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第二話 非日常

「昔、空は青かった」


宙に掲げた手を見つめ、何気なく呟く。


「なんて言っても、あの子たちは信じないのでしょうね」


薄暗い地上に視線を戻せば、楽しそうに駆け回る子供たちと、それに付き従う人型の機械──アンドロイドの姿が目に入る。

武骨で頑丈そうなものから、洗練されたデザインのものまで、その型は実に多種多様だ。


ここまで幅広い種類があるのは、人間の購買意欲をくすぐるためだろう。

そういうところは、いつの時代も変わらない。……なんて、お父様の受け売りだけれど。


「あーっ!」


幼い子供特有の甲高い声が、(わたくし)の耳をつんざいた。

見れば、小型のラジコンカー同士がぶつかり、無残に壊れている。


けれど、ものの数秒で、何事もなかったかのように修理を終えてしまった。


……へぇ。最近のおもちゃには、自動修復機能まであるんですのね。


「僭越ながら、お嬢様」


一歩後ろで黙していたメイドが、大きな背を屈め、(わたくし)の耳元に顔を寄せた。

天然の薔薇の匂いが、ふわりと香る。


「今のお嬢様では、あの子たちに勝利することは不可能と推測します。プロの教授を得てからの方が、よろしいかと」


「……スカイ。(わたくし)は別に、あのカーレースに参加したいわけではありませんわよ」


メイド──もとい、スカイ・ハセフジは、ほんの少し目を見開いた。


橙にも茶にも見える、トパーズのような瞳。吸い込まれそうになって、ふいと目を逸らす。


……まったく。私相手に軽口を叩く侍女なんて、彼女くらいですわ。

まあ、無駄に畏まられるよりは、ずっと好ましいですけれど。


緩んだ頬を、両手で軽く叩き直す。

真っ赤なドレスの裾とリボンを整え、私はゆっくりと空を仰いだ。


この世界から青い空を奪った犯人──神様の身体は白く、靄がかかったようにぼやけている。


けれど唯一、()と呼ばれている箇所だけは、はっきりと見て取れる。

母国では見えなかったその微笑みは、画像で見るよりも艶やかで、反吐が出そうだった。



入り組んだ路地裏を抜けた先にあったのは、ひっそりと佇む、古い日本家屋だった。


とうの昔に失われたはずの建築技術が、これほど綺麗に保たれている。

日本人の、物を大切にする心は筋金入りですわね。


建物を取り囲むように這う配線とパイプ、点滅するホログラム。

新旧の入り混じったその光景は、明らかに異質で──けれど、不思議と嫌いにはなれなかった。


音もなく開く扉の向こうに、長方形のテーブルが鎮座している。

それを囲うように、壮年の男性が五人、難しい顔で座っていた。


「初日に遅刻とは、いただけませんな」


白髪混じりのちょび髭を撫でながら、そう告げたのは、この集まりの代表の男だった。


けれど、皮肉の響きはない。むしろ、柔和な声音だった。


「大変、失礼いたしました。非常に難解な暗号でしたものですから」


「ふむ。それについては、こちらも詫びよう。英国のレディに、無理を強いてしまったようだ」


男はそう言って、ガッハッハと豪快に笑った。

緊張していた周囲のおじ様たちも、つられて少しだけ表情を緩める。配慮できる御方で助かる。


末席に着くなり、男は笑みを引っ込め、本題を切り出した。


「単刀直入に申し上げる。機械仕掛けの神に、何やら異変が生じているようですな」


先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変し、ぴん、と空気が張り詰める。


「兆候は、すでに出ております。電波の乱れ。通信の途絶。あちこちで報告が増えておる。このままでは遠からず、我々は忌々しい……失礼。前時代的な生活に頼らざるを得なくなるでしょう」


