女神の湖
「────何で……」
ー他人の……空似?いや、違うー
『……無事に、還って来れたんだな。』
似てるだけの人なら、そんな言葉は出て来ない。
「だって、湖に沈んで………」
「うん」
「もう無理だって……」
「うん」
ーどんな思いで…その言葉を受け入れたと思う?ー
「ルー……」
「ウチの姉ちゃんに何してんだ!?」
「─っ!朋樹!?」
話が終わって戻って来た朋樹の目には、“イケメンに泣かされている姉”に映ったのだろう。姉思いのツンデレ弟がルーファスさんに突っ掛かって行く。
ー私の為に怒る朋樹が可愛い!じゃなくて!ー
「違っ──朋樹、ちょっと落ち着いて!」
そこは何とか朋樹を落ち着かせてから、「話は後で──」と言う事で、取り敢えずパンケーキを美味しくいただいて、朋樹と一緒に店を後にした。
「姉ちゃん、またちゃんと説明するように!」
ツンデレな可愛い弟は、今日は時間が遅かった事もあり、私を独り暮らしをしている部屋迄送り届けてくれた後、そう言ってから実家へと帰って行った。
ーいやいや、私が説明して欲しいぐらいだからね!ー
これ、絶対、菊花さん達も関わってるよね?
「──菊花さん!!」
どこへともなく声を上げて菊花さんの名を呼べば、足下に魔法陣が現れた。
転移させられてやって来たのは、千代様の居る空間?部屋?だった。
着物を着ている千代様が、ニッコリ微笑んでカウチソファにゆったりと座っている姿は───なんとも言えない色気が溢れ出ている。
そんな千代様の前で、私に向かって、またまたリアル土下座をしているのは菊花さん。三角のケモミミはペタンと閉じられていて、三つの尻尾は床にへばり付いている。
『私も、“女神の湖”の事は知らなかったんです!』
それから聞かされたのは──
“女神の湖”とこちら側の世界が繋がっている
と言う事だった。但し、向こう側からこちら側への一方通行で。
過去にも召喚されて、向こう側に残った者が居る。彼等は自分で残る事を決め、女神の加護もあり、その世界に馴染む事ができたのだが、その子供、孫──と世代を超えていくうちに、向こう側に馴染めない者が現れる事があるらしく、その者達をこちら側に掬い上げる為に、あの湖を創ったのが千代様なんだそうだ。
『──あの湖に沈んだ者は……この地には二度と上がって来る事は無いわ。私が掬い上げる事もできないの。』
つまり──
“あの湖に沈んだ者は、あちら側に馴染めない者で、沈んだ後は、こちら側の神様─千代様にしか掬い上げる事ができない。だから、二度と上がって来ない”
「勿論、俺もこっちに来る迄、そんな事は全く知らなかったけどね」
「─っ!ルーファスさん!?」
どうやら、ルーファスさんもここに呼ばれたらしい。
そして、ルーファスさんから、あの時の話を聞いた。
ルーファスさんは、あの時、どんなに藻掻いても足掻いても引き摺り込まれて行く事が止められず、本当に死を覚悟したそうだ。そして、元の世界へ還りたがっていた私が気に病む事が無いように、“絶対に還れ”と私に言ったと。
ーその気持ちは……分からなくもないけど、それはそれで辛かったけどね!?ー
「って事は……ルーファスさんは、向こうの世界に馴染んでなかったって事ですか?」
『それは違うわ。隠さずに言っておくけれど…ルーファスは大きな怪我を負っていたでしょう?』
そうだ、私を庇って魔犬に噛み付かれて──
『危ない状態だったから、向こう側との繋がりを切って、こちら側に繋いで掬い上げたのよ…新たな生をスタートさせる為にね。それに…丁度良かったのよ。志乃をこれ以上向こう側に留め置く事はしたくはなかったし、志乃には……幸せになって欲しかったからね。ルーファスがこちら側に居れば……向こう側には何の心残りもないでしょう?』
「それは…確かに、私には無い……けど…」
チラリと視線をルーファスさんに向けると、ルーファスさんはフワリと微笑む。
「俺にも心残りは全く無いと言えば嘘になるけど、後悔などはしていない。どうせ、向こう側では死んでいたかもしれないし……それに、俺は……ウィス──志乃と一緒に居られるなら、どこでも良いんだ。」
「ぐは───っ」
ー油断した!まさか、ここで砂糖口撃を喰らうとは!ー
「あぁ、勿論……志乃が嫌なら……物理的にも精神的にも距離をとる。」
「──くっ…」
ー何なの!?その捨てられた狐─じゃなくて、犬みたいな顔は!!卑怯だ!ー
「───いっ…嫌とは言ってませんよ!」
「良かった。」
「ゔ──っ!」
至近距離での満面の笑顔な顔面攻撃は勘弁して欲しい!
『それと、ルーファスも私の“愛し子”にしてあるから、向こうから干渉されても転移する事はないから安心してちょうだい。もし、何かあったら……何でも菊花に言うと良いわ。』
と、ニッコリ妖艶に微笑む千代様と、正座したままコクコクと必死に頷いている菊花さん。
ーあぁ、菊花さん、まだ千代様に赦されてないんだー
「えっと……分かりました。ありがとう…ございます。」
と、取り敢えずお礼を言った。




