第十九話 真相
サクラちゃんとの決闘から、数時間後。
私たちは、ミホ先輩の研究所に集まっていた。
室内は以前とはかなり様子が変わっていて、クロハさんとマシロさんを保護する用の、簡易的なシャワールームやベッドが設けられている。
あれだけあった大半の機械や工具などの多くも、さっぱり無くなっていた。
とはいえ、ケーブル類や雑紙、ミホ先輩の私物と思わしきものなどが、あちこちに散らばっている。
それなりに雑然としていた。けれど、妙に落ち着く空間だった。
クロハさんは治療ポットに入れられたあと、すぐに山中の病院に運ばれたと、スカイさんから聞いた。
予断は許さない状況であることには間違いないとはいえ、最悪の事態は免れているらしい。
さすが、DEMsの技術だ。胸の中に安堵が広がった。
イチコ先生はというと、サクラちゃんが自主的に、チップから、製造元であるTCという会社のサポートセンターに連絡していた。
色々と事情を伝えていたようだったけど、内容までは聞こえなかった。
でも、計算高いサクラちゃんのことだから、良い感じに誤魔化してくれたのだろう。
ミホ先輩とライラさんは、研究所内で私の両腕を手当してくれた。
その様子を見て、サクラちゃんは何度も何度も謝っていた。
そして、私も何度も、「気にしないで」と伝えていた。
しかし、それを気にしない人たちがいた。
シーカとアオちゃんだ。
アイリが自分のことを話しだすまで、ずっと「危険なヤツだな」と言っては、サクラを睨みつけていた。
それでも私は「大丈夫だから」と言い張る。
すると、今度は、叱責の標的が私へと移りだす。「何でナナはそこまでお人好しなんだ」。
何でと言われても、生まれ持った性分だからとしか言えない。
私、シーカ、アオちゃん、ミホ先輩、ライラさん、サクラちゃん。
そして──アイリ。研究所内にいるのは、この七人。
皆の視線が、自然とアイリへと注がれる。
アイリはずっと黙り込んだまま、俯いている。
ジャスミンティーの匂いも相まって、妖艶な雰囲気が醸し出されていた。
……全ての記憶と、遺物の秘密を思い出したアイリ。
その佇まいは、もう、幼い少女のものではなかった。
最初に出会った頃と同じ人物とは、とても思えない。
「……話す前に、一つだけ、言っておきたいことがあるの」
ふと、アイリがゆっくりと話し出す。
私たちは口を閉じて、耳をすませた。
「今まで子供みたいに立ち回っていたのは、演技とかじゃない。自我が……意識が、なかっただけなの」
「……じゃあ、今のアイリが、本当の姿なんだね」
「うん。騙していたワケじゃないけど……迷惑かけてゴメンね。ナナ」
アイリはそう言うと、私に向かって深々と頭を下げた。
「謝らないで。手のかかる妹みたいで、楽しかったよ。……いつの間にか、お姉ちゃんみたいになっちゃったけど」
アイリは一瞬だけ目を見開いて、微笑んだ。
笑顔だけは、今までと変わっていなかった。
「……長い話になる。でも、皆に聞いてほしいの。私が何者なのか。そして、遺物と、機械仕掛けの神について」
穏やかな空気が、ピリッと凍り付く。私たちは顔を見合わせると、それぞれが顔を縦に振った。
+++
私は、ある星に生まれた。
地球ではない。ずっと遠い、小さな星。
私は、そこで暮らしていた。
その故郷の星には、今の地球と同じように、空に機械仕掛けの神様が浮かんでいた。
最初は惑星中が戸惑ったけれど、神様の電波信号を受けて、みるみるうちに技術が発展していった。
誰もが、それを当たり前のこととして受け入れて、生活は豊かになっていった。
……どんな暮らしを送っていたかとか、自分が本来どんな姿をしていたのかとかは、あまり記憶に残っていない。
長すぎる時間が、ほとんどを削り取ってしまった。
唯一、ハッキリと覚えているのは、とある友達のことだった。
その子は、ある日突然、私の前に現れた。
記憶喪失で、子供みたいに幼い性格の、綺麗な子。
どこから来たのかも、本当の名前も、わからなかった。
でも、そんなことは、どうでもよかった。
外見年齢が近いこともあって、その子とは、すぐに打ち解けた。
朝になればどちらからともなく顔を合わせて、日が暮れるまで二人で過ごした。
星のあちこちを、手を繋いで歩き回った。
くだらないことで笑い転げて、些細なことで言い合いになった。
仲直りは、いつも早かった。次の日には、何事もなかったように、また隣に並んで歩いていた。
「ずっと一緒にいようね」
私たちは、そう言い合った。
互いの額を、そっと触れ合わせて。
それが、この星では、永遠の誓いの形だった。
当時の私は、この穏やかな日々が、いつまでも続くものだと、疑いもしなかった。