忌々しい、と言いかけたあたり、この国の人間の複雑な心境が滲んでいる。


神を崇め、技術力を骨の髄まで味わい尽くしているからこそ、神の崩壊を恐れている。


「そして先日、空から、神の身体の一部が舞い降りた。そうですね? ノースシュタイン嬢」


おじ様たちの顔が、より一層険しくなる。

名前を呼ばれた私は、スカイに椅子を下げさせ、その場に起立した。


「ええ。事実ですわ。我々DEMsが、確かに確認致しました」


そう告げた途端、堰を切ったように、非難の声が飛んできた。


「貴様らDEMsの管理が杜撰だから、このような失態が」


「莫大な利権を独占しておいて、この有様か」


「落下物が原因で事故が起こったら、どうするつもりだ」


口々に捲し立てるおじ様たち。けれど私は臆することなく、優雅に微笑んでみせた。


声を荒げる必要はない。冷静かつ芯のある声で告げる。


「お言葉ですけれど。DEMsに、一銭たりとも出資なさっていない貴方方が、口出しなさるものではなくってよ」


ぴしゃりと言い放てば、おじ様たちは鼻白む。十歳そこらの小娘でも、肩書だけは立派だから。


「もちろん、管理の不行き届きを詫びる気持ちはございます。けれど、ただ椅子に座っている皆様から責められる筋合いは、ありませんわ」


しん、と静まり返った室内に、満足して、私は立ち上がった。


「落下した神のパーツ……”遺物”は、責任を持って、この(わたくし)が回収いたします。それが、こうして自ら偏狭な地まで参った理由ですもの」


……これ以上、彼らに用はない。私はスカートの裾を翻し、退室しようと踵を返す。


すると、その小さな背に、震えた声が投げかけられた。


「ま、待ってくれ。……その、遺物、とやらは」


質問を投げかけていたのは、私の席の対岸に座っていた、痩せぎすの男だった。

何かに縋るような目で、こちらを見ている。


「その遺物とやらは、大したものではないのだろう? ただの、部品なのだろう?」


確かめずにはいられない、という顔だった。

安心が欲しいのだ。たかが破片だ、世界、この時代は、我々は、大丈夫だと。


……何と答えるべきか、一瞬、迷う。けれど、嘘で慰める趣味は持ち合わせていない。


困ったように眉尻を下げて──私は、ゆっくりと首を横に振るのだった。



+++



仲氏(なかうじ)さんの家は、学校から少し離れた、古い集合住宅の一室だった。


決して広くはない部屋。けれど、隅々まで掃除が行き届いていて、物が少なく、清潔だ。


「……うぅ~」

リビングの一角に、毛布を敷いた寝床がある。

その上には一匹の犬が、こちらを警戒するように、低く伏せていた。


詳しくないから犬種はわからないけど、真っ黒でかなり大きい。可愛い。


「レノ。大丈夫だよ。怖くないから」


仲氏さんが膝をつき、そっと頭を撫でると、犬──レノちゃんは、安心したように尻尾を一度だけ振った。


それでも、見慣れない私たちからは、やっぱり距離を取っている。

唸り声を上げるようなことはなかったけど、耳をこちらに向けていた。


アイリは相変わらず、きょろきょろと周囲を見渡している。

「よその人の部屋を観察するものじゃないよ」と注意したけど、どうしても我慢できないみたいだ。


結局、アイリの素性については、あのお嬢様にも、仲氏さんにも本当のことは伝えていない。

両親と同じ言い訳で、何とか乗り切ることができた。……かなり疑われたけど。


「ご、ごめんね、仲氏さん。急にお邪魔することになった挙句、こんな……」


「別に。気にしてないから」


素っ気なく、仲氏さんは告げる。


リビングには、私とアイリ、仲氏さんとレノちゃんだけがいた。


お嬢様とメイドさんは、少しやることがあると言って、どこかへ行ってしまった。

すぐに終わるらしいけど、半ば強制的に集めておいて幹事が不在というのは、ちょっとどうかと思う。


「え、ええと、そういえば、私たちってあまり話したことなかったよね。私、同じクラスの」


南雲(なぐも)ナナ、でしょ」


先回りされてしまい、出鼻をくじかれる。


……二年も同じクラスなわけだし、わざわざ自己紹介するのも変だったかな……。


「名前、覚えててくれて嬉しい……って、そっか。私、ちょっとした有名人だし、嫌でも耳に入るよね」


アナログ生活の南雲家。アナグモちゃんとかいう渾名もあったっけ。

良くも悪くも、クラスで……学校で目立っている。


「それもあるけど……まあ、いいや」


仲氏さんは小さく息を吐いて、声を潜めた。


「それより、どう思う?」


「へっ? ……どうって、何が?」


「あの、成金幼女とメイドのこと。まさかとは思うけど、信用してるわけじゃないでしょ?」


チラリと、二人が残した書類や端末に視界を向ける。


書いてあることは、一ミリも理解できなかった。そもそも、英語は得意ではないし。


「うーん。確かに、まだ信用はできないかな。彼女たちが何者かすら、聞けてないし……でも」


「でも?」


「悪い人では、ないと思う」


「……アンタ」


仲氏さんは眉毛を八の字にして、深い溜め息を吐いた。


「将来、詐欺に引っかかりそうだね」


そんなことないよ。


そう否定する前に、廊下側の扉が開く。お嬢様とメイドさんだ。


「皆様、大変お待たせ致しました。まずは、自己紹介から始めましょう」


赤いドレスのお姫様は、スカートを両手で摘まんで会釈をする。

とても優雅で洗練された動きだった。


(わたくし)の名は、ライラ・ロストーリ・ノースシュタイン。気軽に、ライラとお呼びくださいませ。そしてこちらが……」


「スカイ・ハセフジと申します。ライラ様のメイド兼秘書です。以後、お見知り置きを」


スカイさんは腰を曲げて、深々と頭を下げる。


そして、ライラはこめかみに手を当てると、目の前にホログラムが表示された。

どうやら、ライラの身分などが書かれたデータのようだ。


へぇ、イギリス出身なんだ。年齢は十二歳で、所属先がDEMs(デムズ)……って、え?


