パンケーキ
「神咲さーん、いらっしゃいませんかー?」
「はい!居ます!」
還って来ました!
玄関の扉を開けて、「宜しくお願いします!」と引っ越し業者の人に挨拶をして、私の普通の時間が始まった。
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それからは、独り暮らしを始めたと言う事もあり、あっと言う間に月日は流れて行った。慣れない家事に苦戦していると、時々菊花さんが助けてくれた。
そんな菊花さん。こっちに還って来てからも何やら忙しいようで、大学には来ているけど、週末の殆どは千代様の元へと行っているようだった。
『まだまだ仕上げが──』
と、イマイチよく分からない事を言っていたけど、私も私で、バイトや学業でいっぱいいっぱいで、菊花さんの事を気にしている余裕はなかった。
大学が夏休みに入り、ようやく時間に余裕が出て来た頃──
ようやく手に取ったのは、赤いピアス。
還って来た時、真っ先にした事が、この世界に置いてあった赤いピアスを確認する事─だったんだけど、置いてあった筈の場所にソレが無かったのだ。
どこを探しても見付からなかった。引っ越しの時に失くしてしまったのか、逆に、ピアスがまた向こうの世界に飛んで行ってしまったのか──
「はぁ……どこに行っちゃったんだろう──」
今、私の手元にあるのは、3人の色の石の付いたピアスと、黒色の鞘に収まっている短剣と、片方だけの赤いピアス。
忙しくて思い出す暇もなかった。
「ルーファスさん……」
ー私、約束通り、ちゃんと還って来ましたー
「………………」
駄目だ。泣くな。
ピンポーン──
家のインターホンが鳴り、グイッと手で目に溜まった涙を拭ってから、慌てて玄関へと向かった。
「朋樹!どうしたの?」
やって来たのは、私の可愛いツンデレな弟の朋樹だった。
「姉ちゃん、ちょっと今から付き合ってよ。」
ー相変わらずウチの弟が可愛いー
勿論、朋樹に誘われたら、喜んで付き合うしかないよね!と、少し部屋に上がって待ってもらい、出掛ける準備をしながら朋樹の話を聞く事にした。
なんでも、最近この家の近くにカフェがオープンしたそうで、そこに行ってみたいと。オープン当初から人気があるみたいで、いつも満席状態で、しかも殆どが女性客らしく、どうしても男1人では入り難いから、私に一緒に行って欲しい─と言う事だった。
ー“ツン”が発動しているー
それが本当の理由なら、友達とでも行けば済む話だ。
多分、私が元気が無いから──誘ってくれたんだろう。姉思いの可愛い弟だ。
ーそう言えば…ブランは元気にしてるかな?ー
そうしてやって来たのは、こじんまりとしたお店だった。時間的に夕方前だったからか空いていて、待ち時間無くお店に入る事ができた。
案内されたテーブルには、小さい花のブーケが飾られている。
「ここの一番人気はパンケーキらしいよ」
「パンケーキ………」
朋樹の言葉に、少しだけ胸が痛んだりしたけど、お勧めなら─と、私はベリーのパンケーキ、朋樹はマンゴーのパンケーキを注文した。
「うぉーめっちゃ美味しい!」
「…………」
「フワフワの見た目に騙されたー」
「…………」
「ん?姉ちゃん、どうしたの?ベリーは美味しくなかった?俺のやつと交換する?」
「…………あ…違……くて……」
♪~♪~♪~♪~
「あー……姉ちゃん、ごめん。ちょっと電話するから、ちょっと離れるね。パンケーキ、交換してても良いから」
そう言って、朋樹がスマホを手にして店の外へと出て行った。
「…………」
厚みのある見た目フワフワのパンケーキなのに、もっちりしている。少し蕩けた感じの生クリームが掛かっていて、食べてみると、見た目に反して甘さ控えめのベリー系の味がするサッパリした感じの生クリーム。
『色んな意味で裏切られた!』
『──くくっ…気に入ってもらえた?』
『はっ!─はい、すごく美味しいです!』
世界が違っていても、ある意味繋がっているから、同じような味の食べ物が出来上がるんだろうか?
“同じような”──違う。
“全く同じ味”のパンケーキだ。
「───っ……」
ー泣くな。向こうの世界で食べた時は笑えていたでしょう?ー
朋樹が戻って来る前に、ちゃんと「美味しい」って笑えないと──
「お客様、どうかされましたか?」と、店員の女の人が心配そうに声を掛けてくれて、「あ、すみません。大丈夫です。ちょっと…目にゴミが入ったみたい───」
「──ここは俺に任せて、三上さんはレジをお願いできる?」
ーえ?ー
「あ、オーナー。分かりました。それでは、失礼しますね。」
そう言うと、女の人はレジへと行ってしまい、座っている私の後ろに、“オーナー”と呼ばれていた人が立っている。
「……」
「大丈夫?」
「………」
「何かあった?」
「……“何かあった?”って──」
ーあり過ぎじゃないかなぁ?ー
「……無事に、還って来れたんだな。」
「───っ!!」
ポンッと、頭を優しく叩かれて、更に涙が溢れて、遂に私もおかしくなったのか?と思いながら、後ろを振り返ると───
そこには、あの時最後に見た笑顔と同じだけど、銀髪に黒色の瞳のルーファスさんが立っていた。