その子は、私の全てだった。
家族のことも、ほかの何も思い出せないのに。
その子と過ごした時間だけは、こんなにも胸に残っている。
きっと、それだけ大切だったんだと思う。
——でも。
それは、すべて仕組まれたことだった。
「大事な話って、なぁに?」
「………………」
その子は珍しく、落ち込んだ様子だった。
俯いたまま、何も言わない。いつもあんなに賑やかだったのに、その沈黙が、妙に重たく感じられた。
心配になって近寄ると、突然──人間でいうところの、キスをされた。
「っ!? ちょっ、な、何するの!?」
体液の接触は、私の故郷にとっても、心が通じ合った者同士でしかしない行為だった。
私たちの種族には性別というものはないけれど、それでも、友達がしてくるとは思わなくて、驚いた。
けど、私がその子のことが好きだったから、正直、まんざらでもなかった。
私は微笑んで、その子の顔を見た。
──そこに浮かんでいたのは、軽蔑の感情だった。
「ようやく……ようやく、解放される」
私には、その子が何を言っているのか、わからなかった。
意味だけじゃなくて、そもそも、言語が違った。
今までに聞いたことのない、音だった。
「私を好きになってくれて、ありがとう。さようなら」
その子が何かを発した、その瞬間。
私の身体が、光に包まれた。
全身がバラバラに解けていくような、引き裂かれるような感覚がまとわりついた。
声を上げようとしても、出ない。
ただ、私の中の「何か」が根こそぎ作り変えられていくのを感じた。
あんなに笑い合ったのに。
手を繋いで歩き回ったのに。
それが全部、この瞬間のためだったのだろうか。
その考えが、頭の隅をよぎった。でも、それを確かめる時間は、もう、ない。
少しずつ、身体が浮かび上がっていく。
何もできない私には、茫然と佇む友達を、じっと見つめることしかできなかった。
「……ごめんね」
何かを呟いた途端。
その子の姿が、変貌した。
柔らかな輪郭が、解けるように剥がれ落ちていく。
そこから現れたのは、私の知らない姿だった。
私と同じ星の生き物ではない、本当の姿。
淡く色を変える、薄い膜のような体。
ヒレとも翼ともつかないものが、ゆらゆらと揺れている。
いくつもの細い光が、身体の内側を流れていた。
一目見て、美しいと思った。
その子の身体から、強張りが解けていくのがわかった。
長いあいだ背負ってきた重たい何かを、ようやく下ろしたように。
安らかで、けれど、ひどく寂しげな雰囲気だった。
まるで、もう、生きている意味など残っていないみたいな。
本当の姿になったその子の周りに、キラキラと光るものが無数に現れた。
小さな、たくさんの何か。それが雪みたいに、その子の足元へ降り積もっていく。
あれは、何なのだろう。
役目を終えた証なのか。
長い使役から解放された、印なのだろうか。
——どうして。
どうして?
あんなに笑い合ったのに。
友達だと思っていたのに。
どうして騙したの。どうして……。
心の中で問いかけても、その子には届かない。
糸で引かれるみたいに、ゆっくりと、空へ引き上げられていく。
やがて、街の建物も、見えないくらいの距離まで到達した。
近くにいるのは、故郷の空を覆い尽くしていた、機械仕掛けの神様だった。
星そのものを、すっぽりと包み込んで。
惑星全体を、檻のように囲っている。
冷たくて、広大で、底のない存在。
私はそれに抗うこともできず、その巨体へと吸い込まれていく。
新しい部品——遺物として。神の身体へと、取り込まれていった。
視界から光が消えていく。
意識が遠のいていく。
こうして私は、私であることを奪われ、神の道具に成り下がった。
ここから、長い、長い眠りが始まった。
……。
…………。
………………。
……………………ねむっていた。
おきた。また、ねむった。くりかえし、くりかえし。
くらい。なにもみえない。なにもきこえない。
ただ、ねむっているだけ。おきても、なにもできない。
うごけない。また、ねむりにおちる。
ねむって。おきて。ねむって。おきて。
……どのくらい?
わからない。とき、が、わからない。
きのうも、きょうも、あしたも、ない。
ずっと、おなじ。くらいなかで、ねむって、おきるだけ。
きおくが、うすれていく。
かぞくの、こと。こきょうの、こと。ともだちの、なまえ。
おもいだせない。じぶんが、だれだったのかも。なにもかも、すこしずつ、こぼれおちていく。
すなが、てのひらから、こぼれるみたいに。
たすけて。
だれか。
……だれ?
たすけて、って。だれに、いっているんだろう。
わたしは、だれ?
ここは、どこ?