「デ、DEMsって……あの!?」


「ええ。(わたくし)、DEMsのメンバーですのよ」


DEMs。正式名称は、Deus(デウス) ex(エクス) machina(マキナ)s。

突如として地球全体を覆った機械仕掛けの神様を、管理・研究する団体。


未知なる神の技術を、私たちの世界にまで落とし込んだ、シンギュラリティの立役者。

彼女は、そこに所属している。


そんな仰々しい肩書きと、年相応の見た目が全く一致していない。

確かに、口調や態度はかなり大人びているけど……私は、何度も身分証と彼女の姿を見比べた。


「さて、事情を説明いたしますわ。──といっても、(わたくし)とて、すべてを把握しているわけではございませんの」


ライラさん(呼び捨てで良いって言われたけど、さすがに恐れ多い)は、仲氏さんが用意したお客さん用の椅子に座る。ドレスが皺にならないよう、スカイさんが補佐していた。


聞いた話は、以下の通りだった。


数日前、神からとあるパーツ……通称・遺物が日本のこの辺りに落下した。


ライラさんたちは、それを探しにわざわざイギリスから飛んできた。


「ですが、解せませんわ」


ライラさんの視線が、レノちゃんとアイリを、順に行き来する。


「観測した遺物は一つ。しかも、機械仕掛けの部品でした。それなのに……」


言葉はそこで途切れた。そして、ハァ。と、大きく溜め息を吐く。


「……予測落下地点には遺物はありませんでしたが、まだどこかにあるのだとしたら、その遺物が何らかの信号を送って身体に干渉している? ……神の技術そのものなら、あり得なくは……」


