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アリス・in・コンタクト  作者: ヤス


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契約2 「主人公補正」消失

天使アリスと契約した翌朝。


「あと10分……」


スマホのアラームを止めた直後――


「おっきろー!!」


「ぐふっ!?」


妹のユイが腹へ飛び乗ってきた。昨夜、強盗に撃たれた足の痛みまで蘇り、ワタルは顔をしかめる。


「ユイ、お前なぁ……」


「だってこうでもしないと起きないじゃん」


ため息をつきながら起き上がる。妹の過激な起こし方にため息を漏らしたワタルは、包帯の巻かれた足へ視線を落とした。


(さすがに夢じゃないか……)

足の痛みが、昨日の出来事が紛れもない現実だったことを突きつけてくる。リビングへ向かうと、さらに現実離れした光景が待っていた。


「はい、アリスさん!」


「ありがと。ユイちゃんはいい子ねぇ」


テーブルではアリスが当たり前のように朝食を食べていた。


「なんで普通に飯食ってるんだよ!?」


「天使だってお腹は空くわよ」


「そういう話じゃねぇ! なんでユイに見えてるんだよ!」


アリスは平然と答える。


「10歳未満の子どもは純粋だからね。妖精とか天使とか、普通に見えるのよ」


「うん。昨日から見えてた」


あっさり頷くユイに、ワタルは頭を抱えた。


「そうだ。昨日お前が言ってた『天使の仕事』って何なんだよ。契約を結んだ俺は何をやるんだ?」


「そうね」


アリスは箸を置きながら頷く。


「天使と契約を結んだ人間――契約者は、天使が行う『因果(フェイト)』の回収業務を手伝わなければならないの」


因果(フェイト)の回収業務って、具体的に何をするんだよ?」


「不幸に遭った人から発生するマイナス因果を回収するのが天使の仕事。アンタはその手伝いよ」


そう言ってアリスはワタルの左手を見る。

そこには契約の紋章が刻まれていた。


「つまり、人の不幸……マイナスエネルギーみたいなものを回収すればいいのか?」


「そ。回収した『因果(フェイト)』のマイナスエネルギーを天界へ納めるの」


アリスはワタルの左掌に刻まれた紋章へ視線を向けた。


「そして、その左手に刻まれた契約の紋章で、どれだけ因果(フェイト)を回収したのかが分かるわ」


ワタルも左掌へ目を落とす。

そこには昨日現れた紋章が刻まれていた。よく見ると、紋章の下部だけがかすかに光を帯びている。それ以外の部分は黒く沈み、まるで空の器のようだった。


「これが……」


「今の蓄積量よ」


アリスはあっさりと言う。


「その紋章をすべて光で満たせば契約は完了。アンタは晴れて自由の身ってわけ」


「へぇ……」


(これを溜めれば俺は自由になるのか.....)


「無論、アンタみたいに異常なまでのプラス因果(フェイト)――じゃなくて、()()()()()()()()を持ってる人間も回収対象になるわ」


アリスはわざとらしく言い直した。


「ただ、そんなケースは滅多にないけどね」


今まで因果(フェイト)を『主人公補正』と呼んでいたワタルを嘲るような口調に、ワタルのこめかみに青筋が浮かぶ。


「おい、なぜわざわざ言い直した?なんだ(()())()ってバカにしてるだろ?なあ」


「だから、あなたのお兄ちゃんは天使様と一緒にボランティア活動をしないといけないの」


「天使様とボランティア活動ってすごいね、お兄ちゃん」


ユイの素直な反応に、アリスは満足そうに頷く。


「でしょ?」


完全に意気投合した様子で話し続ける二人。


「……おい」


ワタルが口を挟むも、二人は聞いていない。


「.....おい。無視するな!契約者差し置いて無視するな!」


「あ、そろそろ学校行かないと!」


時計を見たユイが、話を切るように登校の準備を始める。


「クソ……アリス。さすがに学校には来ないよな?」


「何言ってんのよ。契約したんだから来るに決まってるじゃない」


「来るな!!」


ワタルは即座に叫んだ。

満面の笑みで、アリスは親指を立てる。


自宅のドアを開け、外へ出るワタルとユイ。

兄妹それぞれ学校へ向かおうとした、その時だった。

隣の空き部屋から、かすかな物音が聞こえる。

ガサ……ゴソ……


(……? 新しく引っ越してきた隣人か?)