どうして、ここに、いるんだっけ。
わからない。
わからない。わからない。わからない。
——こわれていく。
わたしという、なにかが。ゆっくりと、こわれて、ばらばらに、なっていく。
さけびたいのに、こえも、でない。なくことも、できない。
ただ、くらいなかで。すりへって、いくだけ。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
何百年か。何千年か。もうわからなかった。時間の感覚など、とうの昔に消えていた。
何度、絶望しただろう。
何度、消えてしまいたいと思っただろう。
けれど、消えることすら、許されなかった。
今の私は、神の道具。神の部品。
捨てられることも、使われることもなく。ただ、保管され続けている。
やがて、私の自我は崩壊した。
何も感じない。何も望まない。何者でもない、空っぽの器になった。
——けれど。
それでも。壊れきった心の一番底に、一つだけ、消えずに残ったものがあった。
機械仕掛けの神への、反抗心。
こんな風に私を作り変えた、この化け物。
それへの、消えることのない怒り。憎しみ。
友達の顔も、故郷の景色も、自分の名前すら忘れてしまったのに。
その火だけは、どれだけ時間が経っても、消えることがなかった。
小さな。とても小さな火種が、崩れた心の奥で、ずっとくすぶり続けていた。
何もかも忘れて、自我を失っても。それでも、その火だけは消えなかった。
———。
「?」
不意に、意識が、引き戻される。
長いまどろみから、無理やり引きずり出される感覚。
神が、私を起動させたのだ。
視界に広がっていたのは、見たこともない、緑と青の惑星だった。
地球……その惑星の名前は、のちに知ることになる。
綺麗な星だと思った。こんなに色鮮やかな惑星を、私は今まで見たことがなかった。
でも、機械仕掛けの神は、その美しい星を、丸ごと覆い尽くした。
地球上の生態系が混乱に包まれる中、神は電波信号を発信し続けている。しかし、そこに意図はない。
それからは、あっという間だった。
人間という、二足歩行の生物が、少しずつ、神からの技術を盗んでいった。
個体数も、寄生当時より大幅に増加していった。
……寄生。そう。機械仕掛けの神が行っているのは、寄生だ。
情報を吸い尽くし、記録し、それをエネルギーとして捕食する、半機械寄生生命体。
それが、神の正体なのだろう。
惑星の生態系にアクションを起こすのは、子孫を増やすため。
その方が、摂取できるエネルギーが増えていくから。
更に、神自身が神由来の技術に入り込むことで、濃度と解像度が高い情報も手に入る。
といっても、本機に意思はないので、操ったりとか、そういうことはできないみたいだ。
これらの行動はあくまで、神が自身を生き長らえさせるために行っているだけ。
ただの生理現象。身体にそう刻まれているだけ。
……それらのことを、私は少しずつ、理解していった。
いくら神の部品であっても、神の本質を知ることはできない。だから、行動原理から推測しただけ。
でも、たぶん、間違いないと思った。
そして——およそ、二万九千二百回ほど、地球が回転したとき。
私の頭に、こんなメッセージが届いた。
「人間という個体を学べ」という、神からの通達。
目的はわからない。
けど、故郷で最後に出会った友達——その子と同じことを、やることになるのだろうと察した。
友達は別の惑星の個体で、私の本来の生物に化けていた。
つまり、私も人間という個体に化けなければいけないのだろう。それが、学習させる目的。
……メッセージ通りにしなければ、何をされるかわからない。
神に逆らえる立場ではなかった。選択肢など、最初からなかった。
誰か——誰か適当な人間を見つけて、その子を観察していかなければならない。
そんなことを考えていた、ある日のことだった。
「……」
日本という小さな島で、奇妙な個体を見つけた。
南雲ナナ。
神由来の技術から縁遠いところにいる、一人の少女。
神の覗き穴の外にいる存在。神の目が届かない、数少ない存在。
そのとき。
崩れた心の底でずっとくすぶっていた、あの火種が、ちりっと燃えた。
この子なら。
この子を通してなら。神に気づかれずに、何かが、できるかもしれない。
それは、壊れた心が漏らした、本能のようなものだった。
神への反抗心が、無意識のうちに、私を、南雲ナナという少女へと、向かわせた。
学習という口実のもとで、私は、ナナに——ナナの意識に、入り込んだ。
病院という施設にあった、神由来の技術から発せられる電波信号に乗って、少しの間だけ、意識に入り込む。