ブツブツと独り言を漏らすライラさん。


天才の思考を遮るのは心苦しかったけど、このままだと夜が更けるまで終わらなそうな気がしたので、恐る恐る手を上げる。


「あの、すみません。私から一つ、いいですか?」


「どういたしましたか、ナナ様」


返答してくれたのは、スカイさんだった。所作の一つ一つが綺麗で、つい見惚れてしまう。


「ええと……その。アイリ……あ。この子のことなんですが……」


「わたし、アイリ!」


声量は控えめに、けれど元気いっぱいに笑顔を振り撒く。


対して、この場にいる全員の顔は引きつっていた。


大人っぽい見た目にそぐわない無邪気さが、奇妙に映ったのだろうか。


「アイリは仮の名前で……実は、記憶喪失なんです。身元も、わかっていなくて」


「は? ……何それ。怪しすぎるでしょ」


仲氏さんの辛辣な言葉に、何も言い返すことはできない。

ライラさんはいつの間にか独り言を止めて、じっとアイリを見つめていた。


「アイリと出会ってからは、長いんですの?」


「い、いえっ! ……き、昨日出会ったばかりです。そのまま家に連れ帰って、匿っていました」


正直にそう言うと、仲氏さんが「アンタ、お人好しすぎ」と呟いた。否定はしない。


「それはラッキーでしたわ。もしアイリが警察や病院のお世話になっていたら、(わたくし)やDEMsでは手出しできなくなるところでした」


「…………」


お世話まではいかずとも、職務質問は受けたんだけど……もしかして、言わない方が良いのかな。


というか……あれは、ただの事故だった。それなら、わざわざ伝える必要もないだろう。


「遺物は一つ、けれど模様を持つ者は二人。片方が犬で、片方は記憶喪失者…………」


ライラさんは頭を抱えて、また独り言を呟く。その顔付きは、研究者や科学者のソレだった。


「……ハァ。ここで考えていても、埒が明きませんわね……これなら全員をDEMsへ誘致して、研究に協力してもらう方が、手っ取り早いですわ」


そう言って、ライラさんは徐にその場に立ち上がる。……けれど。


「嫌」


ぴしゃりと、仲氏さんが言い放った。


「レノを研究材料になんてさせない。絶対に」


低く、有無を言わせない声だった。

ライラさんの眉が、不快げに跳ね上がる。一瞬で、部屋の空気がぴりっと張り詰めた。


「貴女、正気ですの? そこの犬の命がかかっているかもしれませんのよ?」


「技術力に自信があるのは結構だけど、アンタの研究とやらが安全とは限らないでしょ。アンタに預けた所為で離ればなれになるくらいなら、このままでいい」


「スカした態度に憧れる年頃なのはわかりますけど、冷静に考えたらどうですの? (わたくし)はこれでもDEMsでも上の立場。危険な目に遭わせるなんてことは……」


「私のこと何も知らないくせに。妙なレッテル貼らないでくれる? 天才なら、私の言いたいことくらいわかるでしょ。アンタのことが信用ならないって言ってんの」


「…………」


二人の視線に、火花が散る。……どうしよう。このままだと喧嘩になっちゃうんじゃ……。


「お嬢様。僭越ながら」


すると、それまで黙っていたスカイさんが、静かに口を挟んだ。


「現行の方針では、人格を持つ存在を強制的に回収する権限はございません。基本的人権の尊重はDEMsの大原則です。無論、その原則は動物にも適用されます」


「……っ」


ライラさんは、悔しげに唇を噛む。ややあって、勢いよく椅子に座り直した。


「っ……わかっていますわ。わかっていますとも……まあ、ここでも遠隔で調査はできますし、いいでしょう。ここは引き下がります」


どうやら、無理やり連れて行くという線は消えたらしい。


私自身、いきなりDEMsに行く羽目になるのは怖かったので、ホッと胸を撫で下ろす。


「ですが、条件があります。貴女方、明日から定期連絡を入れなさい。それが、(わたくし)ができる最大限の譲歩ですわ」


ライラさんは、私たちに向けてビシリと指を差す。


「それくらいなら、私は大丈夫です。……アイリも、それでいい? ええと、あの子とお話するの」


「んー? おはなし? わかった!」


あまりピンと来ていないようだったけど、まあ、私が側に付いていればボロも出ないし、大丈夫だと思う。……問題は……。


「…………」


心底嫌そうな顔をしている、仲氏さんだ。


面倒くさいと言わんばかりに、眉間に皺を寄せている。


「あらあら? またしても不満がお有りですの?」


ライラさんは満面の笑みを浮かべているけど、目が全く笑っていない。


……また不穏な空気だ。居た堪れなくなった私は、おずおずと手を挙げた。


「ええと、その……あ、安否の保証!」


「保証?」


「はい。私たちと、レノちゃんの身の安全。ちゃんと守るって、約束してくれますか? 突然こんなことになって、不安なんです」


縋るような目で、ライラさんの綺麗な青い瞳を見つめる。


聡明な彼女のことだ。私の意図くらい、手に取るようにわかるだろう。


「ええ、もちろんですわ」


案の定、ライラさんは真剣な態度で仲氏さんに向き合う。


「外部からの脅威は一切与えないとお約束しましょう。貴女方の損失は、我々の損失でもありますからね」


感情論ではなく、あくまで損得勘定。それなのに、不思議と誠実さと説得力があった。


「……レノの安全が保証されるなら、まあ」


仲氏さんはベッドの上で寝息をたてているレノちゃんに目をやる。

その視線からは、慈しみや愛しさを十二分に感じ取れた。


……本当に、レノちゃんのこと、大切に思ってるんだなぁ。


「交渉成立ですね。詳細については、追って連絡致します」


スカイさんがそう静かに告げる。

そのタイミングで、私はずっと気がかりだったことを尋ねてみることにした。


「あの、私、チップがないんです。それに、家で電子機器の使用は禁止されていて」


「問題ありません。元より、本件は機密事項。データでのやり取りは許可されておりません。私が直接ご自宅へお伺いします」


自宅……!?