ワタルは一瞬だけ視線を向ける。

だが深く考えず、そのままエレベーターへと駆け込んだ。


ワタルがいつも通う英殿(えいでん)高校。

教室の戸を開けると、中はどこかざわついていた。


「おはよう」


いつも通りクラスメイトに挨拶をしながら、ワタルは隣の男子に声をかける。


「なんか今日はやけに騒がしくないか?」


「なんでも、転校生がこのクラスに来るらしいぞ」


その言葉に、ワタルは少しだけ眉をひそめた。


(転校生ねぇ……)


ホームルームのチャイムが鳴る。担任が教室の戸を開けた瞬間、それまでざわついていた教室が一気に静まり返った。


「おーい、席に着けー」


気の抜けた声でそう言いながら、担任は教壇へと歩いていく。

教室に視線を走らせると、軽く咳払いをした。


「噂で聞いてるかもしれないが、今日はこのクラスに転校生が来る。さあ、入ってきなさい」


その言葉に応えるように、戸が静かに開く。そして、一人の少女が教室へと足を踏み入れた。

教室の空気が、さらに張り詰める。


「はい。じゃあ、自己紹介をお願いね」


「大阪から来た白石茜音(しらいし あかね)言います。みんなよろしゅうな」


茜音はやる気のない声で、軽く挨拶を済ませた。

あまりにも雑な自己紹介に担任は苦い顔をするが、転校生が女子ということもあって、男子たちは内心ざわついていた。


(俺に|()()《フェイト》が残ってたら、こういう時は決まって隣の席なんだけどな……)


だが今のワタルには、そんな都合のいい補正は存在しない。


「白石、お前はあちらの席に座りなさい」


担任に促され、茜音は指示された席へと向かう。

そして、そのまま腰を下ろした席は――ワタルの真正面だった。


(前の席とか、すげぇ中途半端な場所だな、おい!)


「よろしくね、白石さん。私、田辺未由(たなべ みよ)


茜音の隣の席には、美少女・田辺未由が座っていた。未由は担任に気づかれないよう、小声で茜音に挨拶をする。


「よろしゅうな、田辺さん」


「未由でいいよ」


「じゃあウチも茜音でええよ」


小声で、女子二人はあっさりと打ち解けた。


(くっそぉ……田辺さんを下の名前で呼ぶとか……あの女……俺だってまだ下の名前で呼んでないのに……)


ワタルは後ろで、悔し涙ならぬ悔し“血涙”を流していた。


『何が()()()()()()()()よ。アンタただのモブじゃない』


(……!!)


ワタルの脳内に、アリスの声が響く。


(アリス……!)


『さっきも言ったけど、天使は基本的に誰にも見えないから、学校に来ても問題ないわよ』


(まあ、“一部”は見えてるみたいだけど……)


向けられる視線にアリスは気づいていたが、あえてワタルには伏せておく。


『それに、テレパスでアンタと交信したほうが都合いいでしょ?』


(なるほど……)


『自称()()()()()()()()のアンタが、学校でどんな生活してるのか見てあげる』


(頼むから、その自称と(笑)やめてくれない?ちょっと恥ずかしいんだけど……)


ホームルームが終わると、茜音の周りにはすぐに人だかりができていた。


「白石さん、大阪住んでたんだって!」


「そやで」


「やっぱりたこ焼きとか食べるん?」


「食べるし、むしろ自分で作ることもあるで」


「彼氏とかいないの?」


「絶賛募集中や!」


矢継ぎ早に飛んでくる質問に、茜音は軽快に返していく。関西人らしい気安さで、場の空気をあっという間に掴んでいた。


『人気者ね……』


(転校生だからな……)


『で、アンタは確か因果(フェイト)の効果で、人間関係も恵まれてるんだっけ?』


(ああ、そうだ! 見てろよアリス。因果(フェイト)がなくても俺はやれるんだ!)


