表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/30

マリン

 俺達三人……セイレーンを入れて四人は“歌姫からの招待状”イベントステージ、深層アトランティスへ足を踏み入れた


 アトランティスのさらに奥、という表現だったため魚人となんだかわからないステージボスを倒した上の戦闘という可能性も考えていたが、これは杞憂だったようだ


「暗いですね。二人とも周囲の警戒を怠らないように」


「ああ」


「わ、わかってます」


 リーダー氏の言葉が響き、俺、メイ氏がそれに続く。海底どころか深海だが、どういうわけか俺達は立って歩いていた

 海を割って歩いてるという表現が近いが、それはきっと正しくはないのだろう。歩く度にどこか脚をとられそうになる


 渦だ。それも、俺達という餌を海へ落とさないように配慮されてすらいる

 まるで、海を飼い慣らしているかのような手際だった

 或いは、すべてに愛されているからこそできる奇跡だった


 これは彼女の性格が対峙しなくてもわかるというものである


「不安か? 我が盟友よ」


 浮かない顔の俺に隣にあるくセイレーンはその黄金の双眼を鋭くむけた

 まったく素晴らしい。これ以上気遣いのできるセイクリッドはいらないといえる


「ああ。これがセイレーン程ではないと信じたいけど」


 彼女に嘘はつけない。だから色々と考える前にいっそ正直に言ってしまった方が早い

 早いと考え、言ったあとだが少々恥ずかしくなる


「我ほどではない……か。そんな浮かない顔してるか?」


「そうだな。だから俺も今セイレーンと同じような顔はしないでおこうと思って頑張ってる」


「……それは反則だと思う」


 微笑を浮かべながら、これがたまらないといった感じでセイレーンは俺の片手をとった


 結果的にこの一部始終を先頭を歩くリーダー氏に聞かれたり、殿を任されていたメイ氏に見せつけたりすることになったのだが、空気を読んだのか、読んでないのか二人とも無言だった。気まずい




 歩いていくと、驚く。渦を抜けた先があった

 渦を抜けた先はとある村だった。海深くという設定でさえもはや彼女の前では跪くらしい


「固有結界……」


 リーダー氏は確認するように呟いた

 釜の中に放り込まれたような危機感だ。いつ火がつくのかという事さえわからない。異常であった


「ピタゴラスさん。これは本来ならステージボスが所有する能力です

 詰まりは、例えばあの家の前に生えてるただの草が飛来し心の臓を穿いても文句は言えません。それがここのルールです」


 詰まりは、備えろって意味か

 俺はリーダー氏の言葉に改めて気を引き締めた


「しかし流石にこれだけの結界の規模となると期待しますね

 一体、どんな“人”なのでしょうか」


 わくわくしているリーダー氏には悪いが、俺は彼女が人ですらない可能性を捨てていない

 セイレーンに会いたいならとりあえず最初は人型ではあると思いたいが、芸風があまりに出鱈目だ。信用できない


「ウィンドレイジ!」


 リーダー氏は風を纏うように囲ったあと、地面から浮いた

 なるほど。これで例えば海中に放り出されても……まぁ、水圧とかもろもろ考慮しなければだが何とかなるわけだ


「こい、カメトキ!」


 続いてメイ氏が地面を叩くと大きな陸亀が姿を現す

 地面からスムーズに現れた。癒された


「大丈夫、ピタゴラス……貴方はわたしが護る」


 握られた片手が僅かに震えてるのを感じ、俺は強く握り返した

 ドラフルドーピングもした。戦力にはなるはずだ


「来ますよ……!」


 リーダー氏の言葉が終わる前に、それは現れた

 まず目の前の家がぶっ壊れた。それはもう木っ端微塵にぶっ壊れた


 あの木造住宅に欠陥があったのかもしれないが、こうもはっきりと天井を突き破るさまを見ればそれは明らかである


 次にそれは浮いていた。そして空から幼女がと言えるほど幼い顔立ちをしていた。金髪の、幼女であった


「やあやあ。セイレーン、だったか

 久しいな。その顔は実に久しい顔だ。積もる話はあるがまずはこう言いたい」


 着地した衝撃で土塊が舞う。地面を抉って立ったソイツは、その狂気の光を孕む琥珀色の双眼をゆっくりと開いた


 ツバのついた大きな帽子、全身を覆いすぎてダルダルになったコート。それはいい。問題じゃない


「貴様、何者だい?」


 俺にはソイツが本物の魔女にみえた

 一瞬、頭が真っ白になった


「隙を見せてはだめです!