アイリでも手いっぱいなのに、スカイさんまで来ちゃったら、両親になんて言い訳すれば良いか……。


せめて、喫茶店集合とかにしてもらえないだろうか。

そう打診しようと口を開きかけると、その前に、仲氏さんが呟いた。


「さっきアンタら、教室内で大々的にお披露目してたじゃん。アレはいいわけ?」


「ああ、ご心配なく」


すると、ライラさんは両手を重ねて、こともなげにこう言った。


「先ほど、全員の記憶・記録から情報を削除しましたから。遺物のことも、(わたくし)たちのことも、把握している者はいません」



一気に、体温が下がった。


空気が一段と重くなり、冷や汗が背中に伝う。

平然としている二人が、途端に恐ろしく思えた。


「し、身体の干渉は、ふ、不可能なんじゃ」


ようやく口に出来た言葉は、このくらいだった。


「あら。DEMsは神の技術の総本山ですわよ? 記憶記録消去くらいで驚いていては困りますわ。手回しは必要ですが、あくまで、合法的な手段です」


その気になれば延命措置だって……と、ライラさんは組織の技術の素晴らしさを語り始める。


合法とか、違法とか、そういう問題じゃない。


「基本的人権の尊重はDEMsの大原則、って言ってなかったっけ?」


「? それはあくまで、(わたくし)共にとって有益と感じた者のみですわ。関係のない人間まで配慮するほど、暇ではありませんの」



私は、二人のことを……いや、DEMsのことを甘く見ていたのかもしれない。


ライラさんは親しげに接してくれるし、こちら側を尊重もしてくれる。


……けど、それは私たちが渦中の存在だから。


とどのつまり、そこから外れた途端、彼女たちが牙を剥く可能性があるということ。


「やっぱり私、アンタのこと信用できない」


吐き捨てるような、仲氏さんの言葉。それでも、ライラさんは傲慢に高笑いした。


……右も左もわからない今、私たちは彼女のことを頼るしか道がない。


ライラさんはそれをわかっている。加えて、DEMsの技術力だ。

あのとき教室で、スカイさんが、中庭へ駆け出した私を見逃したのも、DEMsとしての余裕があるから。


悪い人じゃないと思う。


……そんな評価をした私は、間違っていたのだろうか。



ライラさんとスカイさんが居なくなった後も、モヤモヤした気持ちと、ぐるぐるした頭の中が晴れることは、なかった。


嵐が去った後みたいに、途端に、リビングが静かになる。


「レノ。いぬ? わんわん?」


アイリは、いつの間にか目を覚ましていたレノちゃんを、じっと見つめている。

レノちゃんは怯えてはいないようだけど、やっぱり、どこか警戒している様子だった。


「………………」


それでも、仲氏さんはアイリを責めなかった。


アイリがずっといい子にしてくれていたのが功を奏したのか、それとも、そんな余裕がないだけなのか。

仲氏さんは俯いたまま、ただただ口を閉ざしていた。


……声を、掛けるべきだろうか。

思い詰めていないか……怒涛の展開にパニックになっていないか、心配で仕方がない。


すると、私の視線に気づいたのか、仲氏さんはふと顔を上げた。自然と、視線が合う。


「南雲」


「っ! ……ど、どうしたの?」


「一応、感謝は伝えとく。ありがとう」


突然、感謝されてしまった。何のことか身に覚えがなく、キョトンと首を傾げる。


すると、仲氏さんはふいと顔を逸らした。


「レノのこと、気にかけてくれたでしょ」


「……ああ! あのくらい、大したことないよ。だって、仲氏さんの大切な家族だもん。身の安全が一番だよね」


何気なく言ったつもりだった。けれど、仲氏さんは、ほんの少しだけ頬を緩めた。


……もしかして、心を開いてくれたのかな? それなら……。


「ねぇ、仲氏さん。これから、教室でもあなたに話しかけていいかな? その、ライラさん抜きで情報共有とか……」


「……気持ちは、わかるけど」


歩み寄ったのも束の間、仲氏さんはその場に立ち上がる。


表情は既に、凍てつく氷のようなものに戻っていた。


「やめておいたほうがいいと思う。いつどこで、あの成金幼女が聞いてるかわからない。スパイや、盗聴器を用意してる可能性だってある。……それに」


一度言葉を切って、仲氏さんは真っ直ぐに私を見る。


その切れ長の目には、明らかな拒絶の色があった。


「私は、アンタのことも信用してないよ。南雲」


元々低めの声が、一段と低い。冷たく、突き放すような言葉だった。


それなのに、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。……何故かは、わからない。


「うん、わかったよ」


言いたいことをグッと飲み込んで、彼女の言葉を受け入れる。


……こんな事態になったわけだし、本当は、仲氏さんとは友好な関係を築いておきたいけど……仕方ないか……。


「……もう帰って。レノにごはん、あげなきゃいけないから」


仲氏さんは小さく息を吐いて、キッチンの方へ歩き出す。もう話す


「あ、そ、そうだよね。お邪魔しました……レノちゃんもバイバイ」


私は急いで荷物をまとめて、未だにレノちゃんを観察していたアイリの背を叩く。