部品であっても、神の一部。ほんの僅かだけど、私でも力を使えた。
これは、ナナだったからできたことだった。
もし、チップが埋め込まれた人間に同じことをしていたら、すぐに神に察知されて、弾かれていたことだろう。
最初はただ、身体を借りて、地球のことや人間のことを学んで……神に対抗できるヒントみたいなものがあればいいなと、そう、漠然と感じていただけだった。
でも。
南雲ナナの意識に入って、南雲ナナの目で世界を見たとき。
そこには、光があった。
眩しくて、温かくて、色に満ちた世界。
長い長い闇の中にいた私には、それだけで、息が詰まりそうだった。
これが、生きているということなのか。こんなにも、世界は、色であふれていたのか。
南雲ナナの暮らしをなぞるうちに、私の中で、何かが、変わり始めたのを実感した。
ごはんを食べると、おいしいと感じる。
陽だまりでまどろむと、気持ちいいと思う。
誰かと言葉を交わして、笑い合って、心が弾む。
その一つ一つが、空っぽだった私の中に、少しずつ、染み込んでいった。
長い年月を生きてきた私にとっては、刹那のような時間だった。
それでも、壊れた私の心を修復するには、十分すぎた。
きっと、私も昔、故郷で、こんなふうに暮らしていたんだ。
ごはんを食べて、笑って、眠って。あたりまえの毎日を、過ごしていた。
もう碌に覚えていないのに。失われた感覚だけが、身体の奥から、じんわりと蘇ってきた。
眠って起きるだけの、悪夢とは違う。
生きるということは、本当は、こういうことだったはずだ。
色があって。音があって。誰かがいて。心を動かすもので、溢れている。
私も、かつては、その中にいたはずだった。
——ああ、そうか。生きるって、こういうものだったのか。
忘れていた私という輪郭が、南雲ナナの毎日の中で、像を結び始める。
思い出した、というより、取り戻した、という感覚だった。
失くしたと思っていたものが、ずっとそこにあったのだと、気づいたような。
壊れきった心の底に、まだ、残っていたのだ。
私は、私を取り戻し始めていた。
でも、そんな時間は長く続かなかった。学習の期間が、終了した。
神がそう判断したわけではない。神に組み込まれた仕組みが、そうなっていた。
十分なデータが集まれば、遺物の学習は打ち切られる。それだけのこと。
暖かな世界が、急速に遠ざかる。
景色も温もりも、指の隙間からこぼれ落ちて……私はまた、悪夢に呼び戻された。
——でも、前とは違う。
崩れきっていた心は、既に、形を取り戻している。
あの毎日が、私に返してくれたものがある。
心の底でくすぶっていた反抗心が、取り戻した自我とともに、はっきりと燃え上がった。
許せない。
意思もなく、ただ淡々と作業を続けるだけの、空っぽの仕組み。
こんなモノに私の生活が失われた。友達との時間が奪われた。私という存在が、道具に成り下げられた。
許せるはずがなかった。
しかし、私の中で、次のプロセスが動き始めるのを感じた。
学習の、その先。
遺物として惑星に落ち、誰かと出会い、親しくなり、心を通わせ——そうして、その相手に、役割を引き渡す。友達が私にしたのと、同じように。
それが、私という神の部品に組み込まれた、役目。
逆らいようのない仕組みとして、そう成り立っている。
嫌だ。
その気持ちだけは、確かだった。
犠牲者は、もう生み出したくない。私のような思いは、誰にもさせてはいけない。
あの温かな世界で生きている誰かを、私と同じ目に遭わせてはいけない。
取り戻した自我が、燃え上がる反抗心が、私に訴えかけていた。
全身全霊で、抗い続ける。
それは、身体の戦いではなく。心の——意識の戦いだった。
押し流そうとする力に、必死で爪を立てる。
組み込まれた手順を、一つ、また一つと引き剥がす。もがき続ける。
神のシステムと、私の意思とが、真っ向からぶつかり合った。
させない……!
私は、抗い続けた。
途方もなく巨大な仕組みに。たった一人で。
少しずつ、私という存在の繋ぎ目が、軋みはじめていく。
激しい抵抗に、心が悲鳴を上げる。身体の内側が、きしむような音を立てていた。
——このままじゃ、壊れる。
機能も、記憶も、何もかも。でも、私は、それで構わなかった。
もしこのまま壊れてしまえば、遺物としての役目も果たせなくなる。
犠牲者を生まずに済む。
神の仕組みを、私一人の自壊で止められる。
そう思うと、迷いはなかった。
私は自分の意思で、自分という存在を、内側から引き裂いた。
パキ、ぱキ、ぱき。
私を形作っていたものが、内側からはじけ飛んでいく。
崩れながら、ふと、気がついた。
自分の身体に、何かが書いてある。
——願いが叶う?
