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2.孤独の中で

あわわわわ

1話抜かしてアップしてました……('ω')すいません

 陽が昇る前にヴィクトリアは王宮の執務室へ戻った。


 昨夜、手を付けられなかった分の書類を読み始める。

 彼女の毎日は夜遅くまで執務に明け暮れ、寝るためだけに公爵家の屋敷へと戻る……の繰り返し。


 王宮は王妃たちの監視の下で妃教育とは名ばかりの押し付けられた執務に追われ、親しくなるような存在はいない。

 無論屋敷もほぼ数時間の睡眠のために帰るだけなので、当主代理である伯父レグレンド伯の意向でもあるらしく専属の侍女すら居なかった。


 王宮の一室で寝泊まりしたほうが執務へ回す時間も増えるし、公爵家の私室を整えておく手間も省けるはずなのに、なぜかそれだけは許可が下りないままだ。

 未婚だから自宅以外の寝泊まりを心配でもしているのだろうかと、わかる範囲で伯父の意思を推測するしかない。


 

 王太子と婚約し、王太子妃としての教育が始まる頃、宰相が亡くなりヴィクトリアの味方と言える血族は誰も居なくなった。

 

 大叔父から与えられた高度な教育のおかげか、王太子妃として課せられた執務をあっさりとこなしてしまう。

 国王は未来の王妃の有能さに大いに喜び手放しで褒め称えたが、それが仇となる。

 

 何時しか王太子や王妃の執務をこなすのはヴィクトリアの役目となっていた。

 王妃の仕事は王宮の侍女や侍従たちの人事や季節ごとの予算設定と内向きの物が多く、過去の資料と照らし合わせればさほど苦労はせずに済んだ。

 外交や行政については前宰相の教えと教育があっても、一筋縄でいくものではなく苦難と苦労の連続。


 大叔父だった宰相の部下達も、最初のうちは助けてくれた。

 彼女へ手助けをした者たちは王妃の怒りを買い、宰相府の官僚や執政官のポストを奪われ左遷されていく。


 官僚の下で働く行政官たちは、上司たちが左遷されて行く姿を見てヴィクトリアへの気遣いをした結果を知る。

 彼らは常に、雇い主である王妃や王太子の意向に従うしか道はなかった。


 そして調べものや雑務に時間を取られるようになり、ヴィクトリアの精神は徐々に摩耗していく。

 

 大叔父の執務室にいた部下たちの輝かしい晩年が、彼女のせいで台無しになる。

 その不幸も、彼女が呼び寄せたのだと詰られた。

 

 守ってくれるものが居なくなった無防備な娘は、抗う術を知らずにいた。

 いや、抗えるはずもない。

 

 年を重ねるごとに減り続ける魔力量が、彼女自身の至らなさの証明のように思えてしまっていたから。

 

 

 いくつかの書類を確認し、問題点を指摘する。

 そしてすぐに次の書類へ視線を落とした。

 

『聖者は満月の夜、商業都市レザリアの神殿に到着。5日ほど滞在予定』


 定期的に送られてくる、凱旋中の聖者たち一行の動向を報告するものだった。

 魔王軍を撤退させたと皇国を介してヴィクトリアが初めて報告を受けたのはひと月前のこと。


 この報せも少し前のものなので、聖者一行はもうレザリアを発ちこちらへ向かっているだろうか。

 遅くてもあと数日で彼らは王都に入るはずだ。


 「聖騎士……いえ、今は聖者様なのよね。……やっとあの人が戻って来る」

 

 新しい報告書に目を通しながら彼女は小さく呟き、手早くサインを記す。


 最後に彼を見たのは出陣前夜。

 

 あの頃は王子達との個人的な交流を許されていなかったので、言葉を交わした記憶はない。

 もう顔はおぼろげだけども、夜の暗がりでも煌めくように輝く蜂蜜色の色彩を覚えている。


 王籍を離れたとはいえ、かの人は皇国の皇女であった第二王妃を母に持つ元第一王子。

 

 それにふさわしい式典を用意するために、様々な準備に勤しまないとならず仕事の量が増えた。

 必然的に滞りがちとなる内務の書類の山を見て、彼女はため息をつく。


「まあ、そのために早入りしたのだもの。従者さんが来る前に書類へ目を通して処理しておかないと」


 すぐに故郷であるこの地へ戻って来るものかと思っていたが、一行の歩みが予想より遥かに遅い事に助けられた。

 

 ——途中の街や村を転々と移動し、民たちに神の恩寵を与えながらの凱旋。


 報告書には彼が道中で起こした様々な奇跡も詳細に記されていた。

 立派なことだ、と歩みの遅さにヴィクトリアは納得する。


 聖騎士から聖者へと称号が変わったと神殿から報告が入った時も、彼の父親でもある王の喜びようはなかなかの見ものだった。

 聖者が幼い頃鬼籍に入られてしまった第二王妃様も、きっと天国で喜んでいるに違いないと彼女は思う。

 

 そのおかげで政敵でもあった第一王妃と、その息子である第二王子の機嫌がすごぶる悪いのだけども。

 それはいつものように嵐が過ぎゆくまで、従順に大人しく身を潜めていればいい。


 ただそれだけの話だと彼女は苦い笑みを浮かべる。

 


 陽が昇ってから数刻、いつもの時間に書類を受け取りに行政官の従者が入室してきた。

 入室するならついでにと言うように、彼の手には侍女から持たされているトレイ。

 トレイの上には冷めたお茶と数枚のクラッカー。


「……では、頂いていきます」

「ええ」


 最小限の会話とも言えないやり取り。

 一言告げた男はトレイを執務机に置き、代わりに処理済みの書類の束を抱えるように抱え持ち急ぎ足で退室していった。


 少し前までは行政官達が直接顔を出し、朝食代わりのお茶とクラッカーを摘まみながら雑談程度はしていた気がする。

 それもヴィクトリアの悪評に新しい要素が加わってからは、こうして従者を使いとして寄越すようになった。


 新しい要素。

 

 それはヴィクトリアが夜な夜な男を漁るために遊び歩き、寝室へ招き入れ淫らな行為に没頭している。

 ——王太子の婚約者でありながら、どうしようもないほど男好きの悪女……であると。


 はじめて聞いた時はもうどこの世界のお話なんだろうかと、ばかばかしくなるような作り話でしかないけれど。

 なのにその噂は他の噂同様、凄い速さで社交界に伝播していく。


 真偽は別として、そんな噂がまかり通る王太子の婚約者の傍に居ることで当事者にされる可能性がある。

 だから、従者たちは彼女に対して最低限の会話以上の接触を恐れているのだと。

 

 『王太子の婚約者との不貞』

 

 準王族相手の不貞など、当事者になれば貴族であっても家門ごと処分されるやもしれない。

 平民であればその場で処刑されても不思議ではない罪になる。

 だから、あの対応も仕方が無い事だとヴィクトリアは思うようにした。


(こうなるとひしひしと感じるわね。……王太子……ザクセン様が私との婚姻を嫌がっているのだと)


 再び一人になった部屋でヴィクトリアは物思う。


 魔力が減り始め、呪われた娘だと言われ始めた頃から、徐々に彼からのあたりが強くなった。

 

 亡くなった女公爵である母親に代わって公爵家を取り仕切り、今や公爵代理として我が物顔で屋敷に住まう伯父、レグレンド伯爵。

 そのレグレンド伯爵の愛娘であり、ヴィクトリアと一日違いで生まれた従妹のサフィリア。


 彼女がデビュタントを迎え社交界へデビューするようになると、噂はより悪質な方向に変質していたのだった。

 

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