 ウィンドカッター!」


「あーあー、今のワタシに魔法をかけるなんて」


 ソイツはウィンドカッターを避けるまでもなくやり過ごした

 先ほど地面を抉っているのだから実態はあるはずだが、これは本当にきかないとしか考えられなかった


「それは律儀にありがとうございます」


 ソイツに魔法は通用しない

 そう考え即座に切り替えたリーダー氏はそのまま腹部に蹴りを放った


「だから、釈迦に説法をしているものだろうって思うのだけれど」


 えっ、とリーダー氏の言葉が零れた

 ソイツは微動だにしていない。確かに当たったはずの攻撃がまるで水面に波紋を呼ぶかのような反応をして、終わりだった


「カメトキ。ウォーターシュート!」


 大亀のセイクリッド、カメトキの口から水流が放たれた


「ハッハッハ。人魚と評されたワタシにそんなことするのかい?

 流石に傷付くのだけれど」


 これに関しても同じなようで、片手を伸ばしただけで水流をあらぬ方向に散らした


「それで。このお兄さま……いや、君は。君がピタゴラスだね。こんにちわ」


 ソイツは凄まじい速さで俺とセイレーンの前に立った

 なんてやつだ


「どうする? 何かするの?」


 ソイツの問いにセイレーンは俺の手を離し、護るように前に立った

 彼女なりに何かを察した上の行動だろうと思うが、その背中はいつもより小さく見えた


「セイレーン……」


「……大丈夫。負けることはない」


 俺の呼び掛けに、セイレーンははっきりと告げる

 ソイツはそんな俺たち二人の会話を興味深そうに観察していた


「無敵……ということはありえないはずです

 どこかに本体があるのかもしれません」


「それは名推理だね。流石はアリスさんは冷静だ

 ああ、怒らないでくれたまえ。本当に褒めているのだから」


 しばらくそうしてるとリーダー氏が少し俯き負けたようにそう告げた

 本体があるか、ないかの次元なのだろうかコイツは


「……なんでしょうかね、妙です

 それだけのアドバンテージがあって、それだけの力を有していてなおこちらに危害を加えないというのは」


「そうだろう、そうだろう。いやぁ話が早くて助かるよ。実はこれで飽き性なのは相変わらずなんだ

 そういって気付いてくれるのがあと一度でも遅れてたらワタシはこの話をなかったことにしていたよ」


 一回しか言わないからね、とソイツは嘆息しこう続けた


「まず、誤解があるようだから話しておこう

 ワタシに君達を害する意思はないよ」


 ソイツは人指し指で天を指していった

 確かに、表情だけみれば本当だろうという感想しか浮かばない


 この場でソイツだけ全く表情が変わっていないということを除けば多分信用したとは思う


「嘘だと思うかい? 思ったよね? はぁ~……では色々列挙しようか。嘘じゃないっていう証拠」


 ソイツは自分が始めた話に明らかに飽き始めていた

 天を指していた人指し指はソイツの頬に添えられている。遠い目をしていた


「例えば今の戦闘……戦闘以外でもかな。何回君達を殺せたのとか、そもそもこちらから拒絶できたからとか、本当にセイレーンってあの人に顔似てるよねとか、カメさんかわいいねーとか、髪切った? とかそんな話になるけれど

 まぁ、ダルいでしょ。飽きない? ワタシだったら飽きる。だって話の先はぜーんぶ同じだから。ワタシは君達に危害を与えない。ほら一緒。万治解決だ」


 ソイツは途中から完全に飽きた

 ただ、確かに嘘はついていないという風にはどうにか俺も飲み込めた


 そして、この話を信じるなら話は簡単だ

 今はこの空間を維持しているコイツの天下だからとりあえず合わせておけばいい


「勿論、悪いとは思ってるんだよ? ワガママを聞いてもらってるみたいなものだって自覚してる。そこは勘違いしないでほしいな。いくらワタシでも傷付いちゃうから」


 ここが少し、以外だった

 悪びれてくるだろうと俺は思っていたから


「そんなワタシは今、まぁまぁな妥協案を思い付いたよ!