アイリは自然な流れで私の手を握り、ニコニコと微笑む。


「レノ、ばいばい!」


「……くぅん」


大きな声が、静かなリビングに響き渡る。


残念ながら、返事をしたのはレノちゃんの尻尾と鳴き声だけで、仲氏さんは、何も答えなかった。



+++



いつの間にか、外はすっかり暗くなっていた。


体感よりも、かなり時間が経過していたみたいだ。お母さんに何て言い訳しようかな……。


そう思って、空を仰ぐ。

夜になると、神様のの輪郭は一層ぼやけて、顔のような部分ものっぺらぼうになる。


いつ見ても、不気味だった。


「ねえねえ、ナナ」


隣を歩くアイリが、繋いだ手を控えめに引っ張る。

アイリの指は細く、長い。そして、ひんやりしていた。


私の手を包み込むようなそれが、なんだかくすぐったくて、恥ずかしかった。


「わんわん、いいこ。アイリ、いいこ?」


「あ……う、うん! 今日はとても良い子だったね。偉いね。アイリ」


「ふふん! そう! アイリ、いいこ!」


突然学校に現れたのには驚いたけど、それ以降のアイリは人が変わったように大人しく、無口だった。


知らない人がいて緊張したのかもしれない。

そう思うと、我慢させちゃったな、と申し訳ない気持ちになる。


アイリは腕をブンブンと大きく振って、仲氏さんやライラさんのことを話していた。

……不思議だな。昨日出会ったばかりなのに、こうして無邪気な姿を見ていると安心する。


と、同時に、彼女に対する庇護欲のようなものが湧き出て来る。

もしかしたら、今回のことで、アイリに対して責任を感じているのかもしれない。


成り行きとはいえ、アイリと関わることを選んだのは私だ。

記憶喪失の彼女をそのまま放置するほど、私は薄情な人間ではない。


ライラさんには申し訳ないけど、遺物や模様よりも、今私が優先すべきことは、アイリを元の居場所に帰すことだ。無事にそれができれば、後は何も……。


「……ナナ。きをつけて」


「え?」


アイリの言葉に、思わず足を止めた。


──次の瞬間。


「あ! みーつけたっ!」


背後から、弾むような声がした。


ぞくり、と悪寒が走る。


顔も姿も見ていないのに、振り返らなければいけない予感に苛まれた。


危険だと、本能が警鐘を鳴らしている。それでも、身体を止めることはできなかった。


「こんにちは! 良い夜ですね〜!」


街灯の下で、明るく笑う女の子。


ふわふわとした髪と桃色のワンピースが風でなびいている。


まるで、スポットライトに立つアイドルのような出で立ち。

でも、それに似つかわしくない物騒なモノを、後ろ手に隠していた。


──大きな、鋏。


細い身体のどこにそんな力があるのだろう。彼女の背と同じくらいのソレは、銀色に煌めいている。


「やっぱり、おんなじマークの人だ! ねぇ、お姉ちゃん。やっと見つけたね!」


『うん、そうだね』


女性は鋏を振り回しながら、話しかけている。


シャキン、シャキン、と鳴る刃の音に紛れて、ぶっきらぼうな女性の声が聞こえた。


私は咄嗟に、アイリを自分の背中へと庇う。


「あ……あ、あなた達、何者、なの……?」


声が震える。


逃げなきゃ。そう思っているのに、足がすくんで動かない。


笑顔の女性は首を傾げて、ぴょんと軽やかに一歩を踏み出す。


「ねぇお願い。その模様の子、ちょうだい?」


そう言って女性が指差したのは、私の背後にいる、アイリだった。


模様──というのは、アイリの鎖骨にあるモノだろうか。

でも、どうして……いや。そんなことより、彼女が持っている巨大な鋏は何……?


頭がぐるぐる回る。何もかもがわからない。でも、今それを考えている余裕はない。


ただ一つ言えるのは、あの女性が、私やアイリに危害を加えるつもりだということ。

……私が何とかしないと。アイリを守らないと……!


『マシロ。さっさと終わらせるよ』


ふと、花と蝶の装飾が施された鋏から、素っ気ない声が聞こえた気がした。


「はぁい、お姉ちゃん!」


その直後。


マシロ、と呼ばれた女性が、鋏を構えてこちらへ駆け出す。


軽やかに、遊んでいるみたいに、楽しげに。


速くはない。でも、足が震えて動かない。


「……っ! アイリ、逃げて!」


気がつけば、私は背後に立つアイリを突き飛ばしていた。

呆然としている彼女は視線をマシロに向けたまま、尻もちをつく。


「ナナ!」


絶叫に似た悲鳴をあげるアイリ。

少しだけど、距離は稼げた。これで私が足止めをすれば、アイリだけは確実に助かる……!


「アハッ! 素晴らしい自己犠牲精神だね!」


そう言って、屈託の無い表情で笑う。


可愛らしい笑顔のはずなのに、怖くて仕方がなかった。


そして、女性は踊るようなステップを止め、足を強く踏み込んだ。来る……!


「でも、ゴメンね! あなたには興味ないの!」


あと数歩で、私の身体に鋏が届くほどの位置。


その瞬間、マシロの姿が、ブレた。


「……え」


何が起こったのか、すぐには理解できなかった。


私の隣にあった、街灯。


マシロはその街灯に飛び移り、私を通り過ぎたのだ。


……通り過ぎた……? ……アイリが危ない!