アリスに見せつけるように、ワタルは席を立った。

ワタルはクラスメイトの女子に声をかける。


「な、なあ佐藤さん。ちょっと――」


「あ、白石さん!」


「……っ」


女子はワタルの存在をスルーし、そのまま茜音の元へ駆けていく。それでもワタルはめげずに、今度は男子へ声をかけた。


「なぁタクマ、昨日の――」


「白石さん!」


「……」


またしてもワタルは途中で遮られる。男子はワタルを素通りし、茜音の元へと突撃していった。

ワタルの背後で、アリスは口元を押さえながら必死に笑いを堪えていた。


『アヒャハハハハハハハ!!』


「笑うなぁぁぁぁ! 駄天使がぁぁぁぁ!!」


抑えていた感情がついに限界を超え、アリスは大爆笑した。


『ワタル、まぁその……アレよ。年頃の男子が年上のお姉さんに見栄張って虚勢を張るのは、誰にでもあることだからさ……フフッ』


言葉では慰めているはずなのに、笑いは一切収まっていない。むしろ途中から完全に漏れている。

アリスはワタルの肩にそっと手を置き、優しく諭すような顔をする。


だが、その口元は震えていた。


(やめろ! その“分かってる風の慰め”が一番キツいから!!)


それから一日。

アリスを傍らに置きながら、ワタルは授業を受けた。

教師に出された問題はことごとくミスり、体育の100メートル走では8回転び、クラスメイトとの会話も気づけば茜音に流れていた。



放課後の屋上。


「本当に俺の主人公補正が無くなってる!!」


夕日に向かって、ワタルは叫んだ。その声はやまびこのように空へ吸い込まれていく。


「なんてことだ……俺の因果(フェイト)がほとんどなくなっているなんて……」


「もうさ、この作品のタイトル

“【悲報】主人公補正MAXの俺がトラックに轢かれて瀕死の重傷を負っているところを巨乳美少女天使に救われたのはいいものの、強制契約のせいで俺の主人公補正(笑)がすべて消滅してただの一般人に成り下がった件 ”

略して“巨乳美少女天使”に変えた方が良くない?」


「なんだその掲示板のスレで立てられてそうな胃もたれするタイトル!!」


「このタイトルでなろうに投稿すれば意外とヒットしたりして......」


「そんなの()()()に埋もれて!速攻でそのままエタってしまうわ!!」


ワタルは即座に叫んだ。


「つーか、なにシレっと“巨乳美少女”って詐称してんだよサバンナ娘!! 何が略してだよ、全然略せてねぇじゃねぇか!」


「うっさいわね! 少しくらい盛ってもいいでしょ!!」


「良くねぇよ!!クッソ!!これから俺の青春はどうなるんだよ!!」


「大丈夫よ。そんな都合のいい青春なんて、未来永劫訪れないから安心して!」


笑顔で親指を立てるアリス。


「てめぇの人生を未来永劫なくしてやろうか、絶壁!!」


「あぁん? アンタの物語、ここでエンドにしてもいいのよ?」


互いに胸ぐらを掴み、にらみ合うアリスとワタル。

その時だった。


(ちぎり)君」


二人が振り返ると、そこには茜音が立っていた。


「えっとたしか、白石さんだっけ……」


(やべ、天使は他の奴には見えないはずだし……一人で変なことしてるヤバい奴だと思われた……!)


ワタルは一瞬だけ身構える。


「あのね、契君に見てほしいのがあるの……」


そう言うと茜音は、ワタルの手を引いて塔屋へと連れ込んだ。


「え……ちょっ……!!」


人気のない薄暗い塔屋へと引き込まれるワタル。そして茜音は、上着に手をかけた。


「……え?」


続けてシャツのボタンを外し始める。


(嘘だろ……俺にもまだ因果(フェイト)が残されて……!?)


ワタルは一気に緊張する。同時に、思春期特有の淡い期待が喉元をよぎり、思わず息を飲んだ。

茜音がシャツのボタンを外していくたびに、ワタルの顔はどんどん赤くなっていく。


(やばい……これ完全に“そういうやつ”じゃ……)


そして茜音が胸元を少し開いた瞬間――ワタルの視界に飛び込んできたのは、肌でも何でもなかった。

そこにあったのは、見覚えのある紋章だった。


「……え? この紋章は……」


ワタルの思考が、一瞬で停止する。


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