最後の試練(2)
「話が違うよ、イリエナ」
「マリン……どうやってここへ」
運営は片眉をあげて声を震わせた
マリンはこちらに歩み寄ってきた
状態がわからない。警戒するように両掌を前に構えたが
マリンは降参したように両手を上げた
「やあやあ、久しぶりだね。ピタゴラスくん
髪切った?」
髪は特に切ってない。首を横に振った
真面目か、とマリンに片手でぽす、と突っ込まれる
敵意がない、というのは伝わった
「元気そうで何よりだ。マリン」
「ほんとはセイレーンちゃんとも感動の再会といきたいんだけれど、それは厳しそうだね。残念だ
いや、けしてキミの顔が不服だと言っているわけではないんだよ。むしろ……あっ。この先は行動で示すから。チャンネルはそのままで」
相変わらずよくしゃべる奴だ
構えを崩さないままそんなことを思った
「運営は今反則級の力を持っている。気を付けろ」
「言われるまでもないよ。一度戦った」
戦ったのか、とマリンに顔を向けるとマリンは大きく頷いた
「そのときは負けちゃったんだけれどね
不意打ちだったり、色々とコンディションも悪かったからノーカウントかな。ねぇイリエナ」
運営は黙ってその場から飛び退いた
ただ片手をこちらに翳し、何事か言葉を重ねると地面の砂が浮く
「あっ、あれ一発で決める気だね」
「そうか。じゃあのんびりしてられないな」
俺も両手を正面に向ける
なにがあってもこれで水流を放てるという寸法だ
運営の回りを電流が走り、片手の中にそれが集まっていく
あれはもしかしたら発動してからでは間に合わないかもしれない
「俺が先手を取らせてもらう!」
ビリーヴ。俺は強い水流を前に放った
マリンは隣でなるほどなるほどと感心したように頷いていた
「ライトニング・ボルテックス!」
ひとつ衝撃を感じ運営から放たれた雷は容易に水流を貫いた
ほぼ全力だったに関わらず、相殺だった
「そもそも、水で雷に対抗しようというのが無茶だ。ピタゴラスくん」
「悪いがこれしかできないもんでね」
両手を向けた運営から目を離さず、マリンに皮肉った
もう一度くる。それを裏打ちするように地面の砂がまた浮いた
「片手を借りるけれど構わないね」
断りもなしに運営に向けていた片手をマリンに奪われてしまった
まるで空中で力くらべでもするかのような形に重ねられる
「ビリーヴは心の繋がり。そしてたとえ離れていても支えるというワタシ達の絆がもたらす奇跡」
抗議するようにマリンに顔を向けたが真剣な顔を向けられてしまった
わかったように頷いておく
「キミは面白いね。確かにスゴい再現性だとワタシは舌を巻いた
でも、それだけに惜しい。専門家からみるとほんのちょっぴり足りないから」
今は特に必死だからな。圧倒されたのもあってはんば苦笑する
運営の両手に収まる雷は先程の比ではない。あれを受けてはいけないと直感した
「言ったようにこれの本質は心の繋がりなんだ
特にワタシや、セイレーンとの心の繋がり。要するにはそれを意識してくれれば十分。些細な差だが、これが大きい」
「心の、繋がり……」
そうだ、とマリンは恭しく頷く
セイレーンを意識しながら放てということだろうか
確かに、それなら簡単そうだ
「ライトニング・ボルテックス!」
「ほら。空気を読まず撃ってきた
追い詰められてる証拠だと思わないかな?」
地面から水で出来た人形を多く発生させて、運営が放った雷の威力を殺す
マリンは何度かそんなことをした
「今だ。ピタゴラス」
「ビリーヴ!」
いくぞ、セイレーン。言葉には出さず放つ
おお、とマリンは唸った。どうやらこういうことだったらしい
「かー、しぶとい。しぶといねぇ」
「しぶとい……?」
水流で前が見えない。まだ耐えているのか
うん、とマリンは頷いた
「魔力はワタシが補助してる、ピタゴラスくんとセイレーンちゃんとの絆は言うまでもなし、うーん……運営といえどこれで倒せないというのは流石に考えにくいのだけれど」
マリンの言葉を噛み砕く
絆……絆か。この段階で足りないとするとそれはセイレーンの存在だ。しかし、ここまでくるとそれは避けたい
運営はセイレーンによくわからない執着を向けている
ここで変に出して危険が及ぶことがあれば目も当てられないからだ
では、どうするのか。幸いにも、他の案が思い当たった
「必要なのはマリン……君の力なんじゃないか?」
「ワタシの力?
まぁ確かに効果的そうに見えるけど、キミのビリーヴを調整してる分小さくなっちゃうんだよね。ぶっちゃけそんなに変わらないと思うのだけれど」
そういう話ではない。俺は首を横にふった
えっ、とマリンは素頓狂な声を溢す
「俺がセイレーンに向ける情とマリンがセイレーンに向ける情は同じなようで違う」
「し、しかしだねピタゴラスくん。ワタシはセイレーンちゃんとはちょっと確執があって複雑なんだ。事情を知らないわけでもないだろう?