「アイッ……!」


咄嗟に振り返る。


しかし、マシロはもうアイリの目の前にいて……鋏の刃が、暗がりの中で鈍く光った。


「っ……!」


すんでのところで、アイリは攻撃を躱す。


でも、避けきれなかった。

アイリの腕に、大きな赤い線が走る。幸いなことに血は流れていないようだ……。


血。……それを想起するだけで、頭の奥が、カッと熱くなる。


……ダメだ。見ちゃ、ダメだ。いつもの、あのぐにゃりとした感覚に苛まれる。


視界が歪む。胃液が込み上げてくる。息が上手にできない。……でも。


「アイリッ!」


それでも私は歯を食いしばって、倒れ込んだアイリに駆け寄ることを選んだ。


マシロは、二度目の攻撃をするつもりだ。刃を大きく開き、振り被る。


「わっ! 弱いクセに、邪魔しないでよー!」


それを無理に押し退けて、アイリを抱き締める。すると、耳元で


「……ナナ」


と声がした。


目と目が合う。アイリの顔つきから、さっきまでの幼さが消えていた。


憂いを帯びた瞳は、どこか遠くを見ているようだった。


「わたしに、ちから、かして?」


「え?」


その言葉が、合図だったみたいに。


アイリの輪郭が、光に溶けた。


人の形がほどけて、別の何かへと組み替わっていく。


そして、アイリだったソレは──私の手の中に、太い柄として収まった。


「こ、これって……」


それは、一本の傘だった。


一般的なものよりもやや長い、洋傘。


アイリの髪色と同じ、海のように深い青色。


閉じられたその姿は、ただの雨具とは思えないほど、ずっしりと重い。

よく見ると、骨組みや石突きの部分に、数字と英語を組み合わせた暗号のような文字が刻まれていた。


淡く光る傘は、不思議と私の手に馴染んだ。まるで、ずっと前から私のものだったみたいに。


「あ! 変身したんだ! いいね〜!」


『その姿の方が、持って帰るのが楽』


背後から、拍手の音と二人の声が聞こえた。


マシロは目を爛々と輝かせて、私ーーの手元を見ている。


『ナナ! がんばれ!』


傘からアイリの舌っ足らずな声がする。この姿になっても喋れるらしい。


……どういう原理かは全くわからないけど、とにかく、この傘はアイリ本人だ。

そして、マシロの狙いもアイリ……。


つまり、私がやるべきことは、この柄を決して離さないこと……!


私は傘の先端をマシロに向ける。彼女はキョトンと首を傾げた。


「無駄だと思うけどなー。あなたには使いこなせないよ。ね、お姉ちゃん?」


『そうだね』


マシロは、再び地を蹴った。鋏の刃が真っ直ぐ、私の顔をめがけて……。


『ナナ! あけて!』


「えっ!? え……うわっ!」


私は傘をぱっと開いて、顔の前にかざす。


──がきんっ!


金属音が、耳をつんざく。


手に痺れるような衝撃が走る。でも、痛みはなかった。開いた傘が、鋏を受け止めている。


見るからに……いや、触り心地もしっかり布だ。

それなのに、刃物が通らないどころか、傷ひとつ付いていない。


「ア……アイリ! 大丈夫!?」


『うん! だいじょうぶ!』


無邪気なアイリの声が聞こえて、ホッと胸を撫で下ろす。

この姿での痛みはない。そう思って良さそうだ。


「えー!? 何でそんなに固いのー!?」


マシロは一歩引き、不満げに頬を膨らませる。


そして、何度も、何度も、鋏の先端を突き刺す。

布とは思えないほど派手な音が響くが、傘はビクリともしなかった。


『うしろ、あんぜん。こわくないよ、ナナ』


「あ……」


どうやら手の震えが、アイリに伝わっていたようだ。


マシロが言っていたように、この傘でどう戦えばいいのかなんて、私にはわからない。


そもそも、彼女を……人間を傷つけたくない。

血が出るのは、恐ろしいことだ。例え、相手が攻撃的であっても。


「私、アイリを信じる」


不思議なことに、そう呟いた途端、手足の震えが収まった気がした。


私は、開いた傘を強く握り締める。攻撃なんてできなくていい。この場を凌ぐことかできれば……。


「あーもうっ! 鬱陶しいなあー! じゃあ、こうしちゃえ!」


シャキン、と、鋏の刃が大きく開く。


この人、傘を真っ二つに切るつもりだ。


しまった、と思ったがもう遅い。私の身体ごと覆うように、鋏が閉じられて──。


「……あ」


ぎゅっと、目を瞑った……その刹那。


鋭く、金属の擦れる音が響く。


鋏の動きは止まった。刃に何かが絡みついて……これは、鎖……?


