが病気になったのは、鉛で岩屋を塞いだせいだったんだよ」
ガルドさんは、愛娘の頭にごつい手のひらをぽんと載せた。
「鉛ってのは毒にもなるらしいな。リーメの鍛冶場では、鉛を扱う職人は長生きできない、なんて言われてたりするらしい。そんな鉛が、俺たちの飲み水の湧き口の近くに、半年も置かれてたって話じゃねぇか」
村人たちが、しんとなった。
「どうだ、そう聞くと、サヨの言うとおりだと思わねぇか。俺ぁ、祟りだの妖術だのって話より、よっぽど筋が通っていて、しっくりくると思うがね」
ガルドさんに睨まれて、教会の人は堪らず後ずさった。
「ば、馬鹿な。あの鉛は、皆さんを猫から守るための、教会の慈悲であって……」
「ならひとつ聞くが」
ガルドさんは、さらに鋭い目つきで言い放った。
「あんたの配った清めの灰とやらで、病が治った者がひとりでもいたかい」
教会の人は今度こそ言葉を失い、口を閉じるしかなかった。
これにて一件落着、なのかな……と、安心しかけた、そのときだった。
人だかりの端っこで、腰の曲がったおじいさんが、あっと声を上げた。
「な、なんだぁ、この白い獣は……はっ、まさか……白沢、さま……なのかい。ああ、わしのばあさまの言ってた通りだ。岩屋の白沢さまが、村に下りてきなすった……」
いつの間にか杭の上にのぼっていたハクへ、村じゅうの視線が集まった。ハクは逃げも隠れもせず、前足をきちんとそろえて座り直した。
おじいさんが深々と頭を下げると、他の村人たちも続々と頭を下げ始める。おかみさんも、サヨちゃんも、ガルドさんも――村じゅうの人たちが、白沢さまに頭を下げていた。
ハクは、みんなに向かって、落ち着いた声で鳴いた。
「皆さん、元気そうで何よりです。当面は、水を使う際はちゃんと沸かしてからにしてくださいね」
ハクの声が言葉として聞こえるのは、《猫語り》であるわたしだけなので、すぐさまハクの言葉の内容を、村のみんなへ伝える。言い終えてから、よく考えたら猫の言葉なんて言われてもみんなぽかんとするのでは……と思ったけど、そんなことはなく、みんなうんうんと有難そうにうなずいていた。ハクの忠告もちゃんと伝わったようで、本当によかった。
◇◇◇
その後、教会の人はというと、荷物をまとめてさっさと北の街道へ去っていった。去り際、一度だけ振り返り、絞り出すようにして言葉を残していった。
「わ、私は……皆さんを、守りたかった、だけなのです」
ノワが言っていたっけ……善人が、良かれと思ってやっている、って。たぶん、あの教会の人も、きっとそうだったのだろう。だからこそ、余計にもやもやする。
村人たちが解散してすっかり広くなった桟橋で、わたしはようやく大きく息をついた。
「今度こそ本当にお疲れ様、ミオちゃん」
「ありがとう、ラギ。とりあえず……朝ごはん食べないとね」
◇◇◇
その日の夕暮れ時。
街道を南へ二日ほど下ったところにある、宿場町の灰の教会にて。
旅装の司祭が、窓辺でスズメにパンくずを撒いていた。彼に報告を終えた若い修道士は、直立したまま、最後に一言付け加えた。
「……それと。ウルカの村へ教会の薬を送りました。指示を待たず勝手をしてしまい、申し訳ございません」
「それはよいことをなさいましたね」
司祭は、修道士に振り返ることなく、絹のように柔らかな声で言った。
「ときにギド。ウルカの渡し舟は、報告にあった騒動でずっと止まっていたそうですね。であれば、リーメが目当ての旅人の足も、みなウルカで止まっていたことになる。当然……例の鈴の娘も」
パンくずが大きく撒かれ、スズメが勢いよくついばんでいく。
「ウルカからリーメへは一本道。急ぐことはありません――橋でお迎えしましょう」