何のために、こんなものが書いてあるのだろう。私にはわからなかった。
願いなんて、今の私には……いや、そもそも、もう、まともに考えることもできなくなっている。
思考が徐々に、像を結ばなくなっている。
考えようとしても、遠ざかっていく。霧の中に消えていくみたいに、捕まえられない。
……あれ? 何で、こんなことをしているんだっけ。
私は、何かを守ろうとしていた。
誰かを、犠牲にしたくなかった。そう、だったはずだ。
なのに、その大切な気持ちすら、こぼれ落ちていく。指の間から、砂みたいに。
神への怒りも。あの友達のことも。やさしい人と過ごした、あたたかい記憶も。
少しずつ、少しずつ、失われていく。
……だれか、いた気がする。
やさしい、ひと。わたしを、変えてくれた、ひと。
その顔を、思い出そうとする。けれど、もう、ぼやけて、見えない。
輪郭だけが、かすかに残っていた。でも、それも、じわじわと、滲んでいく。
なまえ、なんだっけ。
……わからない。
わたしの中身が、どんどん、軽くなっていく。からっぽに、なっていく。
考えることが、むずかしくなって。だんだん、あたまが、ぼんやりしてくる。
なにを、してたんだっけ。
わたし、だれ、だっけ。
くずれていく。ぼろぼろ、くずれて。きおくも、ちからも、こぼれて。
大切だったものが、大切だったということだけを残して、消えていく。
……でも。
いちばん、おくの。かたい、ところだけは。なぜか、こわれずに、のこった。
からっぽに、なって。なんにも、なくなって。それでも、ひとつの、かたまりの、まま。
かみさまの、からだから。ぽろり、って。こぼれおちた。
おちる。そらから、した、へ。ずっと、した、へ。
風が、あった。ひかりが、あった。
ずっと、くらいところにいたから、それだけで、なんか、よかった。
……どこ、いくのかな。
わかんない。でも、なんか。いきたいとこが、あるきがする。
あったかい、とこ。やさしいひとが、いる、とこ。
しらない、けど。でも、そこに、いきたいな。
——どさっ。
おちた。
くらくて、くさい、とこ。ごみが、いっぱいの、すみっこ。
わたしは、そこで。ころん、てなって。じっと、してた。
うごけない。なんにも、おもいだせない。じぶんが、だれかも、わかんない。
でも、さむくは、なかった。くらかったけど、へんに、おちついた。
なんでかは、わかんないけど。ここが、きらいじゃ、なかった。
だれか、こないかなあ。
そんなこと、ぼんやり、おもいながら。
わたしは、ずっと。だれかが、みつけてくれるのを、まってた。
+++
アイリの言葉は、ここで途切れた。
ライラさんが用意したお茶はすっかり冷め、研究所には、重い沈黙が満ちていた。
誰も、言葉を発さない。
アオも、シーカも。普段は飄々としているミホ先輩でさえ、難しい顔で口をつぐんでいる。
——そんな、ことが。
アイリが背負ってきたものの重さに、眩暈がしそうだった。
私の知らないところで、この子は、こんなにも苦しんで、たった一人で闘ってきた。
「……アイリ」
何か、言葉をかけようと思った。けれど、見つからなかった。
「ごめんね、ナナ」
すると、アイリがぽつりと言った。
「ナナの意識が途切れる病気は、私の所為だったみたい」
「そ、そんな……いいの。謝らないで……」
原因不明の入院。あれは、アイリが私の中にいたからだった。
それを責めることなんて、できるわけがない。
むしろアイリは、あのとき、私の身体越しで暮らしていく中で、自分を取り戻したのだ。
私がその助けになれたのなら、それでよかった。
その気持ちを伝えようと、口を開きかけた。そのときだった。
「……あの。ちょっと、待ってください」
ずっと黙っていたサクラちゃんが、青ざめた顔で口を開いた。
「……あなたがナナさんの身体に入っていたのって。ナナさんが入院していた頃ですよね」
「うん。だいたい、そう」
アイリが頷くと、サクラちゃんの顔はみるみる強張っていった。
ひどく、瞳が揺れる。
「じゃあ、あの病室で……私とお話してくれて、虐めから守ってくれたのは——ナナさんじゃ、なくて、あなた……だったんだ」
……そうか。
サクラちゃんが恋してきた相手は……ずっと想い続けて来たその人は、私の身体に入っていた、アイリと過ごした時間だったのだ。
「……でも」
サクラちゃんの声は、震えていた。
長く信じてきたものが崩れる音が、聞こえるようだった。
それでも、不思議と、声は穏やかだった。
「それでも私は、ナナさんのことが好きです。あのとき話していたのが……アイリ、だったとしても。今、私が好きなのは、目の前にいるナナさんですから」
顔を上げたサクラちゃんは、涙を潤ませていた。
でも、その目は真っ直ぐで。想いの揺るがなさは、彼女の魅力の一つだ。
「……さて」
ミホ先輩が、こめかみに手を当てながら、呟く。
「重い話のあとで悪いが、少し整理させてくれ。アイリの話で見えて来たことが、いくつもある」
