セイクリッドフォースオンラインVRはクソゲーである
“to:運営
拝啓、プレイヤーの皆様
セイクリッドフォースオンラインVRをご贔屓にして頂き、誠にありがとうございます”
それは、突然の通達であった
酒場の席で俺は目を凝らすようにその端末を睨む
“セイクリッドフォースオンラインVRはこの良き日を境に大きくアップデートすることをここに発表します”
そこまで読み終わると俺の体が光だす
おいまて。なんだなんだ!
アリスさん、ピタゴラスが光ってる!
な、なんでしょうねこれ。どのような演出ですかね
同所にいた二人の声が遠くなるように感じた
“セイクリッドフォースオンラインVRは主人公にピタゴラスを添え、それを導くカナンとの冒険を物語の中心とします”
いや。待て待て聞いてないんだが
思いつつ、今度は文章ではなく念話のような形で通達は続く
“ーーどうでしょう。ピタゴラス。これがわたしができる最大の譲歩です”
貴様最初からそのつもりだったろおおお!
その叫びはけして音になることはなかった
その通達はプレイヤーキャラクターへの侮辱であるはずだった
実際、そのアップデートによって所謂自分が主人公として遊んでいたプレイヤー達は居なくなっていた
しかし、それでもこのゲームは存在していた
新人のチュートリアルするためだけに作られたそのワールドはどこかセイレーンといた心の中を思わせた
匠の遊び心というやつなのだろうか。あいつが匠なのかは別としても
「チュートリアルを勤めるピタゴラスだ
新人諸君、よろしくな」
物語が俺中心に動くのなら、新人教育をすればいいじゃない
まるで禅問答のようなカナンの閃きに救われた形である
流石導く人であると感心せざるを得なかった
チュートリアルスキップの石碑に触れる者も端目に納めつつ
基本動作等の様々な説明をした
「ピタゴラスさん!」
新人達はぼやけてグラフィックすらわからない
なんとなく片手を挙げたのだと分かってなんだ、とそちらをみる
「強くなるコツはなんですか!」
今日もその質問に出くわした
強くなるコツ。確かに誰でも人より強くありたいと願うものだろう
「このゲームにおいて強くなるということは色々あるが
セイクリッドと仲良くなること。それが一番の近道だろう」
ありです、という感謝の言葉にそれらしく頷く
空間が大きく輝き、ぼやけていた新人たちの姿がはっきり目に見えた。みんな良いセンスしている
それは、合図でもあった
この者たちを送らなければならない
「さぁ各々手を掲げ、セイクリッド・コールと告げろ!
そいつが最初の試練だ!」
「セイクリッド・コール!」
幾人か死んだ目の顔も確認しつつ
俺は新人の最初の試練を見送った。そして、ゴブリンでも恨まないでねと願った
「ピタゴラスーっ!」
終わったか、と肩を落としていると後ろから細腕に包まれる
セイレーン。セイクリッドコールという都合上、彼女はもう常にその場に出ているような存在であった
俺を主人公にするという暴挙は恐らく、セイレーンの監視が主であることは間違いはない
しかし、全く悪さをしないどころかいつもとかわらず愛らしいので気にしすぎだったのではと常々思っている
「セイレーン……まぁたキミはそうやってピタゴラスくんにベタベタして。あまり引っ付くと溶けてしまうよ?」
「俺は綿菓子かなんかなのか。マリン」
そうだよ、と短く返事をするマリンはたまにこうしてこのワールドに遊びに来るのだった
セイレーンの中に良からぬものが存在すると知るといてもたってもいられなかったようで頻繁に訪れていることもあったが、今はそうでもないらしい
「むー……溶けちゃうのはやだからマリンに抱き付いちゃえ!」
「ぐはっ。は、離れなさい。こっ、このぉ頭をなでないでぇ!」
離れろ離れろといいながら顔は正直である
二人の仲は少しずつ修復し、今はこのようにじゃれあう仲である。尊すぎません?
「あっそうだ。マリン。これ」
ふと、思い出したようにセイレーンはマリンを離すと片手を差し出してつばの大きな帽子を取り出した
えっ。とマリンはその場に固まった。処理が追い付かないようだ
「なくしたって、聞いたから」
「そう、だったんだ」
マリンはそれを割れ物のように包むと大切そうに抱き締めた
「……ありがとう。セイレーンちゃん」
マリンは少し声を落としてそう告げた
セイレーンから帽子を返してもらったことがどれだけマリンに救いになったかはわからない
これもその一つになってほしいと俺は願った
「しばらく待ってみたが新人は来ないな。一度酒場に戻ろう」
俺の言葉に二人は顔を見合わせ、大きく頷いた
「あっ。ピタゴラスさん!」
酒場に転移するとエルフようじょがこちらにかけ出してくる
本当に待たせていたようだ。知っている面々が顔を連ねている
「待っていました。共に今回はカルキノスを共に狩りましょう」
リーダー氏にああ、と頷くとぽんと肩に手を置かれる
「無理するなよ。ピタゴラス!