 知りたい? ねぇ知りたい?」


 ふと、目線をリーダー氏に向ける。顎に手を添えていた。目が合うが見つめ返してくるのみだ。なるほどかわいい

 次にセイレーンを見た。相変わらず俺の前で大きく体を広げて立っている。ありがとう。最後にメイ氏を見た。大亀の上にのって正座していた。真面目か


「君達にはやっぱり、ワタシを倒してもらいます!」


 なっ、と声に出し俺は構える


「ふふ。勿論ハンデはあげるよ……?」


 構えた俺の横にソイツは現れた

 いつの間に。本当に出鱈目なやつ!


「ワタシは今から魔王になります。魔王だからこの世界……の前に、様々な人を滅ぼそうとします」


「君達には残機はありません。ワタシはワタシがつくったこの棒人間を狙うから……全員護りましょう」


 ソイツは言いながら地面に手をつくと凡そ棒人間と許容することができない明らかな人間……それも年端のいかない子供を四人ほど生やした


「護りかたは問いません。あっでも殺して救済しましたってのはなしね。それは流石のワタシでも引いちゃうから」


 にへらと笑いソイツは実に楽しそうだった

 なんなら無邪気にすら見えた


「そうだな、日没まで護れたら君達の勝ちという扱いで。そのときは何でもいうことを……聞かないこともないわけだけれど

 君達が負けたら……うーん、思い浮かばないや。その時考えたら良くない? というか負けないでね? 面倒だからさ」


 どこまで本気なのか全く掴めない。だが、悪くはない話だ

 リーダー氏に目線をやると頷いた。次にセイレーンに目線をやると少し首を振ったようにも見えた。最後にメイ氏は正座していた


「ああセイレーン。実際に悪くない話だと思うけれど

 だって君達と話していてそれなりに時間がたってしまったからね。日没までそう時間はかからないと思うよ?」


 殆どコイツが喋っていた感は否めないが、それは飲み込んだ

 本当にどういうつもりなのだろうか


「……マリン。嫌がらせならわたし一人にして」


「いいよ。わかった。その顔に免じてワタシに勝ったら考えてあげる。いやぁ我ながら最大限の譲歩だね」


 セイレーンの言葉をかわし、マリン、と呼ばれたソイツは機嫌が良さそうに笑った


「他に質問は……なさそうだね。本当に大丈夫かなぁ?」


 しばらくたったが皆、無言を通した


「おっけー。じゃあワタシはこの世界の果てまで走ってくるからその間に作戦会議でもしてたら?」


「待て。それは一体どういうつもりでーー」


 たまらず俺は口を開くがマリンはただただ笑みを浮かべるのみだった


「質問タイムは終わってるんだけどなぁ。そのために確認までしたんだけど……まぁ、いいや」


 マリンは顔をあげて俺と目を合わせると少しだけ目を細めた

 全く掴めない。悪意がない様子を見ると逆に混乱した


「ワタシが生やした子たちいるでしょ。話しかけてみるといい。ワタシの弱点とか、どうやって生活してたのとか質問したらあれやこれやがわかっちゃうと思う

 これは同時にちょっと恥ずかしいのだけれど……いいよ。構わない」


 マリンはまるで思いの人にでも誘われたかのような様子だった

 それでも表情が崩れないのが恐ろしいが、本当であるなら敵に塩を送る行為である


 だからこれはなるべく嘘であると俺は思いたかった

 しかし、偽っているようには見えなかった


「……そうだねぇ。君には恩があるから特別だ。わかりやすく言ってあげよう」


 ソイツは少し儚げに、しかし確かな殺意をもってこう続けた


「楽しんでよ、このゲーム。君達がワタシに負ける要素なんてないんだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