ミホ先輩が、車椅子の上で腕を組んだ。ライラさんも、それに応じてコクリと頷く。
二人の雰囲気は、いつのまにか研究者モードへと変化していた。
「私もライラ嬢——DEMs側も、これまで、それぞれに、あの神のことを調べていた。わからないことだらけだったが、アイリの記憶と推測を重ねてみると、ようやく結び付きそうだ」
「とはいえ、所詮、憶測ですけれどね」
ライラさんは深く溜め息を吐いた。そして、咳払いをして、話を続ける。
「まず、神に意思や考えはない。これは、紛れもない事実ですわ」
「カエルム・テクノロジーズに見学しに行ったときも、職員がそう言っていたよな」
アオちゃんの言葉に、私とシーカは顔を縦に振った。
正解だと言わんばかりに、ライラさんはニコリと微笑んだ。
「長年解析し続けていた、神の出す電波や信号。あれは、ただ機械的に、情報のパターンを垂れ流しているだけですわ。そういう仕組みだから、そう動いている。それだけの存在ですの」
「しかし、その目的がわからなかった。考えはなくても、何の利点もないのにそんなことをするわけがないだろう? その理由が、ついに明らかになった。アイリの推測通り、活動のためのエネルギーを吸収するためだったと考えれば、辻褄が合う」
文化、技術、生活、道具……そういった情報を動力源にしている、ということなのだろう。
仕組みまでは、想像もつかないけど。
「そして、ある程度データを吸い尽くすと、神はその星を離れることになる」
「ん? 何で? ずっと寄生して情報を食べていれば、それで長生きできるんじゃ……」
「いいや、そうでもないよ、シーカ。このままでは、停滞が生じてしまう」
「あ……!」
頭の良いシーカは、ポンと両手を叩いた。ピンと来なかった私とサクラちゃんは、揃って首を傾げる。
その様子を見て、シーカは顎に手を当てた。
「例えば……そうだな。スポンジって、乾いてるときはたくさん水を吸うでしょ。でも、限界まで吸ったら、それ以上は吸えない。絞らない限り、新しい水は入らない」
「な、なるほど! 例え話うまいね、シーカ」
「…………」
私の言葉に、シーカは苦笑いして、顔を背けた。耳が赤かった。
なるほど、とは言ったものの、頭の中でゆっくりと噛み砕く必要があった。
規模が大きすぎて、実感が追いつかなかったから。
「だが、ずっと疑問だったんだ。神は、どうやって星を離れるのか……ってね。意思がないなら、自分から『もう行こう』とは思えないはずだ」
「……確かに。スポンジも、一人でに動いて、干されることはないですもんねぇ」
「サクラまで……もういいから、その例えは……」
シーカは呆れたように呟いた。でも実際、わかりやすかったんだから仕方がない。
ライラさんとミホ先輩も、うんうん頷いているし。
「その、スポンジを干す存在……もとい、外部からの接触が必要になるはずですわ。そしてその接触というのが、遺物。部品を星へ落として、新たに犠牲者を生むことなのではないかしら」
遺物。
私を非日常へと誘った、神からの贈り物。まさか、こんな風に繋がってくるなんて。
「遺物は、その星の生き物に化けて、誰かと親しくなり、権限を譲渡する……私の見立てではね。この親しくなって深く結びつくことこそが、肝だと予想している」
「? それは、どうしてですか?」
サクラちゃんが、首を傾げた。
「アイリとアイリのお友達は、恋に近い友情を育んでいたみたいじゃないか。そのときは正常に、権限が譲渡されたのだろう? それこそ、暴走するようなこともなく、ね」
「つまり、深い信頼関係を築いたうえで行わなければならない儀式、だったということですわ。西宮クロハは、ココナからも白波スナミからも、無理やり許しもなく行っていた。だから、譲渡がうまくいかず、暴走という結果になってしまったのやもしれません」
あくまでこれらは、ミホ先輩とライラさんの推測でしかない。
けれど、どれも不思議なくらい納得がいった。
「そして、権限を譲渡された側は、次の遺物となり、譲渡した側は解放される……そうやって、役目は受け継がれていくのだろう。アイリの友達がそうだったように」
「………………」
アイリは寂しそうな顔をして、俯いた。それほどまでに、かけがえのない存在だったのだろう。
アイリにかける言葉を探したけれど、何も、見つからなかった。
再び、重い空気で、研究所内が満たされる。
しかし、それはすぐに解消された。アオちゃんが、勢いよく手を掲げたからだ。
「ハイ、質問! じゃああの、願いが叶うっつー文言は、一体、何だったんだよ? ここまでの説明で、らしい推理は一つもねぇぞ?」
「ああ。それについては、二つのパターンが考えられる」
ミホ先輩は、顔の前でピースをした。
「一つ目は、遺物に役目を果たしてもらうためのエサ。惑星に放り投げた遺物が勝手な行動をしては、たまったものじゃないからね。それこそ、今のアイリみたいに」