この大詰めにそんな中途半端なことをしていいものなのかな?」
マリンという人となりがより深くわかった気がした
水流は衰えを知らない。些かやりすぎのような気もしなかったが、それで足止めできているのならば価値があった
「けして中途半端じゃないさ」
えっ、とマリンはまたも素頓狂な声を溢した
二人は十分苦しんだ。もう許されていいはずだ。それは願いでもあった
「どど、どうなっても知らないからね!
本当に撃つからね!」
マリンの実に頼りない言葉にああ、と俺は頷く
系統は違うが、変なところがセイレーンと似てるなと笑った
「ビリーーーヴ!」
マリンは叫んで片手の掌から水流を放った
予想した通り、その思いは大きく俺の水流と競うようであった
「負けました」
随分と意識をはっきりさせて運営は大の字に倒れていた
流石に運営。しぶといやつだ
「はい、ワタシたちの勝ちぃ」
「ああ……そうだな」
マリンとハイタッチしつつ見回すとカメトキがのしのしとこちらに歩いてくる
カメトキが生きているということはメイ氏も生きているということだろう
「約束通りカナンさんは差し上げます
おめでとうございました」
嘆息して運営は天を見ている
なんだかどうでもよくなってしまったかのような目だった
「ひとつ、気になることがある
運営。なぜセイレーンに拘った?」
ふーむと運営は倒れながら唸る
言葉を選ぼうとしているのだろうか
「セイレーンというセイクリッドは不完全でした
まず、これを謝罪しなければなりませんでしたかね」
そうか、と俺が溢すと運営はなんだか反応が薄いですねと返す
それを今さら言われてもな
「不完全な状態でなんの因果か、完璧な正義の味方であるピタゴラスのセイクリッドになったわけですね
ただ、そこまででしたら問題にならなかったんですよ」
今度はこちらが唸る順番だった
皮肉も交える運営の言葉はどこか鬱憤を晴らすようであった
「バグです。それもこの世界において致命的なバグがセイレーンの中に眠っておりました。何かの間違いかと思いましたよ
ですから、とても慎重に調べました。段階を踏んで慎重に」
慎重に調べたとは今までのイベントの話だろうか
特にマリンのイベントなんて隔離みたいな印象を受けたし、あの辺りで確信を得てそうであった
「ですが、結果は変わらなかった。今宵わたしはそれを直そうと奔走した訳ですね。まぁ、ピタゴラスがあまりにからかいようがあったことは否めないですが」
いい性格してるな、と俺が告げると誉め言葉として受け取りますと笑われた
「ワタシはそれを知って阻止したんだ」
「素晴らしい自主性です。一応こらしめたのですが足りなかったようですね」
マリンの言葉にふふ、と運営はやはり自嘲気味に笑う
しかしそうか、そういうことだったのか
大体何がしたかったのかはわかったが、逆にどうするかは考えなければならないらしい
「セイレーンは渡さない
バグも合わせて……彼女の個性だと俺は思うから」
答えは決まっているようなものだった
だからそういうと運営は面白くなさそうに口を歪ませた
「そういうと思ってましたよ」
諦めたかのように嘆息して運営は空を見上げる
話は終わったらしい、とメイ氏がふっ飛んでいった方へ目をやるとカメトキがメイ氏を頭の上に乗せていた
着衣はボロボロだが、まぁ無事なら何よりだとひとつ頷く
「わたしはね、ピタゴラス。カナンからそのような存在を偶然作りあげてしまったと聞いた時には本当に驚いたのです」
次にカナンを迎えにいこうとしたとき、運営は口を開いた
その言葉はどこか得意気だ
「同時にあらゆる性善の塊であるおまえにわたしは勝手に死ぬと思ってました。ですがそんな存在は類をみない。大変興味深くもありました。ですから、実験として生かしてみたのです」
急に饒舌になったので、運営に近付く
負け惜しみだろうか。そんなことを思っていた
「カナンに感謝してください。彼女は最後までおまえを見捨てなかった」
こいつはなんて当たり前のことをいうのだろう
考えを巡らせても、わからなかった
「知っていた。俺はカナンに作られたAIだということも、おまえがいっている実験として生かしているという内容も全て知っていた」
それをいうと運営は瞠目する
瞳が震えていた。不思議と、同情すら感じた
「そう、でしたか。わたしはカナンにも裏切られていたのですね……残念です」
「おまえは彼女を道具のように扱った。だからこれは報いでもあるんだ。イリエナ」
俺はあえて運営とは呼ばなかった
一人の個人として、彼女に伝えたかった
「そもそも、カナンは性善の塊の中におまえを入れたそうだぞ」
「な、なんと……! そのようなことをしてたんですか」
運営もこの話は知らなかったらしい
これは一時期一番落ち込んだ理由でもあった。あのときは本当になにもやる気が起きなかったが今は違った
「つまりだな、イリエナ。俺はおまえのおかげで生きているといえる」
運営は沈黙していた
なんだか複雑そうな顔をしている。まぁそれについては無理もないだろうとは思った
「これが……イリエナ。おまえに対する俺の全てだ
今回の件まで色々ひっくるめても、ここまでだったら譲歩できる」
「なるほど……それはピタゴラスらしい答えですね」
運営はどこか悟ったような顔を浮かべていた
言いたいことは言った。あとはカナンを運ぶだけだと運営から目を離す
「このままでは終わりませんよ」
その運営の言葉は聞かないものとして踵を翻した