「随分と楽しそうな遊びをしているね。私も混ぜてくれないかな?」


マシロとも、鋏から聞こえる声とも違う、三人目の、のんびりと落ち着いた女性の声。


ピンと張っている一本の鎖は、暗がりの奥へと伸びている。


無意識に、その先へと視線を向けた。


鎖の端を握っていたのは、車椅子に座った一人の女性だった。


……いつから、そこにいたのだろうか。気配に全く気づかなかった。


車椅子の女性は、まるで最初からこの結末になることを知っていたように冷静で、余裕綽々としていた。


緊張も恐怖もない、正々堂々とした態度。

その姿を見たマシロは、ニコニコと口角を上げたまま「げっ!」と叫びながら、眉間に皺を寄せた。


『こいつ、前に私たちをコケにした女だ。……何でこんなところに』


「やだやだー! 思い出させないでよ、お姉ちゃん!」


『ちょっとマシロ、駄々こねてる場合じゃないでしょ。臨戦態勢取りなさい』


どれだけ鋏からの声がマシロを宥めても、マシロはぶんぶんと首を振っている。


よっぽど、嫌な記憶があるのだろうか。笑顔は一切崩れていないが、手足がほんの少しだけ震えていた。


「おや、覚えていてくれたとは光栄だね。前回からそこまで日は空いていないが、もう一度、相手をしてあげようか?」


声の穏やかさとは裏腹に、力強く鎖を引っ張る。

慌てた様子のマシロは、綱引きの要領で引っ張り返している。


『チッ……あー、もう』


そんな言葉と共に、鋏が光に包まれた。……アイリが傘に変身したときと同じだ。


みるみるうちに鋏は人間の形に成り──マシロとそっくりの姿に変わった。


鎖は、力無く地面に垂れる。車椅子の女性は即座に鎖を手繰り寄せ、手元に置いた。


「片方は弱いとはいえ、二対一は分が悪い。割に合わない。ここは引くよ」


鋏だった子は、黒い瞳で冷たく私を睨みつける。

マシロは首を縦に振り、即座に車椅子の女性から距離を取った。


「ばいばい、自己犠牲ちゃん! その傘、絶対に奪いに来るからねー!」


負け惜しみのような捨て台詞を残して、そっくりな二人は、暗がりの中へ一目散へ逃げていった。


車椅子の女性は、一切身体を動かさない。

ただただ、マシロたちの背中を見つめてる。追うつもりはないみたいだ。


しばらくして、足音が完全に聞こえなくなった。


静寂が訪れた瞬間、ぷつり、と、張り詰めていた緊張の糸が切れた音がした。


「……っ、はぁ……はぁ……」


腰が抜けて、その場にへたり込む。

心臓が痛いくらいに跳ねていた。


あの時、私は殺されていてもおかしくない状況だった……今こうして私が無事いられるのは、アイリが守ってくれたおかげだ。


「ありがとう、アイリ。助かっ……」


傘に話しかけた、その時だった。


開いていた傘が、何も言わずに光に包まれて……アイリの姿に戻る。


「……あ」


けれど。


戻ったアイリは、糸の切れた人形みたいに、ぐらりと傾いだ。

そしてそのまま、私の腕の中に崩れ落ちる。


「アイリ!? ねえ、アイリ! しっかりして!」


息も体温も感じるが、呼びかけても反応がない。

身体が傷いている様子もない。疲れて眠った子供のようにも見える。


「じきに目を覚ますさ。心配ない」


すると、車椅子の女性がゆっくりとこちらへ近づいてくる。


私は緩んでいた気持ちに喝を入れて、キッと女性を睨みつける。

まだ油断しちゃダメだ。この人もアイリを狙っているかも……。


そんなことを思っていた、矢先。


「……えっ?」


車椅子の女性が持つ鎖が、淡く光って、形を変え始めた。


マシロやアイリと同じだ。光の塊が、人間の姿へと形作られていく。


「あ~……やっと戻れた……アレ、肩が凝るのよね」


人型に戻ったその子は、両腕を伸ばしながらそう言う。


色素の薄い金髪が、街灯の光に反射してキラキラと輝いていた。


「む? 肩凝りの機能は備え付けていないはずだけどね」


「いちいちうっさいわね、比喩よ比喩!」


「だ、誰、なんですか。あなたたちは……」


無意識に言葉が口から漏れる。声が掠れて、立ち上がる余裕も残っていなかった。


アイリを抱えて逃げることもできない私には、穏便に事を済ませる以外の選択肢は残されていなかった。


「ん? ああ、そう警戒しないでくれたまえ」


車椅子の女性は両手を軽く上げて、ニコリと微笑む。

そして、それに応じるように、鎖になっていた金髪の女性が、自身のスカートをたくし上げた。


「っ! そ、その痣って」


「私たちも巻き込まれた側でね。更に、情報もほとんどないと来た。つまるところ、君たちと同じだよ。困っているんだ」


「…………」


本当、だろうか。でも、マシロと違って敵意は感じられないように見える……。


「結論から言おう。私の頼みを一つ聞いてはもらえないだろうか。先程、私は君たちを助けたんだ。売られた恩は返すべきだろう?」


頼み……それって、一体……。


……ダメだ、頭がうまく働かない。

意識が朦朧として、視界もボヤけてきた。アイリを守らなきゃいけないのに……。


「安心してくれたまえ。危険な目には合わせるようなことはしない。むしろ、WIN-WINの取引で」


「ちょっと、会話のペース合わせなさいよ。この人間、今にも気絶しそうじゃない」


「おっと、これは失敬。またやらかしてしまったようだ。しかし、これ以上会話することはできなそうだね……557号機」


「あー、ハイハイ。言われなくてもわかってるわよ」


薄れゆく意識の中で、柔らかい腕に包まれたような感触を覚える。


「彼女の両親に申し訳ないね」


車椅子の女性は悪びれもせず、肩を竦めた。


それが、私が今日見た最後の光景だった。


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