アイリは確か、自壊したときにその文言を見たと言っていた。
じゃあ本来なら、それは遺物として落下する直前くらいに確認できるものだったのかもしれない。
何にせよ、確かめようもない、まやかしのようなエサだった。
けれど、縋るものがそれしかなかったのだとしたら……遺物は、その希望を頼りに、役目を果たすしかなかったんだ。
「二つ目は……」と、ミホ先輩が言いかけたところで、ライラさんが前に出た。
「二つ目は、バラバラになった遺物を回収させるためのエサ。もしこちらなのだとしたら、私たちは、狙い通りだったということになりますわね」
ライラさんの声は、いつも通り落ち着いていた。
でも、その言葉の中に、小さな苦さが滲んでいた気がした。
「……どっちにしろ、卑怯なヤツだな」
不機嫌そうに、ケッと鼻を鳴らすアオちゃん。その声に、私も同じ気持ちを重ねた。
意思も感情もない存在のくせに、こんなにも巧妙な仕組みを持っている。
神への苛立ちが、じわじわと、胸の奥から湧き上がってきた。
「それで、だ。ここからは推測ではなく、確実に言えることなのだが……」
ミホ先輩はアイリにゆっくり近づいた。
そして、手を伸ばして、彼女の背中に触れる。その仕草は静かで、穏やかだった。
「アイリと心が通じた者が、権限を受け取る。そうすることで、アイリは自由を得られ、かつ、植物状態となっている患者たちも、目を覚ます。……間違いないかな?」
「……うん」
アイリは、静かに頷いた。どういうことか聞くよりも前に、アイリの口が開く。
「おさらいだけど、ココナたちが眠っているのは、意識を覆っていた遺片の権限がなくなって、機能停止したせいだ。ということはつまり、そもそも、その遺片がなかったことになれば、意識は戻る」
私は、息を呑んだ。
遺物の権限は、移すことしかできない。
だから、願いが叶うという目の前のニンジンにつられていたけど……アイリの理屈が正しければ、確かに、遺物が役目を全うすれば、植物状態は治癒する。
でも。
その先を考えた瞬間、胸が、ざわついた。
「……でも、私が誰かに権限を渡したら、その人は、私と同じ末路を辿ることになる。何百年、何千年も宇宙を漂って、寝て、起きるだけ」
「………………」
アイリは表情一つ変えずに、吐き捨てた。
一度に全てを思い出してしまったからこそ、思うところがあるのだろう。
私には、その心情を想像することしかできなかった。
「じゃあ、権限を持ったままにしておいたら?」
サクラちゃんが、軽やかに言い放つ。部屋にいる全員が、同じ可能性を考えていたと思う。
……けれど、ミホ先輩は肩を竦めて、首を横に振った。
「残念ながら、そんな簡単な話ではないんだ、サクラ。……ここからは、また憶測になるが……そうなれば、神が、何か手を打つと思う」
そう言って、ミホ先輩はホログラムを起動させた。
たくさんの資料や論文がズラリと並んでいる。
その内容はいずれも、ここ最近で起きている異常事態に関するものだった。
「チップや、神由来の機器の異変。そして、街の人々が操られた事件。あれらは全て、神が仕組んだものだと私は睨んでいる。実際、電波信号で干渉はできるみたいだからね」
「え……で、でも、神に意思はないんですよね。それなのに、どうしてそんな……」
「そこまではわからない。が……アイリの自壊は、神にとってかなりイレギュラーな出来事であることは、間違いない。組み込まれた仕組みが、誤作動を起こしている可能性が高い」
「つまり?」と、サクラちゃんが呟いた。
「アイリが役目を果たさずにいることが、災いや混乱の引き金になるかもしれない、ということですわ。……こればっかりは、未知数ですけれど」
私は、言葉を失った。
アイリが権限を抱えたまま、何もしない。それは一見、平和な道に思えた。
でも、違った。アイリが動かなければ、神はそれを促すために、また人々を操るかもしれない。
今度は、もっと大勢を。
アイリが権限を渡せば、その相手が犠牲になる。
アイリが何もしなければ、神が人々を操り、別の犠牲が出る。どちらに転んでも、誰かが、傷つく。
その事実が、頭の中で、ぐるぐると回り続けて……ふと、思った。
私は、何のために、ここまで来たんだっけ。
全員が元の穏やかな生活に戻ること? ……いや、違う。それは今の目的だ。
私は……私は、アイリを助けてあげたいと、そう思っていたはずだ。
アイリは、自分を壊すことで、誰かを守ろうとした。
孤独の中で、たった一人で、その選択をした。それがどれほど苦しかったか。
同じ苦しみを、誰かにまた背負わせるくらいなら。
アイリも救う。全員も救う。
そんな、ワガママで自分勝手で甘い。けれど、決して譲れない願いを叶える方法。
それは、一つしかない。
「私が、神の遺物になります」
「……え?」
アイリが、素っ頓狂な声を上げた。全員の視線が、私に集まる。
「い……いやいやいや、ちょっと待ってよ」
珍しく慌てた様子のシーカが、私の両肩を力強く掴んだ。