あー……でもセイレーンがいりゃ大丈夫か!」
メイ氏に俺は視線を送りそうだな、と笑った
二人は今もこうして連れ添ってダンジョンを潜る仲だ
かけがえのないものだと俺は思う
「や。ピタゴラス」
先に進むと、長く見知った顔がこちらを向いた
褐色体育会系美少女、カナンだ
紆余曲折のうち、今はセイクリッドではなく主人公の導き手としてその役割を今も勤めている
「あたしも参加するよ。いつかのリベンジもしたいしね!」
カナンは片腕で力こぶを作った
大変だ。カルキノスさんがしんでしまう
「皆様揃いましたね。これだけの大所帯ですし、飛ぶまえに皆で意気込みをいっていこうじゃありませんか。ほら。円になって座って」
リーダー氏の提案に俺は大きく頷き、促されるまま地面に座った。両隣はセイレーンとカナンだ
確かにこんな機会は滅多にないことかもしれない
「よーし。じゃあ自分から。知っての通りカメトキとの連携が得意だ。だから、今回は槍を持ってきた。これなら水中でも息を保てるし、カメトキとの行動もスムーズになると思う」
立ち上がったメイ氏のガチ傾向な言葉に一人うんうんとわかったように頷き頼もしさを覚える
こういうとき、率先して意見をだすのも実にらしいなと思った
思えば最初は恐い人、という印象しかなかったが、それは誰よりも冷静で責任感があるからだと今はわかった
メイ氏の機転には何度も助けられているし、それは今回も変わらないだろうと思う。俺はメイ氏に皆と一緒に拍手を送った
「じゃあ次はあたしね。メイと同じく、槍を持ってきてみた。これでリーダーちゃんの助けを借りずに潜れると思うんだ。がんばるよ」
いいですよー、だとかかわいい、だとか
主にリーダー氏とメイ氏がヤジをとばした
カナン。彼女に対して抱くものは多い
親であり、幼馴染みであり、戦友でもある彼女にはこれからも頼ることになるだろう
導き手。うまい位置を考え付いたものだとここだけはあいつを褒めたかった
俺は少しだけ頬を染めたカナンへ笑いかけながら拍手を皆で送った
「はい、次はわたしですね
風怒風撃ちからの三手半、最悪コールでいきます……あ。でも今回は引率役でした。残念です」
しゅんとしたエルフようじょにメイ氏が早口言葉かよ、と突っ込んだ
「と、とにかくですねぇ。皆さんの安全を護ります
それに徹します。大人しく」
あとメイさんは後でお仕置きですと続いた
えぇ、とメイ氏は蛙の潰れたような声を出していた
リーダー氏。勿論それは愛称で、プレイヤーネームはアリスさんだ
俺が今もここにいる切っ掛けともいえるとても面倒見の良い皆のリーダーだ
今回の戦いでも、その叡知を駆使してあらゆる困難に対応してくれるだろうと思う。頼りすぎないように気を付けよう
先のやり取りもあり、拍手を迷ったが周りがしたので俺もつられて拍手をおくった
「ええっ、ワタシもやるの?」
やれやれーとのセイレーンの言葉がとぶ
このパーフェクトセイクリッド、ノリノリである
「……えっと。ワタシはセイレーンの補助です。いないものと扱っても構いませんが、セイレーンにもしものことがあったら役に立つと思います」
なんだか、緊張しているのか妙に言葉が堅いのは否めない
堅いぞー、との俺はヤジをとばしてみると、マリンはいつもの勢いを取り戻した
「ワタシってそんなにちゃんとしてなく見えてたの!?」
そんな吐露に思わず苦笑を浮かべた
貴女はとてもしっかりしていると思います
マリン。セイレーンへの思いは俺より深いかもしれない、そんなラスボス的なにかである
その思いの深さゆえにあえてセイレーンに嫌われるようなことをしたり、おどけるような態度をして彼女を突き放していた
今はそのような様子はなくセイレーンと自分が慕っていた人魚姫を重ね合わせ、実に仲睦まじい姿がよく見られる。爆発しろ
戦闘におけるマリンの評価ももはやいうまでもなく高いので、いるだけで安心だ
文句なしに大きく拍手した
「次は我ーーわたしだね。ピタゴラスの敵は死にます。以上です」
おのれ爆発しろ! とのマリンのヤジがカナンのツボに入り、爆笑していた。俺もつられて笑ってしまう
セイレーンは……もう何がってことがない。パーフェクトだからだ
世界で一番幸せになってほしい。あえて表現するならそんな存在である
セイレーンは俺に向かって穏やかな笑みを浮かべていた
息をのむほど美しかったので、拍手が遅れた
「で、最後は俺か!」
俺が立ち上がると、よっ主人公とのメイ氏のヤジがとんでくる
がんばってーとのパーフェクトな黄色い声援には答えたいが、穴があったら入りたい気分だった
「カルキノスは一度倒したところを見た。つまり、攻略法を知ったわけだろ」
ほうほう、とリーダー氏の声が上がる
そうだ。俺は忘れていないぞ。確か腹と背中が弱点だろ
「俺は単純なやつでそれを再現するだけなら得意だ。必死こいてついていくよ」
おう、がんばれとかとばすメイ氏にガッツポーズを向ける
「しかしまぁ、負ける気は微塵もしない。主人公らしいとこ見せてやんよ!」
暫しの沈黙のあと、皆堪えるように笑っていた
やや受けである。やめてくれ。今埋めてくれ
そんななか、すらっとした手が挙げられる
カナンだ。質問だろうか?
「はい、カナン。どうした?
さっきの言葉を忘れつつ答えてね」
カナンはふふ、と笑って立ち上がると口を開いた
「ねぇ、ピタゴラス。今、楽しい?」
確かにその質問へのまともな解答をしてこなかったように思える
だから、正直な気持ちを今伝えた
「ああ。最高だ」
(完)
今まで応援頂きありがとうございました
AIの主人公、ピタゴラスの話はここでおしまいですがこの作品をまた違う形で描くこともあるかもしれません。期待したりしなかったりしてください
本当にありがとうございました




