1.公女ヴィクトリア
続きです。
――その頃、水晶に映し出された少女は……。
「……ん、……?」
数回寝返りを繰り返し、無意識の中でも微かな魔力の流れを感じ取った少女の瞳が薄く開く。
数回瞬きを繰り返した後覚醒した意識の中、眠気が失せたと諦めて体をゆっくり起こした。
「……気のせいかしら、誰か居たような気がしたのだけど」
――誰かの気配。
確かに感じたそれは目覚めるとともに霧散した。
夢だったのね……とヴィクトリアは首を傾げながら、寝台の傍の窓へ視線を向けた。
外はまだ夜の闇に包まれている。
彼女の名はヴィクトリア・レーベ・ド・エルウィンザー。
建国時代から名を連ねる歴史ある名家、筆頭貴族エルウィンザー公爵家ただ一人の公女。
母親は大魔法師と名高かった、エルザ・ルイ・ド・エルウィンザー女公爵。
その母を凌ぐ強大な魔力を持って、聖なる星が降る夜に神の加護の元ヴィクトリアは生を受けた。
眩い白金の髪、陽光のように煌めく金の瞳そして薔薇色の頬。
歴史ある気高い血筋、神の祝福を与えられた全てを持って生まれた尊い嬰児。
誰からも愛される運命を背負っていたはずだった。
——彼女が生まれる少し前のこと。
ヴィクトリアを身ごもってすぐ、女公爵エルザは自身の命が残り少ない事を知る。
胎の子と自身の命どちらかを諦めるしかないと医師に問われた女公爵は迷うことなく子供を選んだ。
娘の成長を傍で見守ることはかなわない……と、エルザは、自身の運命を理解するとともに娘のために準備をしていく。
当時宰相だったエルザの叔父リヒャルトも彼女への協力を惜しまなかった。
エルザは我が子の立場を強固なものにするため奔走する。
そして、生まれる前から王太子との婚姻の約束を国王と結ぶことに成功した。
ある冬の夜。
聖なる星が夜空に降り注ぐ。
エルザの命と引き換えにして、神の祝福を受けながら尊き嬰児が生まれ落ちた。
ヴィクトリアの誕生と女公爵の死。
聖なる星が降った吉兆よりもなぜか強調された不幸話として、宰相の手の届かぬ社交界に広がっていった。
噂好きの雲雀のように宮廷の貴族たちは、公爵家の不吉な噂を聞きここぞとばかりに群がりさえずる。
不幸な噂は憶測を呼び、悪意を織り込みながら更に広がり真綿に包むようにヴィクトリアを包み込み始めていた。
ただ彼女の傍には母の叔父、彼女にとっては大叔父である宰相リヒャルトがいる。
彼が健在なうちは、彼の庇護を受け世間から離され穏やかな日々を過ごせた。
そしてリヒャルトも大事な姪がこの世に残してくれた、公爵家の宝であるヴィクトリアに高度な教育を施していく。
母親は娘が生きていくための立場を残し、大叔父の宰相は将来王族になる幼い娘へ知識と教育を授ける。
それが娘の幸福につながると信じての事だった。
王太子が選ばれ、ヴィクトリアとの婚約が結ばれる。
それでもなお、呪われた公女という悪い噂は、徐々に広がっていく。
宰相がどれだけ細心の注意を払っていても、王宮中に飛び回る煌びやかな雲雀たちの囀りを全て消すことは叶わなかった。
不幸なことにヴィクトリアが十二歳になった年、リヒャルトも天へと旅立つことになる。
母親同様、最後まで彼女の幸せだけを願い彼女に生きる術を命が尽きるその日まで教え続けた。
——ただ二人は最後まで、ヴィクトリアの身近に潜む大きな悪意の存在には気づけずにいた。
リヒャルトの庇護を失う少し前から、ヴィクトリアの魔力に陰りが見えるようになる。
大魔法師を凌ぐと謳われたヴィクトリアの魔力は年を重ねるごとに弱くなり、デビュタントを迎えるころには平民並みに落ちてしまったのだ。
それは娘のために命と引き換えに天へ上った母親の死に対して、悪意を持って噂に関連付けされた。
『母親の魔力と生命力を奪い取って生まれて来た呪い子。その能力は所詮借り物でしかない』と。
大叔父の庇護を失ったヴィクトリア。
払拭すら出来ない悪い噂は鋭い刃となり心を傷つけ、いつしかヴィクトリアの全てに重くのしかかっていた。
「今から眠りなおしても無駄ね。……仕方ない、王宮へ戻ろう」
小さく呟くと身支度を整えてヴィクトリアは侍女を通じて馬車を呼ぶ。
こんな時間にごめんなさいと侍女や御者に謝りながら、ヴィクトリアは馬車に乗り王宮へ戻っていく。
日も登らぬ早朝から、星も眠る深夜まで執務へと追われる日々に心がすり減っていく気がした。
――心がなくなってしまえば、楽になるのかしら。
月のない夜。
小鳥たちも今は夢の中。
ヴィクトリアの問いかけに答えてくれる者は何処にもいない。
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