ゴツゴツと骨ばった手が、微かに震えている。
「ナナ。お前、意味わかって言ってるのか? アイリがさっき話してた、あの生き地獄。アレを経験することになるんだぞ」
「うん。長い間眠らされて、自我も記憶も、すり減らされるんだよね」
私はシーカの手に優しく触れて、薄く微笑んだ。
「でも、いいの。私一人の犠牲で、アイリも、ココナさんも、レノちゃんも、スナミちゃんも、イチコ先生も元に戻るんだよ。その確証があるなら、もう十分だよ」
「駄目」
アイリは、茫然とした顔でこちらを見ていた。
近づくことはなく、ただただ、困惑の眼差しを向けている。
血が出てしまいそうなほどに、強く拳を握っていた。
「何を言っているの、ナナ。そんなの、絶対に駄目。あなたの自己犠牲精神も、いい加減にして」
彼女の言葉遣いと、態度と、言い分。
何も間違ったことは言っていないはずなのに、無性に、神経が逆撫でされた。
何故かは、わからなかった。
ただ、自分胸の奥で、何かがじりじりと焦げるような感覚だけがあった。
「経験してきたからわかる。どれだけ辛い目に遭ったか、伝わってないの? ナナに、あんな思いをさせたくない」
「でも、他に方法がないんだよ」
「…………」
「誰かの人生を犠牲にさせるのは嫌。私は、アイリと皆を助けたいの。たとえ知らない人にだって、遺物になってほしくない」
「私だって、ナナを助けたいよ!」
アイリが、声を荒らげた。肩が震え、拳がさっきよりもキツく握られている。
泣いているのか怒っているのか、もうわからないような顔だった。
そんなアイリを見ていたら、私の中の何かも、更に激しくかき乱された。
「ナナを犠牲にして助かるなんて、ちっとも嬉しくない! ナナがいなくなって、私が、皆が、平気でいられると思う!? ナナのいない毎日なんて、私は嫌だよ! そんな世界で生きたくない!」
「……じゃあ、他にどうしろっていうの!?」
気づいたら、叫んでいた。
喉が痛かった。自分の声が、自分のものじゃないみたいだった。
普段、こんなふうに感情が溢れ出すことはない。
それなのに、止まらなかった。止め方が、わからなかった。
「他の方法なんてあったとしても、探しているうちに、もっと多くの人が傷つくかもしれないんだよ!? それなら、私一人が我慢すればいい!」
「よくない! そんなの全然、よくないから!」
地団太を踏んで、大声と涙を出して。
言いたいことは山ほどあるのに、うまく言葉にならない。
感情だけが先走って、収拾がつかなかった。怒り慣れていないから、こんなにも不格好だった。
でも、私たちは二人とも、お互いを守りたいと思っている。
幸せでいてほしい。誰も犠牲にしたくない。同じ思いが、今、真正面からぶつかり合っていた。
短い間だったけど、私とアイリはずっと一緒にいた。
ゴミ捨て場で出会ってから、二人寄り添って、笑い合って、同じ布団で眠って。
一度だって、本気でぶつかったことなんて、なかった。
これが、初めての喧嘩だった。
火花が散るみたいに、二人の視線が交錯する。
私たちは、お互いに一歩も引かなかった。
あんなに近かったはずなのに。今は、アイリの心が、ひどく遠く感じた。
「……まるで、子供の喧嘩だな」
小さく、アオちゃんの声が聞こえた。シーカとサクラちゃんは、困った顔で頷き合う。
そんなことを言われても、私の心に沸き立つ熱は、もはや、収まる気配がなかった。
……けれど、その時。
「貴女たち、いい加減にしなさい」
凛とした声が、足元から聞こえた。
次の瞬間、身体に、ぬるい温度の水がかかった。ジャスミンの香りが、ふわりと漂う。
「あ……」
私とアイリは、一瞬にして、口をつぐんだ。
そして、濡れた服のまま、眼下のライラさんを見る。
ライラさんは、空になったカップを手に持ったまま、涼しい顔をしていた。
「醜い口論はそこまでですわ。それから、貴女たち、早合点しすぎです。まだ、肝心なところを言っていませんことよ」
「え……?」
「結論から言うと、ありますわよ。誰も犠牲にしない手段」
耳を疑った。
私は目を見開いたまま、アイリを見やる。アイリもまた、私の顔を見ていた。
さっきまでの熱が、嘘みたいに、どこかへ消えていた。
混乱する私たちを他所に、ライラさんの言葉は、続く。
「……ですが、これを達成するには、一つ、大きな問題を解決する必要があるんですの。わかっていますわよね、日賀志ミホ?」
ライラさんの視線が、ミホ先輩へ向く。
ミホ先輩の鋭く、そして淀んだその目には、苦さと、どこか観念したような色が、混じっていた。
「やれやれ。結局は、私とDEMsの因縁に結び付くわけか」
言っている意味が、わからなかった。
どうしてそこで、ミホ先輩とDEMsの関係の話になるのか。
神妙な雰囲気を醸し出す研究者二人を前に、この場にいる全員が、付いていけていなかった。
頭の上に、ハテナマークを浮かび上がらせながら、私たちは、次の言葉を待っていた。




